2020年11月15日号
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artscapeレビュー

声のTRANCE つむぎね『モ リ ニ ハ イ ル』

2020年11月15日号

会期:2020/10/03~2020/10/04

豊中市立文化芸術センター[大阪府]

作曲家の宮内康乃が2008年に結成した、女性たちによる音楽パフォーマンスグループ、つむぎね。楽譜ではなく、呼吸の身体的リズムを元にしたルールに則り、声、そして息を吹き込む鍵盤ハーモニカを主に用いて、個々が発する音が重なり合う音響世界を紡いでいくのが特徴だ。2月に出演予定だった「TRANCE MUSIC FESTIVAL2020 -the body-」がコロナ禍で中止となり、代替公演として本作が発表された。感染症対策を演出に組み込み、ファイバーアート・イノベーターのカヨサトーによるインスタレーション空間の中でパフォーマンスが行なわれた。



[撮影:山城大督]


会場に入ると、仄暗い空間に、薄いベールのような白い布が、森の樹々や氷柱のように天井から垂れ下がっている。その合間を縫うように現われたパフォーマーたちは、深い森奥でさえずる鳥のように鳴き交わし、深呼吸の音は梢を渡る風を思わせ、単音のハミングの重なり合いがホーメイや原始的な宗教音楽を思わせる荘厳な響きに昇華されていく。一人ひとりが受け持つ単純なアカペラの節回しは、相手からの応答を受けて少しずつ変化し、寄せては返す波の無限の連なりのなかに身を浸しているような感覚に包まれる。中盤、パフォーマーたちは、布で結界のように区切られた空間の中に集い、歌詞のない母音の短いフレーズと打楽器のリズムをそれぞれに発し、掛け合いながら反復/変奏させ、複雑に変化する有機的な音響を立ち上げていく。のたうつように激しく踊るダンサー。ベール越しに透けて見える秘儀のような、緊張感に満ちた熱狂と陶酔。終盤、パフォーマーたちは、再び訪れた静寂のなか、鳥の鳴き声を口々に鳴き交わし、消えていった。

鳥や動物の鳴き声、風の音といった自然界の音の模倣から、「求愛や敵の警告」といったコミュニケーションの要素や反復的な規則性を抽出し、互いが発する音を聴き合うことで音響を有機的に変化させ、複雑化させていく。「音楽はどこから始まったのか」という問いが、つむぎねの根幹を駆動させている。

同時にそこには、定式化されたルールに基づく演奏というアルゴリズミック・コンポジション、指揮者という中心性の欠如、楽譜の不在、集団性という現代音楽の実験性がある。ここで同様の例として想起されるのは、アルゴリズムを用いてコンピュータ・シミュレーション上で作曲した楽曲を、あえて「生身」の人間が集団で演奏する、三輪眞弘の「逆シミュレーション音楽」である。三輪の場合も、「音楽の始原」への欲望として、初期の代表作品《またりさま》と《村松ギヤ》ではそれぞれ、「秘境マタリの谷に伝わる伝統芸能」「ロシア系先住民ギヤック族の祭事」という「捏造された物語」が付けられている。また、《またりさま》には「求愛を兼ねて未婚男女が奉納する」、《村松ギヤ》には「外側の女性たちの円と内側の男性たちの円で構成する儀式」という「設定」もあり、演奏行為の「オン/オフ」「0/1」に加え、パフォーマーの「男/女」というジェンダーにおいてもきわめて厳格なバイナリー・二元論的世界が構築されている。

一方、つむぎねは、アルゴリズミック・コンポジションを採用しつつ、「呼吸」を単位とすることで揺らぎを与え、(パフォーマーのジェンダー規定も含めて)非バイナリーな世界を開こうとしているのではないか。「音楽の始原への接近」という共通項を持ちつつ、師として先行世代である三輪との対比についても考えさせられる機会となった。



[撮影:山城大督]



[撮影:山城大督]

2020/10/04(日)(高嶋慈)

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