2021年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

日本のアートディレクション展 2020-2021

会期:2021/11/01~2021/11/30

ギンザ・グラフィック・ギャラリー/クリエイションギャラリーG8[東京都]

昨年、新型コロナウイルスの影響で作品募集および展覧会を見送ったADCが、2年ぶりに戻ってきた。そのため今回、2019年5月〜2021年4月の2年間に発表・使用・掲載された作品がADC賞の応募対象となった。その受賞作品とノミネート作品の展覧会がギンザ・グラフィック・ギャラリーとクリエイションギャラリーG8で同時開催されている。前者が会員作品の展示で、後者が一般作品の展示だ。2年前とは世の中の価値観がガラリと変わったいま、審査員も、我々もこれらアートディレクション作品に対する見方が多少なりとも変わったのではないか。そんな風に思うなかで、私が心を魅かれた作品を二つ挙げてみたい。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


まずひとつはADC会員賞を受賞した、原研哉アートディレクションの良品計画 無印良品「気持ちいいのはなぜだろう。」のポスター、新聞広告、コマーシャルフィルムなどである。テーマは掃除だ。世界中の人々が掃除をするシーンを撮影し、集めて編集したものなのだが、なぜだか心に沁みる。掃除は、無駄なものを削ぎ落とすという無印良品のコンセプトを凝縮している点と、人の暮らしの根源的な営みである点からテーマに選ばれたようだ。寺院や公園、建物の外壁や窓ガラス、水族館、時計内部、船の甲板、商店の庭先、煙突など、それぞれの場所に応じたやり方で人々は手を淡々と動かす。リズミカルに、静かに。掃除は人を人たらしめる行為のひとつであり、自然との折り合いのつけ方であり、また新型コロナウイルスへのシンプルな対抗手段でもある。いまなら、そう思える。しかし驚いたのは、これらが撮影されたのは2019年だったことだ。つまり新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう前の出来事である。となるとごく当たり前だった行為がいまでは特別なことのように思えてしまい、胸が熱くなるのだった。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


もうひとつ注目したのは、同じくADC会員賞を受賞した、佐藤雅彦がクリエイティブディレクターを務めた日本オリンピック委員会「Shadows as Athletes」の映像である。これは日本オリンピックミュージアムに設置された、ウェルカムビジョンのために制作された映像作品のひとつ。タイトルどおり、フェンシングや新体操、自転車、陸上などの競技を行なうアスリートの「影」を中心に撮影した作品だ。主役は影であるため、俯瞰や天地逆転など、通常なら不自然なアングルでさまざまな競技が映し出されるのだが、それゆえに鑑賞者は影に自然と視線が行く。本物のアスリートよりやや歪な形ではあるが、影の動きはしなやかで伸びやかだ。影には国籍も人種も性別も年齢も声もなく、皆が平等である。実にアナログな発想で撮影された映像なのに、オリンピック精神そのものを純粋に表わしているようでもある。コロナ禍を経た2年間だったが、全体的にアートディレクション作品の成熟度が少し増したように感じた。


日本オリンピック委員会「Shadows as Athletes」の映像


日本オリンピック委員会「Shadows as Athletes」の映像



公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000782
      http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2111/2111.html

2021/11/04(木)(杉江あこ)

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妹島和世+西沢立衛/SANAA展「環境と建築」

会期:2021/10/22~2022/03/20(※)

TOTOギャラリー・間[東京都]

※事前予約制


いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの建築家、妹島和世+西沢立衛/SANAAの展覧会が開催中である。昨年、予定されていたもののコロナ禍で延期となり、満を持しての開催となった。彼らが掲げたテーマは「環境と建築」。果たして、彼らが考える環境とは何なのだろうか。本展を観てから、ずっとそのことを考えていた。SANAAの建築というと、平易な言葉で言ってしまえば、ガラスと白っぽい壁を多用した繊細で透明感のあるイメージが思い浮かぶ。それぞれがユニークな外形でありながら、高さが比較的抑えられた建築が多いためか、周辺環境への圧力は少なく見える。しかし自己主張していないかというとそうでもなく、静かに自己主張していると言うべきか。


展示風景 TOTOギャラリー・間 3Fエントランス ©ナカサ&パートナーズ


本展に展示された近年の建築事例の模型や写真を観ると、確かに周辺環境との調和に配慮したデザインが多いように感じた。そこの地形や自然、風土に合わせた建物の建て方をしているように見えるのだ。こうした調和の取り方が建築に求められる環境と考えているのだろうか。参考までに刊行がやや古いが『妹島和世+西沢立衛読本─2013』(A.D.A. EDITA Tokyo、2013)をめくってみると、彼らへの長いインタビューのなかでまさにこの点が触れられていた。建物の建て方を妹島は「着地感」と独特の表現をしている。「〜建築の着地の仕方が柔らかくなりました」とか「〜もう少し違う着地感を考えられたかもと思います」という具合だ。まるで彼方からやって来た宇宙船のような表現だが、なるほど、そこの地域や住民にとってみれば、建築も大きな宇宙船のような存在なのかもしれない。だからこそ住民らが望む・望まないにかかわらず、異質な存在を受け入れてもらうための配慮や工夫が必要なのだ。


