artscapeレビュー

2023年08月01日号のレビュー/プレビュー

ガウディとサグラダ・ファミリア展

会期:2023/06/13~2023/09/10

東京国立近代美術館[東京都]

現在も建築学科への志望動機としてガウディのサグラダ・ファミリアがときどき挙げられるように、相変わらず人気が高いことを感じさせる会場の混雑ぶりだった。日本では、数年おきくらいのペースでガウディ展が開催されているが、切り口は変化しており、装飾が注目されたり、コンピュータによる構造解析を示すなど、時代を反映している。今回は、第1章「ガウディとその時代」では19世紀末という時代背景、第2章「ガウディの創造の源泉」では彼のアイデンティティを形成した要素、第3章「サグラダ・ファミリアの軌跡」では聖堂の経済状況の推移(やはり、コロナ禍では収入が激減)、細かい造形の手法分析、最後の第4章「ガウディの遺伝子」では研究史や後の現代建築への影響(構造家へのインタビュー)などを解説し、新鮮な内容だった。もっとも、第3章のエリアに入ると、ずっと先の部屋の映像で流れる音楽がずっと聴こえたり、最初は人がぎゅうぎゅうになる高密度で、ラストはスカスカの会場のあり方が気になった。



全体模型(「ガウディとサグラダ・ファミリア展」より)



巨大な断面模型(「ガウディとサグラダ・ファミリア展」より)



ねじれを示す柱頭の模型(「ガウディとサグラダ・ファミリア展」より)



彫像(「ガウディとサグラダ・ファミリア展」より)


展示の第3章では「ガウディ時代」と「ガウディ以降」を切り分けているが、やはり現在も建設される聖堂は、彼とは別物という以前から抱く思いも改めて強くなった。だからこそ、展覧会のタイトルも「ガウディとサグラダ・ファミリア」なのかもしれない。個人的にはステファン・ハウプト監督のドキュメント映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』(2012)で描かれたように、ル・コルビュジエ、ミロ、ニコラウス・ペヴスナーらの著名建築家、歴史家、芸術家が死後の建設継続に反対声明を出したことや、彫刻の表現をめぐるクレーム、近隣との工事上の確執などにも触れてほしかった。「ひとりの天才による造形」というのは近代的な発想であり、建設時期によってデザインが変わることは、むしろ時には完成まで数百年かかるゴシックの大聖堂では当たり前のことだろう。こうした諸問題も抱きとめながら、さまざまな人の想いでサグラダ・ファミリアはつくられ、未完ながら社会的な存在になっている。もっとも、そうしたことを紹介すると、スペインから資料を貸してもらえないのかもしれない。



古い降誕の正面(2017年にバルセロナで撮影)



新しい西側ファサード/受難の正面(2017年にバルセロナで撮影)



日没直前の堂内/サグラダ(2017年にバルセロナで撮影)



公式サイト:https://gaudi2023-24.jp/

2023/07/21(金)(五十嵐太郎)

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金川晋吾『いなくなっていない父』

発行所:晶文社

発行日:2023/04/25

本書の著者・金川晋吾(1981-)は、いまから7年前に写真集『father』(青幻舎、2016)を刊行した。同書は、著者が子どものころから失踪を繰り返してきたという父親を被写体とした作品であり、刊行後さまざまなメディアで取り上げられるなど、大きな反響をよんだ。しかしその父親も、金川がこの作品を撮りはじめた2008年と2009年に一度ずつ失踪したきりで、それ以後は一度も失踪していないという。本書『いなくなっていない父』は、『father』の後日譚に相当するここ数年の記録であるとともに、『father』で定着してしまった「失踪を繰り返す父」というイメージを、作家みずから払拭することを試みたエセーである。

かつて、わたしが『father』を読んだときに何より驚かされたのは、当の写真に続く長大な「日記」の存在だった★1。そこでは、作家がこの作品を撮りはじめるにいたった理由が独白的に語られるのではなく、父親の蒸発、借金、転居、そして兄や弁護士との会話をはじめとする撮影中の出来事が克明に記述されていた。わたしがそこで得た直観は、これを文字通りの、つまり撮影の日々からそのまま垂れ流された日記として読むべきではない、というものだった。この写真集の一部をなす「日記」は、単なる作品解題でもなければ、その詩的なパラフレーズでもない、ひとつのすぐれた散文作品である。果たして『father』の刊行後、この作家の例外的な文才は、文芸誌などのさまざまな媒体で発揮されることとなった。

その筆力は、本書『いなくなっていない父』においても遺憾なく発揮されている。著者は、とくに奇をてらったことを書いているわけではまったくない。むしろ本書は、家族をめぐって、あるいはかつての『father』という作品をめぐって、おのれが経験したこと、あるいはそこで考えたことを、ただ淡々と記録しているといった風情の散文である。だから、本書を一読したときの印象は、『father』のそれと同じく「日記」に近い。にもかかわらず本書が強い印象を残すのは、文章による観察と記録の水準が、一般的なそれと比べて著しく際立っているからだろう。

