artscapeレビュー

川口翼「心臓」

2023年08月01日号

会期:2023/07/06~2023/07/30

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

川口翼は2022年度の第二回ふげん社写真賞のグランプリ受賞者。この度、審査員の一人でもある町口覚の造本設計による写真集『心臓』(ふげん社)が完成し、そのお披露目も兼ねた写真展が開催された。じつは筆者もまた審査を担当したのだが、昨年の応募作と今回の写真集、写真展の作品とのあいだの落差に、いい意味で驚きを禁じえなかった。

「回転のよすが」というタイトルだった応募作は、表現意欲にあふれる大作だったが、なにもかも詰め込もうとして、なにを言いたいのか伝わってこないもどかしさがあった。また、森山大道や鈴木清のような、彼が強い影響を受けた作家たちの表現を、「スタイル」として取り込むことに精一杯で、肝心の彼自身の写真の方向性が見えにくくなっていた。それが、1年をかけた写真集の制作過程で、削ぎ落としの作業を進めたことで、すっきりとした内容に仕上がった。また、色調がマゼンタに傾く壊れたカメラで撮影したという、ややノスタルジックな雰囲気のモノクロームのパートと、新たに撮影したカラー写真のパートとがうまく絡み合って、過去と現在と未来が、「集合的記憶」として提示される、より膨らみのある作品世界ができあがってきていた。赤い縁をつけた大小の写真をちりばめた写真展のインスタレーションも、とてもうまくいっていたのではないだろうか。

川口は写真集の表紙裏に掲載したテキストで「僕には、写真を何かを表現するためのツールや手段に貶めたくないという青臭い志がある」と書いている。「写真は写真として始まり、写真に化け、何事も語らぬまま一切の形容を拒否し続け、写真として終わって欲しい」というのだ。このような、1999年生まれの若者としてはやや古風なほどの「志」が、今後の彼の写真家としての活動のなかで、そのまま維持されていくのか、それとも少しずつ変わっていくのかはわからない。だが今回の展示と写真集が、「日本写真」の系譜に連なる、新たな世代の表現者の誕生を告げるものとなったことは間違いないだろう。


公式サイト:https://fugensha.jp/events/230706kawaguchi/

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2023/07/15(土)(飯沢耕太郎)

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