展示風景 TOTOギャラリー・間 3F室内全景 ©ナカサ&パートナーズ


良くも悪くも、建築は周囲の景観を変える影響力がある。そうした建築が持つ暴力性や威圧感のようなものを彼らは重々知っているのだろう。それは施主だけの責任ではない。建築家としてそれを思うからこそ、建築と環境の関係を常々考えざるを得ないのかもしれない。彼らなりの模索の仕方で。それにしても近年のSANAAの仕事には、中国をはじめとする海外案件が多い。世界から求められる卓越した建築家がこうして日本にいることを誇らしく思う。


公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex211022/index.htm

2021/11/04(木)(杉江あこ)

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令和3年度学習院大学史料館秋季特別展「ボンボニエールが紡ぐ物語」

会期:2021/09/13~2021/12/03

学習院大学史料館[東京都]

かつて仕事やプライベートで有田焼の産地に何度も足を運んでいた頃、いままでに見たことのないアイテムとして目に止まったのがボンボニエールだった。さまざまな形をした蓋付きの小さな箱で、一見、何の道具なのかがわからない。それが金平糖などを入れる菓子器で、主に皇室の御慶事や公式行事の際に配られる品であることを知り、ますます興味が湧いた。なんと風流な贈り物だろうか。菓子のためのパッケージというよりは、あくまでパッケージである菓子器が主役となっている点が潔いし面白い。名前から察するとおり、ボンボニエールの発祥はフランスである。もともと、西欧諸国で結婚や出産などのお祝いに砂糖菓子(ボンボン)を贈る習慣があり、その砂糖菓子を入れる器にさまざまな加飾を施すようになったのが始まりだとか。脱亜入欧を目指す明治時代の日本で、それが皇室に取り入れられて習慣化したのだ。形式こそ西欧流であったが、しかしボンボニエールの製作技術やデザイン自体は日本独自の発展をした。その様子がよくわかるのが本展である。


鶴亀形 明治天皇大婚25年祝典 明治27年3月9日(個人蔵)


私が初めて目に触れたボンボニエールは、冒頭のとおり磁器製だったが、皇室が脈々と受け継いできたのは銀製である(ただし、近年には陶磁器や漆器、七宝、プラスチックまで登場している)。日本で初めてボンボニエールが登場するのは明治22年2月11日、大日本帝国憲法発布式にともなう宮中晩餐会だ。食後のプティフールとして供されたという。その後も英国王室をはじめ外国から賓客を招いた際の宮中晩餐会や天皇の即位礼、皇族の結婚や誕生、成年式などに際して、ボンボニエールが製作され配られてきた。いずれも日本の伝統文様や吉祥文様、皇室の紋章や皇族が個々に持つ「お印」を基にした凝ったデザインであるのが特徴だ。器自体を何かの形に象ったり、器の表面に文様を刻み付けたりと細工が非常に細かい。つまりボンボニエールを製作することで、日本の伝統工芸の技術を継承し、職人を保護育成した側面もあるわけだ。さらにボンボニエールが外国の賓客にわたることで、日本の伝統文化を伝える媒体にもなった。ただのかわいらしい菓子器だけではないところが侮れない。


丸形鳳凰文 令和即位記念 令和元年10月22日(個人蔵)


犬張子形 継宮明仁親王(上皇陛下)誕生内宴 昭和9年2月23日(個人蔵)


さて、最近、秋篠宮家の長女・眞子さんが結婚した。皇室としての儀式を一切行なわない「異例の結婚」だったため、おそらく恒例のボンボニエールも製作されなかったのだろう。彼女は内親王だった頃、学芸員資格や博物館勤務の経験を生かし、日本工芸会の総裁を務めるなど工芸分野での御公務に邁進されていた。それだけに工芸の粋を集めたボンボニエールが製作されなかったことは、非常に残念に思う。


公式サイト:https://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/exhibition/

2021/11/01(月)(杉江あこ)

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柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」

会期:2021/10/26~2022/02/13

東京国立近代美術館[東京都]

さしずめ柳宗悦は、いまどきの言葉で言えば、民藝運動のエグゼクティブプロデューサーという立場だったのだろう。民藝については、私もある程度理解を深めてきたと思っているが、本展を観て改めて感じたのはこの点である。宗教哲学者だった柳は、民藝という新しい美の試みとその思想を打ち立てるのに貢献した。また仲間の濱田庄司や河井寬次郎、バーナード・リーチ、芹沢銈介といった陶芸家や染色家たちの力を借りながら、日本全国や朝鮮半島から陶磁器などの工芸品を発掘し評価したことは知られている。しかし彼らは単なる評論家集団というわけではなかった。現代でも手本にできるのではないかというほど、相当、メディア戦略ないしビジネス戦略がしっかりとしていたからである。

