2020年06月01日号
次回6月15日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

鈴木理策『知覚の感光板』

発行所:赤々舎

発行日:2020年4月13日

鈴木理策は2004年に写真集『Mont Sainte Victoire』(Nazraeli Press)を刊行している。ポール・セザンヌが描き続けた南仏のサント=ヴィクトワール山を撮影したシリーズだが、このときの撮影で8×10インチの大判カメラを使い始めたことも含めて、鈴木にとって大きな転機となるシリーズだった。本書はその続編というべき写真集で、セザンヌだけでなく、クロード・モネ、エドガー・ドガといった19世紀の画家たちが描いたフランス各地の風景を撮影した写真が集成されている。ただし、どの写真がどの画家のどの作品をもとにしているという情報の記載は、注意深く避けられている。そのことによって、読者が夾雑物なしに鈴木の写真行為の成果に向き合うことが可能になった。

鈴木が試みたのは、身体の外で進行する、カメラという「機械の知覚」のあり方を、風景を撮影することであらためて検証することだった。肉眼でものを見るときには、過去の記憶に侵食されており、また風景そのものが刻々と変化していくので、知覚の純粋さを保つのはむずかしくなる。だが、まさに「知覚の感光板」というべき大判カメラを使えば、「純粋にものを見る」ことが可能となる。そこに、撮影者の思惑を超えた世界のあり方が出現してくるということだ。

その鈴木の意図は、本書でよく実現しているのではないだろうか。光や風といった「揺らぎ」が多くの写真に取り入れられており、ブレやボケなどをそのまま写し込んだ作品もかなりある。目の前の風景に対峙しつつ、どんな写真ができ上がってくるのかという期待を抱きながらシャッターを切っていくことの歓びが、伝わってくる作品が多かった。須山悠里による、瀟洒な装丁・デザインも素晴らしい出来栄えだ。

関連レビュー

鈴木理策「知覚の感光板」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年12月15日号)

2020/05/21(木)(飯沢耕太郎)

銅像本を発掘した──三澤敏博『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』、金子治夫『日本の銅像』、かみゆ歴史編集部(編)『日本の銅像 完全名鑑』

ここ2カ月間ほど展覧会も見ず、アトリエにも行かず、ほとんど家にいた。じゃあ家で仕事三昧だったかというとそんなに仕事があるはずもなく、かといって読書やオンラインに熱中するでもなく、ひたすら部屋を片づけていた。ほぼ20年間、ということは21世紀に入ってから一度も大掃除をしたことがなかったので、自室は津波の後の瓦礫の山状態。そういえば東日本大震災のとき、本棚や積み上げた本から雪崩が起きて床が本の海と化したことがある。あの後ちゃんと整理すればよかったものを、本を戻すのに精一杯で、再び本が降り積もってしまったのだ。そのため、ほしい本を探すのに一苦労という状態が20年も続いていた。

本の山(海にもなる)といっても、半分くらいは展覧会のカタログやパンフレット類で、その大半はパラパラめくった程度。買った(もらった)まま一度も開いたことのないカタログも相当ある。ザッと数えてみたら雑誌も含めて6千冊以上。これでも2、3年ごとに数百冊単位で処分してきたのだが、減るより増えるスピードのほうが速い。もし処分せずに溜め込んでいたら床が抜けていたに違いない。そこで今回は、もう2度と(あるいは1度も)見ないだろうカタログを中心に千冊以上を古本屋に引き取ってもらい、床にスペースをつくってなんとかベッドを入れることができた。それまではリビングの隅に敷いたマットレスで寝るという家庭内ホームレスだったのだ。と、どうでもいいことを書いているが、この大掃除の過程で興味深い本を「発掘」したので紹介したいという前フリでした。



三澤敏博『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』

発行所:交通新聞社

発行日:2016/11/18

まずは、読んでないだけでなく、買ったことも覚えておらず、こんな本があったことすら初めて知ったみたいな「掘り出し物」を。三澤敏博著『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』だ。裏を見るとブックオフのシールが貼ってあるが、いつ、どこのブックオフで買ったのやら。交通新聞社が出している「散歩の達人ヒストリ」というシリーズの1冊で、判型はB6判と小さく、シリーズものでこのタイトルだから軽い歴史本か入門書かと思って読んでみたら、中身は意外としっかりしている。

