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その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

イスタンブール空港と日帰りツアー

イスタンブール空港[トルコ、イスタンブール]

今回のブダペスト行きでは、乗り継ぎでイスタンブールの空港を利用したが、トルコの滞在は30年ぶりくらいである。アタテュルク空港に代わり、2019年にオープンした新しいイスタンブール空港は、ピニンファリーナ、ノルディック、グリムショーなど西欧の建築事務所が設計を担当、中近東やシンガポールのように華やかなショッピングモールを抱えた超巨大な空間に変貌し、以前とまったく違う。この流れに日本は完全に乗り遅れており、成田も羽田も首都の国際空港に見えない。



イスタンブール空港



イスタンブール空港


興味深いのは、ただ商業施設が並ぶのではなく、有料のエアポート・ミュージアムを併設しており、古代やイスラムなど、トルコ各地の文化財を紹介していたこと。それぞれの空港からの距離も示すことで、次回はイスタンブール以外の地方に行きたいと思わせる仕かけになっていたこと。それなりに規模は大きいが、各部屋に監視員はまったくいなかったので、おそらくレプリカの展示だったと思われる。



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアムのエントランス



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアム 「オスマン帝国時代」



イスタンブール空港 エアポート・ミュージアム 「古代」


帰りのトランジットでは、トルコ航空を利用している場合、乗り継ぎ時間が長いと(6~24時間)、無料の「Touristanbul」(日帰りイスタンブール観光ツアー)に参加できるというので申し込んだ。1日に8回のツアーが組まれており、もっとも長いのは8時30分から18時までの終日であり、18時30分からだとボスポラス海峡クルーズが含まれるという。筆者が参加したのは、16時から21時30分までのイブニングツアーであり、空港からバスで往復し、旧市街を散策した後、人気店「セリム・ウスタ」の夕食を楽しんだ。

まわったのは、シェフザーデ・ジャーミィ、イスタンブール大学、ベヤズット広場、グランドバザール、コンスタンティヌスの柱、エジプトのオベリスク、蛇の柱、ドイツの泉、ブルーモスクなどである。そして前に訪れたときは博物館だったが、今回はモスクになっていたアヤソフィアは、じっくりと内部を見ることができ、ローマ建築の迫力を体験した。ツアーでは、強制的に土産物屋に連れていかれることもなく、お金が必要な場面がない。これは凄いサービスで、ただの経由地と考えていた旅行客もイスタンブールのファンになり、次はここを目的地にしようと考えるだろう。クールジャパンの予算も、お笑いにつぎこまないで、こう使うほうが効果的ではないか。

2024/01/01(月)(五十嵐太郎)

ブダペストの市民公園

市民公園[ハンガリー、ブダペスト]

ブダペストの壮麗なアンドラーシ通りの突きあたりが、いずれも19世紀末に整備された英雄広場とそれを囲む巨大な市民公園である。前者はハンガリー建国1000年を記念するモニュメント群を配し、後者はさまざまな文化施設が点在する。例えば、広場を挟んで向きあう古典主義の国立西洋美術館と現代美術館、背後には過去の建築様式を折衷したヴァイダフニャア城(一部は農業博物館)、温泉、国立大サーカスなどだ。



ブダペスト国立西洋美術館



ヴァイダフニャド城



英雄広場


20世紀初頭の動物園では、さまざまな建築家が参加し、象、熊、猿の彫刻があるゲート、モスク風の象舎、教会を参照した鳥小屋、各地の民俗建築をモチーフにした飼育小屋が目を楽しませる。



ブダペスト動物園 旧象舎


現在、リジェ・ブダペスト・プロジェクトによって注目すべき現代建築群が登場している。藤本壮介による《ハンガリー音楽の家》(2022)は、無数の穴があいた丸い屋根を細い柱群で支え、建築というよりも有機物のような存在感によって公園の風景に溶け込む。常設展示は、予約がいっぱいで見られず、地下のサウンド・ドームも体験できなかったが、冷戦下のハンガリーのポピュラー音楽史を扱う企画展は、力の入った展示デザインで興味深い。当時、歌詞はもちろん、レコードのジャケットも検閲されていた。最近、台湾にも流行音楽の展示館が登場しているが、日本でもこうした施設が欲しい。



