artscapeレビュー

金川晋吾『長い間』

2023年08月01日号

発行所:ナナルイ

発行日:2023/04/27

金川晋吾の2016年の写真集『father』(青幻舎)には、奇妙な揺らぎを含み込みこんで、ずっと長く目に残り続ける写真がおさめられていた。金川が撮影した「失踪を繰り返す父」の写真と、父が毎朝、自分にカメラを向けて撮影したセルフ・ポートレイト群を見ていると、人間という存在にまつわりつく不可解さ、とりとめのなさが、じわじわと滲み出してくるように感じたのだ。

その金川の新しい写真集『長い間』にも、同じような感慨を覚える。今回、彼が撮影したのは、家を出たまま20数年のあいだ行方不明になっていたという伯母(父の姉)の「静江さん」である。病院に収容された彼女を、2010年から繰り返し訪れて撮影したポートレイト(外出時の写真も含む)と、書き留めていた日記の文章が、ハードカバーの写真集におさめられている。撮影の仕方に特定のルールはなく、少しずつ老い衰えて、2020年には死に至る約10年間の「静江さん」の姿が、淡々と写しとられていた。本書と同時期に出版された写真・エッセイ集『いなくなっていない父』(晶文社)に、金川は「写真という場においては、父という人間のその都度の個別具体性が前景化してくる」と書いているが、まさに今回もそんなふうに撮影された写真群といえるだろう。

逆にいえば、その「個別具体性」はほかに置き換え難い、絶対的としか言いようのないものであり、写真になんらかの意味づけを求めようとする読者の期待は、何度となく裏切られてしまうことになる。金川は性急に答えを求めることなく、まさに撮りながら考え、その思考を被写体となった「父」や「静江さん」に投影しながら、あえて迂回するようにして撮影を続けていった。このようなポートレイトの連作は、ありそうであまりないのではないかと思う。

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2023/07/12(水)(飯沢耕太郎)

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