2020年03月15日号
次回4月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美

会期:2020/02/01~2020/04/07(※)

東京都庭園美術館[東京都]

※2月29日〜3月31日は臨時休館(3月16日現在。最新の状況は公式サイトをご参照ください)

フランスは装飾美術に長けた国である。その根底にあるのが「ラール・ド・ヴィーヴル(生活の芸術)」という思想だ(「アール・ド・ヴィーヴル」という読み方もある)。つまり生活のなかに自分が好きなものや心惹かれるものを取り入れて、人生を豊かにしたいと考える人がフランスには多いのである。その出発点のひとつとも言えるのが、1925年に開かれた「パリ万国博覧会(アール・デコ博覧会)」だろう。同博覧会のメイン会場にガラスの噴水塔を製作し、注目を大いに集めたのがルネ・ラリックである。以後、ラリックはアール・デコを代表するガラス工芸家として君臨した。いつの世も、技術革新によって産業が発達する。ガラスは型吹きやプレス成型などを用いれば加工が容易で、量産に適する。しかも独特の透明感と輝きを持つため、ラリックは貴石に代わる新素材としてガラスに着目した。それまでジュエリー作家として培った経験と審美眼を存分に発揮することで、ガラス工芸で成功を収めたのである。

本展はラリックのガラス工芸品の全容を紹介する展覧会だ。何しろ、会場の東京都庭園美術館は旧朝香宮邸である。同邸宅は世界的にも貴重なアール・デコ建築で、正面玄関ガラスレリーフ扉はラリックの作品としても知られている。香水瓶をはじめ、食器や花瓶、ランプ、化粧道具、アクセサリー、印章、カーマスコットなど、ラリックはありとあらゆる生活道具を魅力的なガラス工芸品に変えた。その数は4300種類にも及ぶ。例えば欧州では1920年代以降に一般女性の間にも化粧の習慣が広がったのだが、そもそも貴婦人だけの習慣だった化粧道具には、金銀などの高級素材を使った装飾が施されていた。ラリックはそこにガラス細工を施し、同じような贅沢を一般女性にも提供したのである。特に女性は化粧をする行為自体に喜びやときめきが伴う。装飾美術にはそれをより一層高める役割があるとラリックは認識していたのだ。もちろんそれは商品の売れ行きにも直結する。

旧朝香宮邸正面玄関ガラスレリーフ扉(部分)1933、東京都庭園美術館蔵

日本には昔から工芸品には「用の美」という概念があるが、用の美と装飾美術とは、美の意味が異なる。前者はどちらかと言うと機能美や素朴な美を指し、暮らしに寄り添うものであるが、後者は詳細につくり込まれた美を指し、生活に彩りや刺激を与えるもののような気がする。アール・デコ博覧会以降、フランスでは装飾美術が「ラール・ド・ヴィーヴル」の下地となっていったのだろう。その後、欧州ではファインアートが発達し、近年はむしろ用をなさないものこそ芸術価値が高くなる現象が起きている。したがって装飾美術からファインアートへ、「ラール・ド・ヴィーヴル」の価値観も移行したのかもしれないが、その点ははっきりとはわからない。しかしラリックが残したガラス工芸品を見ていると、その境界すらも薄らいでいく。約1世紀前、フランスには優れた装飾美術に彩られた生活文化が確かにあった。

香水瓶《牧神のくちづけ》モリナール社、1928(右から3番目)ほか香水瓶各種 北澤美術館蔵[撮影:清水哲郎]


公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/200201-0407_lalique.html

2020/02/28(金)(杉江あこ)

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「コズミック・ガーデン」サンドラ・シント展

会期:2020/02/11~2020/05/10(※)

銀座メゾンエルメス フォーラム[東京都]

※3月3日〜3月22日は臨時休館(3月16日現在。最新の状況は公式サイトをご参照ください)

