artscapeレビュー

米田知子『雪解けのあとに』

2014年06月15日号

発行所:赤々舎

発行日:2014/05/16

米田知子は2004年9月~11月に、同年5月にEUに加盟したばかりのハンガリーとエストニアを訪れた。EU加盟国が25カ国に拡大したのを受けて企画された「EU・ジャパンフェスト」の一環として、写真集シリーズ『In-between』第9巻(EU・ジャパンフェスト日本委員会、2005)におさめる写真を撮影するためだった。本書はその10年後に、あらためて再編集した完全版といえる写真集である。
両国とも旧ソ連圏から脱して民主化・独立を成し遂げ、既に14年あまりが経過していた時期だが、まだ社会主義時代の雰囲気が色濃く澱んで残っているように見える。米田はハンガリーでは、かつてスターリンヴァーロシュ(スターリン・シティ)と呼ばれた都市の光景や、古いホテル、保養地などを、エストニアでは「フォレスト・ブラザーズ」と呼ばれた対ソ連レジスタンスの所縁の地や関係資料などを、いつものように淡々とやや距離をとって撮影している。だがそれらを見続けていると、写真から透かし彫りのように重苦しい過去の情景が立ち上がってくるように感じる。巻末のキャプションを読まずに写真だけを見ても、米田が「時代」や「歴史」へと想像力を伸ばしていくことができるように、実に丁寧に、注意深く構図を決め、シャッターを切るタイミングを選択していることがわかる。
これまでの作品集とやや違う印象を与えるのは、モノや風景だけではなく人物が写っている写真がかなり多く含まれているからだろう。ポートレイトやスナップといってもよい写真が加わることで、叙述にふくらみと広がりが生じてきているのではないだろうか。中島英樹のブックデザインが素晴らしい。いつもよりは押え気味に、だが図版の大きさやレイアウトを細やかに調節しながら、米田の静かだが喚起力の強い写真の世界を見事に形にしている。

2014/05/22(木)(飯沢耕太郎)

2014年06月15日号の
artscapeレビュー