2022年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

カタログ&ブックス | 2021年1月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます





『余の光/Light of My World』展覧会カタログ

発行者:堤拓也
編集:堤拓也、慶野結香、平野 春菜
執筆者:堤拓也、慶野結香、石黒健一、小笠原周、小宮太郎、木村舜、本田大起、村上美樹、若林亮、耕三寺功三、𠮷田勝信
グラフィックデザイン:𠮷田勝信
発行日:2021年10月15日
サイズ:29.7x 32cm、26ページ

「京都府域展開アートフェスティバル ALTERNATIVE KYOTO in 福知山」の一環として、2021年10月8日〜11月7日まで旧銀鈴ビルにて開催された展覧会「余の光/Light of My World」の公式カタログです。


イメージかモノか 日本現代美術のアポリア

著者:高島直之
発行:武蔵野美術大学出版局
発行日:2021年11月5日
サイズ:A5判、256ページ

1960年代の「反芸術」から戦後日本美術の重要な美術動向である「もの派」へ、そして、ハイレッド・センターによる山手線事件、赤瀬川原平の作品を発端に社会現象にまでなった模型千円札裁判。1960年代から70年にかけての日本現代美術の事象を、当時の批評家や作家の実践を通して読み解く。イメージかモノかという困難で切実な問題に、当時の美術の最前線にいた作家や批評家はどう対峙したか—。



フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略

著者: 小林頼子
発行:KADOKAWA
発行日:2021年11月17日
サイズ:四六判、480ページ

ライバル画家2000人、流通した絵画500万点。 繁栄と恐慌、戦争、感染症──。 不朽の名画を生んだ絵画の黄金時代は、 空前の競争市場〈レッドオーシャン〉だった! 17世紀オランダの絵画市場と 画家の生き残り戦略に迫る、美術史研究の最前線。



ぺらぺらの彫刻

編著:戸田裕介
著者:石崎 尚・伊藤 誠・鞍掛純一・田中修二・戸田裕介・袴田京太朗・藤井 匡・松本 隆・森 啓輔
発行:武蔵野美術大学出版局
発行日:2021年11月30日
サイズ:A5判、320ページ

「構造を被覆する表面によって成立する彫刻の系譜を確認する」という共同研究に、彫刻家、美術史家、学芸員9名が集結。お堅い命題に頭を抱えて議論百出。ついに満場一致で「ぺらぺらの彫刻」として追究開始。道成寺の鐘の内側は、内なのか外なのか? 禅問答に悩むごとく、ある者は触覚から、ある者は空洞から、ある者はピカピカから、ある者は時代の空気から…横山裕一に章扉を描かせ、溢れる彫刻愛は「読む彫刻」を生み出した!


KAZUYO SEJIMA RYUE NISHIZAWA SANAA 1987-2005 Vol. 1 / 2005-2015 Vol. 2 / 2014-2021 Vol. 3

著者:妹島和世、西沢立衛
発行:TOTO出版
発行日:2021年12月
サイズ:A4判変型、672ページ

世界で活躍する建築家、妹島和世、西沢立衛の各個人事務所と、両氏が主宰するSANAAの、1987年から2021年までの活動を年代順に紹介する3巻セットの作品集。建築、都市マスタープラン、家具、プロダクト、書籍に至るまで、その30余年の活動と思考の軌跡を総覧できる。この作品集をひとつの建築と考え、建築設計に近いやり方でつくったという、妹島、西沢のクリエーションへのこだわりが詰まったブックデザインにも注目。




〈問い〉から始めるアート思考

著者:吉井仁実
発行:光文社
発行日:2021年12月15日
サイズ:新書判

古来、アーティストは見えないものを見えるようにするような役割を社会の中で担ってきました。(中略)アーティストたちは、その時代や社会の中で、見たくても見えないものを描き出してきたと言えると私は思っています。(中略)アーティストたちに共通しているのは、未来についての「問い」を私たちに投げかけながら、常識を揺さぶったり、今までにない経験をさせたりするところです。(中略)観賞者がアーティストたちの作り出す未来の可能性を明確に感じることができれば、それはきっとビジネスでも役立つし、これからどうやって生きていくかを考えるときにも役立つはずだと私は思います。

