artscapeレビュー

下川晋平「Neon Calligraphy」

2023年03月15日号

会期:2023/02/24~2023/03/12

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

下川晋平は2021年に34歳で夭折した。2020年に銀座ニコンサロンで開催した個展「Neon Calligraphy」が好評で、これからの活躍が期待されていた矢先の急死は、ニコンサロンの選考委員を務めていた筆者にとっても大きな衝撃だった。それから2年余りを経て、下川が師事していた東京綜合写真専門学校校長の伊奈英次をはじめとする関係者の尽力で、遺作集『Neon Calligraphy』(東京綜合写真専門学校出版局)が刊行されることになった。本展はそれにあわせて開催された展覧会である。

「Neon Calligraphy」の被写体になっているのは、イランを中心としたアラブ諸国の商店やホテルなどに掲げられたネオンサインである。イスラム教の世界では、文字を書きあらわすカリグラフィーは「霊魂の幾何学」と称されており、アッラーの言葉を視覚化するという重要な役目を担っている。下川はアラビア語の読み書きができたので、ネオンサインを通じて光と闇、無と有とを併せ持つ大いなる神の存在を顕現しようとしていたことは間違いない。だが同時に、ハンバーガー、レバー、アイスクリームなどのネオンサインも含む本作は、イスラム世界の人々の生の輝きもまた写しとっており、聖と俗とが入り混じる独特の眺めを見ることができた。

このユニークな作品だけでなく、下川はアイスランドや北海道を撮影した、静謐だが力強い風景写真も残している。遺作となったのは、どこか「末期の眼」を感じざるを得ない、故郷の長野県大町近郊のリンゴ園の写真群だった。それらを含めて、彼の作品世界の全体を、さらに大きな規模で辿り直す機会があるといいと思う。写真家というよりは哲学者、あるいは詩人のような雰囲気だったという下川と、その仕事の記憶を、これから先も長く受け継いでいきたいものだ。


公式サイト:https://fugensha.jp/events/230224shimokawa/

2023/02/25(土)(飯沢耕太郎)

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