2017年09月15日号
次回10月2日更新予定

artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

渡辺篤 ヨセナベ展

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会期:2014/06/28~2014/07/19

Art Lab AKIBA[東京都]

いま、グラフィティのメッカは渋谷でも新宿でもなく、浅草橋である。とりわけ総武線の高架下には、質的にも量的にも、すぐれたタギングが多い。もちろん、それらは法的には違法行為であり、すべてをアートとして評価することはできないが、だとしても私たちの視線を鍛え上げる魅力的な触媒であることに違いはない。
その浅草橋と秋葉原のあいだにある会場で美術家の渡辺篤の個展が催された。今回発表されたのは、そのグラフィティをはじめ、宗教団体、ホームレス、右翼の街宣車などを主題とした、おびただしい作品群。卒制として発表された池田大作の巨大な肖像画から近作まで大量に展示されたから、ほとんど回顧展のような展観である。
それらの主題は、確かに私たちの社会的現実に即している。けれども同時に、私たちの多くが、それらを正視することを避けがちでもある。まさしくグラフィティがそうであるように、私たちは見ているようで見ていない。ホームレスのブルーシートハウスも、右翼の街宣車も、視界には入っているが、決して焦点を合わせようとはしない。渡辺の視線は、そのような社会の隙間に埋もれがちな対象を、じつに鮮やかに切り出してみせるのだ。
それは一方で批評的な身ぶりとも言えるが、他方で偽悪的ないしは露悪的な振る舞いとも言える。溜め込んだ鼻くそを固めた金の延べ棒や、枯山水を主題にしながらも庭石をブルーシートで覆った屏風絵などは、ある種の批評性を求める人びとにとっては痛快な作品だが、ある種の美意識をもった方々には到底受け入れられない代物だろう。その微妙なラインを渡辺は巧みに突いている。
とはいえ、渡辺の真骨頂は必ずしもそのような悪意のある批評性にとどまらない。それは、むしろ渡辺の視線が、グラフィティであれホームレスのブルーシートテントであれ右翼の街宣車であれ、そして現代アートであれ、すべてを等しく「表現」として見ている点にある。行政によって壁に貼付された落書き禁止の通告書をていねいに写生し、現物の横に一時的に掲示したうえで、額縁に収めて会場で発表した作品は、シミュレーションには違いないが、そうすることで通告書にひそむ「表現」を導き出したとも言える。無味乾燥で抽象化された通告書を見ても、それがどこかの誰かによってつくられた表現であるとは思わない。けれども、すぐれたグラフィティを目の当たりしたとき、その作者の存在に思いを馳せるように、渡辺は通告書ですら紛れもない表現であることを、その精巧なシミュレーションによって浮き彫りにしたのである。

2014/07/10(木)(福住廉)

背守り・子どもの魔よけ展

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会期:2014/06/05~2014/08/23

LIXILギャラリー 1[東京都]

「背守り」とは、子どもの着物の背中につけた、魔よけのお守りのこと。着物の背中の縫い目には背後から忍び寄る魔物を防ぐ霊力が宿っていると考えられていたが、子どもの小さな着物は身幅が狭いため背縫いがない。そこで、わざわざ縫い目を施して魔よけとし、子どもの健やかな成長を願う風習が生まれた。着物を日常的に着ていた戦前の頃まで、こうした習俗は日本各地で見られたという。
本展は、その「背守り」の多彩な造形を見せる展覧会。実物の「背守り」のほか、関連する資料もあわせて60点あまりが展示されている。
一口に「背守り」といっても、その造形はさまざま。襟下にわずかな糸目を縫ったシンプルなものから、四つ菱文や桜文を刺繍したもの、あるいは端切れや長い紐を縫いつけたものまで、じつに幅広い。なかにはある種のアップリケのように押絵細工を施したものまである。たとえば襟下につけられた立体的な亀の「背守り」はなんだかやり過ぎのような気がしなくもないが、それだけ愛情が注がれているということなのだろう。他にも麻の葉模様の藍の着物に赤い糸目を縫ったものは配色が美しいし、俵で遊ぶ鼠の刺繍を入れるなどユーモアあふれるものもある。無名の、おそらくは母親たちによる、優れた限界芸術を目の当たりにできるのだ。
こうした造形は、社会の西洋化に伴い、次第に姿を消していった。「背守り」を必要としない現在の社会は、子どもを慈しむ気持ちを「背守り」のような手仕事によって表現することのない社会であり、「背守り」が依拠する霊魂観を必要としない社会でもある。私たちが失ってしまったもののありかを確かに思い知ることができる展覧会だ。

2014/06/19(木)(福住廉)

前原冬樹 展「一刻」

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会期:2014/05/28~2014/06/04

Bunkamura Gallery[東京都]