いま、世界中に新型コロナウィルスの感染が広がり大騒動となっている。本展を観たのは2月28日。ちょうど安倍首相が全国の小中高校に臨時休校要請を呼びかけた翌日のことだった。このあたりから全国の美術館の臨時休館が相次いで発表され、私は慌てて展覧会を観に出かけたのだった。マスクは言うまでもなく、トイレットペーパーなどの紙類まで売り切れるし、世の中全体が得体の知れない恐怖に対してパニックを起こしている状態である。この異様な状況は、3.11以後の社会に似ているとふと思い起こした。あのときも震災や津波の恐怖とともに、目に見えない放射線に脅えたのだった。放射線もウィルスも、目に見えないからこそ恐怖が増大する。

例外なく、私も漠然とした恐怖にさらされたひとりだった。マスクを着用し、外出先でもこまめに手洗いと消毒を行ないつつ訪れた本展は、そんな心境をまさに見透かすような内容だった。壁一面に塗られた青の世界にまず圧倒される。淡い青から濃い青へと徐々に変化する青のグラデーションのなかで、白い線画が浮遊している。白い線画は雲や霧、波しぶきのようであり、自分が鳥になって青空を駆け巡り、また海を見下ろしているような気持ちになった。なかなか爽快な眺めである。さらに奥へ進むと、紺碧の空間が待ち受ける。床には絨毯が敷かれ、靴を脱いで上がるよう指示される。絨毯にまで白い線画が飛び跳ねるように及んだそこは、無限の星が瞬く宇宙だった。果てしない宇宙の中に身を置き、寝そべって、静かに星々を眺める時間が用意されていた。

本展のアーティスト、サンドラ・シントが想定したシナリオは、おそらくこの空、海、宇宙の世界までだったに違いない。しかしこのとき、私が感じたのはウィルスの存在である。最初から薄々と感じてはいたが、この宇宙の中に入った途端、幻想的な星々がウィルスの大群に見えて仕方がなかったのだ。目に見えない恐怖が可視化された(ように見えた)瞬間である。だからと言って、恐怖が一層高まったのかと言うとそうではない。むしろ可視化された(ように見えた)ことで、肝が据わったのである。あぁ、もしかすると、こんな風にウィルスが人間の社会を取り巻いているのかもしれない。ならば覚悟を決めて、ウィルスとともに共生しようではないか。言うなれば、こんな心境である。シントが問いかけるのは、「カタストロフや混沌といった状況に直面した時、私たち人間が感情と向き合う時間」だと言う。まさにそんな時間を体験できた。


公式サイト: https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/forum/200211/

2020/02/28(金)(杉江あこ)

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尾崎森平「1942020」

会期:2020/02/18~2020/03/01

ギャラリー ターンアラウンド[宮城県]

仙台の現代美術のギャラリーにて尾崎森平の個展が開催され、トークのゲストとして招かれた。彼は、真っ青の空とクリーム色の地面を背景に「今春オープン」というイオンの看板が立つ《Mirage》や、遠景に山が見える広大な空き地に不動産の宣伝看板が立つ《売り地》など、地方のフラットな風景を簡略化、ならびにやや抽象化しつつ、カラフルな配色で作品を制作している。さて、今回の展覧会のタイトル「1942020」は、イタリアで中止になった1942年のローマ万博の都市EURと、東京2020オリンピックの年号を合体させたものだ。注目すべきは、ムッソリーニが推進したファシズム期のイタリア合理主義の建築をモチーフとしていること。すなわち、尾崎の作品において、現在はフェンディの本社になっているイタリア文明宮(この建物は第12回恵比寿映像祭[2020]において、ローマ・オリンピック1960で活躍したアベベ・ビキラをテーマとしたニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニの作品でも使われていた)がラブホテルに、あるいはアダルベルト・リベラが設計した会議場は浴場やセレモニーホールに変容している。ほかに列柱(!)があるコンビニ、ムッソリーニが糾弾されたシーンを重ねあわせた洗車場なども展示されていた。

