artscapeレビュー

2023年08月01日号のレビュー/プレビュー

大橋愛写真展「お裁縫箱」

会期:2023/07/07~2023/07/23

Kanzan Gallery[東京都]

大橋愛の新作のテーマは「お裁縫箱」だった。DMにも使われた洋裁が好きな母親の裁縫箱を撮影したのがきっかけだったという。身近な友人からさらにその知り合いと、伝手を頼って100人の裁縫箱を撮影した。これだけ集まると、凝った木製のものから、当世風のプラスチックやジップロックまで、思った以上のヴァリエーションがある。しかもその一つひとつに、持ち主の個人史、特に家庭をホームグラウンドにした家族の歴史が絡み合い、結晶している。多様性と固有性とが絡み合った、とても面白い被写体を発見したということだろう。

写真の見せ方については、やや疑問がないわけではない。裁縫箱をスタジオに運び込んで、白バックで撮影したものが展示の中心なのだが、これだと、そのオブジェとしてのたたずまい、細部の造作はくっきりと見えてくるが、そこに纏わりついていたはずの「体臭」のようなものが抜け落ちてしまう。会場には、裁縫箱とそれを持つ人を、その場でクローズアップして撮影された写真を、帯のような布にプリントしてインスタレーションしていた。むしろこちらのほうが、それらがどこに、どのように存在していたのかという具体的な状況を、空気感を伴って伝えていた。難しい選択だが、こちらを主にすべきだったのではないだろうか。持ち主の情報をどこまで開示するか(写真集では名前のみ)も、一考の余地がありそうだ。

だが、このテーマは可能性を秘めている。裁縫箱は日本だけでなく、アジア諸国にも、あるいは冬の長い北欧などの国々などにもあるはずだ。それらを撮影していくと、各地域の暮らしのあり方(主に女性たちの)が、思わぬ角度から浮かび上がってくるのではないかと思う。展覧会に合わせて、HeHeから刊行された同名の写真集(デザイン:サイトヲヒデユキ)が素晴らしい出来栄えである。見返しを赤い糸でかがっているのだが、それは大橋の母親によるものだという。


公式サイト:http://www.kanzan-g.jp/eye_ohashi.html

2023/07/13(木)(飯沢耕太郎)

Material, or

会期:2023/07/14~2023/11/05

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

わずか数百年の急激な人間活動によって地球環境が危機にさらされた現在、それでも我々人間は快適な人工環境を手放せず、なお人工的な方法で地球環境をどうにか救えないかと必死にあがいている。本展はそんな愚かさに示唆を与える内容に映った。そもそも人間は地球資源と対話を積み重ね、マテリアルから人工物としての何かをつくり出してきた。その対話そのものがデザインだったかもしれないと、本展でディレクターを務めたTAKT PROJECT代表・デザイナーの吉泉聡はメッセージで述べる。しかし産業革命により、人間はその対話をやめる選択をした。そして自分たちの都合だけで地球環境や資源を支配する一方で、多くの人々はマテリアルから遠ざかり、人工物に囲まれた生活を送るようになった。このように対話を失った不健全な関係が、地球環境問題を引き起こす要因になったのではないかと思えてくる。

本展では「マテリアル」と「素材」の二つがキーワードとなって登場する。マテリアルとは、この地球上に存在する特定の意味を持たないありとあらゆるもの。素材とは、人間や生物との関わりのなかで何らかの意味を持った創造のためのものとする。つまり前者は人工物の材料になる前の状態、後者は人工物の材料になった状態という使い分けだ。しかし素材を英語に訳せばマテリアルであり、両者はほぼ同義でもある。そこで気になって本展の英語解説を確認すると、マテリアルはraw material、素材はmediumと訳されていた。raw materialという表現であればしっくりくる。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奥恵三]


会場自体もマテリアルへの回帰を意識して設計されたようで、什器ではなく、床に直接、設置する作品が多く目立った。例えば、日本各地の山や川から掘り上げた砂(珪砂)と、それらからつくった色鮮やかなガラス片を日本列島の形に沿って置いた、村山耕二+UNOU JUKU by AGC株式会社の「素材のテロワール」。またあるいは、地球上のありとあらゆるものが集まる場所として海に注目し、浜辺で採集した貝や流木、石などを波打ち際に見立てて並べた、三澤遥+三澤デザイン研究室の「ものうちぎわ」など。足元に作品があることで、地球上のマテリアルを眺めるようであり、鑑賞者に対話を促すようもであり、またそれらが素材になる過程を擬似体験するようでもあった。さらにユニークなのは、カラスやキツツキなど人間以外の生物による営巣まで作品の一部として取り上げられていたことだ。そう、マテリアルとの対話は人間だけの特権ではない。地球上の生物すべてが対話を行ないながら活動し、命をつないでいる。むしろ、いま、人間はその対話力を人間以外の生物から学び直さなければならないのかもしれない。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1 村山耕二+UNOU JUKU by AGC株式会社「素材のテロワール」[撮影:木奥恵三]


