2021年03月01日号
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artscapeレビュー

蓮實重彦『言葉はどこからやってくるのか』

2021年02月15日号

発行所:青土社

発行日:2020/10/30

本書は、蓮實重彦の著書のなかでもいささか特異な印象を与える。この1936年生まれの著者がこれまで上梓してきた書物は、単著・共著・編著などをあわせてゆうに100冊を超えるが、本書はそれらとまぎれもなく通底する一書であると同時に、そのいずれにも似ていない。本書の主題は、映画でも、文学でも、はたまたそれ以外の何かでもない。厳密にはそのいずれでもあるのだが、まず本書に収められたテクストが、特定の分野や領域に集中してはいないということをはじめに確認しておきたい。

本書は全Ⅲ部からなる。本書のメイン・パートである第Ⅰ部には、2016年の「三島由紀夫賞受賞挨拶」にはじまり、同年の『新潮』に掲載された受賞記念インタビュー「小説が向こうからやってくるに至ったいくつかのきっかけ」、2003年の『ユリイカ』のロラン・バルト特集に収められたインタビュー「せせらぎのバルト」、同じく2004年の『ユリイカ』を初出とするインタビュー「零度の論文作法」、さらには1992年のAny会議(湯布院)で発表されたド・モルニー論「署名と空間」、そしてさらにさかのぼること1989年の共著『書物の現在』所収のインタビュー「『リュミエール』を編集する」の6篇が収められている。

このように、時代もテーマも多種多様であるが、それは本書の成立経緯じたいが「著者自身が好んでいながら、まだどの書物にも収録されていないあれこれのテクスト」(334頁)を集めたものであるという事情に拠っている。しいていえば、これらはいずれも「語りおろし」を初出とするという点では共通している。「署名と空間」のみ、かぎりなく論文に近い講演原稿であるが(初出は『Anywhere』NTT出版、1994)、これもやはり、ある特殊な状況において発せられたパフォーマティヴな言葉であるという意味では性格を同じくしている。また、大学行政についての話題が中心である第Ⅱ部も、リベラルアーツや映画をめぐる第Ⅲ部も、時々の求めに応じてなされたインタビューであるという点では第Ⅰ部と相違ない。その意味で、本書所収のテクストは緩やかな統一をみせているとも言えよう。

しかし、著者が過去にそのような書物を発表してこなかったわけではない。はじめに、本書が「いささか特異な印象を与える」と言ったのは、第Ⅱ部に収められたテクストの性格に拠るところが大きい。ここに収録されている「「革命」のための「プラットフォーム」」と「Sustainability」は、いずれも著者が東京大学総長という立場で行なった公的なスピーチであり、なぜこれらが本書の収録テクストとして選ばれたのか、という疑問は残る。しかも、これらはすでに『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001)という単著に収められており、「まだどの書物にも収録されていない」テクストというわけでもない。したがって、おそらくこの二篇は、続く「「AGS」をめぐる五つの漠たる断片的な追憶」というテクストの関連で再録されているのだろう、というのが自然な推論である。不思議なことに、この後者のテクストを収めているという──「初出一覧」(337頁)に挙げられた──文献『AGSの記録』(東京大学AGS推進室、2020)は、これを書いている時点では一般に公表された形跡はなく、おそらく存在するにしても広く流通している媒体ではないのだろう。東京大学が海外の諸大学と結んでいるAlliance for Global Sustainabilityを意味するらしいこの「AGS」というプラットフォームをめぐって書かれたこの回想録に、著者がいかなる思い入れを持っているのか──こればかりは、それぞれの読者がテクストの端々から想像するほかない。

いずれにしても、あるときは『伯爵夫人』(新潮社、2016)により三島由紀夫賞を受賞した小説家として、あるときは『季刊リュミエール』(筑摩書房、1985-88)の編集長として、またあるときは東京大学総長(1997-2001)として、それぞれ異なる立場のもとで書かれた(語られた)これらのテクストが、いずれもめっぽう面白いものであることには心底驚かされる。本書のあちこちを開くたびに評者の脳裏をよぎったのは、これほど読み手の意表をつく言葉がいったい「どこからやってくるのか」という、ただしく本書の表題にもなっている問いであった。

2021/02/08(月)(星野太)

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