artscapeレビュー
澤田知子 狐の嫁いり
2021年03月15日号
会期:2021/03/02~2021/05/09
東京都写真美術館[東京都]
自らが変装したセルフポートレイトといえば森村泰昌の作品が挙げられるが、澤田知子の作品もまったく異なるベクトルで、刺激的である。25年間に及ぶ新旧代表作が一堂に会した本展も、非常に面白かった。「外見と内面の関係」をテーマに制作を続ける、彼女のほとんどの作品において、モデルは自分ひとり。髪形とメイク、服装で何十人もの人物に自在に変装する。グリッド形式で均一に並べられたそれら1枚1枚の写真を順に眺めると、よく見れば同じ人だとわかるが、一瞥しただけでは本当に別人に見えるのだ。微妙な差異と差異とが組み合わさると、こうも別人に見えるのかと感心してしまう。しかも作品が新しくなるほど変装のレベルが上がっており、《Recruit》《これ、わたし》《FACIAL SIGNATURE》などになると、服装が同じであったり、黒背景で顔しか見えていなかったりするので、髪形とメイクだけでその差異を表わすことになる。しかも顔は無表情で正面を見据えた写真ばかりなので、差異の範囲はますます狭い。それなのに、別人に見えてしまう巧みさ……。
澤田は変装が得意であると同時に、人間観察力が非常に優れているのではないかと思った。1枚1枚の写真を見ていくと、「あぁ、こんな人いるな」とか「この人、知り合いに似ている」といったことが想起されるからだ。そのうち「これは自分に似ているかも」と自分探しまで始まってしまう。まるで三十三間堂の千手観音像のなかから、自分に似ている顔を見つけ出そうとするかのような心理に近い。
実は澤田の作品のなかで、自分以外を被写体にした作品もある。そのひとつが《Sign》だ。アンディ・ウォーホール美術館主催のレジデンスプロジェクトにて制作された、ハインツ社とのコラボレーション作品とのことで、被写体にしたのは同社の商品「トマトケチャップ」と「イエローマスタード」である。それぞれの正面ラベルの文字をさまざまな国の言語に“変装”させた作品だ。この作品を見て、そうか、人間の変装はパッケージのリニューアルと同じだと腑に落ちた。商品があまり売れていないから、もしくは特定のターゲット層に売りたいからなどの理由で、中身を変えないまま、パッケージだけリニューアルして売上増加を図るマーケティング方法がある。人間も内面は変わらないのに、外見だけ積極的にイメージチェンジを図ると、周囲からの反応が変わることがある。すると、不思議なことに外見(パッケージ)に引きずられて内面(中身)まで変わってしまったような印象を与える。彼女の作品はそうした「外見と内面の関係」の危うさや脆さまでも含んでいるように感じた。
公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3848.html
2021/03/04(木)(杉江あこ)