2019年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

MOTコレクション ただいま/はじめまして

会期:2019/03/29~2019/06/16

東京都現代美術館[東京都]

ポモドーロの彫刻のある吹き抜けからギャラリーに入ると、いきなりリキテンスタインの《ヘア・リボンの少女》がドーン。四半世紀前、この作品に約6億円を費やして都議会で問題になったことを覚えている人はもう少ないだろう。「マンガに6億円?」と疑問視されたものだが、いまなら安い買い物だったとホメられるかもしれない。なにしろマンガは現代美術より高く評価されてるからな。おかえり《ヘア・リボンの少女》。

コレクションは意外な作家の作品が多く、その意味では楽しめた。さかぎしよしおうの90年代から現在までのツウ好みの作品が10点近くもあるのは驚き。末永史尚、中園孔二、荻野僚介、五月女哲平、南川史門、今井俊介ら若手(もう中堅?)の絵画もけっこう集めている。髙田安規子・政子、寺内曜子、手塚愛子ら繊細な素材による危うい作品もよくコレクションに入れたもんだ。これらの作品の大半がここ2、3年に購入されたものなので、お披露目も兼ねているのだろう。だから「はじめまして」。

余談だが、コレクションに関して興味深いデータが掲示されていた。それを見ると、収蔵作品の制作年代(作品の購入年代ではない)は70年代が圧倒的に多く、次いで60年代、50年代と下がり、80年代は前半は多いけど後半は激減している。これは意外だった。80年代後半以降はこれから増えるだろうからいいとして、70年代というとモダンアートが行き詰まった「低迷」「不作」の時代という印象が強く、なんとなく60年代、50年代、70年代の順かと思ったからだ。70年代の作品が多いのは、その年代にデビューした作家ではなく、50-60年代にワッと登場した作家による70年代の安定した作品が求められたからではないか、と勝手に想像する。ところで、具体やもの派の近年の再制作はどうなるんだろう?

もうひとつ、作品の貸し出し件数も公表していて、これを見ると、1位が岸田劉生の《武者小路実篤像》、2位が東山魁夷の《彩林》、3位が小倉遊亀の《コーちゃんの休日》と続く。現代美術館なのに戦前の作品や穏当な日本画が上位を占める皮肉な結果となっている。せめて《ヘア・リボンの少女》はベスト3に入ってほしかったね。

2019/04/03(水)(村田真)

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百年の編み手たち ─流動する日本の近現代美術─

会期:2019/03/29~2019/06/16

東京都現代美術館[東京都]

3年ぶりのリニューアル・オープンだそうだが、館内に入ってみてそれ以上の懐かしさを覚えた。なんだろうこの感覚……実際より長く感じられるというのは、どういう心理だ? そんなに待ち遠しかったわけでもないのに。たぶん内観も外観もほとんど変わっていなかったから、逆に「久しぶり感」が増幅されたのかもしれない。すっかり変わっていたら懐かしさなんて感じなかったはずだし。

企画展示は、第1次大戦の始まった1914年を起点とし、ここ100年間の美術の流れを14章に分けて概観するもの。これは元号でいうと、ほぼ大正、昭和、平成の3つの時代に収まる。平成最後の年としてはタイムリーな回顧といえる。1章は、文展から独立して二科会が結成され、日本美術院が再興し、詩と版画の同人誌『月映』が発刊された「はじまりとしての1914年」。これはいいとして、鹿子木孟郎の記念碑的な「震災画」や、震災後の中原實によるモダンな絵が壁面に広がる2章の「震災の前と後」は、あまり知られていない作品が多く、とても興味深い。さらに4章の「戦中と戦後」には、藤田嗣治の《千人針》や敗戦直後の中原實の奇妙な敗戦画など、実物を見るのが初めての珍しい作品が並ぶ。中原實はこれまでほとんど知らなかったので、もっとまとめて見たくなった。また、桂ゆきや朝倉摂といった先駆的な女性作家をしっかり紹介しているのも新鮮だった(時代の趨勢とはいえ)。

しかし首を傾げてしまう選択もある。60-70年代のネオ・ダダからもの派までの作品が手薄に感じられる一方、9章では「地域資源の視覚化」として環境問題をテーマにする磯辺行久ひとりにスポットが当てられていて、違和感は否めない。確かに磯辺の仕事は重要かつユニークではあるが、それだけにこの1章だけ浮き上がってしまっている。


80年代以降はほぼ見慣れた作家や作品が選ばれている。11章は杉本博司、村上隆、大竹伸朗、柳幸典ら世界を目指した「日本と普遍」、12章は豊嶋康子、風間サチコ、Chim↑Pomら社会に目を向けた「抵抗のためのいくつかの方法」と、分類もわかりやすい。

