2021年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

丹下健三 戦前からオリンピック・万博まで 1938〜1970

会期:2021/07/21~2021/10/10

文化庁国立近現代建築資料館[東京都]

今年、国の重要文化財に指定された国立代々木競技場。1964年東京オリンピックでは水泳とバスケットボール会場に使用され、東京2020オリンピック・パラリンピックではハンドボールと車いすラグビー、バドミントン会場に使用された。国立競技場は老朽化により建て直しを余儀なくされたが、国立代々木競技場は耐震改修工事などを経て、なお生きることとなった。この両者の運命の違いは、端的に言って、未来に残したい建築かどうかということだろう。もはや言うまでもなく、丹下健三の代表作のひとつである国立代々木競技場は、前例のない「高張力による吊り屋根方式」という構造を駆使した巴形の屋根が特徴である。意匠的にも技術的にももっとも優れた戦後モダニズム建築とされ、いまもその威光は衰えることがない。


国立屋内総合競技場(模型)1/600(1963)秩父宮記念スポーツ博物館蔵


本展はそんな丹下健三の前半生を回顧・検証する展覧会である。今年、東京でオリンピック・パラリンピックが行なわれ、4年後の2025年には大阪で再び万博が行なわれる。その流れは1964年東京オリンピックと1970年大阪万博が開催された高度経済成長期の焼き直しとも言われている。かつて双方で活躍したのが丹下健三であることを踏まえると、いま、彼を見直す良い機会なのかもしれない。

本展は6章からなり、「戦争と平和」から始まる。なぜなら丹下健三は「戦没者といかに向き合うか」を設計上の重要なテーマと見做していたからだ。これも丹下健三の代表作のひとつである広島平和記念公園および記念館の模型や図面、写真を大々的に展示し、戦争を生き延びた人々と戦争で亡くなった人々とを結びつける建築を模索し続けたことが紹介される。また次章の「近代と伝統」では、若かりし頃の丹下健三がル・コルビュジエに傾倒したことが伺える卒業設計「芸術の館」や、ピロティ形式の2階建て木造住宅「成城の自邸」などが紹介される。国立代々木競技場や大阪万博の基幹施設マスタープランは、言わば成熟期の仕事だ。それ以前に丹下健三が何を大切にして建築家を志し、どう模索したのかという部分に触れられたのは貴重な機会だった。おそらく戦中戦後を生きた建築家にしか、「戦没者といかに向き合うか」というテーマに至ることはできないだろう。そこに力強さがあるし、欧州の近代建築の要素を取り入れながらも日本の伝統建築の美を失わなかった所以のようにも思う。国立代々木競技場の圧倒的な美しさは、丹下健三をはじめ建設関係者たちの果敢な挑戦によって実現したものだ。それは戦後復興の象徴であるからこそ、尊く映る。


展示風景 文化庁国立近現代建築資料館


芸術の館(外観透視図)(1938)東京大学大学院工学系研究科建築学専攻蔵




公式サイト:https://tange2021.go.jp/ja/

2021/09/01(水)(杉江あこ)

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俵万智 展 #たったひとつの「いいね」 『サラダ記念日』から『未来のサイズ』まで

会期:2021/07/21~2021/11/07

角川武蔵野ミュージアム 4F エディット アンド アートギャラリー[埼玉県]

「この味が いいね」と君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日

現代短歌のなかで万人が知るもっとも有名な短歌が、俵万智のこの作品ではないか。1987年に刊行された彼女の初歌集『サラダ記念日』は280万部ものベストセラーとなり、映画「男はつらいよ」シリーズ作の題材になるなど、その後も社会現象を巻き起こした。当時まだ10代初めだった私の頭のなかにもこの短歌はしっかりと記憶された。当時の感覚からすれば、ちょっとおしゃれなイメージがあった「サラダ」に「記念日」を組み合わせる言葉の斬新さ、そして「この味がいいね」という軽妙さが非常に印象深かったのだ。いま、SNSで頻繁に「いいね」が飛び交う世の中からしても、同作品は「いいね」の先駆けと受け止めができる。そう思うと、この短歌の鮮度が時代を経ても変わらないことに感心するのだ。

このように私の俵万智に関する情報は1980年代半ばで止まっていたのだが、それは勝手な思い込みで、当然ながら彼女はまだ存命しているし、歌人として活躍もしている。本展を観て改めて同時代を生きる歌人、俵万智を実感した。会場は三つのエリアに緩やかに区切られており、彼女が少女から大人の女性へ、そして母へと成長する様子が感じられる構成となっていた。ひとつ目は『サラダ記念日』エリアで、大学時代を中心とした若かりし頃の短歌が紹介されていた。恋を詠んだ短歌が目立ち、青臭さと生々しさとが入り混じった印象を受ける。二つ目は回廊エリアで、社会人となり、子どもを出産してシングルマザーになった様子が伺えた。三つ目は『未来のサイズ』エリアで、人生の折り返し地点に立ち、息子を思う母の気持ちを詠んだ短歌が目立った。東日本大震災やコロナ禍に際して詠んだ歌もあり、誰もが抱えたもやもやした気持ちを彼女は短歌へと見事に昇華させていた。