もっとも、本来、EURの街区は人が歩くスケールを超え、ファシズム建築もメガロマニアックな傾向をもち、基本的に巨大であるのだが、尾崎が平坦な日本の地方の風景に溶け込ませると、必然的にサイズを縮小せざるをえない(本人はイタリアを訪れたことがないという)。その変容プロセスは、ゴシック様式のウェディングチャペルとも似て、いかにも日本らしい。モダニズムと古典主義を調停した合理主義の建築が、全然違う文脈に放り込まれることで、少し違和感を残しつつも、意外に地方でありそうなキッチュな建築になっているのが興味深い。尾崎は「表現の不自由展」のように、はっきりと政治的なメッセージを出しているわけではないが、日常に浸透するファシズムを読みとることも可能だろう。一方でそれを簡単に批判するのではなく、ファシズム建築に魅せられるわれわれをも示唆しているかのようだ。

2020/02/25(火)(五十嵐太郎)

ハマスホイとデンマーク絵画

会期:2020/01/21/~2020/03/26

東京都美術館[東京都]

10年ほど前に日本に初紹介されたハンマースホイが、名前を短縮して再登場。書き手としては2字も省略できて経済的だが、なんとなく北欧的な重厚さが薄まって間が抜けた感じがしないでもない。ハマスホイ。そういえば前回はまったく無名だったため「北欧のフェルメール」などと宣伝されたが、今回は多少知られてきたせいか、オランダ絵画の黄金時代の巨匠の名を借りることもなく(と思って探したら、チラシの裏に小さく「北欧のフェルメール」と書いてあった)、デンマークの先輩画家たちとの抱き合わせで展覧会は成り立ったようだ。

でもこの時代を「デンマーク絵画の黄金期」と呼んだりするのは、やっぱりフェルメールの生きた17世紀オランダになぞらえたいからだろう。実際、19世紀後半のデンマーク絵画は、同時代の印象派などより17世紀オランダの風景画や風俗画に近いところがある。どちらもヨーロッパの北に位置し、海に面しているせいか殺風景だし、気候的にも家にこもりがちで、おのずと室内画が多くなったようだ。

展示は「日常礼賛─デンマーク絵画の黄金期」「スケーイン派と北欧の光」「19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛」、そして「ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で」の4部構成。まず、ハマスホイ以外で気になった作品を挙げると、ミケール・アンガの《ボートを漕ぎ出す漁師たち》と、オスカル・ビュルクの《スケーインの海に漕ぎ出すボート》がある。この2点は制作年こそ3年違うが、ほぼ同じ主題を描いており、とりわけ驚くのは、両作品とも左側で正面を見つめる漁師が、顔も体格もポーズも服装もほとんど同じであることだ。これは偶然だろうか、それともプロのモデルを雇ったのだろうか。

クレスチャン・モアイェ=ピーダスンの《花咲く桃の木、アルル》にも驚いた。どこか見覚えのある絵だなと思ったら、ゴッホの《桃の木(マウフェの思い出に)》とよく似ているのだ。解説によると、ピーダスンは南仏アルルでゴッホと親交を結び、ゴッホが制作した位置から数メートル離れた場所でこれを描いたらしい。ちなみに、ピーダスンはゴッホについて「私は最初、彼は頭がいかれているのだと思いましたが、しだいに彼の考えにも体系があることがわかってきました」と述べ、ゴッホはピーダスンのことを「もともと彼には厄介な事情があって、そのせいで仕事も変え、神経症にもなったのでそれを治療するために南仏に来ていた」と記している。お互い「いかれたヤツ」と思っていたらしい。

