2020年10月15日号
次回11月2日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

BankART Life Ⅵ 都市への挿入 川俣正

会期:2020/09/11~2020/10/11

BankART Station、BankART Temporary、馬車道駅構内[神奈川県]

ヨコハマトリエンナーレの連携企画「BankART Life」も、もう6回目。ヨコトリ本体の開催が危ぶまれていたこともあり、スタートはヨコトリより約2カ月遅れとなった。今回は、BankARTが連携するきっかけとなった第2回ヨコトリのディレクターを務めた川俣正の個展。 BankARTでの川俣の個展は2012年に続いて2回目となる。んが、パリ在住の本人はコロナ禍のため来日できず、リモート制作となった。

メイン会場のBankARTテンポラリーは、BankART1929のいわば「発祥の地」。BankARTは2004年の設立から4年間、この旧第一銀行だった建物を使っていたが、2005年、運河沿いにあった日本郵船の倉庫の一部を借りられることになり、2008年の第3回ヨコトリを機に全面移転。ところが2018年に倉庫が解体されることになり、今年再び旧第一銀行の建物に戻ってきたのだ。そのテンポラリーの1階ホールと、築90年近い歴史を刻む半円形の先端部分(それ以外の建物本体は復元)がインスタレーションの舞台となる。

ホールでは、工事現場のフェンスなどに用いる金属平板を天井に張り巡らせ、建物の先端部分には同じ金属平板を覆い被せるように重ねている。川俣といえば約40年前のデビューから材木で建物を覆うインスタレーションで知られてきたが、そのあとプレハブや古新聞、椅子、窓枠、運搬用のパレットなど、素材は材木に限らず、その場にある身近なもの(新品ではなく廃品やリサイクル品)を使用してきた。しかし骨組みは別にして、金属素材を使うのは珍しい。これは川俣が昨年ここをリサーチしたとき、近くに市役所が移転してきたのに伴い周辺一帯が工事中で、金属平板のフェンスが目についたからだ。現在は近所に工事中のフェンスは見られないので、ここだけ取り残された感がある。別の見方をすれば、約1年の時差をもってBankARTに金属平板が再集結したともいえる。

もう一点いつもと異なるのは、材木だと水平方向に流れるように組んでいくことが多いのに対し、今回の先端部分のインスタレーションは金属平板を垂直に向け、下に行くほど膨らむように釣鐘型に組んでいること。そのため遠目に見ると、滝のようでもあり、蓑のようでもあり、また金属素材も相まって鎧の下半身のようでもある。このインスタレーションのほぼ真下に位置する馬車道駅のコンコースにも、天井に届くほどの高さに組んだ骨組みに金属平板を被せ、人が通行できるよう下部に出入口を設けたインスタレーションが設置されている。地上と地下で相似形が共鳴しているのだ。



[筆者撮影]


興味深いことに、初期のドローイングを見ると、地上のほうは先端部分だけでなく、両サイドが左右に広がり、建物の半分近くを包み込むような形として構想されていた。じつはこのインスタレーション、屋外での展示のためなかなか許可が下りず、実際に着手したのは会期が始まってからで、完成したのは1週間がすぎた今日、19日のことなのだ。川俣らしい「ワーク・イン・プログレス」だが、当初の構想を縮小したのは、当局の許可が下りなかったせいかもしれない。でもそのおかげで、地上と地下の相似関係が生まれた(ちなみに、地下のインスタレーションの近くには、ホームレスが傘を集めてつくった「アンブレラハウス」があり、好対照を見せていたが、今日行ってみたらなくなっていた。追い出されたんだろうか)。

このように、都市に異物を持ち込むことを「都市への介入」と呼ぶが、今回のタイトルは介入ならぬ「挿入」。その意図については聞いていないが、介入には無許可で強引に入れ込むニュアンスがあるのに対し、挿入は相互の了解のもと優しく挿し入れるイメージがある(もちろんこれは主観的なもので、ムリヤリ挿入するやつもいるが)。今回の場合、あくまで合法的に作品を入れたという意味で「挿入」としたのかもしれない。あるいは、釣鐘型に屹立する作品を「ファルス」にたとえるなら、馬車道の地下から立ち上がったファルスが天井を突き破り、そのまま地上に突き出したかたちと見ることも可能だろう。「挿入」からはえろえろ連想できるなあ。



