artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

田根剛「未来の記憶 Archaeology of the Future─Digging & Building」/田根剛「未来の記憶 Archaeology of the Future─Search & Research」

会期:2018/10/19〜12/24(Digging & Building)/10/18~12/23(Search & Research)

東京オペラシティ アートギャラリー/TOTOギャラリー・間[東京都]

「未来の記憶」という言葉は、一見、矛盾をはらんでいるように思える。記憶とは、過去の出来事を指すのではないのか。そんな疑問を持って、まず東京オペラシティ アートギャラリーを訪れると、最初のメッセージで、建築家の田根剛はその疑問を解き明かしてくれる。「記憶は過去のものではなく、未来を生み出す原動力」「場所の記憶からつくる建築は未来の記憶となる」と。では、場所の記憶とは何なのか。それはその場所で人々が繰り広げてきた文化や風習、風土、歴史などを指している。田根は場所の記憶を発掘するところから建築を思考する、「考古学的リサーチ」という手法を行なっている建築家だ。本展は2館にわたり、その手法を解き明かす展覧会だった。

展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー[撮影:Keizo Kioku]

田根が考古学的リサーチを意識し始めたのは、世界的にデビューするきっかけとなった「エストニア国立博物館」の設計からだと言う。これは場所の記憶という点で、非常に特殊である。旧ソ連から独立したエストニアが、国家プロジェクトの一環として初めて国立博物館を建設する。しかもその敷地は旧ソ連が使用していた軍用施設。そこで田根をはじめとするチームは、真っ直ぐに伸びた軍用滑走路の先に博物館が延長的に建つ案を国際設計競技で発表し、見事に選ばれた。その場所の負の記憶をあえてさらけ出し、そこで人々が営みを重ねることで、それを正の記憶へと転換することを狙ったのだ。まさに「記憶は過去のものではなく、未来を生み出す原動力」を体現する事例と言える。

私はたまに地域のモノづくりをお手伝いすることがあるのだが、その際に「土着と洗練」というキーワードをよく持ち出す。土着とはその地域ならではの文化や風習、風土、歴史などを指し、洗練とは現代の暮らしに即しているかどうかを指す。土着ばかりでは野暮ったいものになるし、洗練だけでは奥行きのない薄っぺらいものになるため、どちらも欠けてはならないと考えている。それに当てはめると、田根は土着のベクトルが非常に強い人なのではないか。世界的に成功している現代建築家としては珍しいタイプだ(もちろん、洗練されていないわけでは決してないのだが)。ただし田根はそれを土着とは言わず、また一般的に建築の世界で使われるコンテキスト(文脈)とも解釈せず、「記憶」というキーワードを用いて独自の解釈をしている点に、言葉のセンスを感じた。

展示風景 TOTOギャラリー・間
© Nacása & Partners Inc.

公式ページ:
http://www.operacity.jp/ag/exh214(「未来の記憶 Archaeology of the Future─Digging & Building」東京オペラシティ アートギャラリー)
https://jp.toto.com/gallerma/ex181018(「未来の記憶 Archaeology of the Future─Search & Research」TOTOギャラリー・間)

2018/10/27(杉江あこ)

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THE FLOW OF TIME

会期:2018/10/20~2018/10/27

polygon青山[東京都]

アートとテクノロジーの融合というと、なんだか使い古された陳腐な表現になるが、しかし本展を一言で言い表わすのなら、それに尽きた。しかも非常に高いレベルでのアートとテクノロジーの融合である。本展はセイコーウオッチのブランド「グランドセイコー」が、2018年4月に「ミラノデザインウィーク」(「ミラノサローネ国際家具見本市」にともない、ミラノ市内で開催されるデザインの祭典)に初出展した際のインスタレーションで、このたび、東京展としてお披露目された。題材となったのは、グランドセイコーのなかでも機械式時計とクオーツ式時計の良いところを取り入れた、独自機構「スプリングドライブ」を搭載した腕時計である。その特徴である滑らかな秒針の動きや、動力源であるぜんまいが回ることによって微弱な電気を発することなどを咀嚼し、気鋭のクリエイターたちが「時の流れ」を空間に表現した。

会場には弧を描く広いスクリーンが設えられ、太陽や天体の軌跡、降り散る花びら、水紋、都会の雨の雫などの情景が映し出されていく。その映像を背景にして、12体の透明のオブジェが一列に並ぶ。これらは吉泉聡率いるデザインスタジオのTAKT PROJECTが手がけたインスタレーション作品《Approach to TIME.》で、映像はCGディレクターの阿部伸吾が手がけた。

展示風景 polygon青山[撮影:Daisuke Ohki]