(第一章「アートは未来を提示する」より)


八束はじめインタビュー 建築的思想の遍歴

編著:八束はじめ
発行:鹿島出版会
発行日:2021年12月
サイズ:A5判、168ページ

本書は著者が学生時代から大学を定年退職するまでの活動を振り返ったインタビュー集であり、現代建築の半世紀を語っている。「修業と師事」「設計と批評」「研究と教育」の3部構成で自らの足跡とその時代を振り返る。そこに通底するのは「思想」であり、著者が何を考えてそれが成立しているかを明らかにする。多才なモダニストが語る現代建築の半世紀。



『美学のプラクティス』

著者:星野太
発行:水声社
発行日:2021年12月24日
サイズ:四六判、232ページ

たえず懐疑的な視線にさらされ、「居心地の悪さ」を指摘されてきた学問領域、美学……。「崇高」「関係」「生命」という3つのテーマをめぐって、抽象と具体のあいだで宙吊りにされてきた美学の営為を問い直す、ひとつの実践の記録。美・芸術・感性を越境する批判的思考のきらめきが、いまここに。






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2022/1/14(金)

カタログ&ブックス | 2021年12月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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モダン建築の京都100 展覧会オフィシャルブック

編著:石田潤一郎、前田尚武(京都市京セラ美術館・本展企画者)
発行:Echelle-1
発行日:2021年9月25日
サイズ:A5判、319ページ

2021年9月25日〜2021年12月26日まで京都市京セラ美術館で開催されている展覧会「モダン建築の京都」のオフィシャルブック。



EXPO’70 大阪万博の記憶とアート

編著:橋爪節也、宮久保圭祐
著者:永田靖、岡田加津子、佐谷記世、DIKDIK SAHAHDIKUMULLAH、竹嶋康平、加藤瑞穂、正木喜勝、乾健一、岡上敏彦、長井誠、五月女賢司
発行:大阪大学出版会
発行日:2021年10月25日
サイズ:A4判、120ページ

「人類の進歩と調和」をテーマに開催された1970年大阪万博。今でも入場者の耳によみがえるパビリオンの仕掛ける轟音やイベントの音楽。斬新、奇抜な印象を強く残した建造物、映像や催しの数々のデザインは明らかにこの国の輝かしい未来を人々に印象付けた。その記憶には50年を経て、同じ熱狂を持って語られない記憶も現れて加わり、蘇るアートに見えるもの、万博そのものや、開催地周辺にその後与えた影響など、新たにそそられる興味深さが見いだせる。



近代を彫刻/超克する

著者:小田原のどか
発行:講談社
発行日:2021年10月29日
サイズ:四六判、146ページ

〈思想的課題〉としての彫刻を語りたい。 
街角の彫像から見えてくる、もう一つの日本近現代史、ジェンダーの問題、公共というもの……。 都市に建立され続け、時に破壊され引き倒される中で、彫刻は何を映すのか。
注目の彫刻家・批評家が放つ画期的な論考。



上野リチ ウィーンからきたデザイン・ファンタジー

執筆:池田裕子(京都国立近代美術館学芸課長)、アンネ・カトリン・ロスベルク(MAK─オーストリア応用芸術博物館学芸員)、阿佐美淑子(三菱一号館美術館主任学芸員)、本橋仁(京都国立近代美術館特定研究員)、宮川智美(京都国立近代美術館研究員)
発行:朝日新聞社
デザイン:西岡勉
サイズ:B5判変型、339ページ
発行日:2021年11月15日

世界で初めての、上野リチ・リックスの包括的な回顧展にふさわしい、決定版の図録です。図版は全ページカラーで紹介。作品所蔵先、展覧会開催館の研究者らによる論文も掲載しています。