[筆者撮影]


その馬車道駅から2つ横浜寄りの新高島駅に直結するBankARTステーションでは、川俣のこれまでの主要プロジェクトのマケットやドローイング、ドキュメント写真、カタログなどを展示。ああ、安斎重男さんが写っている。てか、初期の写真やカタログ図版の多くは安斎さんが撮影したものだ。

2020/09/19(土)(村田真)

バンクシー展 天才か反逆者か

会期:2020/03/15~2020/10/04

アソビル[神奈川県]

バンクシー非公認の「バンクシー展」だし、グラフィティじゃなくて版画だし、サブタイトルが陳腐だし、日時指定の予約制だし、会場が聞いたこともないエンタテインメント施設だし、なのに料金が1800円と高いし……。友人が予約して金まで払ってくれなきゃ行かなかったでしょうね。でも見てみたら、版画とはいえたくさんあるし、ドキュメント写真や映像もけっこうあるし、カタログもそれなりにしっかりつくっているし、得したとまでは言わないけど、損はなかった。

会場に入ると、バンクシーのスタジオらしきものが再現され、黒ずくめで顔が見えないバンクシーらしき人形も置かれ、ちょっと怪しい雰囲気。展覧会は、うやうやしく額縁に収まった版画を中心に、ステンシル作品や直筆のメモなどが並び、合間にライティング現場の写真、「ディズマランド」や「ザ・ウォールド・オフ・ホテル」などのプロジェクトを写真や映像で紹介する構成。版画の多くはどこかの壁に書いたグラフィティを焼き直して商品化したものだが、ストリートで見るのと違って、どうしてもウィットに富んだポスター程度にしか見られないのが致命的だ。もちろん、グラフィティは限られた人しか見られないから、より多くの人に見せたいとの思いがあったのだろう。でもそれより近年は、テーマパークをつくったりホテルを運営したり慈善運動までしているので、その資金に充てるのが目的に違いない。

作品数は思ったより多く、こんなにつくっていたのかと驚くが、しかし数打ちゃ当たるで凡作が多いのも事実。それにイギリスやEUに関する時事ネタが多く、英語も多いので、日本人には理解しづらい作品も少なくない。要は見て楽しむより、読み解いて納得する図柄なのだ。まあそんなことも含めて、いろいろ知ることができたのは無駄ではない。いずれにせよ、バンクシーにとってはストリートアートが主で、版画はあくまで従、もしくは必要悪と思っていたから(実際そうだけど)、展覧会もショボいに違いないと期待していなかっただけに、いい意味で裏切られた。いっそ版画をなくして、ストリートの現場写真やドキュメント映像だけ見せたほうが、よりバンクシーらしさが伝わると思う。

2020/09/15(火)(村田真)

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オノデラユキ FROMWHERE

会期:2020/09/08~2020/11/29

ザ・ギンザスペース[東京都]

現在パリに住むオノデラの、90年代の「camera」シリーズ3点と「古着のポートレート」シリーズ15点の展示。いずれもモノクローム写真。「camera」シリーズは文字どおりカメラを前面から撮ったもの。カメラ自体のセルフポートレート? といいたいところだが、文字が反転していないので鏡に写して撮ったわけではなく、カメラ2台を相対させて撮影したという。しかも光は写す側ではなく、被写体のほうのカメラのフラッシュを焚いて撮ったというのだ。たとえは悪いが、相手のフンドシで相撲をとったってわけ。コンセプチュアル・フォトともいえるが、予期せぬ光が入り込んでいたり、なにか割り切れない空気感を漂わせる作品だ。

一方「古着のポートレート」は、1993年に渡仏したオノデラが注目を集めるきっかけとなったシリーズ。これは、クリスチャン・ボルタンスキーが個展で使用した古着を袋一杯10フランで購入し、モンマルトルのアパルトマンで空を背景に撮影したもの。誰が着たかわからない古着だが、主人不在の服だけが所在なさげに立ちすくんでいるさまは、まるで亡霊のようだ。あるいは、曇天の空を背景に屋外で撮影しているせいか、建築のような印象も受ける。ただし、シワが寄ったり形が崩れたりしているので、くずおれそうな廃墟か。柔らかい服と固い建築は正反対にも思えるが、いずれも人間を包み込み、守るものという点では似たような存在だ。とりわけ古着と廃墟は、人の不在を強烈に感じさせる点で近い。

