2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

景聴園ラジオ 第1回『何故絵を描いているのか?』

会期:2022/06/05〜

ポッドキャスト

チャンチャチャチャーンチャチャ……穏やかなギターの音で始まる「景聴園ラジオ」は「日本画」の勉強会と鑑賞の手引きを行なうポッドキャストだ。

「景聴園」は2012年に発足した日本画のグループ。メンバーは、作家である上坂秀明、合田徹郎、服部しほり、松平莉奈、三橋卓、企画の乃村拓郎、そしてアーカイブとテキストの古田理子。1980年代から90年代生まれの彼らは、京都市立芸術大学での結成当時から、合作を行なうタイプのグループではなく、グループ展を幾度となく開催してきた。かなり雑な言い方で恐縮だが、私から見た「景聴園」は、具象日本画の再考を軸としたグループだ。彼らの企画展に行くと、「日本画」が「物語」を描くとしたら、何を扱うべきか、どう描くべきかが5人ともまったく違うということにいつも驚かされる。でも、私は「日本画」に詳しくないので、そこで思考も眼も立ち止まってしまっていた。そんなときにこのポッドキャスト、渡りに船である。

第1回の冒頭では、「横山大観についての話をしよう」と前振りが来て身構えていたが、初回ということで、まずは「なぜ絵を描いているのか?」という問いからスタートした。「好きだから」という言葉を景聴園はいくつも切り分けていく。どの瞬間によろこびを感じるのか、絵を通して自分の認識が他者にとってどうなのかがわかるよろこび、生きていく手立てとしての絵、絵を描くときの「手癖」をよろこびと捉えるか否か。そこに研究はどう関連するか。

松平が途中で指摘した通り、景聴園の話はすべてが日本画についてのものなのだが、彼らが立ち返るときのエピソードは人間が人間として生きている限りにおいて、誰もが「何か」を「日本画」に代入することが可能という、不思議な体験であった。同時代としての日本画に向き合う彼らだからこそのなせる技だ、と唸ったり笑ったりのポッドキャスト。景聴園の結成10周年特別企画は耳も眼も離せない。


景聴園ラジオ(Anchor):https://anchor.fm/keichoen/

2022/06/05(日)(きりとりめでる)

沖縄復帰50年記念 特別展「琉球」

会期:2022/05/03~2022/06/26

東京国立博物館 平成館[東京都]

今年は沖縄県が復帰50年を迎える節目の年である。本展はそれを記念した展覧会なのだが、「琉球」というタイトルのとおり、スポットを当てているのはそのルーツである「琉球王国」だ。琉球王国について詳しく知っている人はどのくらいいるだろうか。正直、私はほとんど何も知らなかったということを本展で知らされた。琉球王国は1429年から1879年まで存在した。日本では室町時代から江戸時代までにあたる。

本展の第1章で《東インド諸島とその周辺の地図(『世界の舞台』)》という16世紀の地図が展示されていたのだが(※5月29日に展示終了)、それを見て愕然とした。当時、世界の目から見ると、日本よりも琉球王国の方が存在感が大きかったことを示していたからだ。なぜなら琉球王国は中国をはじめ、日本、朝鮮半島、東南アジア諸国との貿易によって発展した海洋王国だったためだ。まさにアジアの架け橋として外交に長けていた一方、国内では高度な手業による種々さまざまな工芸品が発達した。絵画、木彫、石彫、漆芸、染織、陶芸、金工などがあるなか、私がもっとも目を奪われたのは漆芸だ。螺鈿や沈金、箔絵などで細やかに加飾された豪華絢爛な箱や盆、卓などが展示されており、かつての華やかなりし王家の暮らしを彷彿とさせた。当時、中国から最先端の工芸品類を輸入していた背景もあり、相当、目が肥えていたのだろう。王国内で豊かな文化が醸成されていたことを伝えていた。


首里城公園 首里城正殿(2014[平成26]年撮影)[画像提供:一般財団法人 沖縄美ら島財団]