タイトルどおり、本書は銅像になった幕末維新の志士たちを採り上げ、彼らがどんな活躍をし、どのような経緯で銅像が建てられたかを詳述したもの。周知のように、日本の銅像は維新期に導入した西洋文化のひとつで、国家に貢献した人物を顕彰するために建てられるようになったが、当初は銅像と神社が同列に考えられていたという驚きの事実が序章で語られる。明治初期には国家に尽くした忠臣をまつるため、新政府が別格官幣社という新しい神社の制度を定めたため、だれを神社に、だれを銅像にという選択肢があったというのだ。いまでは考えられないが、銅像と神社は似たようなものだったのだ。しかし神社は広い土地を必要とする上、維持運営にもお金がかかるので、経費削減の意味でも銅像が推奨されたという。

以下、本書では、靖国神社の大村益次郎像、上野公園の西郷隆盛像、皇居外苑の楠木正成像、そして日本全国に波及した二宮金次郎像が扱われる。これらの銅像に関して、なぜその人物が銅像になり、なぜそこに建てられたのかとか、なぜ西郷像だけは軍服でも騎馬姿でもなく着流しなのかといったエピソードは、先行する木下直之の『銅像時代』や、木下氏のBankARTスクールでの講義でおおむね知っていた(いま『銅像時代』をパラパラめくったら神社との関係も載っていた!)。だが、大村像も西郷像も顔の造作は、日本の紙幣や切手印刷の基礎を築いたお雇い外国人キヨッソーネが描いた肖像画を手本にした、という話は初耳だ。

だいたい銅像が建てられるのは、像主の死後10年以上たってからのこと。写真も肖像画もほとんどなかった当時、どれだけ容貌を似せられるかが問題だった。キヨッソーネは西郷の肖像を制作する際、顔の上半分は弟の従道を、下半分はいとこの大山巌をモデルにし、西洋的なリアリズムで仕上げたという。そんな肖像画を参考にしたせいか、大村像も西郷像も顔が濃く、日本人離れしている印象だ。しかし大村像に関しては、作者の大熊氏廣が大村の親族を訪ね、似ているといわれる妹をスケッチし、未亡人の助言を聞きながら肖像画を完成させたというのが真相らしい(大熊の描いた肖像画とキヨッソーネ作といわれる肖像画が瓜二つであることは図版からわかる)。ましてや維新から500年以上も前の楠木の実際の顔など、だれも知るよしもない。そこで作者の高村光雲は、その性格から顔貌を推し量って制作したという。

ほかにも、西郷像と楠木像の作者は光雲だが、西郷の連れている犬と楠木が乗る馬はどちらも動物彫刻で知られる後藤貞行の作だとか、勝海舟は「銅像は時勢により大砲の弾丸に鋳直されるかもしれないから興味ない」と、戦時中の金属供与を予言するような発言をしていたとか、二宮金次郎の銅像は昭和初期に全国の小学校に広まったが、主導したのは国ではなく民間の銅器業者と石材業者だったとか、戦中に学校の金次郎像が金属供与で撤収される際に壮行会が行なわれたとか、空いた台座に「二宮先生応徴中」の札が立てられたとか、最近はマンガやアニメ、ゆるキャラ像のほか、坂本龍馬をはじめNHK大河ドラマの主人公の銅像が各地に建てられるようになったとか、うなずけたり笑えたりするエピソードが満載。銅像についてだけでなく、時代背景や人物紹介にも相当のページが割かれているので、日本史に疎いぼくにもよくわかりまちた。



金子治夫『日本の銅像』

発行所:淡交社

発行日:2012/04/05

『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』を読んでいたら、淡交社の『日本の銅像』という写真集を思い出したので掘り出してみた。明治以降に建てられた全国225体(番外編を含めると236体)の銅像を、金子治夫のモノクロ写真で紹介したもの。おもしろいのは、銅像が地域別でも設置年順でもなく、像主の生きた時代順に並んでいること。神武天皇に始まり、可美真手命、日本武尊、大隅弥五郎、聖徳太子と続き、最後は吉田茂で終わっている(番外編では鬼太郎と目玉おやじ、寅さん、鎌倉の大仏などが紹介されている)。美術オタクには設置年順、銅像オタクには地域別が望ましいが、このオーダーを喜ぶのはきっと偉人オタクだろう。その証拠に、巻末には像の作者ではなく像主の解説がある。

