2018年06月15日号
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artscapeレビュー

2009年12月01日号のレビュー/プレビュー

皇室の名宝──日本美の華

会期:2009/10/06~2009/11/29

東京国立博物館平成館[東京都]

皇室に伝わる御物や宮内庁が所蔵する名品を公開する展覧会。狩野永徳の《唐獅子図屏風》をはじめ、横山大観の《朝陽霊峰》、上村松園の《雪月花》、川之邊一朝の《菊蒔絵螺鈿棚》など名宝がずらりと並んだ展観は壮観だ。なかでも圧巻だったのが、伊藤若冲の《動植綵絵》。一挙に並べられた三十幅を立て続けに見ていくと、緻密というかむしろ執拗に描きこまれた絵にぐいぐい引き込まれていく。そうした偏執的な絵が日本美を物語っているのは間違いないのだろうが、視点を切り換えてみると、そもそも食い入るように若冲の絵を見ている群集の光景そのものがいかにも日本的であり、この雑踏のなかから日本美が生まれてくるのだろう。

2009/10/21(福住廉)

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異界の風景─東京藝大油画科の現在と美術資料

会期:2009/10/02~2009/11/23

東京藝術大学大学美術館[東京都]

東京藝術大学の油画教員による作品と同大学美術館が所蔵する作品や資料をあわせて見せる展覧会。現職の油画教員14名による作品約70点と、美術館の資料や作品約100点が展示された。「油画」というと、じつにオーソドックスで無難な油絵を連想させるが、じっさいの現役教員たちが発表した作品は映像や写真、プロジェクトなどが多く、表現形式としての油画はむしろマイノリティだった。好むと好まざるとに関わらず、それが現在の「油画」のリアルな実態ということなのだろう。

2009/10/21(福住廉)

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速水御舟─日本画への挑戦─

会期:2009/10/01~2009/11/29

山種美術館[東京都]

日本画家・速水御舟の展覧会。40年という短い生涯のあいだに描き残した作品およそ700点の中から同館が所蔵する120点あまりの作品が公開された。《炎舞》(1925年)や《名樹散椿》(1929年)など、御舟の代表作はたしかに見応えがある。けれども、樹木の幹や枝より花を重視した描き方などを見ると、いかに古典的な技法を貪欲に取り入れたとはいえ、結局のところ御舟はそれほどうまくはなれなかったのではないかと思わずにはいられない。

2009/10/22(福住廉)

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岡田裕子 展「翳りゆく部屋」

会期:2009/10/21~2009/11/21

MIZUMA ART GALLERY[東京都]

美術家・岡田裕子の新作展。結婚や家庭、主婦、男性の妊娠など一貫して人間の「生」に向き合ってきた岡田が今回取り組んだのが、独居老人の極限化ともいえる「ゴミ屋敷」。ゴミとも私物とも見分けがつかないモノに囲まれて暮らす老婆に扮した岡田が、自宅内の「ゴミ」を撤去しにやってきた役人と攻防を繰り広げる映像作品を、小劇場のような舞台に並べた複数のテレビモニターで発表した。「ダメダメダメ! ゴミじゃない!」と抵抗する老婆の金切り声が鳴り響くインスタレーションは、文字どおり鬼気迫る迫力があるが、ある一点で唐突に映像が途切れ、空間の照明もいっせいに暗転する。これが人生において不意に訪れる「死」を暗示していることは明らかだ。岡田裕子といえば、コミカルな演出によって社会的主題を巧みにフレームアップするアーティストとして知られているが、これまでの作品はまさしくその「笑い」の側面によって「生」を浮き彫りにしてきた反面、その一部に含まれている「死」が見えにくくなっていた。しかし今回の作品は、あえて「笑い」の過剰な演出を控えることによって、「生」と「死」をそれぞれ同時に際立たせることに成功していたように思う。自分が大切にしているものを他者によって暴力的に奪い取られることが常態化している昨今、「ゴミ屋敷」は極端な例外などではなく、むしろ現代社会の「生」と「死」が凝縮した典型である。カメラに向って目玉をひん剥きながら「ゴミではない」ことを主張する老婆の姿を見ていると、誰もが「これは自分かもしれない」と背筋に冷たいものを感じるにちがいない。

2009/10/22(福住廉)

多摩川で/多摩川から、アートする

会期:2009/09/19~2009/11/03

府中市美術館[東京都]

タイトルが示しているように、アートの現場としての多摩川をテーマとした企画展。中村宏らによる観光芸術研究所の「第1回観光芸術展」(1964年)をはじめ、高松次郎の《石と数字》(1969年)、山中信夫による《川を写したフィルムを川に写す》(1971年)、蔡國強の《Project for Extraterrestrials No.1: 人類の家》(1989年)などを振り返ることによって、作品を発表する場ないしは作品を制作する場としての多摩川をクローズアップした。絵画や写真、映像などバラエティに富んだ展示は見応えがあったが、会場を後にして思い至ったのは、作品を廃棄(焼却)する場としての多摩川が展示に含まれていないという重大な欠陥に加えて、そもそも多摩川に限らず現在の河川敷がはたしてどこまでアートの現場となりうるのかという大きな疑問だ。一日限りとはいえ、大きな看板絵を持ち込み、広い土地を展覧会場に見立てた「第一回観光芸術展」がとても現実とは思えないほど、現在の河川敷は徹底的に管理されている。だが、ほんとうに問題なのは、行政による管理の締めつけなどではなく、本来的に誰もが自由に使えるはずの河川敷という空間を表現の現場として活用しようと考えるアーティストが、遠藤一郎らによる「ふつう研究所」などわずかな例外を除いて、意外なほどに少ないという事実である。コマーシャル画廊や美大、そして美術館といった制度が期待されているほどには成熟できていない今こそ、河川敷という本質的に何もない荒野で自らの表現の強さを賭けるべきではないのだろうか。

2009/10/25(福住廉)

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2009年12月01日号の
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