展示風景 角川武蔵野ミュージアム 4F エディット アンド アートギャラリー 『サラダ記念日』エリア ©角川武蔵野ミュージアム


展示風景 角川武蔵野ミュージアム 4F エディット アンド アートギャラリー 回廊エリア ©角川武蔵野ミュージアム


そんな俵万智の短歌の数々をダイナミックに見せていたのが、トラフ建築設計事務所による会場構成だ。実は私が本展に興味を持ったきっかけも、彼らがデザインに携わったと知ったからだ。例えば恋の歌が多い『サラダ記念日』エリアにはハート形の展示台を設置し、短歌を立体的に紹介。ほかに柱や壁、アクリル板、家や船形の展示台などを使って会場中を短歌で埋め尽くし、その生き生きとした言葉を来場者が肌で体感できるようになっていた。絵や彫刻、写真といった有形物ではなく、言わば無形物の言葉をどう展示するかという課題に見事に応えた展覧会であった。


展示風景 角川武蔵野ミュージアム 4F エディット アンド アートギャラリー 『未来のサイズ』エリア ©角川武蔵野ミュージアム



公式サイト:https://kadcul.com/event/42

2021/08/30(月)(杉江あこ)

パンケーキを毒見する

会期:2021/07/30~未定

新宿ピカデリーほか全国公開中[全国]

約20年前、マイケル・ムーア監督の米国ドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観たとき、その軽妙で洒脱な表現方法に衝撃を受けた覚えがある。政治批判や社会風刺がテーマであるのに、お堅くもヒステリックにも退屈にもならず、大衆が楽しめるエンターテインメントに仕上げていた点が非常に新しかったからだ。本作の告知を見たとき、いよいよ日本にもマイケル・ムーア監督作品のようなドキュメンタリー映画が生まれたのかと期待を寄せた。タイトルからも推察できるとおり、本作は「パンケーキが大好物」として話題を集めた菅首相の素顔に迫るドキュメンタリー映画である。


企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
監督:内山雄人
音楽:三浦良明、大山純(ストレイテナー)
アニメーション:べんぴねこ
ナレーター:古舘寛治
2021年/日本映画/104分/カラー/ビスタ/ステレオ ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
制作:テレビマンユニオン 配給:スターサンズ 配給協力:KADOKAWA


ことに若い女性の間では、菅首相のイメージといえば「パンケーキ」に尽きるのかもしれない。現に菅首相はその甘いイメージを武器に、就任早々、内閣記者会の番記者らと「パンケーキ懇談会」を開いてマスコミ懐柔策を打った。また、秋田のイチゴ農家に生まれた叩き上げという庶民的イメージを引きさげて好感度アップも図るが、これらのイメージは早々に崩れていく。なぜなら後手後手に回った新型コロナウイルス感染防止対策をはじめ、国会や記者会見の場で野党議員や記者からの質問に対して正面から答えず、同じ文言を繰り返すだけの菅首相の姿勢に、国民はイライラを募らせ始めているからだ。本作ではそうした菅首相のおかしな言動に、ジャーナリストや与野党議員、元官僚らへのインタビューを通してさまざまな角度から切り込んでいく。ところどころに風刺アニメーションなどを挟む手法はマイケル・ムーア監督作品にも似ていて、鑑賞者を最後まで飽きさせない。


©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会


しかし本作が終わりに近づくにつれ、だんだん空恐ろしくなってくる。いま、菅政権下で本当に民主主義は働いているのだろうか。言論の自由は担保されているのだろうか。本作で明かされるのは、菅首相の素顔だけではない。政治に無関心な国民の姿も「家畜の羊」に喩えられた風刺アニメーションを通して、浮き彫りにされる。本作の公開は、この秋に行なわれる衆議院議員選挙の前を狙ったという。ひとりでも多くの国民、特に若者に観てもらい、民主主義の根幹である選挙に出向いてもらうためだ。とはいえ私が鑑賞した8月上旬の平日、館内を見渡すと、本作を観に来ていた客の大半は中高年者だった。多くの若者に届く日はいつだろうか。

※本稿を執筆後、菅首相は2021年9月末で退任することを表明した。


©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会



公式サイト:https://www.pancake-movie.com

2021/08/10(火)(杉江あこ)

日本のパッケージ 縄文と弥生のデザイン遺伝子─複雑とシンプル

会期:2021/08/07~2021/10/03(※)

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

※入場はオンラインによる事前予約制。


「日本的なデザイン」などと我々は普段こともなげに口にするが、そもそも日本的とはどんなものを指すのだろうか。本展を観てふと我に返り、そう思った。本展で提示する日本的とは、ずばり縄文と弥生である。なんと大胆な切り口と思うが、確かに日本のデザインの原点は、時間を大きく遡り、ここにたどり着くのかもしれない。人々が狩猟・採取生活を営んだ縄文時代につくられた縄文土器は、立体的で生命力にあふれ、デコラティブで呪術的、そして複雑! 一方、人々が稲作・農耕生活を営んだ弥生時代につくられた弥生土器は平面的で理性的、ミニマルかつ機能的で、シンプル! そんな五つの特徴をそれぞれに挙げ、いずれも日本的な「デザイン遺伝子」と切り込んだ点が本展の見どころである。入り口には縄文土器の深鉢火焔型土器(複製)と弥生土器の広口壺も展示されていて、その本気度が窺えた。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


