artscapeレビュー

2009年02月15日号のレビュー/プレビュー

新人画会展

会期:11/22~1/12

板橋区立美術館[東京都]

戦中の1943年、靉光、麻生三郎、井上長三郎、鶴岡政男、松本俊介ら8人の画家により結成された新人画会。彼らが戦中に開いた3回のグループ展の出品作品を中心に、戦前・戦後の作品もあわせて展示している。別に戦中だからって、体制翼賛的な作品がないのはもちろんのこと、反戦的な表現もなく、淡々とふだんどおりの絵を描こうとしている。それが彼らの意図だったのだろう。ただ全体に暗い印象は否めない。興味深いのは、戦前は明るい絵を描いていた人も、戦争を機に戦後も暗い絵を引きずった(または引き受けた)ことだ。そこが彼らと同世代の岡本太郎との違いかもしれない。どっちがいい悪いということではなく。ちなみに、8人のなかでは靉光が図抜けている。

2009/01/09(金)(村田真)

ERIC『中国好運 GOODLUCK CHINA』

発行所:赤々舎

発行日:2008年11月22日

エリックこと鐘偉榮は1976年に香港で生まれ、日本に来て東京ヴィジュアルアーツで写真を学び、2001年頃から作品を発表するようになった。これまでは日本や世界各地のスポットを訪れる観光客を、やや皮肉な視線で見つめ、定着する、切れ味のいいスナップショットを撮影・発表してきたが、2005年頃から中国の人々にカメラを向けるようになった。そのことで彼自身の認識が大きく転換したということを、写真集のあとがきにあたる文章で彼はこんなふうに書いている。
「そして私は、自分が香港以外で初めて感情移入のできる被写体に出会えたことに気付いた。[中略]日本で日本人を写すとき(また、諸外国で彼地の人々を写すとき)、私は、その被写体に何の感情移入もせず、その意味では外側から捉えて、ただ『おもしろさ』を基準にシャッターを切ってきていた」。
この感情移入というのは、どうやらポジティブな共感や好意だけではないようだ。「強く反発することも決して少なくないし辟易することさえもある」という。だが、どちらかといえば距離を置いた、批評的な視点から撮影されていた彼のスナップショットが、少しずつ変化しつつあることは確かだと思う。少なくとも、このような愛憎相半ばした生々しい中国人のポートレートは、エリックのような複数の国に所属している写真家でないと、なかなか撮れないだろう。こうなると、彼のホームタウンである香港の写真も見てみたい。それにはもしかすると、これまでのような出合い頭のスナップショットではない方法論が必要になるかもしれない。

2009/01/10(土)(飯沢耕太郎)

長野重一『遠い視線 玄冬』

発行所:蒼穹舎

発行日:2008年12月24日

長野重一は1925年生まれの写真家。1950年代からフォト・ジャーナリズムの最前線で活躍し、羽仁進監督の『彼女と彼』(1963)、『アンデスの花嫁』(1966公開)や市川崑監督の『東京オリンピック』(1965公開)などの映画では撮影を担当した。一時写真の現場からは離れていたが、1989年に写真集『遠い視線』(アイピーシー)を刊行。以後もコンスタントに写真集、写真展などの活動を展開している。80歳を超え、さすがに体調はあまりよくないようだが、そのスナップショットの切れ味に弛みがないことは、新刊の『遠い視線 玄冬』でも確かめることができた。
タイトルが示すように、この写真集は基本的に前作『遠い視線』の延長上にある。作品のキャプションに付された日付で見ると、1996年から2008年に撮影された街のスナップショット、151点で構成されている。長野のスナップから感じとれるのは、「知性」としかいいようのない平静沈着な視線のあり方だろう。ことさらに感情移入することなく、中心となる被写体からやや距離を置いて、周囲を取り込むように撮影していく。そこに巧まずして、時代の空気感や手触りが浮かび上がってくる。
だが写真集全体から感じとれるのは、何ともいいようのない「寂しさ」である。とりたててネガティブな場面が多いわけではなく、街を行き交い、佇む人たちの、ほっとするような場面が写り込んでいる写真も多い。にもかかわらず、孤独や寂しさがひたひたと押し寄せてくるような気配を感じてしまう。最後の2枚は品川区上大崎の自宅の窓から撮影されたもの。雷鳴が走り、ブルドーザーがクレーンで吊り下げられる──何かが壊れていく。後戻りはきかない。そんな日々の移り行きを、写真家はこれから先も静かに「遠い視線」で見つめ続けていくのだろう。
なお写真集の刊行にあわせるように写真展「人、ひとびと」(ギャラリー蒼穹舎、2009年1月8日~25日)、「色・いろいろ」(アイデムフォトギャラリー「シリウス」、2009年1月5日~21日)も開催された。前者は1960年代のポートレートを中心に、後者は長野には珍しいカラー作品を集めた展示である。どちらも彼の作品世界の意外な幅の広さと、的確でしかも遊び心があるカメラワークを楽しむことができた。

2009/01/10(土)(飯沢耕太郎)

竹山聖+アモルフ《強羅花壇》

[神奈川県]

竣工:1989年

NPOの地域再創生プログラムのメンバーが企画した新年の箱根への建築ツアーにおいて、もっとも印象に残った建築。高級料亭旅館としても有名だという。アプローチからはほとんど外観が見られず、エントランスに入ると実は6階部分で、客室はそこから降りていく。120メートルあるという大列柱廊が圧巻。金融危機のまっただ中、バブルの絶頂期に出来た建築を見るというギャップが印象的だった。そういえば、これは一種のリゾート建築ともいえる。リゾート建築は、あまり建築の本流として語られない傾向がある気がするが、その源流ともいうべきジェフリー・バワや、オーストラリアのケリー・ヒルの建築と比較すると面白いのではないだろうか。あの列柱廊、どこかでリゾート建築として似たような形式を見たような気がするが思い出せない。

2009/01/11(日)(松田達)

村野藤吾《箱根プリンスホテル》

[神奈川県]

竣工:1978年

円形という建築が、気になっていた。建築と円は相性が良いとは言えない。プランがつくりにくく、過度に幾何学的になりがちなため、どれも同じようになってしまう。にもかかわらず、僕自身が設計するときも、スタディ中のどこかの段階で、いつも必ず現われてしまう形態である。建築として成立させるためには、何らかの大きな飛躍が必要な、難しい形態であるため、形態の強さと単純さが、建築に勝ってしまう場合が多い。そのなかで、金沢21世紀美術館ほど、円形のプランが似合う建築はないと思っていた。しかし、村野の《箱根プリンスホテル》を訪れて、まったく別の可能性があることを知った。異様な存在感に圧倒されてしまった。中国の客家(はっか)のようなプロポーションの二棟の円筒形の客室棟が、湖を前に建っている姿は、言葉を失わせる幻想的なたたずまいだった。円形が有機的な形態全体を再統合していたことが、力強さを生んでいたのかもしれない。

2009/01/11(日)(松田達)

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