2023年05月15日号
次回6月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

開場25周年記念公演『アイーダ』

会期:2023/04/05~2023/04/21

新国立劇場[東京都]

オペラの劇場の空間的な特徴は、天井が高いことである。これは日本の伝統的な歌舞伎や能の水平的な舞台と比べると、明らかに垂直方向が強い。身長は西洋人の方が少し高いだろうが、それ以上に空間のプロポーションは違っており、演出するうえでも、この高さをいかに使うかは重要なポイントである。新国立劇場の25周年記念の公演『アイーダ』は、まさにこうしたハードを生かしたスペクタクルな内容だった。例えば、天井に届かんばかりの巨大なエジプト列柱群、第4幕の地下牢を表現する上昇する舞台機構などである。 セットの列柱は、実際に筆者がエジプトで体験した空間とかなりスケール感が近い。柱は異常に太く、梁は短いため柱間が狭いのが、エジプト建築の特徴である。新国立劇場のオペラパレスは、舞台からスノコまでの高さが30.5mだから、20mより少し高いエジプトの柱だと、セットでもその上部に梁が入るので、だいたい同じか、少し大きいくらい。ちなみに、リドリー・スコットの映画『エクソダス 神と王』(2014)は、古代エジプトの物語だが、CGの建築群がデカすぎて、オーバー・スケールを強調し過ぎていた。



第2幕[撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


もともと開場記念公演のひとつとして、1998年1月にフランコ・ゼッフィレッリの演出による『アイーダ』が上演され、その後も定期的に再演される人気のメニューとなっていたが、今回もチケットは完売である。とりわけ、コロナ禍が続いていただけに、生の人間が大勢集まる舞台はより魅力的に感じられた。なにしろ出演者が総勢300人を超える規模である。しかも華やかな衣装は、建築の装飾のようにも見え、第2幕のパレードでは舞台を人で埋めつくし、本物の馬も登場した。かつてパリのオペラ座を設計したシャルル・ガルニエは、着飾った女性が集まることで、ネオ・バロック建築の豪華な装飾になると述べていたが、まさにそうした効果をもたらしている(衣装もゼッフィレッリが担当)。一方で第3幕は静かな夜のシーンであり、柱の本数を減らし、第4幕ではかすかな照明が列柱に陰影を与え、なまめかしい雰囲気をつくりだしていた。

今年の2月、東京文化会館で鑑賞した『トゥーランドット』は、チーム・ラボによる光の演出や幾何学的な空間を導入し、現代的なメディア・アートに振り切ったのに対し、ゼッフィレッリの「アイーダ」はクラシックな舞台美術だが、それを徹底させたところに凄みがある。これぞオペラ、いやオペラという形式でしか味わえない贅沢さを堪能できる伝説の舞台が、コロナ禍の制限がほとんどなくなったタイミングで上演されたのは喜ばしい。



第3幕[撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]




第4幕[撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/18aida/

2023/04/08(土)(五十嵐太郎)

台北と高雄 流行音楽中心の建築と展示

台湾では、ついにOMAによる《台北パフォーミングアーツセンター》がオープンしたが、ほかにも海外の建築家による現代建築が登場している。ここでは台北と高雄の流行音楽中心(ミュージックセンター)を紹介しよう。いずれもホールや音楽関連の施設、そしてポピュラー音楽の歴史に関する展示空間を備えている。

台北では、巨大ビルの開発が進行中の南港エリアに行くと、ライザー+梅本による《台北流行音楽中心》が、コンサートは開催されていなくても、日曜日の出店で大賑わいだった。これは音楽育成のための産業区の棟と音楽史をたどる文化館が広場を挟み、さらに空中ブリッジで道路を横断すると、ギザギザで多面体的な造形の派手なホールがあり、想像以上に大きい。上部が外に張りだすデザインは過剰だが、よく考えると、街中のビルも2階より上を前面にだすことで、雨に濡れない通路を提供しており、これと同じ機能をもつ。文化館は、1930年代からの流行音楽史を紹介し、ヘッドフォンをつけてまわるが、音とともに時代・背景の変化を工夫して展示していた。1970年代にフォーク、80年代になると、ロックやアイドルといった流れは、日本と似ている。もっとも、80年代における政治的な民主化がもたらした「自由」は日本と比べて、重みが違う。権利関係をまとめるのは大変そうだが、日本にはこういう通史の常設施設がない(古賀政男音楽博物館はあるけど)。文化館はエレベータで最上階にのぼってから降りるという動線だが、ルートの途中、ガラス張りの階段を使うとき、ほかの2棟を見下ろすことができ、施設の全容がわかる。