三井記念美術館で7月13日まで開催中の「超絶技巧! 明治工芸の粋」展は、安藤緑山をはじめ並河靖之や濤川惣助、正阿弥勝義、柴田是真など、文字どおり金銀珠玉を集めた展覧会。現在ではほぼ再現不可能と言われる超絶技巧の粋を間近で堪能できる貴重な機会だ。
興味深いのは、そうした数々の逸品が、多くの場合、無名の職人たちによって制作されたものだという事実である。正体が謎に包まれている安藤緑山は別として、並河靖之は本人が直接手を掛けていたわけではないし、薩摩焼の精巧山や錦光山も窯の名称だ。蛇や昆虫などが可動する自在置物の明珍という名前も、甲冑師の流派を指している。特定の個人による作品に普遍的な価値を与える近代的な芸術観とは対照的に、明治工芸の多くは優れた技術と才能に恵まれた無名の職人たちによる集団制作だったのだ。
明治工芸の技術は残念ながら継承されることはなかった。けれども、その類まれな質を、いまたったひとりで追究しているのが、前原冬樹である。前原が彫り出す造形はおおむね一木造り。板の上でつぶれたカマキリや、鉄板の上に置かれた折り鶴、平皿に載せられた食べかけの秋刀魚などを、すべてひとつの木の塊から彫り出している。寄木細工のように組み合わせるのではなく、あくまでも一木にこだわる執着心がすさまじい。しかも油絵の具で精巧に着色しているから、木材の材質感を感じさせずに事物を忠実に再現しているのだ。
前原の作品の特徴は、過去への志向性にある。錆びついた空き缶やトタン板、そしてセミの抜け殻。過ぎ去りし日を思い偲ばせるような叙情性が強く立ち現われている。侘び寂びと言えば確かにそうなのかもしれない。だが、あえて深読みすれば、前原は途絶えてしまった明治工芸のありかを手繰り寄せようとしているように見えなくもない。前原が木の塊に見通しているのは、たんなる郷愁ではなく、断絶された歴史、ひいてはその再縫合なのではないか。
ただ、明治工芸の職人たちが視線を向けていたのは、むしろ現在である。並河靖之や濤川惣助の七宝はヨーロッパ各国の万博で高値で売れたからこそ、あれほどまでに技術が高められたのであるし、安藤緑山にしても、当時最先端の技術を駆使しながら明治期に流入した新しい野菜や果物を制作していた。つまり、明治工芸は明治における現代アートだったのだ。
だからといって前原の作品が現代アートでないというわけではない。あらゆる歴史が過去を振り返りながら未来に進むように、同時代のアートには現在と過去、そして未来が混合しているからだ。であれば前原は未来をも彫り出していることになる。明治工芸から前原冬樹の系譜は、高村光太郎や荻原碌山以来の近代彫刻とは異なるもうひとつの歴史であり、それが現在再生しつつあるとすれば、「彫刻」はいよいよ相対化され、その束縛を解き放つ契機が生まれるはずだ。歴史は複数あり、さまざまな歴史がある。現代アートの歴史もひとつではない。そこに未来があるのではないか。

2014/05/30(金)(福住廉)

太田遼 武政朋子 箕輪亜希子「From the nothing, with love. ─虚無より愛をこめて─」

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会期:2014/05/21~2014/06/01

シャトー小金井[東京都]

