2018年12月01日号
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artscapeレビュー

2018年07月15日号のレビュー/プレビュー

松原健「Spring Steps」

会期:2018/05/18~2018/06/13

LOKO GALLERY[東京都]

松原健は1980年代から写真作品をコンスタントに発表してきた。2000年代以降は映像を積極的に使ったインスタレーションに移行し、「記憶の反復や循環、共鳴」をテーマに、さまざまな方向に作品世界の幅を広げつつある。その高度に洗練された作品は、むしろ日本よりも欧米諸国での評価が高い。今回、東京・代官山のLOKO GALLERYで展示された「Spring Steps」も、彼の志向が隅々にまで行きわたった見応えのある作品だった。

今回の展示の発想の元になったのは、戦前に横浜のダンスホールで撮影されたという一枚の写真である。シックな装いの男女が、楽しそうに社交ダンスに興じている。松原はたまたまその写真を目にして、「ダンス」をモチーフにした作品群を構想した。メインの作品となる「Dancing Table」は、丸いガラスに封じ込まれた映像の断片が吊り下げられて回転し、それがテーブル上に置かれた割れた鏡に反射して壁に投影されるインスタレーションである。イメージの断片が、変幻しつつ姿を変えていく様は、幻影と現実とのあいだを往還する楽しみを味わわせてくれる。ほかにも、ダンスシューズや丸テーブル(松原が写真に付け加えた架空のオブジェ)をテーマにした作品が並び、会場には物憂いジャズのスタンダードナンバーが流れていた。

視覚、聴覚などを喚起する全身的な体験を、細やかに編み上げていく松原の能力の高さは、特筆すべきものがある。だが、何度かこの欄でも指摘しているように、日本の美術関係者の評価はあまり高まってこない。もう少し大きな会場で、思う存分腕をふるった作品群を見たいものだ。

2018/06/01(金)(飯沢耕太郎)

下瀬信雄「蛇目舞(jamais vu)」

会期:2018/05/30~2018/06/05

銀座ニコンサロン[東京都]

「蛇目舞」と書いて「jamais vu(ジャメヴュ)」と読ませる。「jamais vu」(未視感)は、「déjà vu」(既視感)の逆で、見慣れたものであるにもかかわらず、初めて見るように思えるという感覚である。下瀬信雄は「身の回りの自然、小動物」を撮影する行為を続けるなかで、「jamais vu」に気づき、それを写真シリーズに定着しようと考えた。今回の銀座ニコンサロンの個展では、その第一弾として55点のプリントが提示されていた。

下瀬は1944年生まれ、山口県萩市在住のベテラン写真家で、1977年の「萩」(銀座ニコンサロン)以来、これまで受賞記念展やアンコール展を含めると銀座、新宿、大阪のニコンサロンで30回もの個展を開催している。これは歴代最多であり、さらに更新されていく可能性が高い。にもかかわらず、いつも新たなジャンルにチャレンジしようとしている。今回の「蛇目舞」シリーズも、デジタルカメラだけでなく4×5インチ判や8×10判の大判カメラも使用し、ギャラリーの壁ごとにプリントの大きさを変えて展示するなど、若々しい意欲にあふれていた。デジタルプリントの色味の調整も、だいぶ思った通りにできるようになってきたようだ。

今回は、月の光で撮影された、不思議な生き物のような「キカラスウリ」の写真(DMにも使われている)など、植物のイメージが中心だったが、それだけでは終わるつもりはないようだ。「蛇目舞」シリーズは、今後はもっと幅の広い被写体で撮り続ける予定だという。次回の展示も楽しみである。なお、本展は2018年6月28日~7月4日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2018/06/01(金)(飯沢耕太郎)

《栗原邸》「山本忠司展」

[京都府]

京都にて、本野精吾が設計した《栗原邸》の一般公開に足を運んだ。これは1929年の竣工だから、前日の夜に会食した、一部に洋風のステンドグラスを組み込んだ《吉田山荘》(1932)よりも早い。すなわち、日本における最初期のモダニズム建築である。大きな特徴は、外壁を観察すると、はっきりと表われているように、中村鎮のコンクリート・ブロックを用いていること。現在も京都工芸繊維大学が学生たちと取り組んで、少しずつ修復を継続しているようだが、あえて天井を仕上げず、内部の構造にもコンクリート・ブロックが使われていることを明示する部屋があった。敗戦後にアメリカ軍が接収し、当時に改修された痕跡も残っている。窓辺を見ると、壁がとても厚いことがわかる。またエントランスの半円のポーチに並ぶ太い2本の柱や、室内のプランは、モダニズムの自由な構成とは違い、むしろクラシックな性格が強い。そうした意味では過渡期にある建築だろう。一方で室内に設置された本野自身がデザインした家具は、ヨーロッパの新動向を取り入れている。つまり、空間としてよりも、モノとしての近代を強く感じる建築だった。現在、この家を購入し、保存しながら使う住人を探しており、「継承のための一般公開」が行なわれていたのである。

