artscapeレビュー

2022年09月15日号のレビュー/プレビュー

野上眞宏「1978 アメリカーナの探求」

会期:2022/08/16~2022/08/28

ギャラリー・ルデコ[東京都]

立教大学卒業後、広告写真や高校・大学の同級生の細野晴臣が結成したロックバンド、はっぴいえんどのメンバーたちの撮影などをしていた野上眞宏は、1974年に以前から憧れていたアメリカに渡る。ロサンゼルスからワシントンD.C.に移り、最初のまとまったシリーズとして撮影し始めたのが、本作「1978 アメリカーナの探求」である。

渡米4年目でアメリカの生活にも慣れ、何をどう撮りたいのかも明確になってきていた。1975年にたまたまニューポートビーチの美術館で見たウィリアム・エグルストンのカラー作品や、ジョエル・マイエロヴィッツの仕事などにも刺激され、カラーポジフィルム(コダクローム)を使うことにした。そのクリアな、だがやや翳りのある発色(エドワード・ホッパーの絵を思い起こさせる)は、国道1号線沿いに点在していたスーパーマーケット、ガソリンスタンド、看板の群れ、アメ車など「アメリカーナ=アメリカ的なるもの」を撮影するのにぴったりであり、画面全体にピントを合わせ、なるべく情報量を多めに撮影するスタイルも固まっていった。こうして、今回ギャラリー・ルデコで個展を開催し、オシリスから同名の写真集を刊行した本シリーズが形をとっていった。

エグルストン、マイエロヴィッツ、スティーブン・ショアらが参加し、同時代の写真家たちに大きな影響を及ぼした「ニュー・カラー」のムーブメントがスタートするのが1981年であることを考えると、野上のカラー写真への取り組みはかなり早い。現時点で見ると、ほぼ同時発生的といえるだけでなく、その視覚的探究の純粋性は他の写真家たちよりもむしろ際立っている。「異邦人の眼」によって、逆にアメリカ人が見過ごしがちな被写体の魅力を、ヴィヴィットに捉えることができたともいえそうだ。なお、同時期に東京・青山のポピュラリティーギャラリーでは、1979年に移り住んだニューヨークで、路上に駐車した自動車たちを捉えた写真による「PARKING, NYC 1979-84」(8月9日~21日)が開催された。こちらも見応えのある展示だった。

2022/08/19(金)(飯沢耕太郎)

小林紀晴展 縄文の庭

会期:2022/07/24~2022/09/04

茅野市美術館[長野県]

デビュー作の『アジアン・ジャパニーズ』(情報センター出版局、1995)がよく知られていることもあり、小林紀晴といえば世界各地を旅して撮影を続けてきた写真家というイメージが強い。だが彼は同時に1990年代後半から、出身地である長野県茅野市を含む諏訪盆地にもカメラを向けてきた。

諏訪盆地はかなり特異な地域といえる。約260万年前、中央構造線と糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ)が交わる、その裂け目に諏訪湖が誕生した。諏訪湖の周辺や八ヶ岳山麓には、縄文時代から人が住み始め、黒曜石の矢尻や土偶、土器などが多数出土する。7年に一度の諏訪大社の式年造営御柱祭の時期には、諏訪の住人たちは「山岳民族」と化し、勇壮な木落としの行事に熱狂する。

今回、小林が茅野市美術館で開催した個展には、「遠くから来た舟」(2012) 、「kemonomichi」(2013)、「ring wondering」(2014)など、諏訪盆地の風土とそこに暮らす人々にカメラを向けた連作が並んでいた。だが、より注目すべきなのは、本展に合わせて制作された新作の方だろう。小林は東京工芸大学短期大学部在学中の1986年から御柱祭を撮影するようになった。それらの写真群をデジタル加工して重ね合わせ、さらに父や祖父の時代に撮影された写真も加えることで、時空を超えて複数の祭礼の場面が融合する大作「Onbashira Chronicle」シリーズが生み出されることになる。これまで封印してきたというデジタル技術を使うことで、小林の写真の世界がひと回りスケールの大きなものに変貌していた。

会場の一番奥のパートで上映されていた映像作品「KIYARI-SHU」も興味深い試みである。木遣り歌を伝承する男女が、祭りの衣装を身につけ、山や森や桜の樹を背景としてその一節を朗々と歌い上げる。その場面を繋いだだけの作品だが、彼らの生のあり方、諏訪盆地を包み込む空気感が生々しく、直接的に伝わってくる。小林の映像作家としての可能性を強く感じさせる作品だった。

2022/08/20(土)(飯沢耕太郎)

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東北へのまなざし 1930-1945

会期:2022/07/23~2022/09/25

東京ステーションギャラリー[東京都]

日本のなかで工芸を語る際に欠かせない地域が東北である。昭和初期にドイツの建築家のブルーノ・タウトをはじめ、民藝運動を牽引した柳宗悦、フランスのデザイナーのシャルロット・ペリアン、考現学を提唱した今和次郎といったクリエイターや研究者らが東北を訪れて功績を残したことは史実として知っていたが、本展を観るまで、なぜ彼らが訪問に至ったのかの経緯についてはよくわかっていなかった。これまで特に不思議に思うことはなかったのだが、本展の終盤でふいに現われた「Ⅳ『雪調』ユートピア」の章で腑に落ちた。

