2024年03月01日号
次回3月18日更新予定

artscapeレビュー

その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

アンコール遺跡群

[カンボジア]

東南アジアはあらかた訪れ、ベトナム、タイ、インドネシアなど、すでに3回という国もあるが、今回はクメール建築を見るべく、初めてカンボジアを回った。中国系の資本で建設されたという新しいシェムリアップ空港に到着し、市の中心部まで約1時間である。とにかく平らな大地が続く農業の国だ。市内も坂道が全然見当たらない。遠くに見える山も尖っておらず、平らな稜線が印象的である。かつてジャングルに埋もれ、忘れられていたアンコールの遺跡群は、おおむね10世紀から12世紀にかけてつくられたものだ。ヨーロッパだと、ロマネスクやゴシックの創成期など、キリスト教の建築が興隆をきわめた時代である。

アンコール・トムは、巨大な寺院建築というよりも、堀に囲まれた3km四方の都であり、そこに75万人も住んだという高密度な数字はにわかに信じがたい。なお、「アンコール」という言葉は、「王の都」という意味をもつ。いわば平城京や平安京に近いかもしれない。隣国との戦争のあと、凱旋のルートと死者の道がパラレルに東西の軸として用意され、それぞれの出迎えの施設が基本的な骨格をなす。それゆえ、壁には戦争の場面を具体的に描いたレリーフが多い。続いて、大樹が徹底的に侵食し、あちこちが崩れていることで有名な寺院、タ・プロームを訪れた。タイのアユタヤでも切断された仏像の頭がガジュマルの根に包まれていたが、はるかに大きいスケールで廃墟化している。樹をとり除くと、かえって崩壊が進みそうなくらい、建築と植物が融合していた。ここは映画『トゥームレイダー』のロケ地としても知られる。廃墟として放置されたことで長い時間をかけて大樹に侵食された風景としては、タ・ソムの東塔門が忘れがたい。徐々に石の位置がずれていく、わずかな幅をチェックする装置も取りつけられていた。


アンコール・トム


タ・プローム


タ・ソム


アンコール・ワットは、ボロブドゥールが外部のみの巨大な彫刻であるのに対し、屋根がある内部空間、列柱廊、沐浴の中庭、シンメトリカルに配置された経蔵などがあり、立体的な建築として構成されている。滑落したら、怪我か、死亡しそうな第3回廊への急階段では、投入堂の体験を思いだす。大きなアンコール・トムやアンコール・ワットのほか、こうした小さな遺跡群は、じつは近郊に無数に存在しており、すべてまわるには1週間は必要だろう。東洋のモナリザと呼ばれるデバター像など、精緻かつ優雅につくられた赤砂岩のレリーフを備え、10世紀まで遡るバンテアイ・スレイ、貯水池の小さい島の中に入れ子状に池をつくり、絡みあう2匹の大蛇が印象的な円形基壇があるニャック・ポアン、塔が林立する段々のピラミッド状の構成をもち、ほとんど平坦な地において山のような存在だったプレ・ループなど、今回は計10カ所を見学した。

それにしても、壮大な寺院群を建立した当時の王たちは、これらが密林の中の再発見を経て、まさか1000年後も地域の住民の食いぶちになるとは夢にも思わなかっただろう。世界遺産になった建築群が存在するおかげで、近くに空港がつくられ、半永久的にシェムリアップの街に外貨が落とされている。


アンコール・ワット


アンコール・ワット


バンテアイ・スレイ


ニャック・ポアン


プレ・ループ

2024/02/20(火)、21(水)(五十嵐太郎)

森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス

会期:2024/02/09~(常設)

麻布台ヒルズ 森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス[東京都]

「いやーおったまげっす」と書いたのは、2018年にチームラボがお台場でやっていたときのレビューだ。おったまげの内容は、①会場の広さ、②出し物の多様さ、③平日なのに混んでいたことの3点。今回は麻布台ヒルズに場所を移してのリニューアル公開となるが、内覧会なので③はおいといて、①と②の感想は同じだった。

会場に一歩足を踏み入れると、そこはめくるめく映像美の世界。そんな常套句の百倍くらいすごい。壁と床一面に花や滝や森や川や海が映し出され、ウサギやカエルや蝶や魚が飛び交い跳ね回り(ブッダもいる)、手を近づけると反応してくれる。しかも映像は迷路のような通路に続き、次々と変化しながら別の部屋に連鎖し、全体で境界のないひとつの大きな世界を形成している。どちらかというと日本的な、花鳥風月の世界観。でもそれだけではない。光線と可動ミラーを巧みに組み合わせて色鮮やかな光の洞窟を現出する「ライトスカルプチャー」のようなSF的未来世界もあり、まさに圧巻というしかない。



森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス 展示風景 [筆者撮影]



