2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

ヴァヴェル城、聖ペテロ聖パウロ教会

[ポーランド、クラクフ]

ヴァヴェル城のエリアに登る。中世から近世にかけて、最新のデザインを取り込みながら、リノベーションを繰り返し、旧王宮や大聖堂では、複数の歴史の層がデザインに刻まれている。特に旧王宮は、古層が見える発掘現場の上をうねるスロープで歩く空間体験を提供する展示デザインが秀逸だった。大聖堂は正面や側面、あるいは内部もポコポコと異なる様式のパーツを付加し、てんこ盛りである。全体の統一感やバランスはないが、旺盛に最新のデザインを取り込みながら、重ね書きしてきたことがうかがえる。イルジェズ教会風の外観をもつ《聖ペテロ聖パウロ教会》は、わりと様式の統一感があり、イタリアの建築家の仕事らしい。中央広場の《聖マリア教会》はやはりバランスを考えず、正面にぽこっと入口を付加している。これは他の地域であまり見ない、ポーランドの好みの造形かもしれない。また《バルバカン》と《フロリアンスカ門》は、戦闘防御施設なのだが、かわいらしい。

写真:1段目=《ヴァヴェル城》、左列上から=《ヴァヴェル城》《旧王宮》《大聖堂》《聖ペテロ聖パウロ教会》 右列上から=《聖マリア教会》《バルバカン》《フロリアンスカ門》

2017/09/15(金)(五十嵐太郎)

Face to face: Art in Auschwitz

会期:2017/07/07~2017/11/19

クラコフ国立美術館[ポーランド、クラクフ]

クラコフの国立美術館分館にて、アウシュヴィッツ博物館の70周年記念として企画された「Face to face:アウシュヴィッツのアート」展を見る。てっきり戦後に描かれた作品かと思いきや、そうではなく、まさに強制収容所で制作された絵だけを紹介しており、極限状態のアートとして衝撃的な内容だった。最初の部屋は、ナチスが描かせた絵画(壁画や非公式に画才のあるユダヤ人に描かせ、家族や友人へのプレゼントに持ち帰ったとても「普通」の絵)、第二の部屋は、過酷な労働状況や虐待を描いた作品。第三の部屋は、ユダヤ人たちの肖像画(もちろん、隠れて描いた息抜きの作品)、そして最後は現実逃避として理想を描いた作品。とりわけ瓶の中にスケッチ群を隠し、1947年に発見されたやや漫画タッチの絵が(描いた人も不詳)、残虐な事態を鮮明に伝えており、鬼気迫るものがあった。それにしても、これだけ多くの絵が強制収容所で密かに描かれ、また残ったことから、言葉ではない、絵という視覚芸術の凄みを再認識した。

写真:左中=家族や友人へのプレゼントに持ち帰った絵、左下=壁画、右上=過酷な労働状況や虐待を描いた作品、右中=肖像画

2017/09/15(金)(五十嵐太郎)

アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館

[ポーランド、オシフィエンチム]

今回の重要な目的地であるアウシュヴィッツ博物館へ。クラクフからのバスががらがらで油断したら、すでに現地に大量の観光バスが並んでいた。また予約をちゃんとしていなかったのだが(時間ごとに人数制限がある)、英語ツアーの空きになんとか入れてもらい、無事に見ることができた。実際、アウシュヴィッツのエリアは小さいにもかかわらず、世界中から膨大な数の観光客が押し寄せるため、なるほど混み合う10時から16時はガイド形式でのみ見学可能にしないと、確実に現場はカオス状態になるだろう。ゆえに、途切れなく各国語のガイドツアーが数珠つなぎになって、各棟の部屋をまわり、狭い中廊下を団体がすれ違う。有名な頭髪のほか、靴、めがね、かばんなど、ユダヤ人が使っていた日用品をジャンル別に大量に並べて展示する形式は、いつ始まったのだろう。現代美術でもよく使うやり方だが、その不気味さの根源はここにあった。一方でアウシュヴィッツを見た後は、そうしたタイプのアート作品が皮相的に見えてしまうかもしれない。

写真:上3枚=ツアーで回るアウシュビッツ博物館、左下=犠牲者の靴、右下=薬品の缶

2017/09/14(木)(五十嵐太郎)

アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所

[ポーランド、オシフィエンチム]

アウシュヴィッツの建築群はもともとポーランドの兵舎を転用したもので、更地に建設したビルケナウの床もないバラックに比べると、ちゃんとしている。ただ、28棟に最大2万人以上がいたという数字は、建築計画的に信じがたい密度であり、機能主義どころか、人をモノとして詰め込めば、なんとか可能なレベルだ。例えば、11号館の地下、直立房はひたすら立たせる懲罰牢で、90cm四方の空間である。1人を入れるのかと思いきや、調べるとここに4人を閉じ込め(確かにこれでは人間そのものが場所を埋め尽くし、物理的に座るスペースなどなくなる)、空気孔も小さく、立ったまま死んだらしい。想像を絶する空間の使い方である。アウシュヴィッツ強制収容所から2kmほど行くと、広大なビルケナウがあり(こちらはガイド形式の必要はなく、人数制限もない)、鉄道が死の門に引き込まれる有名な姿はここだ。証拠隠滅をはかって、ナチスがクレマトリウム(焼却炉)を爆破した廃墟のほか、見渡す限り、バラックや暖炉だけ残る廃墟が無数に並ぶ。一部はバラック内も見学できるが、基本は野外展示だ。

写真:上=ビルケナウ、3段目右=煙突だけが残る木造バラック、4段目右=破壊されたクレマトリウム

2017/09/14(木)(五十嵐太郎)

ワルシャワ蜂起博物館

[ポーランド、ワルシャワ]

ワルシャワ蜂起博物館は、ナチスに抵抗した市民が戦闘の結果、徹底的に叩きつぶされ、街が破壊された記憶を伝える。なお、戦後も共産主義のもと、この歴史は正当に評価されず、1989年以降の民主化を経て、ようやく機運が高まり、博物館が整備されることになった。ゆえに、執念を感じる展示である。また廃墟と化したワルシャワの状態を、CGによって復元し、3Dで見せる映像を見ると、広範囲にわたって破壊されたことがわかる。旧王宮の内部を見学すると、派手な部屋が続くが、すべて復元である。戦災で街並みの多くは壁だけは残っていたが、これは入念に破壊され、壁すらほとんど残らなかった。街のシンボル的な建築ゆえに、徹底的に狙われたのかもしれない。そして戦後に復元が決まるも、いったん中断し、市民の寄付や労働奉仕によって、1970年代に工事が完成した。なお、戦時中から美術史の研究者や建築家らが活躍し、絵画を避難させたり、王宮の復元にこぎつけた背景も、詳しく紹介されていた。

写真:上4枚=《ワルシャワ蜂起博物館》、3段目=旧王宮外観、4段目=復元された旧王宮内部、左下=破壊された王宮、右下=王宮復元の募金箱

2017/09/13(水)(五十嵐太郎)

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