毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回5月15日更新予定)

artscapeレビュー

木村覚のレビュー/プレビュー

岡登志子『緑のテーブル』

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会期:2017/03/29~2017/03/29

神戸アートビレッジセンター・KAVCシアター[兵庫県]

若きピナ・バウシュが師事したことでも知られるクルト・ヨースの代表作『緑のテーブル』(1932)を題材に、岡登志子(アンサンブル・ゾネ)が「新たな作品構築」を試みた。このプロジェクトにはさらにひとつ、大野一雄舞踏研究所が主催している側面があり、大野慶人が作品監修しているだけではなく、本研究所がここ数年行なってきたアーカイブの活動にも関連した公演だった。〈ヨースの代表作〉×〈岡登志子の作品〉×〈大野慶人監修と出演〉×〈大野一雄舞踏研究所のアーカイブの活動〉と複雑ともいえるが、観客にとって多くの入口がある企画ともいえるだろう。その中心に置かれているのは、かつて、在命時には、ヨース本人が振り付け指導を行ない、死後も、娘のアンナ・マルカートが父の遺志を継いでいた演出を、アンナも亡くなってしまった後、どのように継承できるのかというのがテーマのようだ。再演作品の上演は、何によってアイデンティファイされるのか(まさにその作品であると保証されるのか)。あるいはこの『緑のテーブル』がまさに『緑のテーブル』であるという事実性はどこで保証されるのか。「アーカイブ」という側面からすれば、この点は間違いなく重要であると思われるが、その一方、『緑のテーブル』は今日的にどう解釈されうるのかという課題も、このプロジェクトは同時に抱えていた。ヨースにゆかりのある大学に通った経歴のある岡が振り付けを担当したのは、そうした背景があったようだ。もちろん、「継承」と「創造」はアーカイブというものの両軸であるべきだ。とはいえ、振り付けのどこがヨースからの「継承」でどこが岡の「創造(創作)」なのかがある程度はっきりしていないと、その判別ができない。岡とヨースの振り付けの双方に精通している者ならば、わけなくそこを理解し楽しめるのかもしれないが、それを観客に期待するのは流石にハイコンテクスト過ぎるだろう。アフタートーク(舞踊研究者の古後奈緒子氏と大野一雄舞踏研究所の溝端俊夫氏による)で判明したことなのだが、クルト・ヨース側に上演許可を求めたらNGの返答が来てしまい、急遽、振り付けを大幅に変更したのだそうだ。例えば、緑色のテーブルは白く塗られた。そういう発言は、とても重要だ。そう思うと、こうしたアフタートーク(調査や考察の言葉)と上演を混在させたような発表のスタイルがあってもいい気がする。アフタートーク(この日の一回目の上演のためのこのアフタートークは、直後の二回目の上演にとっては「ビフォアトーク」でもあり、どちらの観客も聞くことができた)では「ネタバレ」という言葉が二人から頻発していた。鑑賞者にネタバレしないようにとの配慮の意識が話者たちに強くあったわけだけれど、そして確かに従来型の「舞台上演の鑑賞」にこだわるならば、その配慮は正しいかもしれない。しかし、アーカイブの前提があっての上演であるのならば、事実性を高めた方が鑑賞の質は高まるように思うのだが、どうだろう。

2017/03/29(水)(木村覚)

岩渕貞太『DISCO』

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会期:2017/03/17~2017/03/19

あうるすぽっと[東京都]