TAKT PROJECTは、前年、個展「SUBJECT⇌OBJECT」を開き、そのなかでアクリル樹脂の内部に電子部品を封じ込めた作品を発表していた。そうした自主研究で培ったノウハウが、このインスタレーション作品には生かされた。一番右端の円柱形オブジェの内部には、200以上ものスプリングドライブの部品が散りばめられ封じ込められている。そして左隣のオブジェへと1体ずつ順に目を移すにつれ、円柱形オブジェは徐々に丸みを帯びていき、スプリングドライブの部品は少しずつ組み上がっていく。一番左端にたどり着くとオブジェは気球形に変わっており、スプリングドライブはついに完成される。しかも封じ込められながらも、実際に文字盤の上で秒針が動いているのだ。さらに12体すべての部品の周辺にはLEDチップが散りばめられており、ときどき、夜光虫のように小さな光をまたたく。これはスプリングドライブが微弱な電気を発することを彷彿させる光のイメージである。

暗闇のなかに整然と並んだ12体のオブジェは、何かのモニュメントのようでもある。映像を飲み込んではその表情を都度変え、光を放つ様子は、とても神々しい。普段、人目に触れることのない腕時計の部品を表に引っ張り出し、その存在を美の概念で伝えていたところに舌を巻いた。

展示風景 polygon青山[撮影:Daisuke Ohki]

公式ページ:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/milandesignweek/2018/tokyo

2018/10/22(杉江あこ)

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年 インゲヤード・ローマン展

会期:2018/09/14~2018/12/09

東京国立近代美術館工芸館[東京都]

私はインゲヤード・ローマンを「スタッキングの女王」と呼びたい。ローマンはスウェーデンを代表するデザイナーであり陶芸家である。本展は彼女自身が選んだ代表作約180点が一堂に会した、集大成的な展覧会であった。その大半が陶磁器とガラス食器である。いずれもきわめてシンプルで、凛とした美しさを備えていたのはもちろん、印象的だったのはスタッキングの美である。どのメーカーの製品にしろ、ローマンはたいていの器と器とを重ね合わせていた。重ね合わせることを前提にデザインしているようで、大から小までを順に重ね合わせることで整然とした入れ子になる器もあれば、有田焼ブランド2016 /の《ティー・サービス・セット》のようにカップの蓋がコースターとなり、ポットの蓋がストレーナー置きとなる機能的な重ね合わせもある。さらに木村硝子店の《THE SET》のように、重ね合わせたときに「蓮の花に見えるように」とデザインした器もある。

《ティー・サービス・セット》(2016)2016株式会社
[Photo: Anna Danielsson/Nationalmuseum Stockholm]

《THE SET》(2017)木村硝子店
[Photo: Anna Danielsson/Nationalmuseum Stockholm]

なかでも見事だと感じたのは、北欧のガラスメーカー、オレフォス(Orrefors)やスクルフ(Skruf)のカラフェとグラスの重ね合わせである。それはカラフェの口の上にグラスが伏せて被せられているデザインもあれば、カラフェの口の中にまるで栓のようにグラスが上を向いた状態で組み込まれているデザインもあった。後者のデザインは、日本人にはなかなか思いつけない発想だ。さらにカラフェの口縁に横縞の白い線、グラスに縦縞の白い線が入れられていて、重ね合わせると格子模様が浮かび上がる凝ったデザインもあった。展示台に設置されたローマンのインタビュー映像を見ると、カラフェとグラスは、彼女の幼少期の思い出が原体験となっていることが語られる。グラスは、井戸から水を汲み取るための柄杓の象徴だという。カラフェにたっぷりと新鮮な水を入れ、冷蔵庫に冷やしておく。そして喉が乾いたときに、そのカラフェの上に載ったグラスに水を注いで飲む。そんな暮らしのワンシーンが、凝縮されているのだ。さらにローマンは人間に欠かせない水の大切さを語る。彼女がガラス食器のデザインに携わるのは、ガラスと水が似ているからだと言う。そう言われると、ガラス食器を重ね合わせた姿は幻想的な水紋を想像させる。ローマンがスタッキングにこだわるのは収納性や機能性だけではない、ガラスや陶磁器の表情をより豊かに見せるための手段なのだろう。

公式ページ:http://www.momat.go.jp/cg/exhibition/ingegerd_2018/

2018/09/26(杉江あこ)

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good design company 1998-2018

会期:2018/09/12~2018/10/18

クリエイションギャラリーG8[東京都]

good design company(gdc)は、クリエイティブディレクターの水野学が代表を務めるデザイン会社である。彼の名を知らなくとも、熊本県公式キャラクター「くまモン」をデザインした人と言えば、誰もがあぁと思うだろう。くまモンは熊本県出身の放送作家、小山薫堂がプロデュースしたキャラクターとして知られるが、デザインを手がけたのは水野である。本展は設立20周年を迎えるgdcの仕事を紹介する展覧会だった。会場の中でくまモンは意外と小さな扱いにとどまっていたが、ほかに中川政七商店、相鉄グループなど、gdcのデザインであることを知っている事例もあれば、あれも? これも? と、その商品パッケージや広告は知っているのに、gdcのデザインであることを知らなかった事例がいくつもあった。いかにgdcのデザインが世の中にたくさん浸透していたのかを思い知る瞬間だった。

