artscapeレビュー

小吹隆文のレビュー/プレビュー

谷原菜摘子展──私は暗黒を抱いている

会期:2016/12/13~2016/12/25

ギャラリー16[京都府]

黒や赤のベルベットに、油彩、ラメ、スパンコール、ラインストーンなどを駆使して、毒々しいまでに妖艶な世界を描き出す谷原菜摘子。若干27歳でいまも京都市立芸術大学大学院博士課程に在籍していながら、すでに各方面から高い評価を得て受賞歴もある彼女が、新作個展を行なった。作品に登場する人物は作家本人に似ているが、それもそのはず、彼女の作品は自身に内在する負の記憶やルサンチマンを、現代の社会問題とリンクさせて吐露したものなのだ。例えば《バイバイ・パラダイス》という作品では、世界に吹き荒れる紛争や難民問題はどこ吹く風で高級ファッションに身を包んだ女性たちが登場する。彼女たちは自分の身体が砂となって消えつつあるのに、それに気づかぬまま所在なげに立ち尽くすのみだ。また《アイアム・ノット・フィーメール》は、谷原が10代の頃に抱いていた、自分が女性であることの嫌悪感を表現した作品。男装の女性が自分の髪と乳房を切り取って血まみれのまま座ってこちらを見つめている。このように自身の心の闇を吐き出すように描き切るのが谷原の特徴だ。煌びやかな画面は傷ついた心を慰撫するための、一種の荘厳なのだろう。自身の内実をあけすけに語る作家はほかにもいるが、ここまで強力な個性を持つ作家は稀だと思う。個展の度に感心させられてきたが、今回もこちらの期待を遥かに上回った。

2016/12/13(火)(小吹隆文)

裏腹のいと 宮田彩加

会期:2016/12/10~2016/12/25

Gallery PARC[京都府]

宮田彩加は手縫いやミシンによる刺繍作品を制作しているアーティストだ。なかでもミシンを用いた作品には特徴がある。彼女は昨今のコンピューター付きミシンを用いているが、画像を取り込む際に意図的にバグを生じさせ、当の本人でさえ予想がつかないイメージを作り出すのだ。本展では、自身の頭部MRI画像をモチーフにした3連作、胸部、第三頸椎などをモチーフにした作品などの新作と、野菜をモチーフにした旧作が出品された。旧作と新作を見比べると、手法の発展が明らかに見て取れる。なかでも出色なのは頭部MRI画像の3点だ。それらは刺繍でありながら支持体(布)を必要としない自立した造形であり、宙吊りにされることによって作品の表と裏が等価なものとして扱われていた。つまり、染織であるのと同時に、版画、写真、彫刻などの要素も併せ持つ、それでいてどのジャンルにも収まらない立ち位置を獲得したのである。画廊ディレクターは「鵺(ぬえ)のような作品」と呼んだが、筆者もまったく同意する。宮田はこれまでも積極的な活動を行なってきたが、今回の新作をもって新たなスタートラインに立ったのではなかろうか。

2016/12/13(火)(小吹隆文)

須藤絢乃写真展 てりはのいばら

会期:2016/11/09~2016/12/10

芦屋市谷崎潤一郎記念館[兵庫県]

少女漫画の登場人物を思わせるユニセックスな人物像や、プリクラやデコ文化に見られる変身願望を反映した写真作品で知られ、2014年には16人の行方不明の少女に扮した作品《幻影》で、キヤノン写真新世紀のグランプリを受賞した須藤絢乃。芦屋市谷崎潤一郎記念館で2度目の個展となる本展では、谷崎潤一郎の代表作『細雪』の4姉妹に自らが扮した作品6点を発表した。作品には、同館所蔵の谷崎の遺品や、かつて谷崎が住んでいた邸宅、船場育ちの須藤の祖母が大切にしてきた着物や小物も見られ、彼女が『細雪』を通して感じた阪神間モダニズムの時代と近代女性像が窺えた。作品はカラー写真だが、往年の総天然色映画あるいは初期のカラー写真の色調が採用され、時代を超越したマジカルな雰囲気に。和風のしっとりした世界観でも独自の作風が貫かれており、成長がしっかりと感じ取れた。なお、同館では今後も継続して須藤の個展をなう予定。次回の個展がいまから楽しみだ。

2016/12/10(土)(小吹隆文)

台北 國立故宮博物院─北宋汝窯青磁水仙盆

会期:2016/12/10~2017/03/26

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]

台北の國立故宮博物院から、「神品」あるいは「人類史上最高のやきもの」と称される北宋汝窯青磁水仙盆4点と、清時代につくられた精巧なコピー1点、それらの付属品が来日。大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する北宋汝窯青磁水仙盆1点と合わせて展示された。これらの作品を見たときに私が思い出したのは、数十年前の学生時代に購入したジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団のLPレコードに、評論家の吉田秀和が執筆したライナーノーツだ。そこではセルの音楽性を元宋から明清の陶磁器や北宋画にたとえ、「あのひんやりした清らかさと滑らかな光沢を具えた硬質の感触」、「茶の湯で尚ばれる不規則な曲線にみちたいびつで、ざらつく手ざわりの茶碗とは正反対の美学」と記されている。本展を見た瞬間、私の脳裏にその一文がよみがえり、「あぁ、吉田秀和が言っていたのはこれか」と納得した。率直に言って、私は北宋汝窯青磁水仙盆の真価を理解できていない。しかし、吉田秀和の一文とセルの音楽を頼りに本展を見ることで、ある種の感慨に浸ることができた。そこには、完全なるものへの飽くなき希求とその結実が確かにあった。

2016/12/09(金)(小吹隆文)

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愛しのいきものたちへ 金尾恵子 原画展 絵本・科学読み物誌など40年の軌跡

会期:2016/11/29~2016/12/07

ワイアートギャラリー[大阪府]

金尾恵子は大阪出身の画家で、1970年頃から図鑑、幼年雑誌、科学読み物、絵本のために、動物画(鳥、魚、昆虫、両生類も含む)を描いてきた。アーティストとして別種の作品も制作しているようだが、本展では40年来描きためた動物画に絞って個展を行なった。私は子供の頃から図鑑が大好きだったので、その原画を生で見て大興奮した。図鑑の絵は現代美術と違って、ややこしいコンセプトがないのが良い。大事なのはひたすら事実に忠実なことだ。だから個性など不要なのかと思いきや、それでも描き手ごとに独自の画風があるというのだから興味深い。出そうとしなくてもおのずから滲み出るのが個性ということか。オリジナリティー病にかかっている現代美術作家は、時々こういう絵を見て「個性とは何か」を再考するのが良いだろう。

2016/12/02(金)(小吹隆文)