もう1点、ユーリウス・ポウルスンの《夕暮れ》も瞠目に値する。夕暮れを背景にした2本の木を描いた絵だが、完全にアウトフォーカスで捉えているのだ。こうしたアウトフォーカス気味の描写はある程度ハマスホイにも受け継がれており、この時代のデンマーク絵画の特徴ともいえるが、これほど焦点の合わないピンボケ絵画は見たことがない。ついでにもうひとつ、ハマスホイも含めてなぜか後ろ姿を描いた絵が多いのも気にかかる。ざっと数えると、斜め後ろも含めて13点あった。そういえばノルウェーの画家ムンクにも後ろ姿の絵が多かったような気がする。これは北欧絵画の特徴か。

ようやくハマスホイに行きついたぞ。ハマスホイの作品で注目したいのは、レリーフの模写が2点あり、どちらも正面から描いていること。絵画を模写するとき斜めから描くバカはいないが、レリーフを模写するなら、立体感を出すために斜めの角度から描写してもおかしくない。でもハマスホイは正面から捉えることで平面性を意識させる。室内風景を描くときも同じく、壁に対して斜めではなく直角に視線を投げかける。だから壁と天井、壁と床の境界線は水平に引かれ、柱または壁の垂直線と直角をなす。この水平線と垂直線の織りなす幾何学的構成により画面の矩形性が強調されるが、これこそハマスホイとフェルメールの画面に共通する絵画の特性にほかならない。

2020/02/15(土)(村田真)

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奇蹟の芸術都市バルセロナ

会期:2020/02/08~2020/04/05

東京ステーションギャラリー[東京都]

数年前、学生時代に訪れたバルセロナを再訪したら、完成間近のサグラダ・ファミリアなど、アントニ・ガウディの作品に関して、オーバーツーリズムというべき現象が発生しており、驚かされた。今回、バルセロナ展というタイトルなので、やはりガウディが中心の内容なのかと思いきや、そうではなかった。もちろん、代表作のひとつ、カザ・バッリョーの図面や家具はある。だが、それくらいしかガウディの作品はない。これまでに奇抜な創造者、展示にコンピュータの解析を活用した合理的な構造デザイン、漫画家の井上雄彦とのコラボレーションなど、さまざまな切り口によって、彼は紹介されてきたが、むしろ、この展覧会は彼を生みだした都市の状況を伝えるものだ。19世紀後半の都市改造(グリッド・プランの整備や拡張)、あるいはドメネク・イ・モンタネールやジュゼップ・ジュジョルなど、同時代に活躍し、ガウディと同様、装飾を多用した建築家にも触れている。が、とりわけ、アート界の動向が興味深い。

展覧会の第3章「パリへの憧憬とムダルニズマ」は、パリの影響を受けた前衛芸術家たちをとりあげる。彼らは、カタルーニャ語で近代主義を意味する「ムダルニズマ」を推進し、横断的な総合芸術を展開した。第4章「四匹の猫」は、アーティストのたまり場となり、展覧会、音楽会、人形劇などが催されたカフェの名称である。ここがカタルーニャ文化の発信地となり、若き日のピカソも初の個展を行なう。第5章「ノウサンティズマ──地中海へのまなざし」は、民族性や地中海の文明への回帰に向かう、保守的なアートである。その動向は、1900年代主義を意味する「ノウサンティズマ」と呼ばれた。当時、1929年のバルセロナ国際博覧会が開催されたが、このときミース・ファン・デル・ローエの傑作、モダニズムの極北を提示したバルセロナ・パヴィリオンが登場している。そして最終章「前衛美術の勃興、そして内戦へ」は、ル・コルビュジエやバルセロナのモダニズムの建築家を紹介しつつ、1936年に勃発したスペイン内戦によって、芸術表現が政治化していく。



アントニ・ガウディ《カザ・バッリョー》



ドメネク・イ・モンタネール《カタルーニャ音楽堂》



左:カタルーニャ美術館(万博の政府館) 右:ミース・ファン・デル・ローエ《バルセロナ・パヴィリオン》



2020/02/13(木)(五十嵐太郎)

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