artscapeレビュー

2009年04月15日号のレビュー/プレビュー

平田晃久《sarugaku》

[東京都渋谷区]

竣工:2007年

平田晃久による代官山の商業施設。段状になった6棟のヴォリュームがテラスを囲む。コンセプトは、「山」と「谷」だという。段状になっていることで全体が地形として作用し、下から上へ、上から下へと移動が誘発される。商業施設としては、屋外から直接アクセスできる店舗の面積が増えるメリットがある。
ちょうど晴れた日にテラスでコーヒーを飲んだら、この空間の絶妙のスケール感と不思議と人の集まる許容性のような雰囲気が、とても気持ちよく感じた。白い外壁と石畳は、地中海を彷彿とさせる。思い当たるところがあって後で調べてみたら、ギリシャのミコノスの風景とも似ていた。階数、階段の使い方、広場を囲むスケールなど。おそらく偶然の一致でしかないだろうが、かなりロジカルな建築的原理でつくられているように思われるこの建築と、いわゆる計画学なしに時間をかけて生成してきた集落的な街の形式が似ているというところに、別の興味を抱いた。「理論・演繹」的な経路と「帰納・経験」的な経路のどちらを通っても、同じ空間的形式に行き着くことがあるとすれば、そういった原理は「強い原理」だと言えるのではないかと思ったからだ。この空間に関する「強い原理」をうまくつきとめられれば、論理と感覚といった対立項を簡単に飛び越えていくのではないかと思った。平田氏の建築には、何かそういう可能性を感じる。

撮影:Nacasa&Partners

2009/02/06(金)(松田達)

平田晃久『animated 生命のような建築へ 発想の視点』

発行所:グラフィック社

発行日:2009年2月25日

平田晃久の初の著作にして、とても実験的、挑戦的な本。絵本のように大きな文字で、一文一文は難しくないのに、全体を通して理解しようとするとできない。平田氏本人の思考にまでたどり着かないと、決してすべてが分からないような、知的なからくりと仕掛けが満載。作品集とも書籍とも絵本ともいえず、そのすべてともいえる。「内発性」「A, A', A''……」「開かれた原理」「対角線的」「360°」「ひだ」「同時存在の秩序」「[動物的]本能」「脱[床本位制]」「人工という自然」という10個のキーワードが章をつくり、それぞれが関連する数枚の図版と短いテキストで構成される。各章内の図版とテキストの関連性は特に説明されないし、10個のキーワードの関連性も説明されない。にもかかわらず、図版群とテキスト群は、読み進めていくうちに、互いに関連性を主張し合い、時に衝突し、時にゆるく手を結びながら、何か一つの背後にある原理を指し示しているようにも見えてくる。平田氏の言葉を借りれば、それは「内発的な原理」ということなのかもしれない。つまり、例えばある一つの原理から、演繹的に10個のキーワードが現われてきたというわけではなく、10個のキーワードそれぞれが、他のキーワードを生み出すための原理を内在させているような、そういう関係ともいえるかもしれない。もっとも平田氏は、建築における「内発的な原理」を語っているのだが、その射程は建築的思考や理論も巻き込んでいるだろう。単純に線的な読解では、全体を読み取ることが出来ず、錯綜する複数のラインを並行して追っていくことで、その走査の痕跡からようやく全体像に近づけるような、そういう組み立てられ方である。かといって断章というには、あまりにそれぞれ概念の関連が強い。「animated」とは、生気を与えられたという意味。平田氏は建築に生命を与えようとする。そして生命を与えるための「内発的な原理」が、模索されている。何度でも、繰り返し読んで発見のある本だ。そしてタイトルの通り、生き生きとし、まるで生きている本のようだという気がした。

2009/02/25(水)(松田達)

ダニエル・マチャド「幽閉する男」

会期:2009/02/18~2009/03/03

銀座ニコンサロン[東京都]

作者には悪いが、それほど期待していなかったのに意外に面白かったという展示がある。ウルグアイで建築を学んだあと、2000年頃から写真家として活動を開始し、06年からは東京に在住しているダニエル・マチャドの「幽閉する男」もそんな展覧会だった。
写っているのはウルグアイ内務省法務部の最高幹部だったホセという男の部屋。古色蒼然とした家具が並び、壁には家族の古い写真が額に入れて飾られ、机の上には枯れた花、積み上げられた本には埃がかぶっている。かと思うと、部屋にはまったくそぐわないポップな人形が飾られていたりして、何とも奇妙な、どこか荒廃した不吉な雰囲気が漂っているのだ。どうやらホセは内務省を退職し、同居人だった叔母も亡くなってしまったあと、自分自身をこの部屋の中に「幽閉」してしまったらしい。外部の接触を断たれたことで、部屋はそれ自体が生きもののように成長し、ホセと一体化して饐えた匂いを発しながらうごめき、伸び縮みしているようにも見えてくる。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスやガブリエル・ガルシア=マルケスなど、中南米文学のテーマになりそうなこの部屋に向けられたマチャドの視線にも、奇妙に歪んだバイアスがかかっているようようだ。写真機を意味する「カメラ」(camera)という言葉はもともと「部屋」という意味だから、写真のテーマとして相性がいいのだろう。部屋の写真だけを集めたアンソロジーというのも面白いアイディアだと思う。

2009/03/01(日)(飯沢耕太郎)

都市再考会議

2007年初頭から連続的に開催されている、都市に関する勉強会。2009年3月13日のミリメーター/mi-ri meterによる講演「触れる都市計画」で第12回を数え、活動は3年目に入る。主宰の武田重昭氏は、都市に関わるさまざまな若手が、現代都市のもつさまざまな課題について話し合う会議となることを企図している。毎回の講演者が幹事となって、30代を中心とした建築家、都市計画家、ランドスケープ・アーキテクト、デザイナー、編集者、広告関係プランナーといった多彩なメンバーを集めており、かなり領域横断的である。筆者自身も、途中から幹事として加わらせて頂いている。このような形で都市を議論する場が生まれていることは、興味深い。少なくとも、建築、都市、ランドスケープの分野に限っても、合同でディスカッションする場所は、多くはなかったからだ。もう一つ興味深いのは、いくつかの勉強会や研究会のプラットフォームとしても機能しているところで、全体をまとめるというより、多重な構造を包含しながら発展しようとしているところだ。それ自体が都市的なネットワーク構造でもある。都市を語るプラットフォームとして、発展していってほしい。

関連URL:http://toshi-saikou.org/

2009/03/01(日)(松田達)

らくたび文庫No.034『京の近代建築』

発行所:コトコト

発行日:2008年9月25日

表紙に名前が入っていないけれども、企画・イラスト・文、すべてぽむ企画のたかぎみ江さんによるもの。文庫サイズの建築本は、そもそもあまりなかったはず。でも旅行に持っていくなら、胸ポケットにも入るこれくらいの本はとても便利。選ばれた近代建築がまたしぶくてよい。有名どころで選んでいるのではなく、明治、大正、昭和の見応えのある建築が選ばれている。ところどころ、とてもほんわかする一冊だが、意外に勉強になる。京都に行くなら、ぜひ持っていきたい。

2009/03/01(日)(松田達)

2009年04月15日号の
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