4年前に訪問したときはまだ工事中だったが、スペインの建築家、マヌエル・モンテスリンによる水辺の《高雄流行音楽中心》も完成していた(もともとコンペでは、平田晃久案が惜しくも2位だった)。巨大な建築だが、これに沿って路面電車のルートが設定されているので、アクセスはしやすい。八角形を反復するデザインは、遠くからも見え、奇抜な造形だが、近づくと、内部の構造とは関係がなく、完全なハリボテである。フランク・ゲーリーの建築は、ハリボテでもカッコいいけど、残念ながら、そのレベルには達していない。さて、その展示は、台北と同様、ポップスとロックの歴史をたどる。こちらはインタラクティブな仕掛けを多用し、スタイリッシュだが、外国人にとっては、エリアごとに音を自動再生する台北の方が親切だった。いずれにしろ、音楽の展示は難しい。ちなみに、筆者以外に来場者は誰もいなかった。



台北流行音楽中心 文化館から産業区を見る




台北流行音楽中心 1930年代から始まる展示




台北流行音楽中心 電車と音楽の展示




台北流行音楽中心 階段室からホールへのブリッジを見る




高雄流行音楽中心




高雄流行音楽中心




高雄流行音楽中心


関連記事

【台北ほか】ポストコロナ時代に輝く、見に行くべき台湾の現代建築選──オランダ人建築家による前衛作品をメインに|謝宗哲:フォーカス(2022年10月01日号)
高雄の現代建築をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2019年06月15日号)

2023/04/05(水)(五十嵐太郎)

イタリアの展示デザインとリノベーション

[イタリア]

日本の美術館で展示デザインに建築家が関わることは増えているが、現場にそれが明記されることは少なく、チラシやカタログなどを注意深く観察すると、名前を発見できる。しかし、イタリアのミラノではそうでなかった。スフォルツァ城内のロンダニーニのピエタ美術館は、ミケランジェロの未完ゆえに、現代アート風にも解釈しうる有名な彫刻を展示している。中央に彫刻が1点置かれているだけで、ほとんどの来場者はそれを鑑賞して帰るのだが、奥では過去の展示デザイン、また脇に小部屋が並び、これまでの台座の変遷を紹介していた。例えば、回転する台座の実物があったり、以前のイタリアの建築家グループBBPRによるデザイン、コンペで勝利したものの実現されなかったアルヴァロ・シザの案、そして現在の展示空間を手がけたミケーレ・デ・ルッキを説明している。すなわち、いかに展示したかも歴史化されており、その情報を開示しているのだ。またブレラ絵画館では、ベッリーニやマンテーニャなど、イタリアの近世美術を展示しつつ、近現代作品も混入したり、顔の描き方はヘンだが、背景の建築は精密に描くブラマンテの絵もあって楽しめるが、感心したのは、やはり建築家を重視していること。すなわち、見せる収蔵庫の一部や修復作業を公開する部屋をエットレ・ソットサスが担当していることが、キャプションに明記されていた。



ロンダニーニのピエタ美術館 ミケランジェロのピエタ像(背面)



左:BBPRデザインによる回転する台座 右:さらに古い台座



ソットサスによる見せる収蔵庫



ソットサスによる修復作業を公開する部屋


ちなみに、今回、ロンダーニのピエタ美術館以外にも、ミケーレ・デ・ルッキが美術館の空間デザインによく関わっていることを知った。まず20世紀初頭の銀行と4つのパラッツォを連結した巨大な美術館、ミラノのガッレリア・デイタリアは、企画展「メディチ家からロスチャイルド家まで──パトロン、コレクター、フィランソロフィスト」を開催し、主に銀行家コレクションの数々を紹介していたが、常設展のエリアにおいてカーテンを効果的に用いるなど、ルッキによるリノベーションの空間だった。またトリノの地下空間を活用したガッレリア・デイタリアも、ルッキのリノベーションである。こちらはJR展を開催しており、隣接する広場で難民の子どもたちの巨大写真を広げ、空から撮影した作品を紹介していた。大勢の人の協力で実現される水平のモニュメントは、シンプルだけど強い作品である。



