artscapeレビュー
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
2015年06月01日号
[東京都]
『バベル』や『ビューティフル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督による新作。マイケル・キートンが演じる落ち目のハリウッド俳優が、ブロードウェイで再起を図るという物語の構成はシンプルだが、全編ノーカットに見える編集をはじめ、エドワード・ノートンやエマ・ストーン、ナオミ・ワッツといった贅沢な脇役の素晴らしい演技が相俟って、じつに厚みのある傑作に仕上がっている。
見どころは多い。「バードマン」というキャラクターを演じるマイケル・キートンが、『ダークナイト』より前の『バットマン』を演じていたため、観客はおのずと「バードマン」に「バットマン」を重ねてしまう。そのようなメタ物語によって観客の視線と意識を牽引しつつ、しかし最終的には、ある種のファンタジーのように物語の結末を観客の想像力に委ねるという手口が、じつに鮮やかである。ラストシーンの高揚感は、この物語の束縛からも、メタ物語のそれからも解放された、私たちの想像力の爆発的な飛翔を示しているのかもしれない。
とりわけ注目したのは、この映画のサブタイトル。「無知がもたらす予期せぬ奇跡」とは言い得て妙で、じっさい、主人公の俳優は信じがたいほど知性に乏しい。軽薄というわけではないにせよ、猪突猛進というか意固地なわりに考えすぎるというか、いずれにせよ合理的な思考とは無縁のタイプである。周囲の登場人物たちが、いずれも鋭い観察眼や深い洞察力、的確な言葉に恵まれているため、その貧しさがよりいっそう強調されているのだ。追い詰められた彼が直情的な直接行動に身を乗り出す様子には、まるでテロリズムを決断する被抑圧者の心持ちが透けて見えるようだ。
しかしながら、この主人公の「無知」は、彼特有の精神性というわけではあるまい。これはあくまでも主観的な印象だが、物語が展開するにつれ、主人公の胸中には「もしかして世界で俺だけがバカなんじゃないか?」という強迫観念が芽生えつつあるように見えた。こうした物語がある種のユーモアを醸し出すことは疑いないとしても、別の一面では、現代人が苛まれてやまない知性主義への劣等感や強迫観念を暗示していることもまた否定できない事実である。「本物はすげえじじいだ!」と若者に笑われながらパンツ一丁で路上を力強く歩く主人公の姿に泣くほど笑いながら、同時に、心の底に深い影が落ちているのを実感するのは、そのような強迫観念にどこかで身に覚えがあるからにほかならない。
今日的な症候を暗示しつつも、それを想像力によって爆発させる、きわめて良質の映画である。
2015/05/08(金)(福住廉)