それが「民藝樹」として図表が残る、民藝運動の三本柱だ。その3本とは美術館、出版、流通である。工芸品を集めて、見せる役割を担う美術館は「日本民藝館」。広げて、つなげる役割を担う出版は雑誌『工藝』をはじめとする刊行物。そしてつくって、届ける役割を担うショップは「たくみ工藝店」と、現に彼らは実践に移した。出版によって美術やデザイン運動を広げようという試みは、欧州諸国でもよくある。しかし3本も同時進行できるだろうか。現代においてもなお我々が民藝に魅了され続けるのは、このメディア戦略があったからだろう。なぜなら、この三つの拠点や媒体は規模や影響力の差こそあれ存続し続けているからだ。


雑誌『工藝』第1号〜第3号(1931/型染・装幀芹沢銈介)[写真提供:日本民藝館]


展示風景 東京国立近代美術館


本展は1910年代から1970年代にわたる60年間を追った展示構成で、非常にボリューム満点であった。唐津焼や伊万里焼、古武雄の鉢など、わが家にある陶磁器もちらほらとうかがえ、その工芸品の数々は見応えがあった。加えて、民藝運動の営みがよくわかる内容となっていた。そのうえで、こう思う。もし柳宗悦が現代も生きていたとしたら、どのようなプロデュースをするだろうか。民藝は過去に起こった運動だ。現代には現代にふさわしい工芸やデザイン運動があって然るべきだろう。民藝に魅了され続けながらも、我々は未来を見据えなければならない。いま、柳宗悦のような敏腕エグゼクティブプロデューサーの登場が強く望まれている。


《スリップウェア鶏文鉢(とりもんはち)》イギリス 18世紀後半 日本民藝館


《染付秋草文面取壺》(瓢形瓶[ひょうけいへい]部分)朝鮮半島 朝鮮時代 18世紀前半 日本民藝館



公式サイト:https://mingei100.jp

※ポスタービジュアル:《羽広鉄瓶》羽前山形(山形県)1934頃 日本民藝館

2021/10/27(水)(杉江あこ)

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ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ

会期:2021/10/09~2021/12/19

パナソニック汐留美術館[東京都]

19世紀末のヨーロッパ諸国で流行したアール・ヌーヴォー様式にジャポニスムがどれほど影響を与えたのかという議論は、専門家の間でも意見が分かれる。一般に浮世絵が印象派の画家たちに影響を与えたことは知られているが、実はそれ以前から南蛮貿易によって日本の工芸品──陶磁器や漆芸品、絹織物などがヨーロッパ諸国に輸出されていたからだ。その頃からヨーロッパ人の間で日本の工芸品への憧れがすでに芽生えており、ジャポニスムの下地ができあがっていたと言っていい。本展はそうしたプレ・ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ、そしてアール・デコへと至る流れを陶磁器とガラスに焦点を当てて紹介する。普段から日本の工芸作家や事業者を応援する仕事に携わってきた身としては、大変興味深い内容だった。

なかでも目を引いたのは、第2章「日本工芸を源泉として──触感的なかたちと表面」である。陶磁器の表現方法を取ってみても、洋の東西ではまったく異なる。西洋では計画どおりに装飾を施してこそ完璧な仕上がりと高く評価されたが、東洋では焼成中に起こる予期せぬ事態や偶発性、いわゆる窯変が高く評価された。当時、日本の陶磁器に影響を受けたヨーロッパの製陶所や工芸作家たちは、そんな日本風の表現ができないかと躍起になったようだ。結晶釉や釉流しなどの技法や、ひょうたん型などの意匠の引用を試みていた。いずれの技法も意匠も日本では馴染み深いものゆえ、確かに一見すると、日本の陶磁器のように見えなくもない。しかし、何かが違う。言葉では説明しづらいが、微妙な違和感を感じるのはなぜだろう。と、少々上から目線でこれらの陶磁器を眺めてしまったが、それでも日本の陶磁器がこのようにヨーロッパに影響を与えていたことは嬉しく、誇りに思える。


展示風景 パナソニック汐留美術館


展示風景 パナソニック汐留美術館


続く第3章「アール・ヌーヴォーの精華──ジャポニスムを源流として」では華々しいアール・ヌーヴォーの陶磁器とガラスが並ぶ。ここでは上記のような直接的な影響は影を潜め、代わりにアシンメトリーの構成や自然物をモチーフにした装飾など、表現性においてジャポニスムの影響を窺わせた。しかし日本ではモチーフを抽象化して装飾するのに対し、ここでは具象的な動植物の装飾や意匠が目立った。微妙な違和感ではなく、もはや明確な差異が見て取れる。つまりジャポニスムの影響を大いに受けつつも、最終的には西洋流に解釈され表現されていったのがアール・ヌーヴォーの帰結ではないかと、本展を観て改めて思い至った。


展示風景 パナソニック汐留美術館


展示風景 パナソニック汐留美術館



公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/21/211009/index.html

2021/10/08(金)(杉江あこ)

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