artscapeレビュー

超老芸術展 -遅咲きのトップランナー大暴走!-

2023年11月01日号

会期:2023/10/03~2023/10/08

グランシップ6階 展示ギャラリー[静岡県]

いま個展を絶賛開催中のデイヴィッド・ホックニーや横尾忠則は、半世紀以上にわたって華やかな第一線で活躍してきた「長老」芸術家だが、ここに集められた「超老」芸術家は、退職後に突然作品をつくり始めたり、何十年も人知れずコツコツと絵を描き続けてきた知られざる人たちだ。老後のアマチュア美術家ともいえるが、その熱量と方向性は趣味の域をはるかに超えてとんでもない境地に達している。サブタイトルにあるように、まさに「遅咲きのトップランナー大暴走!」なのだ。

清水信博(1950-)は障害者支援施設に入居後、テレビに映る女性のお尻を撮影して紙に描いている。といってもすべて着衣で、膝から後頭部までの後ろ姿だが、臀部は一様に丸くて大きい。「尻フェチ」か「マザコン」か。色彩も豊かで、数百枚も並ぶと圧巻。見原英男(1936-2023)は漁師や水産加工所で働き、70歳で退職後いきなりカツオの木彫りをつくり始めたという。その数300点以上。さすがにカツオを釣り、タタキをつくっていただけあって、かたちも色も正確だ。



清水信博 展示風景[筆者撮影]


ガタロ(1947-)は33歳から清掃員として働き始め、拾ってきたクレヨンなどで清掃道具や靴をスケッチするようになる。5年前から毎日描いているというしぼった雑巾の数百枚に及ぶ連作は感動的。岩崎祐司(1946-)は自転車店を経営しながら独学で木彫を始め、50歳からダジャレと木彫を融合させた「パロディ笑彫」をつくっている。太った人が横たわる彫刻には「マツコリラックス」、長髪の青年がスクーターに乗る姿には「リョーマの休日」、サイを背負い投げする像には「サイは投げられた」といったタイトルがつけられている。木彫技術はウマすぎずヘタすぎず、くだらないダジャレにピッタリ合っているのだ。



ガタロ 展示風景(すべて雑巾のドローイング!)[筆者撮影]


田中利夫(1941-)は、朝霞の米軍基地近くにあった実家に出入りする娼婦と米兵の記憶をもとに、10年前から朝霞の裏面史を紙芝居に描いて伝えてきた。紙芝居の絵はプリミティブながらコラージュなどの手法も使い、よくできている。小八重政弘(1954-)は、石材加工会社で働きながら拾い集めた石に人の顔を彫るようになった。退職するまでにつくった作品は約3,000点。笑い顔あり泣き顔あり、それが数百点も凝集するさまは不気味だ。



小八重政弘 展示風景[筆者撮影]


総勢22組、作品は計1,500点を超す。この「質より物量」「考える前に手を動かす」精神は、凡庸な日々を送るわれわれに揺さぶりをかける。会場にはやはりというか高齢者が多く、ずいぶん賑わっているなと思ったら、出品作家の何人かが自作の前で待ち構え、来場者を捕まえて解説しているのだ。もう話したくって仕方がないのだろう。こうした光景は功成り名を遂げた「長老」芸術家の展覧会では、オープニングでもない限り見られないことだ。


超老芸術展 ─遅咲きのトップランナー大暴走!─:https://artscouncil-shizuoka.jp/choroten

2023/10/06(金)(村田真)

2023年11月01日号の
artscapeレビュー