ミラノのガッレリア・デイタリア ルッキによる空間



トリノのガッレリア・デイタリアのエントランス


From the Medici to the Rothschilds. Patrons, collectors, philanthropists

会期:2022年11月18日(水)~2023年3月26日(日)
会場:Gallerie d'Italia in Milan (Piazza della Scala, 6 20121 Milano)

JR. Déplacé∙e∙s

会期:2023年2月9日(木)~6月16日(金)
会場:Gallerie d'Italia in Turin (Piazza della Scala, 6 20121 Milano)

2023/03/12(日)(五十嵐太郎)

せんだいデザインリーグと卒計イベント

[宮城県]

筆者が学部生だった頃、卒業設計の最優秀というのは、ただ結果のみが発表されるもので、それを決めた経緯や議論、あるいは講評などは一切示されなかった。しかし、90年代からDiploma× KYOTOFukuoka デザインリーグなどの自主イベントが登場したり、在野で活躍する建築家が大学の教員に就くことが増えたことによって、卒計を講評する文化が浸透している。そして21世紀に入り、卒業設計日本一決定戦を銘打ったせんだいデザインリーグ(SDL)が始動し、各地でも類似のイベントが次々に誕生した。背景としては、一級建築士の受験資格のための学校が、大型のスポンサーとして参加するようになったことが挙げられるだろう。また伊東豊雄が設計したせんだいメディアテーク(smt)というシンボリックな建築を会場としたことも、わかりやすく、効果的だった。もっとも、今年は改修の時期にぶつかったため、仙台の繁華街にある百貨店、仙台フォーラスの7・8階を初めて展示会場として使い、ファイナルの審査のみsmtの1階を用いている。居抜きの店舗でも展示されたり、同じフロアのすぐ近くには、「もふあつめ展」(猫写真展)、ポケモンカード店、ダンススタジオなどが混在する、シュールな風景が目撃され、空きスペースが目立つ百貨店の活用事例として興味深いものになった。



せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景




せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景




せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景


ただし、今年も続くコロナ禍対応でもあるが、ポートフォリオ審査で出品数をあらかじめ100作品に絞るシステムゆえに、アベレージの質はあがるが、優等生的なものが増え、なんじゃこれ? という風変わりな凸凹の作品は減った。もともとSDLはアンデパンダン的な祝祭性が重要だったと思うが、この部分の魅力は大きく削がれている。また条件付きとはいえ、せっかく3年ぶりにファイナルの審査会場を公開したものの、100選に入った学生、関係者、スポンサーのみといった入場制限をかけたために空席が目立ったのは、もったいない。今回はファイナルに選ばれた作品をsmtに移動する時間を考慮し、初の審査員完全2日拘束となったが、初日のセミファイナルにえらく長い時間をかけ(通常は当日の午前のみ)、その後の飲み会でもすでに熱い討議が展開したせいか(通常は全審査が終わってから飲む)、かえって本番は最初の投票で趨勢が判明し、その後も大きな番狂わせや下剋上はなく、わりとすんなりと決まった。ただし、SDLでは価値観の対決となる審査員同士のバトルも(例えば、過去の山本理顕vs古谷誠章、石山修武vs青木淳など)、歴史に残るハイライトになっているが、今年の10選はツートップの構図にならず、熱い議論が生まれにくく、セミファイナルの方が、意見の衝突が多かった。

近年、SDLは輸送費が高額になる問題が指定されている。最初は学生によるそれぞれ自己搬入であり、本人の交通費ですんでいたが、イベントの規模が大きくなると、会場で混乱をきたしだし、輸送業者を入れざるをえなくなり、高くなったのが実情である。その後、模型破損の事件が起き、賠償金を払えというトラブルが生じたことを受け、保険料も上乗せすることになった。ただ、今年は100作品のみの展示だったので、筆者は昔のように自己搬入に戻せばよいのでは、と意見した(SDLのピーク時は500~600作品に到達)。ちなみに、これまで審査員として参加したDiploma× KYOTOやFukuoka デザインリーグなどは、150程度の作品数なので、そこまでシステム化せず、1日で全作品を見るのにちょうどいいスケール感である。イベントはあまり大きくならない方が、懇親会も可能であり、審査員と学生との意見交換も密接になる。

 

筆者は数年前からSDLのファイナルの審査員を担当しなくなったが、今年の10選で印象に残ったのは以下の通り。空間認識のフレームを独自に発見して設計手法に展開した平松那奈子の《元町オリフィス ─分裂派の都市を解く・つくる─》(審査に参加した今年のDiploma× KYOTOのDAY2でも、高い評価を獲得し、2位となった作品)と、戦火にあるウクライナを題材としてフォレンジック・アーキテクチャー的な手法を導入した村井琴音の《Leaving traces of their reverb》である。