日本パッケージデザイン協会創立60周年記念事業として企画された本展ゆえに、展示品はすべて日本のパッケージである。飲料、食品、日用品、化粧品、贈答品など種々様々なパッケージが、まず前述の特徴に従って縄文か弥生かに振り分けられ、さらに「美(うつくしい)」「象(シンボル)」「欲(シズル)」「愛(かわいい)」「用(つかう)」の五つのテーマに沿って展示されていた。例えば資生堂のシャンプー「TSUBAKI」のパッケージデザインは「美/縄文のデザイン遺伝子」で、大塚製薬のスポーツドリンク「POCARI SWEAT」のパッケージデザインは「象/弥生のデザイン遺伝子」といった具合である。展示品のなかには見慣れたパッケージも多くあれば、昔懐かしいパッケージもあった。こうした身近な商品のパッケージデザインを分析し、合計10の括りに分けて編集した試みは非常にユニークであるし、まるで雑誌の一大特集のようにも思えた。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


さて、最後に本展は問いかける。「あなたは縄文派か弥生派か」。会場で配布されたハンドブックのチェックシートによると、私は完全に「弥生のデザイン遺伝子濃い目人」らしい。確かにどちらかと言うとシンプル志向である。しかし縄文の生命力にあふれた呪術的なデザインにも不思議と惹かれる。結局、どちらのデザイン遺伝子も併せ持っているのが日本人なのだろう。


公式サイト:https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20210807.php

2021/08/10(火)(杉江あこ)

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没後20年 まるごと馬場のぼる展 描いた つくった 楽しんだ ニャゴ!

会期:2021/07/25~2021/09/12

練馬区立美術館[東京都]

『11ぴきのねこ』と『11ぴきのねことあほうどり』は私にとって大変懐かしい絵本だ。子どもの頃に何度も繰り返し読んだ。食いしん坊でちょっと間抜けな11匹の猫たちが、大きな魚を捕らえたり、コロッケ店を開いたりと、いずれもユーモラスな物語が展開される。11匹の猫たちはとても人間臭く、喜怒哀楽がはっきりしていて、子ども心に親しみが持てた。本展を観て、この絵本シリーズの著者、馬場のぼるが実は漫画家でもあったことを知り、なるほどと合点がいった。

馬場は1950年に少年誌で漫画連載を始め、手塚治虫らとともに「児童漫画界の三羽ガラス」と呼ばれるほど人気を博したという。実際に彼らは仲良しだったようで、手塚の漫画のなかに馬場がキャラクターとして何度も登場したり、「鉄腕アトム」と「11ぴきのねこ」が夢の共演をした作品が残っていたりと、本展でもその交友録が紹介されていた。その後、馬場は大人向けの漫画雑誌にも活躍の場を広げ、さらに絵本も手がけるようになった。『11ぴきのねこ』シリーズが世代を超えて愛されるロングセラーとなっても、馬場自身はあくまで漫画家であることを軸としていたようだ。漫画家ゆえの豊かな発想力や自由奔放さが、『11ぴきのねこ』シリーズを生き生きと輝かせたのかもしれない。


『11ぴきのねことぶた』(こぐま社、1976)印刷原稿 特色刷り校正用リトグラフ・紙 こぐま社蔵


そんな物語の魅力もさることながら、改めて感心したのは絵の完成度の高さだ。本展で初めて知ったのだが、『11ぴきのねこ』シリーズはリトグラフを応用した特殊な製作工程で印刷されたものだという。CMYKのプロセスインキではなく、すべて特色インキを使い、それらを何版も重ねて1枚の絵を完成させていたのである。しかも作家自身が(1色ごとに)版にする原画を描き分けたというのだから驚く。なぜなら色と色とを重ねた際にどのような色に仕上がるのかを綿密に計算しなければならないし、原画を描く手間も何倍も掛かるからだ。それでも発行元のこぐま社が「画家の手の温もりが感じられる美しい色の絵本を届けたいと願い」、この手法を採用してきた。まさか製作にこんなに手が込んでいたとは、子どもの時分には知る由もない。私はずいぶん贅沢な絵本を楽しんできたわけだ。さて、馬場の漫画家としての実力は風刺画にも発揮されていた。1980年代の中曽根政権時代と思われる風刺画も展示されており、思わずニヤリとする。これも子どもの時分には味わえなかったウイットのひとつだ。大人になって馬場作品の魅力に改めて触れられて幸せに思う。


『11ぴきのねことあほうどり』(こぐま社、1972)印刷原稿 特色刷り校正用リトグラフ・紙 こぐま社蔵


展示風景 練馬区立美術館



公式サイト:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202104211619004534

2021/07/24(土)(杉江あこ)

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