2020年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

瞬く皮膚、死から発光する生

会期:2020/08/25~2020/11/03

足利市立美術館[栃木県]

とても充実した内容の展覧会だった。出品作家は、石内都、大塚勉、今道子、髙﨑紗弥香、田附勝、中村綾緒、野口里佳、野村恵子の8人。このような多岐にわたる作風の写真家たちによるグループ展では、担当学芸員の力量が問われるのだが、同美術館の篠原誠司による人選とキュレーションがうまくいったということだろう。

写真という表現媒体は、基本的に生の世界に向けて開いている。写真家たちは「生きている」人やモノや出来事を撮影するのだが、そこには否応なしに死の影が写り込んでしまう。あらゆるものは死(消滅)に向かって歩みを進めており、写真を見るわれわれは、その予感を感じとってしまうからだ。逆に、死のイメージに色濃く覆い尽くされた被写体(例えば死者や廃墟)に、生の契機を見出すこともある。写真家たちの仕事を見ていると、生と死が二項対立ではなく一体化していること、生のなかに死がはらまれ、死のなかから生が輝き出してくることがよくわかる。

今回の「瞬く皮膚、死から発光する生」展は、そのことをいくつかの角度から浮かび上がらせようとする意欲的な企画である。各作家の展示スペースや作品の配置に細やかな気配りが感じられ、薄い紙に画像を定着・形成する写真という表現媒体を、生と死を媒介する「皮膚」に喩える発想も、充分に納得できるものだった。

石内、大塚、今、田附の旧作を中心にした展示もよかったが、髙﨑、中村、野口、野村の新作のほうがむしろ心に残った。自分の子供にカメラを向けた中村綾緒、自宅のベランダで「きゅうり」を撮影した野口里佳の写真には、死を潜り抜けた生の輝きが、画面に溢れ出る「光」として写り込んでいる。単独で山中を歩き回り、篩で濾すように「静けさ」を掴み出してくる髙﨑紗弥香の作品には、さらに大きく成長していく可能性を感じる。生と死の交錯を写真に刻み込む野村恵子の新作「SKIN DIVE」も、次の展開が期待できそうだ。「見てよかった」と思う展示は、じつはそれほど多くないが、この展覧会は確実にそのひとつだ。今年の写真展の最大の収穫となるかもしれない。

2020/08/24(月)(飯沢耕太郎)

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LILY SHU「LAST NIGHT」

会期:2020/08/20~2020/09/06

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

中国・ハルビン出身のLILY SHU(リリー・シュウ)は、このところ多くの公募展で上位入賞を重ねており、注目度も上がってきている。高度資本主義社会に生起するさまざまな事象を、独特のフィルターを介して濾過し、再組織していくその制作のスタイルもだいぶ完成されてきた。

今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展には、写真とドローイングを融合させるという新たな試みを展開した。その両者に直接的な関係はないが、「夜の夢想」というべきイマジネーションのふくらみを、ほの暗い闇のなかで増殖させていくような手つきは共通している。ドローイングのほうがやや抽象度が高いが、色味やフォルムに連続性があるので、その融合にはそれほど違和感がない。むしろ、あまりにもすんなりとつながっていることに問題がありそうだ。何点か、写真とドローイングを同一画面に合体した作品も展示していたが、もっと異質な要素が互いに衝突し、スパークしているような構成のほうが面白かったかもしれない。ただ、いまは展覧会を開催するたびに新たなチャレンジをしていく時期なので、次回はまったく違った作品になっていくのではないかという予感もある。写真にもドローイングにも、もっといろいろな可能性がありそうだ。

そういえば、LILIY SHUのデビュー作である、自室の空間を舞台に撮影した「ABSCURA」が、赤々舎から写真集として刊行されるという話をずいぶん前に聞いたのだが、まだ実現していない。そろそろかたちになってもいいのではないだろうか。

関連レビュー

LILY SHU「Dyed my Hair Blond, Burnt Dark at sea」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

Lily Shu「ABSCURA_04」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年12月15日号)

2020/08/23(日)(飯沢耕太郎)

大塚広幸「身体の在りか」

会期:2020/08/14~2020/08/29

EMON Photo Gallery[東京都]

2005年にスタートしたEMON Photo Galleryは、今回の大塚広幸展で休業することになった。印象深い展覧会が多かったので、とても残念だが、また来年から新たなかたちで活動を再開すると聞いている。