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTロビー[撮影:木奥恵三]



公式サイト:https://www.2121designsight.jp/program/material/


関連レビュー

第25回亀倉雄策賞受賞記念 三澤遥 個展「Just by | だけ しか たった」|杉江あこ:artscapeレビュー(2023年07月15日号)
THE FLOW OF TIME|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年11月01日号)

2023/07/13(木)(杉江あこ)

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デイヴィッド・ホックニー展

会期:2023/07/15~2023/11/05

東京都現代美術館[東京都]

出品作品127点。うち東京都現代美術館の所蔵品は91点なので、大半が同館コレクションとなる。お、すげえな、単館のコレクションで「ホックニー展」がほぼ成立するんだと一瞬感心しそうになるが、うち90点はリトグラフやエッチングなどの版画かフォト・コラージュ(2点)で、タブローは1点のみ。版画美術館か? 展覧会全体でも油彩もしくはアクリルのタブローは16点だけで、しかも初期のブリティッシュ・ポップや西海岸の青い空、プール、シャワー、友人たちを描いたいわゆるホックニーらしいタブローはその半分しかない。なーんだがっかり……と思うのは早計だ。確かに昔ながらの「ホックニー展」を期待していた向きには寂しいが、その代わり、21世紀以降に手がけた大作が何点も見られるのは嬉しい限り。なにしろ日本では27年ぶりの大規模な個展なので、これらの近作は初公開となる。

ホックニーがデビューした1960年代初頭は抽象絵画の全盛期。やがてミニマル・アートやコンセプチュアル・アートが台頭してアートシーンが行き詰まるなか、ホックニーはマティスのように明るい色彩の具象絵画を描き続け、大衆的な人気を集める。1980年代に入るとピカソのキュビスムに触発され、写真をたくさん貼り合わせてひとつの画面をつくる「フォト・コラージュ」を開始。ここから遠近法にとらわれない多焦点的な空間表現が広がっていく。いわばマティス的な色彩にピカソ的な造形が加わって、ある意味20世紀最強の画家になっていく。

だがホックニーのすごいのは、21世紀に入ってからも新しいメディアを制作に取り入れる貪欲さだ。1991年には早くもコンピュータ・ドローイングを始め、2010年からiPadで描くようになる。近作の《ノルマンディーの12ヶ月 2020-2021年》は、コロナ禍の1年を通してiPadで描いた風景画をつなぎ合わせ、長さ90メートルという長大な画面に再構成した作品。ここには四季折々の風景や1日の時間の移り変わり、天候の変化などが1枚の画面に次々と展開していき、日本の絵巻物やモネの連作を想起させる。でもタブローではなく紙にプリントだから、印刷物を見てるのと変わらないけどね。

手描きでは、50枚のキャンバスをつなげた《ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作》(2007)が圧巻。なにしろ4.6×12メートル以上というホックニー史上最大の超大作なのだ。しかもこれ、屋外でわずか6週間ほどで描き上げたというから驚く。描かれているのは郊外の林で、広角で木立全体を捉えながら枝の1本1本まで描き込んでいる。巨大画面は、いわば木を見て森も見るというミクロとマクロの視点を融合させるために必要だったのだろう。全体のイメージを画面ごとに分割して再構成しなければならないため、制作にはデジタル技術の助けを借りたというが、それにしても70歳にしてこれを1ヶ月半で描き上げるというのがすごい。カタログには、ビールを前にタバコ片手に微笑む満84歳の近影(2021)が載っている。まだまだやらかしてくれそうだ。


公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/

2023/07/14(金)(村田真)

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川口翼「心臓」

会期:2023/07/06~2023/07/30

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

川口翼は2022年度の第二回ふげん社写真賞のグランプリ受賞者。この度、審査員の一人でもある町口覚の造本設計による写真集『心臓』(ふげん社)が完成し、そのお披露目も兼ねた写真展が開催された。じつは筆者もまた審査を担当したのだが、昨年の応募作と今回の写真集、写真展の作品とのあいだの落差に、いい意味で驚きを禁じえなかった。