「くまモンをデザインした人」と称されるのは、水野本人はもう辟易していることだろうが、それでもやっぱり語ってしまう。なぜならくまモンが登場してすでに8年近く経つにもかかわらず、その人気はいまだ衰えることがないからだ。その売れっ子ぶりは、キャラクターを活用した街おこしの大成功例と言っていいだろう。くまモンがこれほど売れた理由は、いろいろと指摘されている。まず無料で商用利用を許諾しつつ、利用の際のルールを徹底したという画期的な著作権ビジネスモデルが挙げられる。それだけでなく、デザインにおいても利用しやすさの秘密がたくさんあった。それはくまモンには輪郭がないため、大きく使っても小さく使ってもデザインに統一感を持たせられること。黒と赤の2色だけで構成されたシンプルさのおかげで、幅広いデザインに対応できることなどがある。また、水野はくまモンのデザインを決める際に、0.1mm単位で顔のパーツを動かした候補案を数百枚も用意し、スタッフ全員で「良い」と思った顔に投票する方法で絞り込んでいったという。つまり最終的には、人間が心理的に好むか否かの直感に頼って決めたというわけだ。多くの人々に愛される裏づけがそこにはきちんとあった。余談だが、初日のオープニングパーティーにはくまモンもお祝いに駆けつけたという。わが子(作品)にも愛されるクリエイティブディレクターなのだ。

展示風景 クリエイションギャラリーG8

公式ページ:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201809/201809.html

2018/09/26(杉江あこ)

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アルヴァ・アアルト──もうひとつの自然

会期:2018/09/15~2018/11/25

神奈川県立近代美術館 葉山[神奈川県]

フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトは、自らデザインした家具を工業生産しようと考えなければ、ここまで世界的に有名な人物にならなかったのではないか。本展を観て、あらためてそう思った。アアルトは教会の改修や設計で建築家デビューをする。その後は知人の邸宅や公共施設の設計などに精力的に携わるが、もし活動分野が建築のみにとどまっていたとしたら、一介の建築家で終わっていたかもしれない。建築とあわせて、その空間に設える家具まで設計する建築家はほかにもたくさんいる。しかしアアルトが目をつけたのは、家具の量産化と国際的な販路である。1935年、彼は37歳のときに、妻のアイノ・アアルトや友人たち4人でインテリアブランド「アルテック(Artek)」を設立した。アートとテクノロジーを掛け合わせた造語だというこの社名にこそ、時代の潮流だったモダニズムの精神が表われていた。ヨーロッパを手始めに、アルテックの製品が世界中に広まるのにともなって、アアルトの名も知られていったのである。

アトリエのアアルト(1945) Aalto in his studio, 1945
©Alvar Aalto Museum[Photo: Eino Mäkinen]

例えば、アアルトがデザインした家具の代表作に《スツール 60》がある。これは正円の座面と3本脚で構成された、これ以上、そぎ落とす要素がないくらいシンプルなスツールである。そのため1933年にデザインされてから80年以上が経ついまも、あらゆる家具におけるスツールの代名詞となっている。しかもそのシンプルな形状は、堅牢さや軽さを追求するため、実は手の込んだ構造で成り立っていることが工場の映像を見るとわかる。また、建築と家具両方においてアアルトを一躍有名にしたのが、パイミオ市の結核療養所「パイミオのサナトリウム」だ。この空間に設えられた椅子《アームチェア 41 パイミオ》は、積層合板を使った有機的なラインが特徴で、眺めるだけでも美しいが、実際に座ってみるとその快適さを実感できる。背もたれや肘掛けなど、人間の身体に触れる部分すべてが曲線で構成されているため、人間に非常に優しい椅子なのだ。ちなみに、本展ではこのサナトリウムの病室が原寸大で再現されており、それはそれで見応えがあった。展示の最後には特設コーナー「アアルト ルーム」が設置されており、アアルトの家具に自由に座ったり触れたりできるようになっていた。人間の身体にもっとも近い家具が多くの人々に受け入れられたことが、アアルトが世界中で愛された要因だろう。特設コーナーでの来館者の幸せで満足そうな顔が、それを物語っていた。

アルヴァ・アアルト《スツール 60》(1933) Stool 60, Alvar Aalto, 1933
©Vitra Design Museum[Photo: Jürgen Hans]

公式ページ:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2018_aalto

2018/09/24(杉江あこ)

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