JCDN(ジャパン・コンテンポラリー・ダンス・ネットワーク)が主催する「踊りに行くぜ!!」II(セカンド)は、今年度のプログラムで一旦終了するそうだ。全国をコンテンポラリー・ダンスの上演が巡回する「踊りに行くぜ!!」は、これまで振付家を鍛え、地域にダンスを紹介する大きな役割を果たしてきた。今年度は、アオキ裕キ、山下残、黒田育世と並んで岩渕貞太の上演があって、これが凄まじいものだった。タイトルから連想される通り、アップテンポのポップソングが爆音で流されるなか、岩渕がひとりで踊った。これまでの岩渕は、緻密な身体へのアプローチによって生み出される運動に定評があり、その分、方法に忠実でストイックな印象も受けていた。今作では、そうした活動の軌跡を一旦脇に置きそこから距離をとって、まるで皮が破けて剥き出しの岩渕が出現したかのようだった。途中、リミックスの施された『ボレロ』を背景に流しながら、ニジンスキー『牧神の午後』のポーズをゆったりとした動作で決めると(ライブで岩渕を撮影した映像が舞台奥の壁にディスプレイされ、複数の岩渕の姿が群舞を形作っていた)、官能的なエネルギーが岩渕の身体に充填されてゆくようだった。音楽に刺激されて、岩渕の身体が痙攣の波立ちを起こす。すると美しく柔軟な岩渕の身体が異形の怪物に見えてくる。舞台というものが、どんなケッタイなものでも観客の目の前に陳列してしまう貪欲で淫らなものでありうることを、久しぶりに確認できた時間だった。ダンスは「表象」という次元を超えて生々しく、怪物を生み出す。岩渕の「怪物性」はとくに「呼吸」にあった。音楽の合間に低く(録音された)呼吸音が流れた。それと舞台上の岩渕が起こす呼吸の音。呼吸は命の糧を得る行為であるだけではなく、声や叫びのそばで生じているもの。だからか、吐く息吸う息は観客を翻弄し、縛り付け、誘導する。その意味で白眉だったのは、顔を客席に向けた岩渕が何か言いたそうに微妙に口を震わすシーン。声が出ず、しかし、声が出ないことで観客は出ない声の形が知りたくなり、ますます岩渕が放っておけなくなる。魔法のような誘惑性が舞台をかき乱した。さて、岩渕のではない呼吸音は、どこから、誰が発したものなのだろう。結論はないが、二つの呼吸音が響くことで、舞台は重層化し、舞台の読み取りに複数性を与えていた。尻餅をつき、脚が上がると不思議な引力がかかってでんぐり返ししてしまうところや、とくに四つん這いの獣になって徘徊するところは、故室伏鴻の踊りを連想させられた。「踊りに行くぜ!!」のプログラムとしては、ほかに路上生活経験者との踊りを東池袋中央公園で見せたアオキ裕キ、力のこもった美意識をみっちりと詰め込んで「鳥」をモチーフにして踊った黒田育世、「伝承」をテーマに師匠から振り付けを伝授される人間の戸惑いをコミカルに描いた山下残の上演があった。どれも、わがままで強引な振付家の意志が舞台に漲っており、舞台芸術としてのダンスの異質性を再確認されられる力強い作品だった。ダンスってヘンタイ的でキミョーなものなのだ。そうだった。

2017/03/18(土)(木村覚)

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団『カーネーション─NELKEN』

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会期:2017/03/16~2017/03/19

彩の国さいたま芸術劇場[埼玉県]

わずかな違和感がずっと消えなかった。かつて本作は1989年に日本で上演された(初演は1982年)ことがある。筆者は今回が本作初見、でも、90年代以降のバウシュの上演はほとんど見てきた。違和感の正体は、そこにバウシュ(2009年逝去)がいないという感覚である。だからと言って、あそこがなっていないとか、はっきりと不十分と思われる箇所があるというのではない。けれども、どこかヴァーチャルな上演とでも言いたくなるような感触が、見ている間ずっと消えなかった。もちろん、作家の死後に上演(演奏)される作品などいくらでもある。慣れの問題かもしれないが、バウシュの舞台を見るとき、筆者はバウシュの目を常に意識していた、ということなのだろう。あとひとつ思うのは、バウシュの戦略が今日どう映るかということだ。バウシュの「タンツテアター」は意味の宙づりにその戦略がある。バウシュの舞台はほとんどどの作品も、小さなシーンが複層的に重なり進んでゆく。例えば、本作には、男二人が代わりばんこに頬を殴り、殴った頬にキスをするといったシーンがあった。これは暴力なのか愛なのか。単純に二者択一ではない「宙づり」が舞台を知的に躍動的にする。この「宙づり」をかつての筆者だったら「戯れ」の肯定として受け取っていたことだろう。とはいえ、いまそれは「大人の子供化」に映ってしまう。大人の子供化が凄まじく世界を席巻しているのが、いまだ。その時代の中では、かつての「知的な遊び」は「非知的な後退」あるいは「本質的な問いの回避」に見えてしまう。そう見るのを避けたければ、バウシュの試みを歴史的な遺産として受容するのが賢明な態度といえるのかもしれない。バウシュはいまや懐メロなのである。そして、バウシュが(ある種の)コンテンポラリー・ダンスの創始者であったとすれば、明らかに、コンテンポラリー・ダンスは過去のもの、歴史的なものとなったのだ。

2017/03/17(金)(木村覚)

砂連尾理『猿とモルターレ』

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会期:2017/03/10~2017/03/11

茨木市市民総合センター・クリエイトセンター[大阪府]