「回転のよすが」というタイトルだった応募作は、表現意欲にあふれる大作だったが、なにもかも詰め込もうとして、なにを言いたいのか伝わってこないもどかしさがあった。また、森山大道や鈴木清のような、彼が強い影響を受けた作家たちの表現を、「スタイル」として取り込むことに精一杯で、肝心の彼自身の写真の方向性が見えにくくなっていた。それが、1年をかけた写真集の制作過程で、削ぎ落としの作業を進めたことで、すっきりとした内容に仕上がった。また、色調がマゼンタに傾く壊れたカメラで撮影したという、ややノスタルジックな雰囲気のモノクロームのパートと、新たに撮影したカラー写真のパートとがうまく絡み合って、過去と現在と未来が、「集合的記憶」として提示される、より膨らみのある作品世界ができあがってきていた。赤い縁をつけた大小の写真をちりばめた写真展のインスタレーションも、とてもうまくいっていたのではないだろうか。

川口は写真集の表紙裏に掲載したテキストで「僕には、写真を何かを表現するためのツールや手段に貶めたくないという青臭い志がある」と書いている。「写真は写真として始まり、写真に化け、何事も語らぬまま一切の形容を拒否し続け、写真として終わって欲しい」というのだ。このような、1999年生まれの若者としてはやや古風なほどの「志」が、今後の彼の写真家としての活動のなかで、そのまま維持されていくのか、それとも少しずつ変わっていくのかはわからない。だが今回の展示と写真集が、「日本写真」の系譜に連なる、新たな世代の表現者の誕生を告げるものとなったことは間違いないだろう。


公式サイト:https://fugensha.jp/events/230706kawaguchi/

関連レビュー

川口翼「夏の終わりの日」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2022年09月15日号)
川口翼「THE NEGATIVE〜ネ我より月面〜」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2021年04月01日号)

2023/07/15(土)(飯沢耕太郎)

フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン

会期:2023/06/24~2023/09/03

東京都庭園美術館[東京都]

フィンランド・グラスアートの展覧会と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、やはりアルヴァ&アイノ・アアルトと彼らが牽引したイッタラ社である。イッタラのグラスはインテリアショップなどでよく見かけるほか、昨秋にもイッタラ展が開かれたばかりで、正直、もう見飽きたという思いがあったのだが、本展を観ると、それは思い違いだったことを知らされる。もちろん、アアルトのグラスアートも展示されていたのだが、それだけではなかった。1930〜50年代、フィンランドがいかに国策としてグラスアートの振興に力を注いだのかを主題としたうえで、それを支えたデザイナーたちの作品を追った内容となっていた。いわば、アアルトが活躍した時代背景を見るような展覧会だったのだ。

契機は、1917年にフィンランドがロシアから独立を果たしたことだった。当時の潮流からモダニズムが推奨され、ミラノ・トリエンナーレや万国博覧会への参加が積極的に行なわれたという。第二次世界大戦後には困窮をきわめるが、国際社会において、高品質かつデザイン性の高い製品が自国を建て直す原動力になるということで、フィンランドでは唯一無二の「アートグラス」や「ユニークピース」を国際展示会へ出品する機会が増えていく。その結果、フィンランドはデザイン大国としての名声と外貨の獲得に成功するのだ。つまりグラスアートを自国のブランディングに生かし、輸出産業として根気よく育てたがゆえに、いまのイッタラはある。そこに日本も学ぶべき点が大いにあると感じた。


展示風景 東京都庭園美術館


そんな1950年代の黄金期を支えたデザイナーの作品が会場にずらりと並んでいて、とても見応えがあった。フィンランドの自然豊かな森や湖から触発された大らかな造形性や、モダニズムを意識した洗練性、グラスならではの透明感あふれるカラーリングなどをいずれも併せ持ち、完成度の高さを見せていた。生産システムが多少変化しつつも、いまなおフィンランドではグラスアート産業や文化が続いているという。本展を通して、アートが産業をいかに促進させるのかという好例を見たような気がした。


展示風景 東京都庭園美術館


展示風景 東京都庭園美術館



公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/230624-0903_FinnishGlassArt.html


関連レビュー

イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年10月15日号)

2023/07/15(土)(杉江あこ)

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2023年08月01日号の
artscapeレビュー