2017年08月01日号
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artscapeレビュー

石井陽平 個展「最高に生きる」+ひろせなおき個展「GYARU儀葬儀式展」

2014年08月01日号

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石井陽平 個展:2014/7/11~17、ナオナカムラ(素人の乱12号店)/ひろせなおき個展:2014/7/11~20、ナオナカムラ(音二番)[東京都]

ナオナカムラは、主に高円寺の「素人の乱12号店」を一時的に借り上げながら、なおかつ都内のギャラリーを転々としながら、各地で展覧会を断続的に開催している、新しいタイプのギャラリーである。テンポラリーに徹することで場所を維持するための経費を最低限に抑えるという点で、ギャラリストを志望する学生はひとつのモデルとして積極的に見習うべきだろう。だが、ナオナカムラの本質的な魅力は、有望で力のある若いアーティストを次から次へと輩出している点である。なかでも傑出しているのが、石井陽平とひろせなおき。この4月に行なわれた佐藤翔との三人展「ゲームボーイ」(HIGURE 17-15 cas)から間髪を入れず、はやくも新作展が催された。
石井陽平が発表したのは、みずからの祖母をモチーフとした映像インスタレーション。高齢のため認知症が進行し、身体の自由もままならない祖母を生まれ故郷に連れ帰る旅の行程を映像に収めた。そこから感じられるのは、おそらく人生最後の里帰りとなるであろう濃密な時間。「はじまり」に立ち返りながらも、「おわり」へと向かっていく。いや、「おわり」を迎えるために「はじまり」に立ち戻る。石井が映像化したのは、きわめて個人的な事例ではあるが、そこには人生の先で誰もが行き当たる普遍的な問題が映し出されていたのである。
興味深いのは、その普遍的な問題の導き出し方である。会場の中央に設置したベッドの上にモニターを置き、そこで石井が手を添えながら祖母に習字を書かせる映像を見せる作品がある。一見すると書が得意だった祖母の身体の不自由さを、石井が介助することで補っているように見える。つまり大半は石井が書いているように見える。だが、完成した書の「最高に生きる」というたどたどしい文字を見ると、じつはそのようなメッセージを石井に着想させたのは、ほかならぬこの祖母だったのではないかと思えてならない。石井が祖母に「最高に生きる」姿を見たのではなく、祖母が石井に「最高に生きる」よう仕向けたのではなかったか。普遍的な問題は、おうおうにして主体と客体が反転するような関係から獲得されるのだ。
一方、ひろせなおきは渋谷のギャルたちの葬式を彼女たちとともに同地で敢行した一連のプロジェクトを映像インスタレーションによって発表した。ふだんから渋谷のネットカフェで暮らすひろせにとって、90年代以後かたちを変えながら生きながらえてきた、そしていまも生きている渋谷のギャルは、決して無視することはできない主題であり、近しい同類だった。ひろせは彼女たちとの持続的な関係性を築くことから始め、粘り強く交渉を重ねながら生前葬とも言うべきパフォーマンスの内容を共同で決定していく。当日は、彼女たちとともに制作した棺桶をみんなで担ぎながら渋谷の街中をハチ公前まで練り歩いた。ひろせ本人が話す映像には映っていない体験談や裏話があまりにも面白いので、映像だけ見るとプロジェクトの本質が伝わりにくいという難点が否めないが、それにしても渋谷のギャルをここまで正当に作品化した例はほかにない。画期的な作品である。
ひろせの真骨頂は、明らかにリアルタイムの主題であるにもかかわらず、現代アートの主題としてはまったく取り上げられていない問題をいちはやく作品化する、その手並みの鮮やかさである。「フィールドワーク」や「リサーチ」という言葉では到底収まらないほど深く、長く対象に没入する並々ならぬ持久力もすばらしい。昨年後半のデビューから1年も経たないうちに、これほどの高い水準に到達した、自分で自分を教育する力もずば抜けている。
美術大学の学生はひろせや石井のようなアーティストを模範とすべきであり、美術大学の教員はひろせや石井のようなアーティストをひとりとして育てられないカリキュラムと指導法を根本から猛省しなければならない。そして、美術館の学芸員も、現代アートのキュレーターを自称するのであれば、コマーシャルギャラリーばかりに顔を売るのではなく、ナオナカムラのようにほんとうに新しいアートが生まれる現場を自分の眼で目撃しなければならない。

2014/07/16(水)(福住廉)

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