artscapeレビュー

2023年06月15日号のレビュー/プレビュー

谷川俊太郎 絵本★百貨展

会期:2023/04/12~2023/07/09

PLAY! MUSEUM[東京都]

日本を代表する詩人のひとり、谷川俊太郎は、詩のほかに翻訳や脚本、歌詞といった分野で活躍していることでも知られる。なかでも多作で、評価が高いのが絵本だ。本展は、そんな谷川の絵本の世界をぐっと広げてくれる内容だった。これまでに上梓してきた絵本は200冊にも及ぶそうで、それゆえ描かれた絵本のテーマは種々様々だ。子どもが無邪気に喜びそうな言葉遊びをはじめ、ちょっとしたユーモアが込められた話やナンセンスな話もあれば、生死や戦争といった深刻な物語もある。いずれも易しい言葉に、絵や写真を組み合わせることで、井上ひさしの名句を借りるなら「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく……」伝えることを得意としてきた。本展でも楽しい演出や仕掛けに溢れていたのだが、特に印象的だったのは音としての言葉を体感できたことだった。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]


文章を書く仕事をしている私は、言葉を文字として伝える機会が多い。私に限らず、現代のコミュニケーションツールは電話よりメールやSNSの方が中心となり、文字に残す機会が増えた(それに加えて写真や動画もあるが)。しかし文字がそれほど普及しておらず、識字率も高くなかった近世までは、人は話すことで主にコミュニケーションを取っていた。同じ言葉でも文字と音とでは変わる。文字であれば熟語を容易に理解できるし、まったく違う意味を持つ同じ音の言葉も区別ができる。しかし同じ状況で、音ではそうはいかない。聞き手は文脈から言葉を推測しなければならないし、話し手は誤解を与えないよう気をつけなければならないからだ。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]


このように書くと、文字より音で言葉を伝える方が難しく感じてしまうが、しかし一方で、音ならではの臨場感や楽しさもある。それを谷川は絵本を通して教えてくれているように思う。もちろん絵本に載っているのは文字なのだが、その文字から言葉の意味を解放し、純粋な音として読者に届けようとする試みが見られるからだ。誰もが子どものうちは言葉を音として吸収し、後からその意味を学んでいくが、大人になると言葉を単なる音として捉えることができなくなる。そんな大人に対して、声に出して読むとユニークな響き、インパクトの強い爆音、思わず笑ってしまうオノマトペなどを谷川は積極的に用いて、お腹をくすぐりに掛かる。その点で圧巻だったのは、円形の部屋の壁一面スクリーンに投影された絵本『もこもこもこ』のアニメーション映像だ。余計なことを考えず、ただ全身で音と絵を受け止めてみると、日本語の豊かさに改めて気づかされた。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]



公式サイト:https://play2020.jp/article/shuntaro-tanikawa/

2023/05/26(金)(杉江あこ)

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香川裕樹「置いたものを見る方法」

会期:2023/05/03~2023/05/27

NEST[大阪府]

関西で活動するアーティストやクリエイターによって2020年4月に立ち上げられた「Birds」。これまではインタビューサイトとしてオンライン上で活動してきたが、今年2月に拠点として「NEST(ネスト)」を大阪の寺田町にオープンした。この新スペースでの初の展覧会が本展である。NESTは活動方針として、ただ展示するための場所ではなく、作品制作のための実験的な試みを行なう環境づくりを目指している。本展は、アーティストの香川裕樹が既製品や日用品を会場に持ち込み、試行錯誤しながら組み立てていく搬入期間を約1ヶ月間設けて開催された。

ビルの一室にある会場に入ると、空間をほぼ占めるように、祭壇のような、あるいは建築マケットのような構造体が置かれている。構成要素はすべて、100均ショップやホームセンターで買える、規格化された安価な大量生産品だ。作家の手の痕跡を加えず、規格サイズの既製品だけを用いることで、どれだけ自由を創出できるか。一方、規格化された単位の反復、厳格な左右対称性、グリッド構造は、「モノを並べる行為」が「秩序の創出」でもあることを可視化する。「画像のコピーを上下左右に反転させた写真」が加わることで、ユニットの反復と左右対称性という秩序の構築が、脅迫観念的なまでに強調される。裏側へ回ると、「白いグリッドの金網」の上に、その画像が額装して提示され、グリッドが増殖的に複製されていく。金網を組み立てた空間の中にひとつずつ置かれた白いキャップは、均質な檻に閉じ込められた匿名的な個人の比喩のようだ。