写真はモノクロとはいえ銅像本体だけでなく、台座はもちろん周囲の風景まで写し込んでいるのでありがたい。顔などのディテールはわかりにくいけど(拡大写真がついているものもある)、どのような環境に置かれ、どんな台座に乗っているかが一目瞭然だからだ。これを見れば像自身の居心地がわかるような気がする。多くは公園や広場に建てられているが、なかにはホール内(太田道灌)、湖の上(八重垣姫)、ビルの隙間(桂小五郎)に置かれているものもある。また構図も凝っていて、織田信長像は灯台みたいな安土駅を強引に画面に入れたり、水戸黄門・助さん・格さん像は画面の大半を占める水戸駅前風景の右端にちょこんと写っていたり、平賀源内像は背後に枯れ木を入れてエレキテル放射に見せかけたり、眺めているだけでも楽しいのだ。



かみゆ歴史編集部(編)『日本の銅像 完全名鑑』

発行所:廣済堂出版

発行日:2013/10/05

こうして銅像にハマっているうちに、廣済堂出版から『日本の銅像 完全名鑑』という本が出ているのを知った。これはさすがに家にないので取り寄せてみた。「史上初! 歴史人物銅像オールカラーガイド」と銘打たれているように、日本全国950体の銅像を都道府県別にカラーで紹介するムックだ。地域別にカラーで見せてくれるのはうれしいけど、主要な像以外は図版が小さく、台座も写っておらず、作者名も設置年も記されていないのが残念。まあ数が多いので仕方ないか。ページの合間に「アニメ・マンガ編」「力士編」「芸能編」などジャンル別の銅像も紹介するなど、飽きない工夫も凝らされている。

また、巻頭の「銅像なんでもランキング」も興味深い。設置数ベスト3では、1位の松尾芭蕉像33体、2位の坂本龍馬像32体がぶっちぎりで、3位は聖徳太子、織田信長、明治天皇の各12体ずつとなっている。でも本当は二宮金次郎像がおそらく千体以上(戦前は石像も含めてその10倍?)で圧倒的1位だが、量産されたものだし、正確な数がつかめないのでランク外。大きさベスト3は、熊本の天草四郎像の15メートルがトップで、以下、福岡の日蓮上人像10.6メートル、鹿児島の西郷隆盛像10.5メートルと続く。九州人は大きなものが好きなようだ。古さでは、兼六園の日本武尊像が1880年、靖国神社の大村益次郎像が1893年、浜離宮の可美真手命像が1894年、という順。ただし日本武尊は神話上の人物で、しかもこの像は西南戦争の殉死者の慰霊碑として建てられたものなので、個人の偉業を顕彰する近代的な銅像では大村像が最初になる。


なぜ銅像なのか

以上3冊の銅像本を読み(見)比べてみたが、興味をそそるのはそれぞれの発行年だ。『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』が2016年でもっとも新しく、『日本の銅像』が2012年で、『日本の銅像 完全名鑑』が2013年の出版。さらに、前述の木下直之の『銅像時代』が2014年、未読だが、平瀬礼太の『銅像受難の近代』という本が2011年に出ている。どうやら2010年代はにわか銅像ブームに沸いた時代といえそうだ。しかしなぜこの時期に銅像なのか。東日本大震災は関係なさそうだし、明治150年(2018)には早すぎるし。美術とプロパガンダの狭間という意味で銅像と通じる戦争画は、戦後70年(2015)の節目にブームになったが、それとも関係なさそうだ。

ところで、今回の大掃除の「副産物」として、恐ろしいことに、20余年分の新聞の切り抜きがホコリまみれで発見されてしまった。全部で4、5千枚はあろうかという厖大な切り抜きを1週間かけて振り分けていったのだが、やはり2010年代に銅像を巡る記事が目についた。そのひとつ、朝日新聞2011年11月1日の朝刊の「銅像どうして今もなお」と題された記事。これは前年(2010)から各地に篤姫、坂本龍馬、上杉景勝・直江兼続、豊臣秀頼らの銅像が建てられ、銅像関連の出版も相次いでいるという内容で、皇居前の楠木像、鹿児島の篤姫像、亀有の両津勘吉像の写真3点を載せている。その裏面にはマンガのキャラクターの銅像の所在地を紹介する「こち亀マップたちまち重版」の記事があり、連動していることがわかる。そういえばこの時期、マンガ・アニメのキャラクターやNHK大河ドラマの登場人物の銅像が各地に建てられ、観光の目玉になっていたのだ。銅像ブームの正体はこれだったのか!