藤本壮介《ハンガリー音楽の家》



ハンガリー音楽の家での企画展 展示風景


そのすぐ近くに登場したのが、ナプール・アーキテクトによるダイナミックな造形の《民族学博物館》(2022)である。大地をめくり上げたように、両端に向かって傾斜する芝生の屋上は登ることができる。外壁のグリッドは無数のピクセルが覆う。館内は、細い階段とスロープ、そしてコレクションの一部を無料で見せる通路などが続く。民族学博物館のエントランスでは、公園と都市の大きな模型を展示し、将来、このエリアにSANAAの新国立ギャラリーも建設されることを示していた。すなわち、21世紀における市民公園の大改造が進んでいるが、国際コンペによって選ばれた2組の日本人建築家が関わっている。



ナプール・アーキテクト《民族学博物館》




民族学博物館で紹介されていたSANAAプロジェクト


なお、独創的なデザインで知られるレヒネル・エデンは、公園を囲む通りに2件の住宅、さらに東側に国立地質学研究所を手がけている。



国立地質学研究所


2023/12/30(土)(五十嵐太郎)

ブダペストの建築と都市

[ハンガリー、ブダペスト]

ハンガリーは西洋建築史の本流から外れているし、近代もレヒネル・エデン以外はあまり知られておらず、現代ではイムレ・マコヴェッツくらいが頭角をあらわし、訪問を後まわしにしていた。なるほど、同時代的には革新的でないかもしれないが、基本的な建築のレベルは高く、なにより街中に群として良質のデザインが存在することで都市の強度をもつ。



イムレ・マコヴェッツのポストモダン建築


また丘の上に王宮があるブダ側(西)と対岸のペスト側(東)の風景は、ともにピクチャレスクな美しさをもち、鎖橋などで東西をつないでいる。「ドナウの真珠」、あるいは「東欧のパリ」と呼ばれるのもうなずける。おそらく戦後にかなり修復されているはずだ。



ドナウ川越しにブダ王宮や鎖橋を見る


特に旧市街のデアーク・フェレンツ広場と市民公園をつなぐアンドラーシ通りは、19世紀末の都市計画による壮麗なメインストリートである。また同時にこれに沿ってヨーロッパ「大陸」初の地下鉄1号線も開通した。

この目抜き通りでは、マニエリスム的な技巧を凝らしたデザインも含む、古典主義の建築群が並ぶ。そのハイライトのひとつである国立オペラ劇場(1884)の見学ツアーに参加した。19世紀末の建築としてはフランスやドイツに比べて新しさはないが(ただし、ポンペイ風の装飾は興味深い)、立派な外観は都市に風格を与えるだろう。しかもヴェネツィアのフェニーチェ劇場と同じくらいのちょうどよいサイズである。参加費は高めだが、最後に大階段で生歌を四曲、目の前で聴けるのは贅沢だった。



国立オペラ劇場


一方、デアーク・フェレンツやヴァーツィの通りは、アンドラーシ通りの古典主義とは違い、世紀の変わり目の装飾を残した初期の近代建築群が目を楽しませる。すなわち、モダニズムのような幾何学的なシンプルさには至っていないため、豊かな細部に彩られたデザインが続く。ときどき現代のポストモダンも混ざるが、装飾が復活しており、街並みになじむ。



クリスチャン・レフラーによるシナゴーグ


また前述のエリアを含むが、ドナウ川沿いの国会議事堂がある5区や、ユダヤ街の6区にも、注目すべき近代建築が密集していた。例えば、ライタ・ベーラ、レヒネル・エデン、ラヨッシュ・コズマ、ヘンリク・シュマール、オットー・ワグナーなど、アールヌーヴォーやウィーン分離派の影響を強く感じる。こうした近代建築から様式建築まで、各時代の歴史が層なして共存していることが、ブダペストという都市の魅力だろう。



ライタ・ベーラの新劇場



レヒネル・エデンの郵便貯金局



ヘンリック・シュマールのパーリズィ・ウドヴァル



議事堂近くのアールヌーヴォー エミル・ヴィダー《Bedő House》(1903)



世紀の変わり目の建築群

2023/12/29(金)(五十嵐太郎)