ユニークな視点を示したのが、巨大な吹き抜け空間を使った13章の「仮置きの絵画」だ。貧相な襖や屛風を支持体にした会田誠の「戦争画RETURNS」や、キャンバスを張りながら手で描く小林正人の《Unnamed#18》、壁の隠れた部分に寄生するように展示した末永史尚の《Tangram-Painting》など、変則的絵画を集めたもので、これらをひとつに括る発想はなかったなあ。これまで親しんできた東京国立近代美術館的(つまり優等生的)な日本近代美術史観とは違う、MOT的美術史観を示してくれた。

2019/04/03(水)(村田真)

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宮本隆司「首くくり栲象」出版記念展覧会

会期:2019/03/18~2019/03/31

BankART SILK[神奈川県]

吊り下げられたヒモの輪を前に、思い詰めた表情でたたずむ老人。ヒモに近づき、輪に首を通して、身体をゆだねる……。首くくり栲象(たくぞう)が20年ものあいだ日課にしていた首吊りパフォーマンスを捉えた写真だ。もちろん実際に首を吊るわけではなく、ヒモを顎に引っかけて身体を宙に浮かすのだが、ヘタすれば本当に首を吊ってしまいかねない(でも、昔「ぶら下がり健康法」なんてあったから意外と健康にいいかも、って真似すんなよ)。栲象は20年ほど前から、国立にある自宅の「庭劇場」で首吊りパフォーマンスを公開していたが、1年前に肺ガンで他界。同展は、近所に住む宮本隆司が撮りためた写真を展示するもので、栲象の1周忌と写真集の発売記念を兼ねた展覧会。建築や廃墟を撮り続けてきた宮本にとっては初の人物写真集となる。なんというか、おもしろい写真ではあるけれど、あまり欲しいとは思わないなあ。

2019/03/30(土)(村田真)

絵画展...なのか?

会期:2019/03/21~2019/05/12

川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]

絵画とは、なんらかのかたちを平面に描いたもの。なんらかのかたちは具象でも抽象でもかまわないし、「かたち」と認識できなくてもいい。重要なのは「平面」に「描く」ことだが、「平面」は平らな面でなくても凹凸があってもいいし、「描く」のは手でなくて足でも口でもいいし、吹きつけても滴らしてもかまわない。絵画とはずいぶん自由度が高い表現なのだ。同展の出品者は、「画家ではない」といいながら水面を撮った写真に彩色したり、石をつなげて面にしている山本修司、どう見ても彫刻だが、その表面に色彩を施す原田要、キャンバスに絵具を流すだけでなく、ギャラリー内外の壁や椅子にも彩色する中島麦の3人。確かにこれを「絵画展」というのかどうかためらうところだが、別に絵画であろうがなかろうが楽しめる展覧会だから許そう。

2019/03/29(金)(村田真)

竹内公太「盲目の爆弾」

会期:2019/03/08~2019/04/13

SNOW Contemporary[東京都]

第2次大戦末期に日本はアメリカに向けて風船爆弾を飛ばした。といっても、直径10メートルほどの風船につけた爆弾が風に乗って飛んでいくだけなので、どれだけ目標に届いて被害を与えられるかわからない、いわば「盲目の爆弾」だった。実際には9,300発ほど飛ばして相当数が西海岸に着弾し、民間人6人を殺害したという。この計画にどれだけの予算が費やされたのかは知らないが、きわめてコストパフォーマンスの悪い作戦であったことは確かだろう。福島県在住の竹内は、いわき市も放球地のひとつだったことから調査を開始。アメリカの国立公文書館に足を運んで資料を読み、目撃者にインタビューし、実際の着弾点を訪れ、ドローンを飛ばして爆弾が最後に「見た」であろう光景を撮影。今回はそれを編集した映像作品《盲目の爆弾、コウモリの方法》を流している。

だが、風船爆弾の記録を追跡しただけならただのドキュメンタリー映画に過ぎず、わざわざギャラリーで発表することもない。竹内らしいのは、映像の随所に手のひらに目がついた妖怪「手の目」や、目ではなく耳で外界を知るコウモリを登場させていることだ。これは風船爆弾のような「盲滅法」の作戦が、勝算のないまま「手探り」で戦争に突入した日本軍の杜撰な体質に由来することを物語っている。コウモリが登場するのは、風船爆弾から70年以上たって文書を手がかりに目的地にたどり着いたことが、コウモリのエコーロケーションを思い出させるからだそうだ。

2019/03/23(土)(村田真)

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