でもそれだけではミもフタもないし、戦前の「由緒正しい」銅像の立場がないので、もう少し美術の視点から憶測してみたい。一言でいえば、1990年代にブームを迎えたパブリックアートに対する反動ではないか、というのが私の見立てだ。

パブリックアートは1994、95年に相次いで完成したファーレ立川と新宿アイランドをピークとして各地に林立するが、その地とは縁もゆかりもないキテレツな作品が多く、当初は歓迎されたもののすぐに飽きられてしまう。そうしたパブリックアートの反動として、バンクシーに代表される自由でシニカルなストリートアートが話題になり、地域に入り込んで内側からコミュニティを活性化させるソーシャリー・エンゲイジド・アートが注目されたが、そこでもうひとつねじれた動きとして、パブリックアートのルーツを批判的に遡った結果、ツッコミどころ満載の銅像に行き着いたというわけだ。だから逆にいうと、銅像について問うことで閉塞したパブリックアートの突破口を見出し、公共と美術の関係性を問い直せるのではないかとの期待もあったと思う。そう考えると、その後の銅像への関心が戦前・戦後の断絶へと向かい、小田原まどかの「この国の彫刻のために」(『彫刻の問題』所収、トポフィル、2017)といった一連の論考に受け継がれていくのも納得できるのだ。

ちなみに、ぼくがいまさら銅像に引っかかった直接のきっかけは、たぶん三つある。ひとつめは、この2月、横浜に建つ井伊直弼像に関する企画展「井伊直弼と横浜」を神奈川県立歴史博物館で見て、あらためて銅像のおもしろさと厄介さを知ったこと。二つめは、同じく2月、BankARTスクールの講座のため、横浜みなとみらい地区のパブリックアートについて調べたこと(ちなみに井伊直弼像はみなとみらいを見下ろす場所にある)、三つめは、コロナ禍において3密を避けながら鑑賞できる美術形式として、あらためてパブリックアートや銅像の存在を見直したことだ。つまり銅像とパブリックアートのことが脳に残存していたときに、この『幕末維新 銅像になった人、ならなかった人』に出会ってしまったわけ。だからバイアスがかかっているかもしれないけど、案外これから銅像建立が流行る予感がないわけではない。

関連レビュー

掃部山銅像建立110年 井伊直弼と横浜|村田真:artscapeレビュー(2020年03月01日号)
小田原のどか編著『彫刻 SCULPTURE 1』|星野太:artscapeレビュー(2018年08月01日号)

2020/05/20(木)(村田真)

石井正則『13(サーティーン) ハンセン病療養所からの言葉』

発行所:トランスビュー

発行日:2020年3月30日

石井正則は俳優として活動しながら写真撮影を続けてきた。その写真愛、カメラ愛の深さが、趣味の域を遥かに超えていることは、日付を写し込む機能がついた「3000円以下で買った中古のフィルムカメラ」を解説、作例付きで紹介した彼の著書、『駄カメラ大百科』(徳間書店、2018)を見ればよくわかる。

本書は、その石井がここ数年撮り続けてきた、全国に13ある国立ハンセン病療養所の写真と、ハンセン病患者たちの詩とを一冊におさめた写真文集である。35ミリ判のカメラだけでなく、8×10インチの大判カメラも使用した写真のクオリティはとても高く、一枚一枚が丁寧に撮影されている。とはいえ、写真の空気感はけっして堅苦しいものではなく、石井自身がスタッフや患者たちと写っている写真、花のクローズアップの写真など、柔らかに包み込むような雰囲気のものが多い。「フィルムに残る『場の記憶』と、入所者のみなさまの力強い『詩』で、改めてハンセン病に関する理解、さらには他の様々な問題への関心を深めていただけたら、と願っています」という制作意図が、しっかりと伝わる造りになっていた。

写真と詩とが交互に掲載されたレイアウトもよく考えられている。少し気になったのは、日付入りのコンパクトカメラで撮影された写真と8×10インチの大判カメラの「作品」、さらにカラー写真とモノクローム写真との取り合わせが、ややバラバラに見えてしまうことだ。写真の選択と配置に、もう少し統一感があったほうがよかったかもしれない。残念なことに、写真集の刊行にあわせて、2020年2月〜5月に東京都東村山市の国立ハンセン病資料館で開催予定だった写真展「13(サーティーン)〜ハンセン病療養所の現在を撮る〜」は中止になってしまった。ぜひ、日程を再調整して開催してほしい。

2020/05/17(日)(飯沢耕太郎)