チチェン・イッツァ

[メキシコ、プラヤ・デル・カルメン]

ユカタン半島のリゾート地カンクン近郊のプラヤ・デル・カルメンに来ている。ここから車で3〜4時間走ったところに、古代マヤ文明の衰退後もユカタン半島で栄えたチチェン・イッツァの遺跡がある。その名は、チチェン族が住んでいた土地にイッツァ族が侵入したことに由来するらしい。メキシコの古代遺跡のほとんどは16世紀にスペイン人が入植してから徹底的に破壊したため原型をとどめておらず、現在見られるのはほとんど復元した姿だが、ここはジャングルのなかに築かれていたため壊滅的な破壊は免れたようだ。といっても半分くらいは復元しているらしい。



チチェン・イッツァ カスティーヨ [筆者撮影]


遺跡は高さ24メートル、底辺55メートル四方のカスティーヨ(スペイン語で「城」の意味)と呼ばれるピラミッドを中心に、ジャガーの神殿、天文台、大球技場などがあり、その横の基壇には頭蓋骨のレリーフがびっしり並んでいる。メキシコ人の頭蓋骨好きはマヤ人からの遺伝なのか。近くには「聖なる泉」と呼ばれる円形の地下池セノーテもあり、かつて生贄の女性が放り込まれ、水底から頭蓋骨も見つかっているという。そんなところで泳いでいるやつもいる。ヒェー。



チチェン・イッツァ 頭蓋骨レリーフ [筆者撮影]


2023/12/27(水)(村田真)

スモールワールズ

[東京都]

東京のウォーターフロント、有明にスモールワールズ ミニチュアミュージアムが、2020年にオープンしていたことは知っていたが、ようやく足を運ぶ機会をえた。巨大な物流倉庫を改造した屋内型のテーマパークであり、外観からはほとんどその内部が想像がつかない。あえて言えば、エントランスと道路のあいだに、エヴァンゲリオンの初号機があることくらいだ。国内の類似施設としては、1993年に開園した東武ワールドスクウェアが想起されるが、これは屋外型の施設であり、また模型はすべて1/25で統一されていることが、建築的にはきわめて重要だろう。一方、スモールワールズの特徴は、縮尺を統一していないこと、アニメの都市や非実在の海外建築を含むこと、そして時代を反映して3Dプリンターを活用していることなどが挙げられる。



スモールワールズ エントランス




東武ワールドスクエア サン・ピエトロ寺院とエッフェル塔


主なエリアとしては、宇宙センター、世界の街(フィレンツェや香港風の場所などがあるが、必ずしも写実的ではない)、美少女セーラームーン(ただし、筆者の訪問時は改装中)、関西国際空港(レンゾ・ピアノ設計の建築の断面をのぞくことができる)、エヴァンゲリオンの第3新東京市と格納庫(以上は3階)、2階のカフェにある日本の夜景が挙げられる。



スモールワールズ 宇宙センター 打ち上げ途中



スモールワールズ 世界の街



スモールワールズ 関西国際空港



スモールワールズ エヴァンゲリオン第3新東京市


ワールドスクエアが模型の正確さゆえに、世界の地理や建築史の勉強になるとすれば、スモールワールズはエンターテイメントの要素が強い。例えば、シャトルの打ち上げ、エヴァの発進、そして地下からビルが登場したり、格納する第三新東京市のように、モノが動く。またよく観察すると、建築の周囲や内部に配された人や物など、細部の遊びが多い。これを発見する喜びもあるし、制作者が楽しんでいる様子がうかがえる。さらに来場者は自身の姿を3Dスキャンしてもらい、ミニチュア・フィギュア化してもらえる有料サービスがあり(1/80、1/35、1/24の3サイズ)、館内に一年間設置してもらう住民権付きプランも用意されていた。これは全方位から人間の立体的なデータを瞬間的に測定できるスキャナーと3Dプリンターのシステムがあることで、初めて可能となる。なお、この施設で良いと感じたのは、ミニチュアを制作する現場をバックヤードとせず、来場者が観察できる動線に組み込んでいることだ。ワークショップも開催しており、ものづくりの楽しみを体験できる場になっている。



スモールワールズ クリエイティブスタジオ


2023/12/24(日)(五十嵐太郎)