ところで、本人に教えてもらい、気づいたのは、昔、筆者が依頼された全国設計行脚のプロジェクトを企画していたのが、当時学部生であり、今回審査員をつとめたサリー楓さんだった。ただ既存の企画にのるのではなく、学生がお金を出し合い、講評者を選び、各地をまわり、東京で展覧会を開催するというものだった。あとにも先にも、こういう独自企画を知らない。いまは与えられた器が多いけど、現状に不満がある場合、学生が自ら企画して、講評の場を創造したっていいと思う。

せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦2023 作品展示

会期:2023年3月5日(日)~3月12日(日)
会場:仙台フォーラス 7F・8F(宮城県仙台市青葉区一番町3-11-15)

せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦2023 ファイナル(公開審査)

会期:2023年3月5日(日)
会場:せんだいメディアテーク 1Fオープンスクエア(宮城県仙台市青葉区春日町2-1)

2023/03/04(土)、03/05(日)(五十嵐太郎)

「ゲリラ・ガールズ展『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」、女性建築家

[東京都]

3月8日の国際女性デーにあわせて、ゲリラ・ガールズ展が開催されると聞いて、渋谷に出かけた。サブタイトルは、「『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」である。30年ほど前に筆者が院生として参加したイメージ&ジェンダー研究会の発表を聞いて、初めて知ったアクテヴィスト的な現代美術フェミニズムの活動である。ゲリラ・ガールズは1985年に結成され、ゴリラのマスクをして活動し、女性はヌードの素材として裸にならないと、美術館で展示されないのか(男性作家ばかりで、女性作家の作品がほとんどない)、と抗議したことはよく知られているだろう。小規模ながら、なんとパルコの一階で展示される日がやってきたことに驚かされた。ゆっくりとだが、時代は変わる。


ちょうど建築学会のウェブ批評誌「建築討論」では、「Mind the Gap──なぜ女性建築家は少ないのか」の特集が話題になった。もちろん、過去にもこうした企画がまったくなかったわけではないが、具体的なデータを示した特集が、ようやく登場した、という感じもある。特に注目を集めたのは、長谷川逸子へのインタビューだった。彼女は女性建築家の草分け的な存在だが、東工大の篠原研に入って、いきなりゼミで「女性は建築家としてやっていけるか」が議論されるような洗礼を浴びたり、コンペで公共建築の仕事をするようになって、「建築家の男性の嫉妬深さにいじめられていました」という発言など、多くの苦労があったことが赤裸々に語られている。

イタリア文化会館では、1階のエントランスの空間を用いて、「ガエ・アウレンティ 日本そして世界へ向けた、そのまなざし」展が開催されていた。会場となった建築本体を設計したイタリアの女性建築家の展示である。デザインの特徴は、ポストモダンに分類され、はっきりとした色を使うが、そのために赤が強いイタリア文化会館は、皇居の近郊ということで景観論争が起きた。彼女はオルセー美術館、バルセロナのカタルーニャ美術館、サンフランシスコ・アジア美術館など、リノベーションの名手として有名だが、家具や展示構成からカドルナ駅(ミラノ)の広場などの都市デザインまで、幅広く作品を紹介していた。なお、建築以外のプロダクトやインテリアの仕事が少なくないのは、アウレンティが女性だからではなく、イタリアの男性建築家も同じ状況である。展示でもアウレンティが「女性」ということは、それほど強調していない。ちなみに、来場者に小さなカタログが配布されるのはありがたい。



ゲリラ・ガールズ展




ゲリラ・ガールズ展 展示風景




ゲリラ・ガールズ展 展示風景




ガエ・アウレンティ展 展示風景




アウレンティ設計のイタリア文化会館




アウレンティのプロダクト




カドルナ駅前広場


ゲリラ・ガールズ展 「F」ワードの再解釈:フェミニズム!

会期:2023年3月3日〜3月12日(日)
会場:渋谷PARCO 1階(東京都渋谷区宇田川町15-1)

ガエ・アウレンティ 日本そして世界へ向けた、そのまなざし

会期:2022年12月11日(日)~2023年3月12日(日)
会場:イタリア文化会館 東京(東京都千代田区九段南2-1-30)

2023/03/03(金)(五十嵐太郎)

文字の大きさ