しかし古着も廃墟も、安い量販店の進出やたび重なる都市の再開発で絶滅の危機に瀕している。それはマニュアルカメラも、モノクロームプリントも同じ。これらの作品に漂うノスタルジアは、写された対象からだけでなく、写すメディアからも醸し出されているのだ。

2020/09/10(木)(村田真)

末永史尚「ピクチャーフレーム」

会期:2020/08/29~2020/09/27

Maki Fine Arts[東京都]

額縁だけが掛かっている! などと思う素朴な人はいまどきいないだろうが、なかなか得がたい光景ではある。パネルに綿布を貼り、外縁に額縁装飾を描いた絵が9点。額縁の内側は1色でフラットに塗りつぶされているため、絵を外した状態に見えなくもない。じつはこれらの額縁は現在、内外の美術館で実際に使われている額縁なのだそうだ。例えば、MoMAのゴッホ《星月夜》とか、東近の岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》とか。いずれも原寸大で、しかも内部に塗られている色彩はその絵の平均的な色なので、額縁から作品を類推できるかもしれない。

末永はいくつかのシリーズを並行して制作しているが、代表的なシリーズに「日用品をモチーフにした立体絵画(THREE-DIMENSIONAL PAINTING)」がある。例えば本とか箱とか消しゴムとか付箋紙とか、四角くて厚みのある身近な物体を「絵画化」したもので、その物体を描くのではなく、その物体に描くのでもなく、その物体と同じサイズの立体をつくり、同じ色を塗るのだ。制作方法からいえば彫刻ともいえるが、あくまで四角くて厚みのある物体に色を塗ったものだから「絵画」なのだ、と思う。今回はその延長上で、額縁込みの絵画を「絵画化」したものだ。と思ったら、それとは別に、美術館にある名画(の額縁)を描いた「ミュージアム・ピース」というシリーズがあるので、その系列だろう。このシリーズは、2014年に愛知県美術館で初めて発表したそうだが、そういえばぼくも見た覚えがあるわい。

ところで、これらの作品は絵の入っていない額縁と見ることもできるが、見方を変えれば、額縁に入った「モノクローム絵画」と捉えることも可能だ。そもそも額縁とは、絵を保護する役割と同時に、描かれた図像と現実の壁を分け隔てるクッションの役割も果たしていた。ところが、絵画の抽象化が進むにつれて絵画自体が壁に近づき、額縁は必要とされなくなった。だからこれらの「モノクローム絵画」に額縁は似合わず、それゆえ「得がたい光景」になっているのだ。さらに滑稽な事態を想定するとすれば、これらの作品を購入した人が屋上屋を架すがごとく、額縁をつけてしまうことだ。作者はそこまで意図していないだろうけど。

2020/09/03(木)(村田真)

ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW—光の破片をつかまえる

会期:2020/07/17~2020/10/11

横浜美術館[神奈川県]

すでに2回も行ったのに、横浜美術館の向かって左側にあった旧レストランでやってる展示を見逃していたので、それだけ見に行った。ジャン・シュウ・ジャンの《動物物語シリーズ》。これはおもしろい。ここだけならタダで見られるし、空いてるし。みんな見逃しているんじゃないか? もったいない。

作品はパペット・アニメと、それに使ったパペットやジオラマの展示。ジャングルに囲まれた川か湖にワニ、ブタ、カニが浮かび、その上でガムランの演奏に合わせてキツネやネズミが踊るというもの。ちょっと因幡の白ウサギを思い出してしまったが、オチはない。おそらくアジア各地に似たような伝説があるのだろう。パペットはよくできているし、ガムランのノリも抜群にいい。作者はインドネシア人かと思ったら、台湾人。アニメはループ再生されていて、繰り返し見ても見飽きない。入場無料なので、横浜美術館やプロット48はパスしてもいいから、ここだけはぜひ。

2020/08/29(土)(村田真)

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