会場風景


規格化されたモノ、それらで構築された規格化された生。構造物の全体は、巨大なショッピングモールの建築マケットと、その内部を満たす商品陳列棚を二重化して重ね合わせたように見えてくる。正面の壁を飾る写真は巨大な広告ディスプレイ、床に規則的に配置された人工観葉植物の列は植え込みの緑地帯、そして向かって左側の遊具のような構造物は、付属するアミューズメント施設だろうか。いずれも、「消費のために捧げられた祭壇」の周囲を彩り、補強する装置だ。これから建設される場所を均質化していくこの「消費の祭壇」のマケットは、だが、よく見ると結束バンドやクリップなどで「仮止め」された状態にすぎない。その脆弱性は、あるいは希望なのかもしれない。



香川裕樹《正面か、それ以外》(部分)




香川裕樹《正面か、それ以外》(部分)




香川裕樹《正面か、それ以外》(部分)



公式サイト:https://birdseatbread.jp/kagawa-soloexhibition/

2023/05/27(土)(高嶋慈)

ドットアーキテクツ展 POLITICS OF LIVING 生きるための力学

会期:2023/05/18~2023/08/06

TOTOギャラリー・間[東京都]

乱暴な言い方かもしれないが、ドットアーキテクツの活動を一覧し、大阪らしさをとても感じた。1990年代に大阪に住んでいたことのある私は、彼らの独特の勢いや熱意のようなものに触れ、じんわりと懐かしい気持ちに包まれたのだ。大阪市南部の廃工場跡に拠点を構えるドットアーキテクツは、建築設計をはじめ現場施工、さまざまなリサーチやアートプロジェクトの企画に携わる会社である。ユニークなのは自社のある廃工場跡を「コーポ北加賀屋」と名づけ、分野を横断して人々や組織が集まる「もうひとつの社会を実践するための協働スタジオ」としていることだ。映画や舞台、パフォーマンス、バーの運営、畑仕事など多岐にわたる活動を通じて、誰もが参加できる場づくりを行なっているのだという。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


本展のタイトル「POLITICS OF LIVING」とは、「小さな自治空間を生み出す力学」のこと。つまり間接民主制による中央集権的な仕組みに対し、もっと局所的な自治空間を自分たちの意志と妥協をもって創造する力であると解説する。暮らしや余暇に必要なモノやサービスを「この程度なら自分たちでできるじゃないか」と考えてもらうことが、本展の狙いだという。したがって、彼らはこの会場を「自主管理のオルタナティブスペースとするならどう使うか」をテーマとし、通常の作品展示のほか、バー、博物館、ライブラリー、工房、ラジオ局、映画館などと名づけたスペースを設ける試みをした。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


江戸時代に「天下の台所」と呼ばれ、商業都市として発展してきた大阪は、いまも昔も、国家政府に対して面従腹背の傾向がある。また東京に対するライバル心が強く、何かにつけて大阪が一番と思いたがる節がある。だからこそ、自分たちで何か新しいことを創造したいという意欲も強い。人と人との距離感が近いこともあいまって、庶民の間での盛り上がりが自然と生まれやすいのだ。そうした独特の空気をドットアーキテクツは持っているように感じた。それを彼らは「POLITICS OF LIVING」という言葉で上手く表現したのだ。

ちなみに彼らが手掛けた作品のなかで、「千鳥文化」という一戸の文化住宅をリノベーションした施設(バーや農園)があり、食い入るように見てしまった。そう、関西では文化住宅と呼ぶ、昭和時代に建てられた長屋のような住居に私もかつて住んでいたことがある。大胆にも外壁を取っ払い、躯体を剥き出しにするだけで、そこに新しい空間が生まれることを証明していた。こうした起爆力が大阪以外の都市でも欲しい。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.



