2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2011年09月15日号のレビュー/プレビュー

垂見健吾「新琉球人の肖像」

会期:2011/07/27~2011/08/05

えすぱすミラボオ[東京都]

沖縄・那覇在住の写真家、垂見健吾は、1993年に『琉球人の肖像』(スイッチパブリッシング)という写真集を刊行した。沖縄に生きる人びとを4×5インチの大判カメラで正面から撮影したポートレートのシリーズだが、タイトルが示すように今回の「新琉球人の肖像」はその続編にあたる。
だが見た目の印象はかなり違う。以前はモノクロームだったが、今回はカラーフィルムで撮影しているので、はっとするような華やかな色彩が画面にあふれている。また、被写体になっているのは世界各地に移住した「琉球人」の2世~4世たちで、外観はほとんど西洋人という人もいる。つまり「タルケン」こと垂見健吾がもくろんでいるのは、従来の「琉球人」の枠を拡大して、「血的文化的な混じりあい」によって生まれた「新しいうちなーんちゅ」のあり方を、写真を通じて探り出すことなのだ。その意図はかなりうまく実現されているのではないだろうか。三線、太鼓のような楽器や、エイサーや空手のような身体表現、またウチナーグチ(沖縄ことば)の伝承を通じて、父祖たちの文化とつながっていこうとする「新琉球人」の思いが伝わってくるいいシリーズだと思う。ただ、まだ被写体となる人たちの数が少なく、地域的にもハワイやアメリカに片寄っている。もう少し長く続けることで、より広がりとふくらみを備えたシリーズとして成長していくのではないだろうか。
そういえば、2011年3月~5月に開催された高桑常寿「唄者の肖像」展(キヤノンギャラリーS)も、4×5インチ判のカメラによるポートレートのシリーズだった。沖縄の人たちの力強いくっきりとした顔貌は、大判カメラの精密描写でもびくともしない存在感があるということだろう。ただし、高桑の「剛」に対して垂見の「柔」というか、対象のつかまえ方には違いがあると感じた。

2011/08/02(火)(飯沢耕太郎)

荒木経惟「彼岸」

会期:2011/07/22~2011/09/25

RAT HOLE GALLRY[東京都]

以前もこの欄で書いたことがあるが、荒木経惟の作品世界の基本原理は「エロトス」である。エロス(生、性)とタナトス(死)へ向かう力は、彼の作品のなかで引力と斥力のようにせめぎあっており、そのバランスはぎりぎりの緊張感において保たれてきた。ところが、RAT HOLE GALLRYで開催された今回の「彼岸」展を見ると、そのバランスが微妙に壊れはじめているように感じる。タイトルが示すように、タナトスへの指向が作品全体を覆い尽くしはじめており、エロスの躍動や華やぎが影を潜めているように見えてくるのだ。
展示作品は「彼岸」(モノクロームとカラー)、「楽園」の二つのシリーズである。「彼岸」の中心になるのは走行中、あるいは停車中の自動車の窓越しに撮影した写真群で、これまでも1990年代から「クルマドトーキョー」と題して発表されてきた。だが以前にも増して、今回展示された写真群には不思議な浮遊感が漂っている。魂がふわふわ漂いながらどこか遠くに飛び去って行くような気配というべきだろうか。その「彼岸」の眼差しをずっと辿っていくと、次第に現実感が薄れ、向こう側に連れ去られそうになってくる。なんとも怖い、背筋が凍る写真としか言いようがない。
「楽園」はおなじみのバルコニーと花のシリーズ。だが、「楽園」というタイトルが皮肉に見えるほどの、饐えた荒廃の雰囲気が画面全体を支配している。以前はチャーミングな魅力を発していた人形や恐竜のフィギュアも。不気味なオブジェに変質してしまった。このヒエロニムス・ボッシュ風のグロテスクな世界は、むしろ現代の「地獄絵」のようにすら見える。とはいえ、ずっと見続けているとなぜか笑いがこみ上げてくる。いっそ地獄の底の底まで見せつけてやるという「写狂人」荒木の心意気が伝わってくるのだ。こうなったら、行くところまで行っていただくしかないだろう。

2011/08/03(水)(飯沢耕太郎)

あいちトリエンナーレ2013芸術監督就任記者会見

会期:2011/08/04

愛知芸術文化センター 12F アートスペースA[愛知県]

私事だが、第二回となるあいちトリエンナーレ2013の芸術監督に就任し、大村秀章県知事を表敬訪問した後、愛知芸術文化センターにて、記者会見を行なった。決まってすぐだったために、まだ固まったコンセプトではなく、超前衛と大衆性、空間と場所の力を引きだす、街なか展開の拡充、東日本大震災を意識したものなど、幾つかの抱負を語る。3年前の記者会見が厳しい場だったと聞き、なぜ建築の専門の人が選ばれたのか? などの質問を覚悟していたが、第一回のトリエンナーレの成功のおかげだろう。プレスは基本的に歓迎し、期待している雰囲気だった。ともあれ、これからしばらく名古屋への出入りが多くなる。今月は愛知県の新しいアートスポットを多く紹介しよう。

2011/08/04(木)(五十嵐太郎)

ヨコハマトリエンナーレ2011/新・港村 小さな未来都市

会期:2011/08/06~2011/11/06

横浜美術館ほか/新港ピア[神奈川県]

オープニングのレセプションはすごい人出だった。常設でなじみのあるシュルレアリスムの作品などをあいだに挟みながら、新作を置くために、拡大された常設展のようにも見える。横浜美術館の中央の大空間を活用する作品がなかったのは残念だ。連動企画である新・港村は、会期中に発展・変化していく街をイメージした会場だが、オープニングのときは半分近くのブースがまだアンダーコンストラクションの状態だった。建築系ラジオのブースも間に合わず、一週間遅れのスタートとなる。

写真:新・港村「建築系ラジオブース」

2011/08/05(金)(五十嵐太郎)

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松本尚 展「サルタヒコとアメノウズメ」

会期:2011/08/02~2011/08/14

アートスペース虹[京都府]

日本神話に登場するサルタヒコとアメノウズメをテーマにした松本尚の新作展。ギャラリーの壁面全体に貼られた黄色と黒の壁紙は、そのインパクトも強烈なのだが、近づいて模様をよく見ると顔のパターンは反転図形になっており、地(背景)に猿のモチーフが隠れていた。神話の物語を象徴する鏡や仮面が描かれたドローイングのなかには、バナナのモチーフも。J・D・サリンジャーの短編小説からもインスパイアされたのだと聞いた。散りばめられたそれぞれの物語のキーワードやイメージが交錯し想像を巡らせる詩的な遊びがあちこちに潜んだインスタレーション。脱帽の個展だった。

2011/08/05(金)(酒井千穂)

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