森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス
「ライトスカルプチャー」展示風景 [筆者撮影]


こうして見る者はどこまでも続く会場をさまよいながら、ふと出口までたどり着けるだろうか不安にもなってくる。いったいどれだけ広いんだろう? 実際にはそれほど広くないのかもしれないが、映像の渦中にいると、鏡を多用していることもあって距離感や方向感覚、上下の感覚まで怪しくなってくるのだ。いやーおったまげ。

おったまげといえば、お台場で興行していた2019年には1年間に219万人超を動員したというから驚く。これは「単一アート・グループの美術館としてのギネス世界記録」だそうだが、「単一アート・グループの美術館」てなんなの? てか、そもそもこれは「美術館」だったのか? 確かに「ミュージアム」と称しているけど、別に非営利でもないし恒久的でもないしコレクションもないし、ミュージアムの概念からはかけ離れている。かといって劇場でもなければテーマパークとも違うし、近いのはビックリハウスとかマジックハウスだが、それだと矮小化しすぎか。結局、これまでにない新しい「見世物小屋」を開発したという事実がいちばんすごいことだと思う。


森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス:https://www.teamlab.art/jp/e/borderless-azabudai/

2024/02/05(月)(村田真)

イスタンブール空港と日帰りツアー

イスタンブール空港[トルコ、イスタンブール]

今回のブダペスト行きでは、乗り継ぎでイスタンブールの空港を利用したが、トルコの滞在は30年ぶりくらいである。アタテュルク空港に代わり、2019年にオープンした新しいイスタンブール空港は、ピニンファリーナ、ノルディック、グリムショーなど西欧の建築事務所が設計を担当、中近東やシンガポールのように華やかなショッピングモールを抱えた超巨大な空間に変貌し、以前とまったく違う。この流れに日本は完全に乗り遅れており、成田も羽田も首都の国際空港に見えない。



イスタンブール空港



イスタンブール空港


興味深いのは、ただ商業施設が並ぶのではなく、有料のエアポート・ミュージアムを併設しており、古代やイスラムなど、トルコ各地の文化財を紹介していたこと。それぞれの空港からの距離も示すことで、次回はイスタンブール以外の地方に行きたいと思わせる仕かけになっていたこと。それなりに規模は大きいが、各部屋に監視員はまったくいなかったので、おそらくレプリカの展示だったと思われる。



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアムのエントランス



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアム 「オスマン帝国時代」



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアム 「古代」


帰りのトランジットでは、トルコ航空を利用している場合、乗り継ぎ時間が長いと(6~24時間)、無料の「Touristanbul」(日帰りイスタンブール観光ツアー)に参加できるというので申し込んだ。1日に8回のツアーが組まれており、もっとも長いのは8時30分から18時までの終日であり、18時30分からだとボスポラス海峡クルーズが含まれるという。筆者が参加したのは、16時から21時30分までのイブニングツアーであり、空港からバスで往復し、旧市街を散策した後、人気店「セリム・ウスタ」の夕食を楽しんだ。

まわったのは、シェフザーデ・ジャーミィ、イスタンブール大学、ベヤズット広場、グランドバザール、コンスタンティヌスの柱、エジプトのオベリスク、蛇の柱、ドイツの泉、ブルーモスクなどである。そして前に訪れたときは博物館だったが、今回はモスクになっていたアヤソフィアは、じっくりと内部を見ることができ、ローマ建築の迫力を体験した。ツアーでは、強制的に土産物屋に連れていかれることもなく、お金が必要な場面がない。これは凄いサービスで、ただの経由地と考えていた旅行客もイスタンブールのファンになり、次はここを目的地にしようと考えるだろう。クールジャパンの予算も、お笑いにつぎこまないで、こう使うほうが効果的ではないか。

2024/01/01(月)(五十嵐太郎)

ブダペストの市民公園

市民公園[ハンガリー、ブダペスト]

ブダペストの壮麗なアンドラーシ通りの突きあたりが、いずれも19世紀末に整備された英雄広場とそれを囲む巨大な市民公園である。前者はハンガリー建国1000年を記念するモニュメント群を配し、後者はさまざまな文化施設が点在する。例えば、広場を挟んで向きあう古典主義の国立西洋美術館と現代美術館、背後には過去の建築様式を折衷したヴァイダフニャア城(一部は農業博物館)、温泉、国立大サーカスなどだ。



ブダペスト国立西洋美術館



ヴァイダフニャド城



英雄広場


20世紀初頭の動物園では、さまざまな建築家が参加し、象、熊、猿の彫刻があるゲート、モスク風の象舎、教会を参照した鳥小屋、各地の民俗建築をモチーフにした飼育小屋が目を楽しませる。



