artscapeレビュー

小栗昌子「トオヌップ」

2009年04月15日号

会期:2009/03/03~2009/03/31

ギャラリー冬青[東京都]

名古屋出身の小栗昌子は、1999年に岩手県遠野に移住した。『遠野物語』に憧れて夏に旅行したのがきっかけで、たまたま出会ったお祭りや住人たちの佇まいに魅せられ、そのまま居ついてしまった。写真展と同時に刊行された写真集『トオヌップ』(冬青社)の「あとがき」にはこんなふうに書いている。
「……私は心の中にある芯が揺さぶられ、
ひとつの蓋が外されたような気がしたのです。
そして同時に“この場所を撮りたい”と強く思いました。
その時の思いを今でもはっきりと憶えています。
今も胸に抱きつつ、この場所に立っています。」
小栗が書いている「ひとつの蓋が外されたような」感覚を、写真を見るわれわれもまた共有できる気がする。「トオヌップ」の写真に写っている人々や風景からは、始源的な生命力としかいいようのないエネルギーの波動が直接伝わってきて、われわれの閉ざされた心の覆いを取り払ってしまうのだ。こんな光や風に包み込まれて、愛おしく逞しい遠野の人たちとともに暮らしていたい──そんなことを強く思ってしまう。
前作の『百年のひまわり』(Visual Arts、2005)でも強く感じたのだが、小栗昌子の一見オーソドックスで何の変哲もない写真には、不思議な力が備わっている。見ているうちにじわじわとその世界に みとられ、「これでいいのだ」という確信が育ってくるのだ。本当にいい写真家だと思う。彼女が遠野で写真を撮り続けているということを思っただけで心が安らぐ。

2009/03/10(火)(飯沢耕太郎)

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