大山顕『新写真論 スマホと顔』

発行所:ゲンロン

発行日:2020年3月20日

本書の著者の大山顕は、石井哲との共著『工場萌え』(東京書籍、2007)の大ヒットで知られるライター、写真家である。本書では、日本各地の石油コンビナートなど、工場群のメカニックな構造美の探究に新たな視点をもたらした彼が、「スマートフォンとSNS」の時代における写真のあり方について、広範な視点で論じている。

「自撮りの写真論」、「幽霊化するカメラ」、「航空写真と風景」、「ドローン兵器とSNS」、「Googleがあなたの思い出を決める」など、23章にわたって論じられる内容は、まさに「眼から鱗」であり、たしかにここ10年余りで写真をめぐる環境が激変したことがよくわかる。最も興味深いのは、20章の「写真は誰のものか」だろう。2019年6月から警察における取調べの可視化を義務づける改正刑事訴訟法が施行された。これは録画機器の低価格化、高性能化によってコスト面で取調べの全録画が可能になったからだ。このような「全記録化」は、監視カメラやドライブレコーダーを含むあらゆる写真に広がっていくことが予想される。するとどうなるかといえば、記録された全画像を人間が見るのは不可能なので、その選別をAIが学習して行なうことになる。大山はこのような「写真システムの自立」が進めば、「人間を必要としなくなる写真」が大量に出現してくるのではないかと述べる。

とすると、「人間を必要とする写真」は完全に絶滅してしまうのだろうか。たしかに、誰もがスマートフォンとSNSのアカウントを持っていて、日々天文学的な数量の写真を生産し消費しているいま、それらを従来のように「オリジナリティ」を基準にして批評するのはむずかしくなっている。では、批評に値する写真がまったくなくなってしまったのかといえば、そうとはいえない。例えば本書に収録されている、大山が香港の団地群を撮影した「香港スキャニング」は、「こう撮りたい」というコンセプトをデジタル化以降のテクノロジーで実現した高度な「写真作品」といえる。

「スマートフォンとSNS」の時代の写真のほとんどが、「いいね」がつくことを目的にした同じようなパターンの繰り返しになり、「人間を必要としなく」なったとしても、それでもなお、写真を使って思考や認識を更新していく写真家たちの営みは続いていくのではないだろうか。大山にはぜひ、SNSを母胎にした写真「表現」の可能性について論じてもらいたいものだ。

2020/05/15(金)(飯沢耕太郎)

松谷友美『山の光』

発行所:蒼穹舎

発行日:2020年5月18日

大田通貴が1986年に創設した蒼穹舎からは、コンスタントに写真集が刊行されている。去年(2019)は14冊、今年(2020)もすでに6冊出ているので、ほぼ月一冊のペースと言えるだろう。その内容の幅は、むろんかなり大きいのだが、どこか共通性があるようにも感じる。多くはスナップショットであり、コンセプトを優先させたり、画像に手を加えたりするものはほとんどない。厳密にチェックしたわけではないが、おそらく使用機材はデジタルカメラではなく、ほとんどが銀塩カメラとフィルムだろう。とりたてて、テーマを立てることはなく、写真家の前にあらわれた光景を淡々と受け入れ、写しとっているものが多い。

松谷友美の新作『山の光』も、まさに蒼穹舎の出版物らしい写真集だ。1984年に埼玉県に生まれ、2005年に東京ビジュアルアーツ卒業後、いくつかの自主運営ギャラリーの活動にかかわってきた彼女は、蒼穹舎からすでに写真集『六花』(2014)を出版している。旧作は主に「北の町」で、今回は山口県、岡山県、島根県、広島県など「西の町」で撮影されたという違いはあるが、写真から受ける感触にはほとんど変わりはない。町の眺めや人々の姿を、やや引き気味に距離をとって画面におさめていく。撮ることによってその場所の空気感が揺らいだり、被写体との関係が壊れたりすることをなるべく回避するように、息を殺してシャッターを切っている様子が伝わってくる。その、まったく押しつけがましくない、慎ましやかな写真のたたずまいが、ページを繰るごとに次第に目に馴染んでくる。

このような写真の見え方は、とても好ましいものだが、松谷に限らず蒼穹舎の出版物を見ていると、長年日本の写真家たちによって培われてきた「旅と移動」を基本的なスタイルとするスナップショットの安定感が気になってくる。そうやって写真を撮り続け、発表を続けていくことは、写真家にも見る者にも、いつでも安心感を与えてくれるものだろう。だが、この居心地のよい場所から、未知の世界へと踏み出していく写真家が、もう少し出てきてもいいのではないだろうか。

2020/05/11(月)(飯沢耕太郎)

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