本書は、写真家が作品を通していちど定着させたイメージ(=「失踪を繰り返す父」)を、文章によって払拭する(=「いなくなっていない父」)という試みとしても、きわめて興味深い。芸術作品──とりわけ写真作品──というのは、往々にして対象の生をひとつのかたちに固定しがちである。むろん、これを回避するために、同じ被写体を数年、数十年のスパンで継続的に撮影する写真家もいる(A1, A2, A3…)。これに対して本書は、かつてのイメージ(A1)を新たなイメージ(A2, A3…)によって更新するのではなく、それとまったくオーダーを異にする文章(B)によって複層化しようとする稀有な試みである。すくなくとも本書は、写真家の単なる余技とみなされるべきではなく、みずからの作品に対して明確に「修復的な」(イヴ・セジウィック)アプローチをとった、ほとんど類例のない営みと見るべきであろう。

★1──『father』における「日記」の重要性については、かつて次の雑誌に寄せた短文でもふれたことがある。『IMA』Vol.20(特集:写真家と言葉)、2017年、72頁。

2023/07/24(月)(星野太)

成相肇『芸術のわるさ──コピー、パロディ、キッチュ、悪』

発行所:かたばみ書房

発行日:2023/06/10

2010年代、東京でもっとも批評的な展覧会を手がけていたキュレーター/学芸員は誰か──この問いをどのような水準で受け取るかにもよるが、わたしにとってその答えははっきりしている。成相肇(1979-)である。

本書『芸術のわるさ』は、その成相肇による初の著書である。目次を一瞥してみればわかるように、本書の中心をなすのは、かつて成相が企画した「不幸なる芸術」(switch point、2011)、「石子順造的世界」(府中市美術館、2011-2012)、「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」(東京ステーションギャラリー、2014)、「パロディ、二重の声」(同、2017)といった展示の図録および関連原稿だ。それらに加えて、学生時代からの専門である岡本太郎についての論文や、他館の図録に寄せた原稿が、「コピー」「パロディ」「キッチュ」「悪」の全4章に編成されている。

成相が手がける展覧会はいつも、美術館ではなかなか取り上げられることのない対象を中心に据えてきた。展示物の3分の2が「非ファインアート」(188頁)であったという「石子順造的世界」にしても、かつて白川義員とマッド・アマノのあいだで争われた「パロディ裁判」(1971-1987)を大きく取り上げた「パロディ、二重の声」にしても、鑑賞者が一般的に想定する「現代美術展」とはまったく異なる光景が、そこでは広がっていた。これを小さな自主企画などではなく、公の美術館で堂々とやってのけるところに、成相肇という学芸員の真骨頂がある。

そして──これが重要なことだが──成相は文章がめっぽう巧い。いわゆる「論文」調のものはもちろんのこと、本書の随処に見られる「口上」をはじめ、アイロニーやユーモアを交えた文章を書かせたら、おそらく美術業界で右に出るものはいない(それは本書を読めば一目瞭然である)。本書刊行の詳しい経緯については詳らかでないが、これを創業第一書に定めたかたばみ書房の眼力には、ひとりの読者として唸らざるをえない。

念のため、本書の掲げる「芸術のわるさ」についても一言付言しておこう。あとがきでも明らかにされているように(377頁)、本書タイトルに含まれる「わるさ」とは、単に道徳的な「悪さ(=悪意・悪行)」のみならず、遊戯的な「わるさ(=悪戯)」の謂いでもある。後者の「わるさ」を能くしたものとしては、マルセル・デュシャンから赤瀬川原平まで、さまざまな先達の名前が挙がるだろう。本書が掲げる4つのキーワード(コピー、パロディ、キッチュ、悪)のなかで、この意味での「わるさ」ともっとも縁が深いのが「パロディ」である。げんにこのパートは本書の白眉と言ってよいものであり、前掲の「パロディ裁判」の判例を中心に展開される立論は必読である。

かつての鶴見俊輔による限界芸術論をはじめとして、いわゆるファインアート/非ファインアートの境界を問う試みは過去にもさまざまなされてきた。しかし展覧会という場そのものを、こうした思索のための空間に仕立て上げることはけっして容易ではない。本書は、石子順造をはじめとする先達のさまざまな理論的仕事に棹さしつつも、この問題を美術館という制度のど真ん中で展開してみせた、きわめてユニークなキュレーター/学芸員の活動の軌跡である。

2023/07/24(月)(星野太)

