2019年09月01日号
次回9月17日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

『小檜山賢二写真集 TOBIKERA』

発行所:クレヴィス

発行日:2019年7月19日

小檜山賢二の新作写真集も、デジタル化によって成立した表現の開花といえる。本業は通信システムの研究者である小檜山は、2000年以降、「焦点合成」という技法で昆虫を撮影してきた。昆虫の体の各部分にピントを合わせて撮影した画像を合成して、恐るべき精度の写真を作りあげていく。だが、今回はこれまで彼が発表してきた『象虫』(出版芸術社、2009)、『葉虫』(同、2011)、『兜虫』(同、2014)といった写真集とはやや趣が違う。昆虫たちのフォルムを、超絶的な画像で定着した旧作とは違って、『TOBIKERA』には昆虫の姿は写っていない。本書の主題は、蝶や蛾のような生きものであるトビケラの幼虫が、水中に作る巣なのである。

写真集のデザインを担当した佐藤卓が、「デザインのお手本」と題した解説の文章で書いているように、それらは「正に現代アートにしか見えない」。トビケラの幼虫は、自分の周囲にある葉や木片や石粒などを、体から分泌される粘着性の物質で接合し、精妙な構築物を作り上げる。小檜山はそれらを黒バックで小さな家のように撮影している。ひとつとして同じものがないその造形は奇跡としかいいようがない。ここでも「焦点合成」が駆使されているのだが、やや非現実的な効果を生みがちなその手法が、今回は被写体のあり方と無理なく結びついていた。

自然のなかに潜む「センス・オブ・ワンダー」を引き出してくる自然写真は、デジタル化によって大きく変わりつつある。これから先もさまざまな分野で、新たな視覚的世界が切り拓かれていくのではないだろうか。なお、本書に掲載された写真の一部は、佐藤卓がディレクションした「虫展—デザインのお手本—」(21_21 DESIGN SIGHT、7月19日〜11月4日)にも展示されている。

2019/08/10(土)(飯沢耕太郎)

中村稔『回想の伊達得夫』

発行所:青土社

発売日:2019/07/01

詩人・中村稔(1927-)による、伊達得夫をめぐる回想録。伊達といえば、書肆ユリイカの創業者にして、のちに戦後を代表することになる若き詩人たちを世に送り出してきた伝説的な編集者である。あまり知られていないことかもしれないが、現在青土社から刊行されている雑誌『ユリイカ』は、伊達の死後に清水康雄が故人の遺志を継いで──伊達のそれと同名の雑誌として──創刊したものだ。中村稔は大作『私の昭和史』(青土社)でも伊達得夫の回想に少なくない頁を割いているが、その後『ユリイカ』に書き継がれた「私が出会った人々」でも、伊達については例外的に連載3回分が割かれている。本書の前半(第一部)にはそれら既発表原稿に加え、伊達の生前は詳らかにされることのなかった稲垣足穂との交流を追ったエセーが収められている。また本書の後半(第二部)では、伊達の生い立ちや高校・大学時代の活動をめぐる貴重な伝記的事実が明らかにされている。

伊達得夫という編集者の仕事ぶりについては、長谷川郁夫『われ発見せり──書肆ユリイカ・伊達得夫』(書肆山田、1992)や、田中栞『書肆ユリイカの本』(青土社、2009)をはじめとする先行する書物に詳しい。また、生前に伊達が書き残したものについては、『詩人たち──ユリイカ抄』(平凡社ライブラリー、2005)が幸いにして現在でも入手できる。それでもなお本書が興味深いのは、これが中村稔という詩人・弁護士の目を通した、戦後詩のある側面を伝える貴重なドキュメントになっているからだろう。著者は、あるときは刊行物の奥付や検印を手がかりに、原口統三『二十歳のエチュード』をはじめとする作品の刊行経緯をごく客観的な手法により問い詰める。いっぽう、著者の知る伊達の人柄を捉え損ねていると見える記述に対しては、ごく主観的な断言をもってこれを否定することも少なくない。本書は伊達得夫の生涯を追った包括的な伝記でもなければ、書肆ユリイカという出版社についての網羅的な研究書でもない。終始、脱線や連想を恐れない自由なスタイルで書かれた本書は、表題が示すように「回想」と形容するほかないものだろう。まるですべてを所定の型にはめていくかのような昨今の風潮のなかで、こうした自由な書物に出会えることは、おそらくそれなりに稀有な幸運であるように思われる。

2019/07/22(月)(星野太)