映像が動き出すとき

著者:トム・ガニング
編訳:長谷正人
訳者:松谷容作、菊池哲彦、三輪健太朗、川﨑佳哉、木原圭翔、増田展大、前川修、望月由紀
発行:みすず書房
発行日:2021年11月16日
サイズ:A5判、368ページ

「アトラクションの映画」の概念で、映画という枠組みを超え映像文化研究に大きなインパクトをもたらした初期映画研究・メディア史研究の泰斗ガニング。その思考はさらに深化して、鮮やかな〈動き〉の視覚文化論を展開し、写真・映画・アニメーションにわたる映像文化圏全体を見晴らす。


ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる? 

編:公益財団法人ポーラ美術振興財団ポーラ美術館
発行:平凡社
発行日:2021年11月26日
サイズ:A4変形判、 216ページ

写真、ガラスの彫刻、ドローイングなど多様なメディアでコンセプチュアルな作品を制作し続けてきたニューヨーク在住のロニ・ホーン。40年の実践を紹介する国内初の展覧会図録。



だれでもデザイン 未来をつくる教室

著者:山中俊治
発行:朝日出版社
発行日:2021年11月27日
サイズ:四六判、360ページ

偶然の出会いを大切に、隣の人の脳みそも借りて。スケッチして、観察して、アイデアを伝え合う。Suicaの改札機、美しい義足。人間と新しい技術の関係を考えつづけてきたデザイナーが中高生に語る、物づくりの根幹とこれから。



Paul Cox Box

著者:ポール・コックス
発行:ブルーシープ
発行日:2021年11月29日
サイズ:A4変形、64ページ

フランス人アーティストのポール・コックス(Paul Cox, 1959-)は、絵画、グラフィックデザイン、舞台美術をはじめ、多くの分野に才能を発揮し、日本でも広告や絵本などの仕事を通して幅広いファンを得ています。『Paul Cox Box』は、今年11月から板橋区立美術館などで開催する展覧会「つくる・つながる・ポール・コックス展」をそのまま持ち帰るコンセプトでつくられた本です。段ボールでできた箱の中には、ポスター、テキスト、ゲーム、写真、さらにはポール手描きのプレゼントが収められ、作家のこれまでと最新作までを、テキストや図版、フランスでの様子、貴重な資料などで伝えます。知的でユーモラスなポールのたくらみが詰まった特別なアートブックです。



建築家・坂倉準三「輝く都市」をめざして

著:松隈洋
発行:青幻舎
発行日:2021年12月3日
サイズ:A5判変型、152ページ

モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエに師事した建築家・坂倉準三。彼の活動を通して、戦後復興の建築・都市の歴史と、髙島屋をはじめとする百貨店建築を通して試みた、建築が人流を都市へと誘導する都市インフラデザインについて紹介する。



危機の時代を生き延びるアートプロジェクト

編著:橋本誠・影山裕樹
著:石神夏希・中嶋希実・はがみちこ・橋爪亜衣子・南裕子・谷津智里
発行:千十一編集室
発行日:2021年12月5日
サイズ:四六判、244ページ

東日本大震災から10年。全国に広がるアートプロジェクトの取り組みから、社会×アートの未来を展望する。災害や感染症、分断や不寛容が広がる中“アートは社会の役に立つ”のか? それとも“今改めて自分を見つめなおすために”アートが必要なのか? 各地の事例から見えてくる、プロセスを重視するアートプロジェクトの可能性。ウェブマガジン「EDIT LOCAL」による、地域と文化について考えるシリーズ「EDIT LOCAL BOOKS」第一弾。



BAUHAUS HUNDRED 1919−2019 バウハウス百年百図譜

著:伊藤俊治
ブックデザイン:松田行正
発行:牛若丸
発行日:2021年12月8日
サイズ:A5判変型、264ページ

美術史家、伊藤俊治が所蔵するバウハウス関連書100 冊の表紙と中頁を掲載。その100 年の歴史を紐解きながら、及ぼした影響について考察した保存版。






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2021/12/14(火)(artscape編集部)