そんな琉球王国の象徴とも言える首里城の再建や文化遺産の復元作品で本展は締められていたが、観覧後、なんだか夢から覚めたような気分になる。日本の明治政府によって琉球王国が沖縄県になってからというもの、ずっと困難や苦難の連続だったのではないか。我々はむしろ、そちらの現実の方を知っているからだ。琉球王国にかつて存在した高度な手業はいったいどこに消えたのか。日本はその貴重な文化や産業の多くを彼らから奪ってしまったことをもっと知るべきである。そんな複雑な思いに駆られた展覧会だった。


浦添市指定文化財 朱漆山水人物沈金足付盆(しゅうるしさんすいじんぶつちんきんあしつきぼん)
第二尚氏時代・16〜17世紀 沖縄・浦添市美術館蔵


公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

2022/05/28(土)(杉江あこ)

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昭和日常博物館

北名古屋市歴史民俗資料館[昭和日常博物館][愛知県]

昨年、ジョルダン・サンドの著作『東京ヴァナキュラー』(新曜社、2021)を読んで、行きたくなった博物館がある。本書は、日本の都市空間における広場の困難さ、「谷根千」の自主メディア活動、路上観察学、博物館の展示などをとりあげ、モニュメントなき東京の歴史を論じるものだ。強く印象に残ったのが、トータルメディアの背景を探りながら、メタボリズムのメンバーが博物館の建築と展示に関わっていたことを明らかにしていた第4章である。ここでは1990年代から昭和の生活の展示として、ちゃぶ台が重要な役割を果たしていることを指摘し、「日常の情景や品々は戦争そのものをやわからなセピア色に染めて描くことで、当時の政治を覆い隠す役割を果たした」という。そして先駆的な事例として挙げられていたのが、1990年にオープンした名古屋の昭和日常博物館である。今でこそ博物館で昭和のアイテムも普通に展示されるようになったが、まさに昭和が終わったタイミングで、昭和の生活をテーマにすえた展示をいち早く開始したわけだ。正式な名称は「北名古屋市歴史民俗資料館」なのだが、やはり「昭和日常」を展示するという通称のインパクトは大きい。



ちゃぶ台のある展示風景


ともあれ、この本で初めて存在を知り、いつか足を運ばねばと思っていた。現地に到着し、地下の駐車場に自動車を停めると、ここにも昭和のクラシックカーの実物が展示されていた。いったん外に出て、外観を眺めると、ファサードに大きい文字で「第1回・日本博物館協会賞を受賞」と記されている。大きい建築だが、1階と2階は図書館であり、3階が博物館だった。エレベータのドアが開くと、いきなり駄菓子屋の再現展示である。コロナ禍ゆえに軽い入場制限があったため、少し待ってから入ったが、学術的な解説や個別のキャプションはなく、市民から寄贈されたさまざまなモノが「放課後はボクらの天下だ。」や「3時のおやつは・・・。」などのキャッチフレーズによって緩やかに分類されていた。筆者も、子供のときに遊んだゲームを見つけることができた。また企画展示は、包装紙や広告など、「紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ」であり、立体的にディスプレイされていた。同館は、研究施設としての博物館というよりも、ああ懐かしい! というエンターテイメントとして楽しめるが(来場者の反応を見ると、主にそうだった)、モノを通じて回想し、高齢者ケアを行なうユニークな活動も展開しており、博物館の概念を拡張している。



地下駐車場での展示



ファサード



入口の周辺



展示導入部



「紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ」展 展示風景



「紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ」展 展示風景

紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ

会期:2022年3月5日(土)~5月29日(日)
会場:北名古屋市歴史民俗資料館 昭和日常博物館
(愛知県北名古屋市熊之庄御榊53)

2022/05/03(火)(五十嵐太郎)

藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」

会期:2022/04/22~2022/04/24

テアトロ・ジーリオ・ショウワ[神奈川県]

神奈川県川崎市の新百合ヶ丘駅から徒歩で約5分、松田平田設計が手がけた昭和音楽大学の《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》(2006)に足を運び(室内音響は永田音響が担当)、オペラを鑑賞した。ここは初めて訪れたホールだったが、とても良い空間だった。外観のファサードは特筆すべきことがないが、内部が昔のヨーロッパの劇場の雰囲気と似ている。歌手の声がダイレクトに伝わる約1,300席というこぢんまりとしたサイズ、そして本場の伝統を踏まえた馬蹄形による客席の配置は、上階の席であっても舞台との一体感が強い(ここまではっきりとした馬蹄形は日本に少ないように思われる)。前後左右の座席の並びも余裕がある。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場や新国立劇場のオペラパレスは、全体のサイズが大き過ぎる一方、座席は窮屈だ。またエントランスの向かいに別棟としてカフェ・レストランを設置する組み合わせも効果的だろう。残念ながら、訪問時はコロナ禍のせいか休憩時間に閉まっていたが、もしここと劇場とあいだの屋外空間が使えるならば、気持ちが良い体験になるだろう。



