artscapeレビュー

楢橋朝子「春は曙」

2023年03月15日号

会期:2023/02/01~2023/03/18

PGI[東京都]

1989年は昭和から平成へと元号が変わった年である。楢橋朝子は早稲田大学第二文学部を卒業したものの、写真家としての道筋を掴みきれず、「手に職があるようなないような不安定な」状況にあった。それでもこの年、「春は曙」と題する連続個展を3回にわたって開催している。今回のPGIでの展示は、その個展出品作を中心としたもので、当時のネガからあらためてプリントしている。

6×6判と35ミリ判が混在する写真群は、基本的には旅の産物といえるだろう。青森県竜飛岬から沖縄・石垣島に至るまで、その足跡は日本各地に及んでいる。三宅島、御蔵島など、離島の写真も多い。観光名所のような場所はあまり写っていない。風景、看板、モノなどに向けられた視線は、呼吸するように伸び縮みし、視覚よりもむしろ触覚にこだわっている様子が見える。のちに最初の写真集『NU・E』(蒼穹舎、1997)にまとまってくる、楢橋特有の、不定形な生きもののような世界像が、少しずつ形をとり始めている。一人の写真家が、もがきつつその「文体」を作りあげていくプロセスが、個々の写真に刻みつけられているように感じた。

こういう展示を見ていると、揺るぎない作品世界を確立していく前の、むしろどう動いていくかわからないカオス状態の時期の仕事をふり返ることが、重要な意味を持っていることがわかる。もしかすると、この展示をきっかけにして、楢橋自身の写真家としてのあり方もまた、変わっていくのかもしれない。なお、展示にあわせてオシリスから同名の写真集が刊行された。


公式サイト:https://www.pgi.ac/exhibitions/8481

2023/02/20(月)(飯沢耕太郎)

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