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大道兄弟『My name is my name is…』

発行所:桜の花本舗

発行日:2021/09/16

毎月、たくさんの写真集が送られてくる。だが、ほとんどが自費出版のそれらの写真集のなかで、何か書いてみたいと思わせるものはそれほど多くない。大道兄弟という未知の二人組が、自分たちの写真をまとめた『My name is my name is…』も、最初はなんとなく見過ごしていたのだが、そのうちじわじわと視界に入ってきて、気になる一冊として浮上していた。

どうやら二人は1994年山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの双子の兄弟(YukiとKoki)のようだ。赤々舎などでアルバイトをしながら、写真を撮り続け、Zineを既に40冊余り出している。『My name is my name is…』が最初の本格的な写真集である。モノクロ、カラーが入り混じり、被写体との距離感もバラバラだが、どこか共通の質感を感じさせる写真が並ぶ。特に、人の写真にその眼差しの質がよく表われていて、真っ直ぐに向き合いつつも、暴力的にねじ伏せようとはしていない。共感をベースにしながらも、なかなかそれを伝えることができないもどかしさと、コミュニケーションへの切実な渇望が写真に表われている。と思うと、そっけない、だが体温を感じさせるモノの写真もあり、被写体をあまり厳密に定めてはいないようだ。まだ海のものとも山のものともつかないが、写真を通じて世界と深くかかわっていこうとする、ポジティブな意欲が伝わってくる写真が多かった。

どれがYukiの写真でどれがKokiの写真かは、あえて明確にしていない。「兄弟」というユニットに徹することで、個人作業を超えた共同性が芽生えつつあるのが逆に興味深い。可能性を感じさせる一冊だった。

2021/12/07(火)(飯沢耕太郎)

藤岡亜弥『アヤ子江古田気分/my life as a dog』

発行所:私家版(発売=ふげん社ほか)

発行日:2021/09/16

藤岡亜弥は1990年から94年にかけて、日本大学芸術学部写真学科の学生として、東京・江古田に住んでいた。今回、彼女が刊行した2冊組の小写真集は、主にその時代に撮影した写真をまとめたものだ。『アヤ子江古田気分』には、「木造の古い一軒家の2階の八畳ひと間」に大学卒業後も含めて8年間住んでいた頃のスナップ写真が、大家の「82歳のおばあさん」との暮らしの記憶を綴った文章とともに収められている。『my life as a dog』は、「大学生のときに夢中になって撮った」という子供たちの写真を集めたものだ。

どちらも彼女の後年の作品、『私は眠らない』(赤々舎、2009)や第43回木村伊兵衛写真賞を受賞した『川はゆく』(赤々舎、2017)と比べれば、「若書き」といえるだろう。とはいえ、奇妙に間を外した写真が並ぶ『アヤ子江古田気分』や、牛腸茂雄の仕事を思わせるところがある『my life as a dog』のページを繰っていると、混沌とした視覚世界が少しずつくっきりと像を結び、まぎれもなく一人の写真家の世界として形をとっていくプロセスが、ありありと浮かび上がってくるように感じる。「若書き」とはいえ、そこにはまぎれもなく藤岡亜弥の写真としかいいようのない「気分」が漂っているのだ。

木村伊兵衛写真賞受賞後、広島県東広島市に移住した藤岡は、いま、次のステップに向けてのもがきの時期を過ごしているようだ。写真学科の学生時代をふりかえることも、その脱皮のプロセスの一環といえるのだろう。だがそれとは別に、2冊の写真集をそのままストレートに楽しむこともできる。笑いと悲哀とが同居し、どこか死の匂いが漂う写真たちが、じわじわと心に食い込んでくる。

2021/12/06(月)(飯沢耕太郎)