ウィリアム・マルクス『文学との訣別──近代文学はいかにして死んだのか』

訳者:塚本昌則

発行所:水声社

発売日:2019/03/20

ここのところ、ウィリアム・マルクス(1966-)の著作の刊行が続いている。具体的には、一昨年の『文人伝』(本田貴久訳、水声社、2017)を皮切りに、今年に入ってからは本書『文学との訣別』と『オイディプスの墓』(森本淳生訳、水声社、2019)の2冊が立て続けに翻訳・刊行された(さらに付け加えるなら、同じ版元から昨年刊行された三浦信孝・塚本昌則編『ヴァレリーにおける詩と芸術』にもこの人物のヴァレリー論が収録されている)。今年4月にコレージュ・ド・フランス教授に選出されたこの比較文学者の書物が、こうして立て続けに日本語で読めるようになったことをまずは喜びたい。

本書『文学との訣別』は、近代ヨーロッパで生じた「文学」の拡張・自律・凋落の過程を、数々のエピソードとともにたどった魅力的な書物である。著者は、文学を同時代の社会状況に還元する単純な社会反映論からも、同じくその不変性を無自覚に措定する文学論からも等しく距離を取り、「文学」がこの間に被ってきた変遷をあくまでも具体的な場面に即して跡づける。18世紀末のヴォルテールの凱旋を象徴的な始まりとする文学への崇拝は、19世紀における大衆からの断絶を経て、20世紀に急速な価値の下落をみるに至った──おそらくこうしたストーリー自体は、さして新味のあるものではない。しかし、本書の何よりの美点は、文学の「自律性の獲得」(第3章)や「形式への埋没」(第4章)といった各場面を、さまざまな作家を例に綴っていく明晰かつ魅力的な文体にこそあるだろう。近代の文学史、ひいては芸術史の流れをあらためて振り返りたいと考える読者にとって、おそらく本書は最適な書物のひとつである。

2019/07/22(月)(星野太)

ミヤギフトシ『ディスタント』

発行所:河出書房新社

発売日:2019/04/20

現代美術家・ミヤギフトシ(1981-)の「デビュー作」と銘打たれた本書には、ミヤギが2017年より雑誌『文藝』に発表してきた「アメリカの風景」「暗闇を見る」「ストレンジャー」という三篇の小説が収録されている。それぞれの語りの視点こそ異なるが、その中心にいるのは、沖縄に生まれ、大阪の専門学校を経て、ニューヨークの大学で写真を学ぶ若きアーティスト志望の男性だ。これまでのミヤギの作品、とりわけ「American Boyfriend」というシリーズに触れたことがある者にとって、これらがいわゆる「私小説」のたぐいであることは一読して明らかだろう。

美術家による小説作品、というのは過去にも例がないわけではない。古くは「尾辻克彦」のペンネームで芥川賞を受賞した赤瀬川原平のような例もあれば、近いところでは『この星の絵の具』という三部作の自伝小説を刊行中の小林正人のような例もある。しかし、ミヤギフトシという作家にかぎって言えば、ここ数年の小説への進出はなかば必然的な流れであったのではないか、と思わせるところがある。というのも、ミヤギがこれまで発表してきた作品は、《The Ocean View Resort》(2013)や《花の名前》(2015)のような映像作品であれ、《Bodies of Water》(2014)や《How Many Nights》(2017)のようなインスタレーションであれ、映像・音楽・写真・オブジェ等の組み合わせにより立ち上がる、詩情あふれる物語性をつねに伴っていたからだ。

しかしそれゆえに、と言うべきか、本書を「現代美術家による小説作品」と形容することには一種のためらいもある。というのも、すでにみずからの青春の記憶を「American Boyfriend」というシリーズに託してきたこの作家の小説を、いわゆる通常の「私小説」と同一視することは不適切であるように思われるからだ。

本書『ディスタント』に収められた三作品は、さきにも触れたような語り手や一人称の変化をはじめ、隅々まで周到に書かれた見事な小説だ。しかしそのような印象のいくばくかは、作者自身の個人的な遍歴や、過去に公にされてきたこの作家の仕事を知っていることに由来しているのかもしれない(少なくとも本書が、美術家としてのミヤギフトシの作品をなかば前提としていることは明らかであるように思われる)。だとするなら、この小説はミヤギの「American Boyfriend」というプロジェクトの一部をなしていると考えるほうが、おそらく適切だろう。少なくとも筆者はこの小説を、映像作品、インスタレーション、トークイベントをはじめとする複数の形態を取ってきた、同シリーズの新たなる一歩として受け取った。先述のように、美術家が小説家として筆を執ること自体は過去にも例がないわけではない。だが、もともと現実と虚構のあわいを行くような作品を手がけてきたこの作家を知る者にとって、本書の占める位置はきわめて複雑なものとならざるをえない。率直に読めば、この物語はミヤギフトシが東京で美術家としての活動を始めるまでの、いわば前史に相当する。しかしそれは、いったいどこまでが「本当のこと」なのか──。いずれにせよ、これまでの「私小説的な」作品の上に重ねられたこの「私小説」の存在が、この作家が構築してきた作品世界をよりいっそう豊かなものにしていることは確かである。

