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三井の文化と歴史(後期)──日本屈指の経営史料が語る三井の350年

2015年06月01日号

会期:2015/05/14~2015/06/10

三井記念美術館[東京都]

三井文庫の開設50周年と三井記念美術館の開館10周年を記念する展覧会。春季展の後期は、三井文庫が所蔵する17世紀半ばから20世紀までの経営史料、文書類、絵画などを通じて、三井家及び三井の事業の350年にわたる歴史を紐解く。三井文庫の前身は明治36年10月に旧三井本館内に設けられた三井家編纂室。大正7年に現在の品川区豊町に移転して三井文庫と称し、三井の家族史および事業史の蒐集・整理・編纂作業が行なわれてきた。戦後その活動は一時休止するが、昭和40年に財団法人として再出発。戦前期は史料は外部には非公開であったが、昭和41年からおもに研究者を対象として公開されている。所蔵している史料は、近世を中心とした三井家記録文書と、近代の三井関係会社事業史料、そして三井家の顧問であった井上馨関係史料などから構成されている。これらの史料の多くはけっして偶然に残されたものではない。すでに三井の元祖・三井高利(1622-1694)とその子どもたちが活躍した元禄・宝永期には文書の体系化と保存への意識がみられ、享保期(1716-1735)にはその保管も体系的に行なわれ始めていたという事実には驚かされる。帳簿や文書類を保管・管理するための当時の帳簿も現存しているのだ。もちろんそれらは事業を管理・継続していくことを目的としたものであるが、歴史研究者にとっては近世から近代にかけての日本の商業や金融の発展を跡づけるうえでかけがえのない史料となっている。本展ではそうした、事業を記録し残すという活動にもまた焦点が当てられている。
 展示前半は近世江戸期。松坂の商人・三井高利のルーツから江戸への進出、三井家とその事業である呉服店と両替店の展開が示される。後半は近代明治以降で、三井銀行・三井物産・三井鉱山の歴史を中心に構成されている。いずれの項目も出来事に合わせてキーとなる史料が選ばれて展示されているが、史料があってこそ歴史が明らかにされ、叙述されていることを忘れるわけにはいかない。
 展示されている史料は三井文庫の10万点におよぶコレクションからいずれも厳選されたものばかりであるが、いくつかをピックアップしてみる。「商売記」(1722)は三井高利の三男・高治が高利の事業について記録したもの。高利が江戸で成功を収めた新商法「現金掛け値なし」もここに記されている。「店々人入見合書帳」(1764)は越後屋の江戸と大坂の営業店と競合呉服店の来店者数を記録した史料。他店のデータは店先に奉公人を派遣して調べさせ、その数は三井独自の符帳で帳面に書かれている。この符帳は他にもさまざまな文書に用いられていたという。奉公人の不始末──商品の横流しや使い込み、門限破りなど──を記録した「批言帳」(1786)も、江戸期の奉公人の実態を知るうえで興味深い。近代の史料としては、富岡製糸場でつくられた生糸(1901)がある。明治半ばに三井銀行の経営改革を行なった中上川彦次郎(福沢諭吉の甥)は工業部を新設して三井の工業化路線を推し進めた。政府から払い下げを受けた富岡製糸場もそのひとつである。しかし業績の不振、中上川の三井内部での孤立と早い死ののち、工業部門は売却または独立させられていった。富岡製糸場は原富太郎(三渓)の原合名会社に売却されている。三井家関連史料としては一族の資産共有を定め結束を象徴する「宗竺遺書」(1722)、「三井家憲」(1900)がとても興味深い。大正から昭和初期にかけての三井家の人々の姿、視察旅行などを捉えた映像もまた見所である。[新川徳彦]

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