ブダペスト動物園 旧象舎


現在、リジェ・ブダペスト・プロジェクトによって注目すべき現代建築群が登場している。藤本壮介による《ハンガリー音楽の家》(2022)は、無数の穴があいた丸い屋根を細い柱群で支え、建築というよりも有機物のような存在感によって公園の風景に溶け込む。常設展示は、予約がいっぱいで見られず、地下のサウンド・ドームも体験できなかったが、冷戦下のハンガリーのポピュラー音楽史を扱う企画展は、力の入った展示デザインで興味深い。当時、歌詞はもちろん、レコードのジャケットも検閲されていた。最近、台湾にも流行音楽の展示館が登場しているが、日本でもこうした施設が欲しい。



藤本壮介《ハンガリー音楽の家》



ハンガリー音楽の家での企画展 展示風景


そのすぐ近くに登場したのが、ナプール・アーキテクトによるダイナミックな造形の《民族学博物館》(2022)である。大地をめくり上げたように、両端に向かって傾斜する芝生の屋上は登ることができる。外壁のグリッドは無数のピクセルが覆う。館内は、細い階段とスロープ、そしてコレクションの一部を無料で見せる通路などが続く。民族学博物館のエントランスでは、公園と都市の大きな模型を展示し、将来、このエリアにSANAAの新国立ギャラリーも建設されることを示していた。すなわち、21世紀における市民公園の大改造が進んでいるが、国際コンペによって選ばれた2組の日本人建築家が関わっている。



ナプール・アーキテクト《民族学博物館》




民族学博物館で紹介されていたSANAAプロジェクト


なお、独創的なデザインで知られるレヒネル・エデンは、公園を囲む通りに2件の住宅、さらに東側に国立地質学研究所を手がけている。



国立地質学研究所


2023/12/30(土)(五十嵐太郎)

ブダペストの建築と都市

[ハンガリー、ブダペスト]

ハンガリーは西洋建築史の本流から外れているし、近代もレヒネル・エデン以外はあまり知られておらず、現代ではイムレ・マコヴェッツくらいが頭角をあらわし、訪問を後まわしにしていた。なるほど、同時代的には革新的でないかもしれないが、基本的な建築のレベルは高く、なにより街中に群として良質のデザインが存在することで都市の強度をもつ。



イムレ・マコヴェッツのポストモダン建築


また丘の上に王宮があるブダ側(西)と対岸のペスト側(東)の風景は、ともにピクチャレスクな美しさをもち、鎖橋などで東西をつないでいる。「ドナウの真珠」、あるいは「東欧のパリ」と呼ばれるのもうなずける。おそらく戦後にかなり修復されているはずだ。



ドナウ川越しにブダ王宮や鎖橋を見る


特に旧市街のデアーク・フェレンツ広場と市民公園をつなぐアンドラーシ通りは、19世紀末の都市計画による壮麗なメインストリートである。また同時にこれに沿ってヨーロッパ「大陸」初の地下鉄1号線も開通した。

この目抜き通りでは、マニエリスム的な技巧を凝らしたデザインも含む、古典主義の建築群が並ぶ。そのハイライトのひとつである国立オペラ劇場(1884)の見学ツアーに参加した。19世紀末の建築としてはフランスやドイツに比べて新しさはないが(ただし、ポンペイ風の装飾は興味深い)、立派な外観は都市に風格を与えるだろう。しかもヴェネツィアのフェニーチェ劇場と同じくらいのちょうどよいサイズである。参加費は高めだが、最後に大階段で生歌を四曲、目の前で聴けるのは贅沢だった。



国立オペラ劇場


一方、デアーク・フェレンツやヴァーツィの通りは、アンドラーシ通りの古典主義とは違い、世紀の変わり目の装飾を残した初期の近代建築群が目を楽しませる。すなわち、モダニズムのような幾何学的なシンプルさには至っていないため、豊かな細部に彩られたデザインが続く。ときどき現代のポストモダンも混ざるが、装飾が復活しており、街並みになじむ。



クリスチャン・レフラーによるシナゴーグ


また前述のエリアを含むが、ドナウ川沿いの国会議事堂がある5区や、ユダヤ街の6区にも、注目すべき近代建築が密集していた。例えば、ライタ・ベーラ、レヒネル・エデン、ラヨッシュ・コズマ、ヘンリク・シュマール、オットー・ワグナーなど、アールヌーヴォーやウィーン分離派の影響を強く感じる。こうした近代建築から様式建築まで、各時代の歴史が層なして共存していることが、ブダペストという都市の魅力だろう。



ライタ・ベーラの新劇場



レヒネル・エデンの郵便貯金局



ヘンリック・シュマールのパーリズィ・ウドヴァル



議事堂近くのアールヌーヴォー エミル・ヴィダー《Bedő House》(1903)



世紀の変わり目の建築群

2023/12/29(金)(五十嵐太郎)

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