雪調とは「積雪地方農村経済調査所」のことで、当時の農林省の出先機関として昭和8年に山形県に設置された。雪調は積雪と凶作によって疲弊した農村経済を更生させることを目的に、調査・研究・指導の任務を負っていた。部署のひとつに「副業・農村工業係」があり、農村経済を助けるには農閑期に現金収入に結びつく副業を研究し奨励することを急務とした。そこで東北で昔ながら行なわれてきた藁仕事などを現金収入に換えることに目を付け、柳宗悦ら民藝運動家と手を組んで東北の工芸を盛り立てたほか、当時の商務省の要請で来日していたシャルロット・ペリアンを招聘するなど、外部の専門家を積極的に巻き込んでいったのだ。


芹沢銈介 《日本民藝地図(現在之日本民藝)》 部分(1941)日本民藝館


当時のこうした施策により、東北の工芸は日の目を見るようになったのである。ものづくりに携わるデザイナーやプロデューサーらが学ぶべきは、この点ではないかと実感する。とはいえ、本展の主題はあくまで外部の専門家の目を通して見た東北の姿だ。正直、想像のおよぶ展示品や見覚えのある作品もあるにはあったが、これらを大系的に示そうとする切り口は面白かった。蓑や草鞋にしろ、木版画にしろ、こけしや張子人形にしろ、いずれもプリミティブな力強さがあるし愛おしさがある。仮に土着と洗練という対義語で語るなら、東北の工芸は土着性を圧倒的に強く感じる。それは下手に洗練させない方がいいと思えるほどである。


《こけし(木地山系)》(1925-41頃)原郷のこけし群 西田記念館


芹沢銈介『手仕事の日本』挿絵原画より《けら(陸奥)》(1945)日本民藝館



公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202207_tohoku.html


関連レビュー

Northern Exposure: Tohoku Art and Crafts from 1930 to 1945 |Jennifer Pastore:artscape Japan(1 September 2022)
柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」|杉江あこ:artscapeレビュー(2021年11月15日号)
モダンデザインが結ぶ暮らしの夢展|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年02月15日号)

2022/08/20(土)(杉江あこ)

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川口翼「夏の終わりの日」

会期:2022/08/25~2022/09/11

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

先日行なわれた第2回ふげん社写真賞の審査でグランプリを受賞したのは、1999年生まれ、21歳の川口翼だった。だが、川口は昨年の第1回ふげん社写真賞の審査でも最終候補に残っており、その時点で本展の開催が決まっていた。彼の写真世界が急速に進化し、大きく開花しつつあることを証明するのは、来年開催される第2回ふげん社写真賞のお披露目の展示になるだろう。だが、今回出品された「夏の終わりの日」の連作にも、彼の写真家としての才能は充分に発揮されていた。

川口の写真から見えてくるのは、彼の仕事が明らかに1970年代の「コンポラ写真」や「私写真」の系譜にあるということだ。特に鈴木清の『流れの歌』(1972)の強い影響が、斜めに傾いたフレーミング、ざらついた粒子(ノイズ)の強調などにあらわれている。だが、夏という特別な時期へのこだわり、甘さと苦さが同居する被写体の選択の仕方などは、単純に鈴木清の模倣というだけではなく、むしろ写真撮影・プリントを通して「私性の底に潜む普遍性」を引き出していこうとする彼のもがきのあらわれと見ることができる。その狙いは、ややマゼンタに傾いた色味の横位置の写真、30点をちりばめた今回の展示で、かなりよく実現していたのではないかと思う。

とはいえ、このままではノスタルジックな感傷に溺れた当世風の「私写真」に留まってしまうことになる。小さくまとまりがちな写真の世界をもう一度引き裂き、解体し、より切実でスケールの大きなものにしていくべきだろう。期待が大きいだけに、これから先の一年が正念場になってくるのではないだろうか。

2022/08/25(木)(飯沢耕太郎)

馬場さおり「その男、 彭志維(ポン・ツー・ウェイ)」

会期:2022/08/26~2022/09/08

ソニーイメージングギャラリー銀座[東京都]

2018年に九州産業大学大学院芸術研究科を修了した馬場さおりは、2021年から台湾の台南応用科技大学芸術学部で教鞭を執ることになった。今回のソニーイメージングギャラリー銀座での個展に展示されているのは、居住する台南で出会った一人の男を追ったプライヴェート・ドキュメンタリーである。

彭志維(ポン・ツー・ウェイ)は二人の娘を持つ客家人のシングルファーザーで、単身赴任して建築工事現場で働いている。馬場は、親しい関係になった「その男」に、ごく近い距離からカメラを向ける。撮られることを意識している写真がほとんどないところに、写真家とモデルという関係を超えた親密さ、感情の交流のあり方がよくあらわれている。実家で娘たちと戯れる彼、職場での彼、自宅でリラックスした表情で写っている彼──細やかなカメラワークによって、まさに体温を感じることができるような写真群が撮り溜められていった。

会場で展示されているメインの写真はモノクロームであり、余分な要素をカットして、二人の関係性に集中できるという意味ではうまくいっていたと思う。ただ、台湾特有の風土や空気感を写し込むという点では、カラー写真も必要になってきそうだ。今回の展示では、会場の中央部に布を垂らし、そこに台湾各地の祭礼などを撮影した映像作品(カラー)を上映するという試みもあったが、あまりうまくいっていなかった。この作品を撮り続けていく過程で、カラー画像をどう取り込んでいくかはひとつの課題になっていくだろう。まだ先がありそうなシリーズなので、今後の展開に期待したい。

2022/08/26(金)(飯沢耕太郎)

2022年09月15日号の
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