《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》のエントランス



《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》の客席




《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》 客席から舞台へ


さて、エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ作曲のオペラ「イル・カンピエッロ」は、初めて聴く庶民喜劇だったが、出演者の歌も巧く、素晴らしかった。1936年に初演ということは、決して革新的ではなく、音楽史に名前が刻まれにくい作品である。しかし、ガスパリーナのへんてこな発音(方言を使いこなす近代喜劇の祖、原作者のカルロ・ゴルドーニによるもの)の歌など、コミカルかつ過剰なフェッラーリの曲が楽しい。物語はヴェネツィアの「小さい広場」(タイトルはこれを意味する)とそれを囲む街並みで展開されるのだが、舞台美術のスケール感と一致していたことも興味深い。したがって、確かに、これくらいのサイズの空間だと思い出しながら、物語の世界に没入することができた。そして郷愁あふれるラストの曲「さようなら、愛しのヴェネツィア」の歌詞も気に入った。生まれ育った広場を醜い場所とは言いたくない、大好きなものこそ、美しいものといったフレーズがある。以前、筆者が上梓した景観論『美しい都市・醜い都市 現代景観論』(中公新書ラクレ、2006)とも響きあう考え方だったからだ。

2022/04/24(日)(五十嵐太郎)

ウィリアム・ケントリッジ演出 オペラ「魔笛」

会期:2022/04/16~2022/04/24

新国立劇場[東京都]

モーツァルトのオペラ「魔笛」(1791)は、卒業論文でとりあげた18世紀の建築家ジャン・ジャック・ルクーがフリーメーソンの入会儀式の空間を構想し、ドローイングを描いていたので、個人的に強い関心をもつ作品である。ルクーは「魔笛」から影響を受けたのではなく、両作品の元ネタだった『セトスの生涯』(1731)という物語を読んでおり、いずれにも火や水の試練の場面が登場する。筆者はヨーロッパで二回、日本では勅使川原三郎が演出し、闇と光、リング群というシンプルな舞台美術に佐東利穂子らのダンスとナレーションを加えたものや、宮本亞門によるロール・プレイング・ゲーム的な世界観に変容させたものを観劇したことがあったが、今回は手描きアニメーションで知られるウィリアム・ケントリッジのバージョンということでチケットを購入した。はたしてアーティストや建築家が舞台美術を担当することはめずらしくないが、演出にまで関わるのはどういうことなのか。彼はほかにもいくつかのオペラを演出しているが、2005年の「魔笛」は最初の大規模なオペラ作品だった。

幕が上がると、手描きアニメの映像プロジェクションを多用し、想像していた以上にケントリッジらしい世界が展開されていた。さらにカメラの構造、遠近法、エジプトや古典主義の建築、かつて新古典主義のドイツ建築家カール・フリードリヒ・シンケルが「魔笛」のためにデザインした舞台美術(特に夜の女王の登場シーン)への参照、6層に及ぶレイヤーによる奥行きなどを駆使し、視覚的にとてもにぎやかである。こうした過剰な表現や西洋美術史の引用は、ピーター・グリーナウェイの映画を想起させるだろう。ともあれ、建築系にもおすすめのオペラだった。驚かされたのは、ピアノの追加である。オペラの演出では、曲そのものを改変できないが、曲と曲のあいだに新しい要素を挿入することは可能だ。もっとも、それは会話や演技だったり、ナレーションだったりで、通常、音楽はあまり加えないはずである。だが、ケントリッジの演出では、ピアノによる別の曲も追加されていた。これは専門的な演出家だと、逆にやらない、異分野だからこその大胆な演出ではないかと思えた。



新国立劇場「魔笛」より [撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場]

2022/04/18(月)(五十嵐太郎)

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