川野里子『新装版 幻想の重量──葛原妙子の戦後短歌』

発行所:書肆侃侃房

発行日:2021/08/01

葛原妙子(1907-1985)は、戦後日本の短歌界のなかでも突出した歌人のひとりである。本書はつい先ごろ刊行された『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房、2021)の編者も務めた著者・川野里子による、この歌人についての充実した評論である。本書はもともと2009年に本阿弥書店から刊行されたものだが、このたび前掲の『葛原妙子歌集』と同じ版元から復刊の運びとなった。

本書『幻想の重量』はすでに10年以上前の書物になるが、全十章、補論、インタビューからなるその内容はいささかも古びておらず、葛原妙子の生涯と作品についてきわめて多くのことを教えてくれる。それは本書において、①葛原の短歌そのものの鑑賞・批評、②葛原の実人生をめぐる評伝、③葛原が身を置いていた戦後の短歌界の状況整理が、それぞれ絶妙なバランスで織り交ぜられているからだろう。全体として本書は、これまで葛原の形容として用いられてきた「幻視の女王」「魔女」「ミュータント」といったさまざまなクリシェに抗いつつ、ある新しい「葛原妙子」像を示すことに成功している。そのさい、必然的に葛原その人の実人生が問題にされることも多いのだが、かといってしばしば言挙げされるその個性的な言動が殊更に強調されるのでもなく、あくまで作品の鑑賞・批評に主眼がおかれていることも特筆すべきである。

そのなかで、個人的に注目したいのは葛原妙子と塚本邦雄の比較論である。しばしば戦後最大の歌人として並び称されるこの二人は、むろん類似する問題意識を抱えていたとはいえ、その作風にはすくなからぬ違いもあった。これまで葛原は、塚本とともに「難解派」と一括りにされ、前衛短歌運動の「伴走者」や「倍音的存在」(133頁)と見なされるなど、その類縁性ばかりが強調されるうらみがあった。だが、本書第五章「前衛短歌運動との距離」は、葛原・塚本のそれぞれに対する発言や、その周囲の状況を注意ぶかく拾っていくことで、「反写実」という点では一致しながら、韻律や喩法といった技術論をめぐって、葛原と塚本、さらには前衛短歌運動とのあいだにすくなからぬ距離があったという事実を鮮やかに示してみせる。

そしてもうひとつ、本書がもっとも力を注いだと思われるのが、戦後短歌における「女性」の問題である。それはかならずしも、葛原が昭和24(1949)年創刊の『女人短歌』に関わっていたという一事に起因するものではない。女人短歌会のメンバーであるなしにかかわらず、戦後の短歌界における女性たちの不遇が、本書では当時のさまざまな資料を通じて明らかにされる。とはいえその目的は、たんに当時の男性歌人による無理解や抑圧を指弾することにあるのではない。そこでは、倉地與年子、中城ふみ子、森岡貞香らとの関わりを通して、葛原妙子をはじめとする戦後の女性歌人による抵抗と連帯の諸相が立体的に示されていくのである。

さらに前述の問題は、戦後短歌において語り落とすことのできない「戦争体験」の問題にも大きな視点の転換を迫るだろう。とりわけ、戦前・戦中を豊かな家庭の主婦として過ごした葛原は、戦後の作品において同時代の悲惨な現実との乖離を指摘されることもあった。しかし本書は、この歌人に刻まれた戦争の刻印を、作品批評を通じてするどく浮き彫りにしている。とりわけそれは、従来もっぱら「男」の視点から記述されてきた戦争体験を「女」の側から語りなおそうとする、第二章「『橙黄』誕生」や第三章「身体表現と戦後」において、より普遍的な問題へと転じている。そのように考えてみると、本書の副題にみえる「戦後短歌」の言葉も、たんなる時代区分として選ばれたものではないと思わされる。本書は、葛原妙子を通じて「戦後短歌」そのものの風景を書き換えようとする、きわめて野心的な試みなのである。

2021/12/06(月)(星野太)

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