2012年10月1日号:号で見る|美術館・アート情報 artscape

2018年08月01日号
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artscapeレビュー

2012年10月01日号のレビュー/プレビュー

The Jeweled Net: Views of Contemporary Holography

会期:2012.06.27~2012.09.28

MIT Museum[ケンブリッジ]

ホログラフィ(holography、またはホログラムhologram)とは、ごく単純に言えば3次元の立体映像が2次元の平面スクリーンに現われること。MIT Museumは世界最大のホログラム・コレクションを持ち、また定期的にアーティストを招へいし、ショーケースを開くという。今回の展覧会は社会との交流を目的に、現役のアーティストと行なった連携プログラムである。英国のエリザベス女王を描いた、ロブ・マンデー(Rob Munday)のThe Diamond Queen(2012)など、面白い作品が多数展示されていた。ひとつ残念なのは、筆者を含めほとんどの観客が作品そのもの(内容)よりさきに技術の高さに感嘆してしまうこと。だが仕方ないかもしれない。ホログラフィーはゲームや広告、映画から芸術分野に至るまで無限の可能性を秘めていることには違いない。[金相美]


1──MITミュージアム、外観


2──エントランス
3──別のブースの展示風景(Robots and Beyond Exploring Artificial Intelligence at MIT

2012/08/20(月)(SYNK)

ライク・サムワン・イン・ラブ

会期:2012/09/15

ユーロスペース、新宿武蔵野館[東京都]

アッバス・キアロスタミ監督作品。日本を舞台にした物語を、日本人俳優に、日本語で演じさせた。ただ物語とはいうものの、そこはキアロスタミの「物語」。いかにも劇的な物語を起承転結の構造によって展開させる凡百の映画とは対照的に、私たちの中庸な日常をただ切り取り、無作為のまま観客に投げ出したような映画である。無邪気で幼い悪意、束縛する狂気、愛情の押し売り。誰もがどこかで身に覚えのある人生の一場面に直面させ、にもかかわらず教訓めいたメッセージに導くことはなく、たちまち映画を終えてしまうところが、このうえなくおもしろい。この無愛想なまでの潔さは、もはやある種のエンターテイメントであると言ってもいい。その類い稀なる芸風の一方で、おそらく人生とはこんなものなのだろうという諦念を感じさせるところもまた、キアロスタミならではの「物語」なのだろう。

2012/08/21(火)(福住廉)

藤浩志の美術展 セントラルかえるステーション~なぜこんなにおもちゃが集まるのか?~

会期:2012/07/15~2012/09/09

3331 Arts Chiyoda[東京都]

藤浩志の個展。代表作《かえっこ》を中心に、これまでの表現活動を振り返る構成だが、それらを「変える」「替える」「還る」「買える」など、さまざまな「かえる」によって整理したことで、展示の構成に強力な一貫性を与えていた。藤の表現活動がつねに社会的な文脈と密接した現場で実践されてきたがために、昨今のアートプロジェクトの源流のひとつに藤がいることがよくわかる展示だった。だが、それ以上に強く思い至ったのは、藤の表現活動を構成する要素のひとつとして限界芸術が大きく作用しているのではないかということだ。ペットボトルや玩具を組み合わせて構成されたドラゴンや恐竜の造形物は、平田一式飾りのような民俗芸術と明らかに通底しているからだ。ありあわせの日用品を造形する無名の人びと。それは、《かえっこ》の集大成として見せられた、各地で集められた玩具を色別にして会場の床一面に拡げたインスタレーションにも認められた。玩具の集積の背後には、交換を楽しんだ子どもたちと、その玩具を制作したデザイナーの存在が確かに感じられたからだ(玩具デザイナーは専門的な芸術家とみなされがちだが、無名性を前提としている点では非専門的な芸術家としても考えられる)。今後は、藤浩志というひとりの作家にとどまらず、アートプロジェクトという表現形式を限界芸術の視点によって分解しながら旧来の民俗芸術と接続する研究なり批評が必要とされるのではないか。

2012/08/23(木)(福住廉)

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テマヒマ展 東北の食と住

会期:2012/04/27~2012/08/26

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

東日本大震災以後、原子力発電に依存した社会の仕組みが根底から見直されている。戦後社会の繁栄がある程度原子力エネルギーに由来していることは事実だとしても、その延長線上に、これからの社会を想像することはもはやできない。では、いったいどこに向かうべきなのか。それを考える手がかりは、もしかしたら戦後社会の成長の陰に隠されているのではないだろうか。
本展は、東北各地の「食と住」に焦点を当てた企画展。グラフィックデザイナーの佐藤卓とプロダクトデザイナーの深澤直人を中心にしたチームが東北各地の暮らしを取材、その映像と事物を会場で展示した。広い会場には、麩、凍り豆腐、駄菓子、きりたんぽ、会津桐下駄、南部鉄器などが整然と陳列され、それはまるで博物館のようだった。
一方映像は、りんご剪定鋏やマタタビ細工、笹巻などを手間暇をかけて制作する工程を美しく、しかも簡潔に映し出していた。それらを見ていると、東北各地におけるものづくりが風土と密接に関わっていることが如実に感じられたが、それは、現在の都市生活がいかに風土と切り離されているかを裏書きしていた。
こうした手仕事は、都市生活を牛耳る便利という名の合理性からは切り捨てられがちである。しかし、本展で紹介されていたように、それが私たちの身体性にもとづきながら風土のなかで確かに育まれていることを思うと、この手仕事を不便の名のもとで十把一絡げに切り捨てることはできない。むしろ、これは便利という名の合理性とは異なる水準にある、別の合理性として捉え返すことが必要なのではないか。もっと言えば、風土と身体に根づいているという点で、それは都市の文化には到底望めない、豊かな文化、豊かなアートなのではないか。
本展がやり遂げようとしていたのは、民俗をアートとして見せることである。だが、展示を見終わって改めて思い知るのは、民俗そのものがアートだったという厳然たる事実である。西洋由来のアートを輸入するより前に、私たちの風土のなかにそれはすでにあったのだ。厳しい環境を豊かに生きていくために、暮らしを美しく彩る技術。今後ますます日本社会が貧しくなっていくことが予想される昨今、これからの私たちにとっては、いわば「裏日本」の思想が目印になるのではないだろうか。

2012/08/24(金)(福住廉)

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FLESH LOVE PHOTOGRAPHER HAL写真展

会期:2012/08/04~2012/09/02

GALLERY TANTOTEMPO[兵庫県]

PHOTOGRAPHER HALは、“愛する人とひとつになりたい”という衝動をテーマに、さまざまなシチュエーションでカップルの写真を撮り続けている。そして本作ではカップルを真空パックにして撮影するという、なんとも風変わりな作品を発表した。まるでスーパーマーケットで売られる肉や野菜のようにパックされたカップルの姿は衝撃的。これこそ愛し合う二人の究極の姿とも言えるし、現代社会では愛さえも即物的なのかと絶望的な気分を味わうこともできる。なお、会場には制作風景を記録した映像も展示されており、本作の撮影には思いのほか危険が伴うこともわかった。

2012/08/25(土)(小吹隆文)

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