公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex230518/index.htm

2023/05/27(土)(杉江あこ)

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ハシモトユキオノモケイ展

会期:2023/05/26~2023/06/05

LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[東京都]

日本を代表するインテリアデザイナーのひとり、橋本夕紀夫が昨年に急逝した。コンラッド大阪やヒルトン東京ベイ、八芳園などのホテルをはじめ、焼肉トラジなどのレストラン、バー、カフェ、ブティック、オフィスと実に多彩な空間をつくってきたことで知られる。

その橋本が遺したデザインが一挙に見られる機会が訪れた。それは、模型を通してである。模型は、建築家やデザイナーが図面を引いた後、施主や施工関係者らへ完成イメージを伝えるための伝達手段として用いられる。近年、日本の建築家の間では自らの思考の道具としても用いられているようだが、本来の使い途としては上記のとおりだ。時にはCGパースも用いられるが、全体を俯瞰して見るには模型が最適だ。建築家やデザイナーは図面を引いた時点で、その建築物や空間を自身の頭の中で描けているだろうが、素人はそうはいかない。しかし模型があれば、彼らと同じ視点に立てる。天井を外した模型を上から覗き込むと、まるで神か巨人かになったような視点で空間全体を捉えられるからだ。光を当てれば、採光の具合もわかる。これまで施主や施工関係者らしか見る機会のなかった橋本夕紀夫デザインスタジオの秘蔵模型が、本展で解放された。これがなかなかの迫力だった。


展示風景 LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[画像提供:橋本夕紀夫デザインスタジオ]


私もかつて橋本に竣工物件について何度かインタビューをしたことがあるが、模型について話を聞くことはなかったため、これほど詳細に模型をつくり込んでいたとは知らなかった。空間の構成や間取りがわかるだけでなく、床壁天井の素材感や色味、模様、照明器具や家具のデザインなどが手に取るようにわかるのだ。さらにベーカリーであれば店内に所狭しと並んだパンやトング、バーであれば棚に整列されたお酒のボトルといった商品まで再現されている。どれも非常に細かく、思わずじっと目を凝らして見入ってしまった。

ちなみにどこの事務所でも模型づくりはスタッフ、特に新人やインターンの仕事である。すべて手づくりであるため、彼らの苦労は容易に想像できる。本展では模型一つひとつにスタッフたちのコメントが寄せられていて、それを読んでいくのも楽しかった。なるほどと思ったコメントのひとつが、模型づくりは「実際の工事と同じ」というもの。「私の中の現場監督が職人を呼び寄せて躯体工事→床壁の仕上工事→家具工事をします」と綴られていた。また、だからこそ「模型でスゴイ! と思えた物件は実空間でも密度があり、力強い空間になります」というコメントも納得できた。空間づくりは、企画も設計も施工も職人芸の結集なのだ。


公式サイト:https://www.sempre.jp/brand/hashimoto/

2023/05/27(土)(杉江あこ)

中村千鶴子「断崖に響く」

会期:2023/05/23~2023/06/05

ニコンサロン[東京都]

中村千鶴子は岩手県久慈市出身の写真家。北海道大学卒業後、岩手県各地の公立学校、モスクワの日本人小学校などに教員として勤める。その後、写真を本格的に撮影し始め、東京綜合写真専門学校で学んで、同校を2020年に卒業した。いわば遅咲きの写真家といえるだろう。だが、このところの彼女の仕事を見ていると、筋の通った取り組みの姿勢が、少しずつ形をとりつつあるように思える。

今回のニコンサロンでの初個展では、故郷の久慈市にも近い岩手県田野畑村明戸地区にカメラを向けている。2011年の東日本大震災の傷跡は、まだ生々しく残っており、津波によって立ち枯れた樹木などが痛々しい姿を見せる。だが、一方では復興も進みつつあり、祭りの賑わいも戻ってきた。中村は、この地域の風物、人々に柔らかで温かみのある眼差しを向け、押し付けがましくない節度を保ってシャッターを切っていく。その中間距離からの視点が、一貫して保たれており、特に鹿踊や盆踊りなどを撮影した写真には、土地から立ち上がる空気感が見事に捉えられていた。

ライフワークとして、さらに続けていってほしい仕事だが、ほかの撮影プロジェクトも同時に進行しつつある。次の発表も楽しみにしたい。なお、展覧会に合わせて、蒼穹舎から同名の写真集が刊行された。


公式サイト:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2023/20230523_ns.html

2023/05/31(水)(飯沢耕太郎)

2023年06月15日号の
artscapeレビュー