「絵画」や「彫刻」、「建築」を根本的に疑うこと。それぞれのジャンルに内在する文法や文脈を無邪気に踏襲して「新しさ」を吹聴するのではなく、それらを内側から徹底的に再検証すること。昨今あまり見かけなくなった仕事に熱心に取り組んでいるのが、太田遼と武政朋子、そして箕輪亜希子の3人である。
会場に入ると、白い通路が一直線に伸びている。一方の壁にはいくつかのドアが設えられているが、大半はこの会場にはなかったものだ。作品のありかを探しあぐねていると、長い通路を回りこんだところで合点がいった。通路に見えたのは仮設の壁面で、裏側には木材が剥き出しのまま、いくつかの絵画作品が展示されていた。ドアもフェイクだから、もちろん開かない。通常であれば絵画は白い壁面に展示されるが、この場合はむしろ裏と表が逆転しているわけだ。空間の内側と外側を巧みに反転させる太田遼ならではの快作である。
その剥き出しの壁面に展示されていた武政朋子の作品は、一見すると茫漠とした色面が広がる抽象画のようだが、よく見ると不規則な点線が描かれている。これらはもともと武政が描いた過去の絵画作品の表面を削りとり、点によってトレースしたもの。とりわけ際立つ十字のようなかたちは、キャンバスを裏側で支える木枠の痕跡だという。自らの絵画を分解して再構成すると言えば聞こえはいいが、そのような安易な形容を許さないほど強い身体性を感じさせている。文字どおり「身を削る」ような彫刻的身ぶりによって、武政は絵画を更新しようとしたのかもしれない。
彫刻の箕輪亜希子が発表したのは、写真作品。日常的な風景を切り取ったスナップ写真だが、それらの画面は人の顔の造作に見えなくもない。無機的な風景に人の顔を重ねて見る写真は多いが、箕輪の写真はその重複をわずかにずらしているから、たんに偶然の一致を喜ぶような写真ではない。他の作品で陶器を割り、再びつなぎあわせる行程を何度も繰り返しているように、箕輪の関心は「かたち」を疑い、「かたち」を弄り出すことにあった。人の顔に見えなくもない写真作品は、その「かたち」と「かたち」のはざまを写し出しているのである。
もはや既存のジャンルを無批判に信奉することはできないにしても、その圏外に容易には抜け出し難いこともまた否定できない事実である。それゆえ、美術を学んでしまった者たちの多くは、内側に立ちながら、外側へ突き抜ける造形をつくり出すことを余儀なくされる。その際、考えられるひとつの選択肢として、言語化しえない領域に降りる方法があるが、しかし彼らはそうはしない。意味や言葉が生まれる前の状態に立ち返るのではなく、ジャンルを内破する構えをあくまでも自己言及的に保持するのだ。だから彼らがそれぞれのジャンルで何をしようとしているのか、それらをどのように塗り替えようとしているのか、鑑賞者にはよくわかるのだ。ジャンルは作品のつくり手だけで成り立っているわけではないのだから、深みに降りていくのではなく、受け手とともに外側へ向かおうとする彼らの姿勢は誠実であるし、期待が持てる。

2014/05/23(金)(福住廉)

映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める

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会期:2014/04/22~2014/06/01

東京国立近代美術館[東京都]

ベルギー出身のアーティスト、マルセル・ブロータースを中心に国内外のアーティストによる映像作品を展示した展覧会。興味深かったのは、展覧会のコンセプトと展示構成が照応していたこと。会場中央のブロータースの部屋から四方に向かって暗幕の小道がいくつも伸び、その先にそれぞれの参加作家の作品が展示された。暗闇の道を歩いて映像を訪ね歩く鑑賞方法が面白い。
とりわけ注目したのが、エリック・ボードレールとピエール・ユイグ。前者はパレスティナの風景やさまざまなイメージを映しながら、パレスティナ解放戦線に身を投じた重信房子の娘メイと、重信に合流した映画監督の足立正生による語りを聞かせる作品だ。映像化されていない27年間という時間について足立とメイが口にする言葉と、それらにあわせて映し出される映像は直接には対応していない。けれどもその音声と映像が脳内でまろやかに溶け合うとき、眼前の映像とはまったく別の映像を見ているような気がしてならない。映像を見ていながら、実はもうひとつ別の映像を見ているのだ。もちろん、それは単なる眼の錯覚なのかもしれないが、しかしそれこそが紛れもない映像詩と言うべきだろう。言葉の奥にイメージを見通すのが詩であるとすれば、エリック・ボードレールの映像作品は確かに映像の向こうを垣間見させたからだ。1時間ほどの尺がまったく苦にならないほど濃密で洗練された詩情性が実にすばらしい。
一方、ピエール・ユイグの作品の主題は、銀行強盗。1970年代にニューヨークで起きた銀行強盗事件の犯人に、当時の現場を再現したセットで証言させた。行員や警備員、警察官役のエキストラに指示を出しながら事件の経緯と内情をカメラに向かって話す犯人の男の口調はなめらかで意気揚々としている。だが、時折差し込まれる同事件に着想を得た映画『狼たちの午後』からの引用映像や、当時の現場を報じるテレビのニュース映像は、基本的には犯人の証言に沿いながらも、正確にはわずかにずれており、犯人が詳らかに語れば語るほど、その微妙な差異が逆説的に増幅していくのだ。おそらくピエール・ユイグのねらいは事件の真相を解明することにあるのではない。さまざまな視点による複数の映像を縫合することなく、あえて鑑賞者の眼前にそのまま投げ出すことによって、私たちの視線を映像と映像の狭間に導くことにあったのではなかったか。映像を見る快楽とは、視線がその裂け目にゆっくりと沈んでいくことに由来しているのかもしれない。
両者は、方法論こそ異なるとはいえ、ひとつの共通項を分有していた。それは、視線の焦点が映像そのものにあるのではなく、その先に合わせられているということだ。そこに、映像表現を楽しむための手がかりがある。

2014/05/17(土)(福住廉)

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福住廉

1975年生まれ。美術評論家。著書=『今日の限界芸術』共著=『フィールド・キャラバン計画へ』『ビエンナーレの現在』『道の手帖 鶴見俊輔』。

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