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小沢剛 不完全─パラレルな美術史

2018年03月01日号

会期:2018/1/6~2018/2/25

千葉市美術館[千葉県]

会場に入って最初に目に飛び込んでくるのが、白い綿の固まりから首を出す数十体の石膏像だ。マルス、ヴィーナス、ヘルメス、ブルータス、モリエール……仏頭まである。美大予備校に通ったことのある者にはおなじみの像で、白い綿から見え隠れするさまは雲上の神々といった趣だ。そう、極東の予備校生からすればこれらの石膏像は美術の神々だった。その向こうの壁には石膏デッサンが20点ほど並んでいる。青木繁や中澤弘光らのサインも入っているので、明治期に美術学校で描かれたものだとわかる。石膏デッサンは欧米ではとっくに廃れてしまったが、日本では明治以来100年以上の歴史があるわけで、もはや日本画と並ぶ伝統芸術といっていいかもしれない(いまでも受験に使われているのだろうか?)。しかしよく見ると、いまのデッサンとは違って背景を描かず、輪郭線が強調され、陰影の描き方が平坦に見える。これって19世紀後半のジャポニスムの時代に、ヨーロッパの画家が日本美術から学んだ描き方じゃなかったか? それが反転して日本に逆輸入されたってわけか。この石膏像とデッサンを合わせたインスタレーションのタイトルが、展覧会名にも使われている《不完全》というものだ。これは岡倉天心の『茶の本』のなかに繰り返し出てくる言葉らしいが(読んだことないけど)、それは完全ではないというネガティブな意味ではなく、完成に向かう可能性を秘めた状態を指す言葉だという。なるほど、西洋美術を目指しながら永遠に追いつくことのない日本美術を指すにはふさわしい言葉かもしれない。

以下、《金沢七不思議》も《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す》も《帰って来たペインターF》も《油絵茶屋再現》も《醤油画資料館》も《なすび画廊》も、すべて日本が西洋美術(油彩画)を受容する過程で生じたズレや勘違いをユーモラスに表現したものばかり。たとえば《油絵茶屋再現》は、明治初期に油絵が導入されたとき、画家たちはそれをどこに飾り、どうやってお金にすればいいのか知らなかったため、見世物小屋よろしく小屋を建てて作品を飾り、お茶代を取ったという。それを可能な限り再現したものだ。《醤油画資料館》は、狩野派から草間彌生まで醤油で描いた日本美術を一堂に集めたもので、日本の象徴ともいえる醤油が油絵の代わりに画材として採用されていたらこうなっていただろうという「仮説」の資料館だ。《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す》と《帰って来たペインターF》は、日本美術の特異点ともいうべき戦争画に焦点を当てた作品だし、《なすび画廊》は日本独自のガラパゴス現象である貸し画廊に切り込んだもの。いずれも日本美術の奇形的な部分を俎上に上げている。90年代にこうした傾向の作品が登場してきたとき、たしか「自虐的美術史観」と批判した人がいたが、笑いをもって自己を批評する態度は「自ギャグ的」というべきかもしれない。

2018/02/02(村田真)

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