2019/07/22(月)(星野太)

カタログ&ブックス│2019年7月

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます




ART TRACE PRESS 05

責任編集:松浦寿夫、林道郎
発行:ART TRACE
発行日:2019年6月28日
定価:2,300円(税抜)
サイズ:A5判、291ページ

特集「アフェクト・セオリー」
宇野邦一氏、林道郎、松浦寿夫による座談会収録の他、松井勝正氏によるロバート・スミッソン論、荒川徹氏によるゴッホ論、林道郎によるアフェクト理論についての補足的論考を掲載。

欲望の主体 ヘーゲルと二〇世紀フランスにおけるポスト・ヘーゲル主義

著者:ジュディス・バトラー
翻訳:大河内泰樹、岡崎佑香、岡崎龍、野尻英一
発行:堀之内出版
発行日:2019年7月10日
定価:4,000円(税抜)
サイズ:四六判、492ページ

ジュディス・バトラーについては、すでに多くの著作の訳書があり、日本でも受容が進んでいる。しかし、彼女の思想的出発点となったヘーゲル研究については十分な理解が進んでいるとは言えない。バトラーのフェミニズム、クィア理論、さらには政治的主張を理解する上でも、その基礎となっている彼女のヘーゲル理解、そしてそれに基づくフランス二〇世紀哲学についての理解を示した本著の邦訳刊行は、日本における哲学、フェミニズム、政治思想における議論に大きく貢献することになるだろう。

シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

著者:洞田貫晋一朗
装丁:井上新八
発行:翔泳社
発行日:2019年6月12日
定価:1,600円(税抜)
サイズ:四六判、200ページ

森美術館は2018年美術展覧会「入場者数」1位・2位を達成しました。 その背景には、日本の美術館・博物館の中で最大規模のSNSフォロワー数を活用したデジタルマーケティング戦略があります。 本書では、森美術館がこれまで取り組んできた展覧会におけるさまざまなSNSの取り組みを紹介しています。 現代アートにおけるプロモーションの最前線を知っていただきながら、 アートとSNSの相性のこと、多少の失敗談など、楽しみながら読んでもらえる内容になっています。

マミトの天使

著者:市原佐都子
発行:早川書房
発行日:2019年6月6日
定価:2,160円(税込)
サイズ:20cm、211ページ

日本のみならず、世界から注目される演劇ユニットQを主宰する劇作家・市原佐都子の初作品集。「悲劇喜劇」誌に掲載され話題となった中篇小説「マミトの天使」に加えて、人の自意識と身体性にまつわる懊悩と希望を描いた「虫」と「地底妖精」の3篇を収録する。

アール・ブリュット

著者:エミリー・シャンプノワ
翻訳:西尾彰泰、四元朝子
発行:白水社
発行日:2019年7月3日
定価:1,200円(税抜)
サイズ:新書、150ページ

アール・ブリュットの起源、呼び名、概念、作品の素材や形式、愛好家やコレクター、近年のブーム、美術館や市場までを概説する。

アッセンブリッジ・ナゴヤ2018|ドキュメント

執筆者:川北眞紀子、中根多惠、秋庭史典、中村史子、佐藤知久 編集・発行:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会
発行日:2019年3月
定価:非売品(ウェブサイトよりPDFダウンロード可能)
サイズ:A5判、96ページ

アッセンブリッジ・ナゴヤ2018の活動をまとめたドキュメントブック。

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アッセンブリッジ・ナゴヤ2018──UCO最後の3日間|吉田有里:キュレーターズノート(2019年01月15日号)
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街の変わりゆく景色をどのように残すべきか|吉田有里:キュレーターズノート(2018年09月15日号)

裏切られた美術 表現者たちの転向と挫折 1910−1960

著者:足立元
発行:ブリュッケ
発売:星雲社
発行日:2019年6月6日
定価:3,600円(税抜)
サイズ:A5判変型、318ページ

戦前から戦後にかけての50年間における、美術・漫画・記録映画と社会運動の危険な交わり。美術を中心に、漫画、映画、アニメーションなどを研究する著者が、2008〜2018年に書いた文章をまとめる。

ゴットを、信じる方法。

企画、編集:中川恵理子
レイアウトデザイン:宮城巧
発行:京都造形芸術大学 ARTZONE
発行日:2019年5月10日
定価:非売品
サイズ:B5版、50ページ

京都のARTZONEで開催された展覧会「ゴットを、信じる方法。」(企画: ゴットを信じる会)のカタログ。

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ゴットを、信じる方法。|高嶋慈:artscapeレビュー(2018年06月15日号)


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2019/07/16(火)(artscape編集部)

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