こんにちは。辻村です。
僕の任期は昨日で切れたのですが、最後ぐらいは何か書いておいた方がいいかと思い、慌てて書いてます。やりたいことの完成型を見る前に終ってしまうようで、非常に残念な、情けない気分いっぱいです。
毎日本屋に通うのが唯一の僕の日課なんですが、誰に頼まれたわけでもなく、ただ好きで本屋を巡り、勝手に雑誌を買っているので、それを説明したり、意見を述べたりするのは、予想以上に難しい行為でした。さらにブログというのにも不慣れなため、なかなか思うようにはいきません。
なんだか英語の雑誌に関するポストが多かったですが、日本の雑誌も買うし立ち読みもたくさんします。ただ、何かを言えるほど面白い雑誌が日本語ではあまりないのが現状です。
日本で制作される雑誌は、圧倒的な情報で読者を消費に向かわせること関して、世界一の技術を持っていると思いますが、国民性なのか時代なのか、あらゆるジャンルでジャーナリズムというものが成り立っていない気がします。
その点、やっぱりアメリカの雑誌とか、書いてる人の視点がはっきりしてて、話題も豊富で面白いと思います。メジャーな雑誌なら、ほとんどインターネット上で無料で読むことができるし、専門誌じゃなければ大学受験ぐらいの英語で読めるでしょう。googleの翻訳とか使ってもいいかもしれません。
というわけで、最後の紹介もアメリカの記事。TIMEの10月5日号。
「NOTOWN」と題して、かつてモータウンと呼ばれアメリカ第4の都市だったデトロイト(現在は11位)の凋落とこれからを特集しています。TIME.COMでは全文読めないようなので、さわりだけでもこちらで。
www.time.com/time/interactive/0,31813,1925735,00.html
僕は雑誌を買い、全文読みました。アメリカの中では行ってみたい都市の上位にくる街ですが(音楽が好きな人なら、その意味はわかるでしょう)、行ったことありません。Northwest航空を使うと、よくデトロイトで足止めを喰らいますが、飛行機の窓から街を眺めるだけで、空港から出たことはありません。読後、やっぱり行ってみたいという思いは変わりませんでした。
So Many Magazines, So Little Time 12
最後に、唐突ですが、僕が最近気に入って聞いている音楽の紹介を。ここのブログに携わっていた3ヵ月間、ずっと聞いていた作品です。
坂本龍一の『beauty』というアルバム。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ビューティ
これは、1989年、坂本龍一の国外デビューを飾ったアルバムで、発売時、僕はまだ中学生ぐらいだったと思うんですが、当時からまったく好きではありませんでした。と言うよりも、hateしていました。
理由はいくつかあるんですが、もっとも最大の理由は、沖縄民謡などの民族音楽をあまりにも安直に使っているような気がしたことです。実際に、沖縄だけでなく、オリエンタルなの感触の素材がそこかしこに散りばめられています。現代音楽や電子音楽のフィールドにいた人間が、海外でうけるために、それらエスニックな音楽を単に利用したようにしか感じられなかったのです。少年だった僕に、とても大きな失望と怒りを与えてくれた、記念すべきアルバムでした。
それがどうしてか、今ごろなって好きになり、毎日のように聞いています。ほんとに美しい作品だと思います。
その考え方の変化の過程は、なかなか一言では言い表せませんが、たぶん僕が大人になったということだと思います。そして、アートという手段を使って、より多くの人に自分を届けようとする行為が、どれほどのものなのかということを、少しは理解できるようになったからだと思います。それが嬉しくて、毎日聞いているだけなのかもしれません。
ナイーブな世界の中に閉じこもることを正当化する人たちは多いですが、そこからは何も産み出さないよ、と囁いているのだと勝手に妄想しながら、このアルバムを聞いています。
たとえ自分のエゴのためにある種の音楽を利用していたとしても、もはや僕は怒りを覚えることはないでしょう。自分がどこから来たのかということを嫌になるほど考えさせられ、それを赤の他人に説き続けることは、想像するだけでも骨の折れる作業です。セールス的には失敗でしたが、坂本龍一は一流の腕を使ってそれをやってのけたのだと思います。
この作品が美しいとすれば、それは坂本龍一のエゴが美しかったからでしょうね。大人になった僕は、そういうエゴを持った人が大好きです。もし本人に会うことがあれば、僕はこの「Beauty」について、じっくり話を聞いてみたい気がします。
アルバムの中の1曲、「ちんさぐの花」。
ではではまたどこかで。Zayonara。
辻村慶人
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