同日に京都工芸繊維大学の美術工芸資料館で開催されていた「山本忠司展」展を訪れた。本野だけでなく、山本も、ここの卒業生だったことを知る(ちなみに、白井晟一もそうである)。同大建築学科の底力と歴史を大事にしている姿勢がうかがえる(実際、歴史系の教員も多い)。展覧会では、図面、模型、写真、新聞、ノートによって、山本の作品をたどるが、日本建築学会賞(作品)を受賞した《瀬戸内海歴史民俗資料館》を世に送りだしながらも、県職員だったこともあり、やはり寡作だった。ちなみに、現存しないが、若き日に北欧の影響を受けた《屋島陸上競技場》(1953)や、システマティックな《県営住宅宇多津団地》(1975)などの作品も手がけている。なお、彼は丹下ほか多くの建築家の作品を香川県にもたらした金子知事の時代を経験しており、ハコモノ行政と批判されない、地方の公共建築が祝福されたよき日々を知っている建築家である。






2018/06/02(土)(五十嵐太郎)

菱田雄介「border|korea」

会期:2018/05/27~2018/06/24

Kanzan Gallery[東京都]

菱田雄介は2017年に写真集『border|korea』(リブロアルテ)を刊行した。2009年以来、北朝鮮を7回、韓国を10回以上訪問して撮影した、「朝鮮半島の北と南を並置した組写真」によるこの写真集は、土門拳写真賞や林忠彦賞の最終審査に残るなど高い評価を受ける(第30回写真の会賞を受賞)。ちょうど、南北首脳会談や米朝首脳会談が話題になり、朝鮮半島の政治・社会状況に対する関心が高まってきたことも、本展が開催された背景にあるだろう。

今回のKanzan Galleryでの個展は、むろん写真集に収録された学生、軍人、主婦、僧侶、生まれたばかりの赤ん坊などを対比させた写真の展示が中心なのだが、写真集では別冊として提示した「脱北者」の写真も含まれている。それよりも、むしろ本展において重要な意味を持つのは、新作の映像作品「Moving Portrait」ではないだろうか。「Moving Portrait」は、菱田が北朝鮮と韓国でモデルたちを撮影している様子を、別のカメラで撮影した「メイキング動画」とでもいうべき作品である。モデルたちはカメラを向けられることで、緊張や戸惑いの表情を見せる。特に北朝鮮の若い学生やダンサーたちの落ち着きのなさが印象深い。つまり、写真の前後の時間の厚みが動画によって補強されるとともに、彼らを取り巻く環境がリアルな空気感として捉えられているのだ。デジタルカメラに動画機能が取り込まれることで、「写真家による映像表現」の可能性は大きく拡張しつつあるが、本作もその雄弁な証明といえそうだ。

「border|korea」のシリーズは、一応は完結したが、現代社会におけるさまざまな「border」は、むしろ強化されつつあるように思える。それらを鋭敏に嗅ぎ当て、カメラを向けていく菱田の試みも、さらに続いていくはずだ。

2018/06/02(土)(飯沢耕太郎)

田原桂一「Sens de Lumière」

会期:2018/06/01~2018/06/10

ポーラ ミュージアム アネックス[東京都]

2017年6月に65歳で亡くなった田原桂一の1980~90年代の作品を展示した回顧展である。71年に渡仏した田原は、2006年に帰国するまで、パリを拠点に多彩な領域にわたる写真作品を制作・発表した。今回はそのなかから、布や石灰岩に彫像をテーマに撮影した写真を焼き付けた「Torso」シリーズを中心に展示している。
この時期の田原は、大理石の彫像を照らし出し包み込む光の美しさに魅せられ、その視覚的な体験をいかに写真作品として定着するのかを模索していた。結果として、スライスした石灰岩に感光乳剤を塗布し、画面の一部に金箔を貼り付けてプリントするという、装飾的な手法にこだわることになる。いま見直すと、京都出身の田原にとって、それは一見かけ離れた日本の伝統工芸と西欧の彫塑の美意識とを結びつけ、折り合いをつけようとする試みであったように思える。マニエリスティックな「Torso」の佇まいは、その苦闘のあらわれだが、必ずしもうまくいったとはいえないのではないだろうか。パリ時代の初期に発表された「窓」や「エクラ」などのシリーズと比較しても、ややひ弱な印象を受けてしまうのだ。
2010年代以降、田原は舞踊家の田中泯をモデルとして1978~80年に撮影された「Photosynthesis」シリーズの再構築や、最晩年の意欲的な新作「奥の細道」など、「写真回帰」の傾向を強めつつあった。「Torso」のような回り道も含め、彼の生涯をたどり直す本格的な回顧展をぜひ見てみたい。

2018/06/03(日)(飯沢耕太郎)

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2018年07月15日号の
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