9回目となったエモンアワードでグランプリを受賞した大塚の作品は、素材としてガラスを用いている。ガラスは人類の文明の発祥とともに歩んできた古い歴史を持つ物質であり、透過、反射、屈折といった独特の作用を備えている。大塚は液晶ディスプレイの表面を剥がし、そこに液体シリコンを塗布したガラスを密着させてRGB信号を大判カメラで撮影する。ガラスがフィルターの効果を果たすことで、ディスプレイの画像は奇妙な模様状のパターンとなる。画像そのものはインターネットから抽出されたものだが、赤を中心とした色彩を強調することで、生成・変化する力強いフォルムが生み出されていた。今回の展示では、さらにプリントを自ら制作したガラスフレームに封じ込めた。大塚はガラス職人の技術を学んでいるので、画像と素材とが一体化した彫刻作品として提示されていた。会場のインスタレーションもよく練り上げられており、エモンアワードの最終回にふさわしい、とても完成度の高い展覧会だった。

今回の展示は抽象度の高い作品が多かったが、インターネットの画像の選択をもっと具象的なものにしていけば、また別の見え方のシリーズになるのではないかと思う。さらに続けると、よりダイナミックな展開が期待できそうだ。

関連レビュー

東京綜合写真専門学校学生自主企画卒業展 カミングアパート|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年03月15日号)

2020/08/22(土)(飯沢耕太郎)

Ryu Ika展 The Second Seeing

会期:2020/08/18~2020/09/12

ガーディアン・ガーデン[東京都]

中国・内モンゴル出身のRyu Ika(劉怡嘉)の写真を見ると、いつでも「異化効果」という言葉が頭に浮かぶ。異様なエネルギーを発するモノ、ヒト、出来事が衝突し、きしみ声をあげているような彼女の写真のあり方が、まさに「異化効果」そのものに思えてくるのだ。2019年の第21回写真「1_WALL」でのグランプリ受賞を受けての今回の写真展でも、彼女の真骨頂がいかんなく発揮されていた。

会場の半分には、派手な原色のカラープリントが、天井から床までびっしりと張り巡らされている。内モンゴルで撮影された写真が多いようで、奇妙な動作をするヒトの群れに、食べ物、合成繊維の衣服、キッチュな家具などが入り混じり、ひしめき合う様は、視覚的なスペクタクルとして面白いだけでなく、どこか不気味でもある。もうひとつの会場の半分には、大きく出力されたさまざまな顔、顔、顔のプリントが、くしゃくしゃに丸めて積み上げられている。そのあいだに、TVのモニターが置かれ、監視カメラで撮影された会場の様子が流れていた。

とてもよく練り上げられたインスタレーションなのだが、展示を通じてRyu Ikaが言いたかったのは、つねに監視され、コントロールされている現代の社会状況への、強烈な違和感のようだ。会場に掲げられたコメントに、「みている。みられている。みられている側もみられている」とあったが、写真家もまた、視線の権力に加担することを免れえないという痛切な認識が、彼女の写真行為を支えている。中国、日本、そしてフランスなど、いくつかの国を行き来しながら、写真を通じて得た新たな認識を育て上げようとしているRyu Ikaの「異化効果」は、さらにスケールアップしていきそうな予感がある。

関連レビュー

Ryu Ika 写真展「いのちを授けるならば」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年02月01日号)

2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)

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宇山聡範写真展「Ver.」

会期:2020/08/13~2020/08/25

銀座ニコンサロン[東京都]

1976年、大阪出身の宇山聡範は、火山活動によって出現した日本各地の「地獄」と呼ばれる場所を撮影している。火山国の日本では、噴煙が上がったり、地下からマグマが噴出したりするのはよく見られる現象である。それにより、それぞれの場所に赤、黄色、青といった印象的な色彩を持つ岩石や湖沼などの、独特の景観が形成されてきた。宇山は撮影にあたって、実証的な手法で歴史や自然現象にアプローチするのではなく、「それらを視覚的に受けとめ、それぞれの物語性の濃淡や生成された時代の差異を越えて再配置することで、『地獄』とは別の『解釈(ヴァージョン version)』を示し、『場所』の見方に拡がりを持たせようと」試みている。結果的に、そのやり方はうまくいったのではないかと思う。「地獄」という名称に捉われることなく、さまざまな景観をニュートラルな視点で見直すことで、表層的な眺めだけでなく、火山活動という根源的な動因を想像させることに成功しているからだ。

だが、景観を「視覚的に受けとめ」るだけでは、「解釈」の幅が広がって、どうしても場当たり的になってしまう。次の課題は、「物語」を解体した先に、写真によるもうひとつの「物語」を構築することではないだろうか。また、「地獄」という名称が、主に観光事業によって命名されていったように、これらの景観には人間の営み(鉱工業なども含めて)もまた大きく作用しているはずだ。その辺りにも目を配ることで、もう一回り大きなシリーズとして成長していく可能性を感じる。そうなると、写真の選択、見せ方も、現在とは違ったものになっていくのではないかと思う。

なお、本展は会期を短縮して、9月3日〜9日に大阪ニコンサロンに巡回する。

関連レビュー

宇山聡範「Ver.」|高嶋慈:artscapeレビュー(2016年08月15日号)

宇山聡範「after a stay」|小吹隆文:artscapeレビュー(2012年07月01日号)

2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)

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