カタログ&ブックス | 2023年8月1日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

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ニジンスキー 踊る神と呼ばれた男

著者:鈴木晶
発行:みすず書房
発行日:2023年7月3日
サイズ:A5判、432ページ

〈本書が対象とするのは、見者としてのニジンスキーではなく、ダンサーかつコレオグラファー(振付家)としてのニジンスキーである。
20世紀にはヌレエフ、バリシニコフ、熊川哲也といったスーパースターたちが、バレリーナたちに劣らず、いやバレリーナたちよりも観客を魅了してきた。そうした男性スーパースターたちの系譜の先頭に位置しているのがニジンスキーである。ニジンスキーから男性ダンサーの時代が始まったのである。
その類い稀な跳躍力によって一世を風靡したにもかかわらず、最初の振付作品には小さな跳躍が一つあるだけだ。それだけでなく、その作品『牧神の午後』はバレエの二大原理、すなわち開放性と上昇志向性を否定した。そのニジンスキーの勇気ある一歩から、現代バレエが生まれたのである。〉
さまざまな創作の源泉ともなっている伝説の舞踊家ニジンスキー。その生涯を、豊富なバレエ鑑賞経験に基づき、貴重な資料と写真を駆使して再構成した、バレエ史研究の第一人者による待望のライフワーク。






藤田嗣治 安東コレクションより 猫の本

編者:軽井沢安東美術館
発行:世界文化社
発行日:2023年7月4日
サイズ:B5変形判、144ページ

世界で初めて「藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館」として開館された軽井沢安東美術館。世界屈指のコレクションの中で、蒐集の原点となったのは猫の絵です。愛すべき猫たちのふとした仕草を、巧みにそして緻密に描き出した藤田嗣治。毛並みの一本一本まで繊細に線をひいた藤田の猫たちに出会えば、目も心も幸せに。新収蔵作品まであますところなく収載した本書で至福のひと時を。猫好き、アート好きのみなさま、必見です。






百の太陽/百の鏡 写真と記憶の汀

著者:新井卓
発行:岩波書店
発行日:2023年7月7日
サイズ:四六判、214ページ

最古の実用写真術、銀板写真(ダゲレオタイプ)とともに旅に出る。福島の渚へ、遠野の田園へ、核実験場の砂漠へ、あるいは己の過去、夢と現の境へ――。詩人になりたかった美術家は、絶望と混迷の時代にあってもまた昇る陽を待ちながら、ひとり言葉とイメージを探す。世界と自身を見つめ、未来の先触れに手を伸ばす、文+写真エッセイ。






私たちは何者?ボーダレス・ドールズ

編著:渋谷区立松濤美術館
発行:青幻舎
発行日:2023年7月13日
サイズ:B5判、168ページ

2023年7月1日~8月27日まで、渋谷区立松濤美術館で開催中の展覧会の図録。

愛でたり、憎んだり、宿ったり、働かせたり……呪い人形、雛人形、生人形、マネキン、リカちゃん、村上隆のフィギュアまで、厳選約90点を掲載!「日本人」と「人形(ヒトガタ)」の深くて長い複雑な関わりの1000年の歴史を検証






クリストファー・ノーラン 時間と映像の奇術師

著者:イアン・ネイサン
翻訳:阿部清美
発行:フィルムアート社
発行日:2023年7月20日
サイズ:B5変形、240ページ

フィルム・ノワールの時間を切り刻み、
スーパーヒーロー映画にリアリズムをもち込み、
スパイ・アクションとSFを融合させる……
長編デビュー作『フォロウィング』から最新作『Oppenheimer』まで、
芸術性と商業性を兼ね揃えた特異点クリストファー・ノーランの歩み。






基礎から学べる現代アート

著者:亀井博司
監修:山本浩貴
発行:晶文社
発行日:2023年7月25日
サイズ:A5判、160ページ

現代アートの始まりは、デュシャンの『泉』といわれています。なぜ既製品の便器をひっくり返したものがアートなのか? 本書を読めば、現代アートが誕生した背景から現代までの歴史的な流れが手に取るようにわかります。現代アートに初めて興味をもった中高生から、現代アートを基礎から学びたいと思っている全ての人への、とっておきの入門書。






つくる人になるために 若き建築家と思想家の往復書簡

著者:光嶋裕介、青木真兵
画:青木海青子
発行:灯光舎
発行日:2023年7月28日
サイズ:B6変型判、260ページ

建築する日々に励みながら、旅先でのスケッチや執筆活動にも精をだす若き建築家と、奈良の山村に私設図書館をつくり、執筆や自主ラジオなど様々な形でメッセージを発信する若き思想家が、些細な日常の出来事や思索をつぶさにみつめて綴った往復書簡。 私たちにとって「つくる」とはなにかを問いかけ、つくる喜びについて対話を重ねながら、生き物として生きやすい社会を模索していく。




2023/07/28(金)(artscape編集部)

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