6年前のこの日、この時(開演は14:30。地震発生は14:46)、東日本大震災があった。舞台はゆるやかな女たちの会話で始まる。公民館で駄弁っているかのように、静かにあの日のことを振り返る。そして、客席に向けて黙とうが促される。女たちと観客は一斉に目を瞑る。温かさと悲しさが一挙に去来する。目を開けると女たちの何人かは涙を流していた。砂連尾理が被災地を訪ね、そこで感じたことをダンスに変換したのがこの作品。北九州、仙台と公演は続き、今回は砂連尾の暮らす大阪茨木市での上演となった。テーマにまっすぐ向き合ったダンスは、仙台では客席に緊張を生み出すところもあった。茨木では緊張はまた別のニュアンスを帯びていたというべきかもしれない。頻繁に出てくるモチーフは「別れのダンス」と呼ばれ、二人が手をつなぎ、そのつないだ手だけでバランスをとり背中を重力に任せる。重さに手が離れ、二人は背中を床に倒れる。シンプルな動きだが、それが「東日本大震災」のコンテクストに絡むと、猛烈な絶望感や悲しみが喚起される。とはいえ、砂連尾と垣尾優の男二人がまじめにやればやるほど、滑稽にも見えてくる。実際いくつかの場面では、正直な笑いが会場を包むこともあり、この作品が「被災地」へのステレオタイプなイメージをただなぞるといった類の舞台でないことは、客席がちゃんと受け止めているようだった。とはいえ、被災地から遠いゆえの難しさもあったかもしれない。何度かのワークショップを経て、地元の高校の演劇部がこの舞台には参加していた。取材で知ったことだが、本作を受け止め難く感じた学生の親族もいたようだった。本作の重要なテーマに「継承」がある。直接出来事を経験しなかった者が、その出来事をどう継承し得るか。ほかならぬ砂連尾は非被災者だ。その彼が、出来事のなかの何かを「継承」しようとして、そして高校生たちがそれを「継承」する。この尊くも難しい試みに本作の賭けはある。もうひとつ茨木公演独自の要素にnookの参加があった。nookは仙台に移住して創作活動を行なう団体であり、彼らも砂連尾と同様、非被災者という立場から震災という問題の継承に挑んでいる。本公演の記録を行なう酒井耕はあえて舞台上に入り込んで撮影を実施し、瀬尾夏美は舞台に小説『二重のまち』を持ち込んだ。小説は2031年から震災を見つめる。その言葉を高校生たちが大きな声で読んでいく。高校生はもはや生き物として美しい。この美しさと絶望と悲しみとユーモアとが混ざり溶け合うというよりは同居している。伴戸千雅子と磯島未来が、それらをつないでゆくように踊った。踊りというものは、つながらないものをゆるやかにつないでゆく。ものすごい力技だが、踊りにはそれができる。その力を久しぶりに見たという気がした。

2017/03/11(土)(木村覚)

西尾佳織ソロ企画『2020』

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会期:2017/03/09~2017/03/12

「劇」小劇場[東京都]

初演では、作・演出・主演を西尾佳織がすべて行なったという本作、今回は3公演を3人の役者がひとりずつ演じた。幼少期の自分を西尾が振り返っているという戯曲の形式からすると、西尾ではない役者の身体が西尾の内面を語るかのような設えになっていた。いくつかのエピソードは「生きづらさ」に関連していた。例えば、小学生の頃、パン工場見学でもらった食べ物をバスの中で投げ合っている男子に乗せられて、ついお手玉をしたという逸話。その「罪」に後で苦しめられた、と振り返る。あるいは、マレーシアで過ごした子供時代によごれや雑さに耐性がついた分、本来の自分の清潔への意識に気付けなくなっていたなんて話。主体性が揺さぶられるような不安定さを丁寧に個人史のなかから掘り返す、そんな言葉で場が満たされた。ところで、ぼくが惹きつけられたのは、当日パンフのテキストだった。「稽古をしながら、人はそれぞれなんと違っているんだろう!」と3人の役者に演出する際の気づきを西尾は紹介してくれていた。そこで「どうにも動かしがたい「その人のその人性」を見」た、と。西尾が「西尾」性を発揮した戯曲にチャレンジすることで、役者がその人性を発出する、ということが面白い。このことを観客の側でちゃんと実感するには、役者3人のバージョンすべてを見なければならないだろうけど、ぼくはこの体験こそしてみたいと思った。もちろん、時間があればできることだが、ぼくにはその時間がなかった。もし、このことに焦点が絞られたら、三者が順々にひとつのセリフを演じていくような、そんな舞台もあり得たことだろう。あるいは、こういう発見がある稽古場というのは、じつにすぐれた劇場だと思わされる。いわゆる劇場は稽古場でのような発見をどちらかというと、二の次にするものだ。とすれば、稽古場から排除されている観客というのは、豊かな発見の上澄みを舐める役を与えられた人間ということになるのかもしれない。

2017/03/10(金)(木村覚)

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