2018年05月15日号
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artscapeレビュー

《障害の家》プロジェクト

2018年05月15日号

京島長屋[東京都]

東京スカイツリーがどこからでもよく見える墨田区の一角を訪れ、大崎晴地による《障害の家》プロジェクトを見学した。2015年のアサヒアートスクエアの展示において、建築家とともに提唱していたものである。今回の展示では、関東大震災後につくられた老朽化した長屋が並ぶ街区において、2つの会場が用意された。いずれも解体予定の2階建ての建物だが、外観は手を加えず、その内部を徹底的に改造した。ひとつは水平の梁を残したまま、複層の斜めの床を新しく挿入し、上下の移動ができるように丸い穴があけられた。梯子や階段はない。斜めの床が接近する箇所の穴ゆえに、自らの腕の力を使い、身体能力を駆使して移動する。また下から見上げると、各層の円がすべて揃う視点も設けられている。

もうひとつは二軒長屋を仕切る中央の壁を抜くことで可視化される平面の対称性を生かしつつ、1階の天井(と2階の床)を外し、代わりにそれよりも低い天井と、以前の2階よりも高い床をつくり、3層の空間に変容させた。1階の天井と2階の床の間の本来、人が入らない空間が膨らんだとも言えるだろう。したがって、1階は立つことが不可能であり、はいつくばって動くしかない。また通常は隠された押し入れはむき出しとなり、両側の家を行き来するための空間となる。そして片側の新しい3階の床は瓦を敷き、その上部の屋根はスケルトンになっていた。

いわば既存の家屋に手を加えるリノベーションだが、建築と決定的に違うのは、役立つ機能に奉仕していないことだ。むろん、かつてバーナード・チュミは、プログラム論の文脈において不条理なリノベーションを提唱している。が、それはミスマッチであろうとも、何かの役割を想定していた。一方、《障害の家》は、使い方というよりも、訪問者の身体性に直接的に働きかけ、覚醒させることに賭けている。すなわち、バリアフリーではなく、バリアフルな家。荒川修作の建築的なプロジェクトを想起させるが、大崎はかつて彼をサポートしていたという。が、荒川がまっさらな新築をめざしていたのに対し、これは増改築である。それゆえ、日常的な空間の異化効果が加わっている。

第一会場


第一会場、二軒長屋を仕切る壁が抜かれて、対称性が可視化される




第一会場、上下の移動ができるようにあけられた穴



第二会場の1.5階

2018/04/22(日)(五十嵐太郎)

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