artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
ギンザ・グラフィック・ギャラリー第370回企画展 続々 三澤遥
会期:2018/12/03~2019/01/26
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
透明の容器の中で、水泡が一つひとつゆっくりと上から下へと移動する。やや狭い輪の中を水泡は形を歪めながらすり抜け、そして下までたどり着くと、針のように細い口の中にスッと吸い込まれていく。この延々と続く水泡の有機的な動きに心をつかまれた私は、思わず立ちすくんでしまった。この作品《Form of Gravity》を見て、子どもの頃に飽きずに眺めていたあの情景を思い出した。それは窓ガラスに貼りついた雨の雫が細胞分裂するように形をどんどん変え、最後はスッと流れ落ちていくさまである。理由もなくただ無心に眺めていたい事象というのは、大人になってもある。デザイナーの三澤遥の作品群は、そういう類のものだった。
正直、本展を観るまで、三澤について私はほとんど何も知らなかった。彼女のプロフィールを見ると、「ものごとの奥に潜む原理を観察し、そこから引き出した未知の可能性を視覚化する試みを、実験的なアプローチによって続けている」とある。一読しただけでは、それがいったいどういうことなのか理解しづらいが、本展を観ると合点がいく。彼女の代表作である「waterscape」は、水中環境を新たな風景に再構築した作品群だ。例えば浅く水を張った水槽の中に、大きな球体状の水槽がもう一つあり、そこには水が満杯に張られている。水槽には金魚が数匹泳いでいて、浅い水と球体の水の中を自由に行き来する。両者はつながっている水なのに、水深がまったく異なることから、そこでは不思議な光景が繰り広げられる。
もう一つの代表作「動紙」は、磁力を使って紙に動的な機能を持たせた作品群だ。これは「takeo paper show 2018 precision」でも観たことを思い出した。円や三角にくり抜かれた小さな紙片の集合体が、磁力によってパタパタと起き上がったり、うごめいたりする。その様子はまるで意思を持った生物のようである。不思議な動きにまたもや心をつかまれ、これもじっと見つめてしまう。普段見慣れたものにも、まだ未知の領域は潜んでいる。三澤はあの手この手を使って、その扉をこじ開け、私たちに見せてくれる。そのたびに、私たちは図らずも童心にかえってしまうのだ。
公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000730
2018/12/04(杉江あこ)
クリエイターと福島の窯元がつくる「大堀相馬焼167のちいさな豆皿」
会期:2018/11/27~2018/12/22
クリエイションギャラリーG8/ガーディアン・ガーデン[東京都]
国の伝統的工芸品に指定されている大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)を知っている人はどれほどいるだろうか。たとえば益子焼や九谷焼、有田焼といった焼物産地に比べると、それほど全国的に知られた産地とは言えないだろう。大堀相馬焼の集積地は福島県浪江町。2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響を受け、窯元は避難を余儀なくされ、一時、産地は崩壊の危機にさらされた。
何をもって「◯◯焼」と呼ぶかの定義は産地によって異なるが、一般的にはその土地で焼いていること、その土地で採取された陶土や釉薬を使っていること、そこの組合に所属していることなどの条件が挙げられる。また、伝統的な技法や様式を踏襲していることも重要なアイデンティティーとなる。しかし土地を奪われ、汚染により陶土や釉薬も採取できなくなった大堀相馬焼は、そうした定義自体が揺らぐ危機にさらされた。それでも現在、組合や窯元は福島県内の別の地域に拠点を移し、愛知県瀬戸市の瀬戸土を使い、互いに散り散りになりながらも、大堀相馬焼の伝統を守るため製造を続けているという。
本展はチャリティープロジェクトとして開催されたが、単なる被災地支援という枠を超え、そうした土地に深く根づく伝統工芸のあり方を改めて考えさせられた。両会場に縁のある167人のクリエイターが豆皿のデザインを提供し、大堀相馬焼の三つの窯元がその豆皿を製作。会期中に販売も行なわれた。著名なグラフィックデザイナーやアートディレクター、イラストレーターらが提供した豆皿のデザインは種々様々だ。大堀相馬焼の伝統的な文様「走り駒」を意識した馬の絵もあれば、豆皿だけに豆の絵、クスッと笑える絵、端正なグラフィックアートなどが見られた。豆皿の生地は職人がろくろで一つひとつ制作したものだが、絵付けは筆で直接手描きしたものではなく、当然、転写シートである。その点は伝統的な技法とは異なり、味わいがやや薄まるが、それでも大堀相馬焼の名前を周知させるには十分な機会だっただろう。これまであまり知られてこなかった焼物産地ではあるが、奇しくも、危機にさらされたことにより周知の機会を与えられたのである。会場の壁面には、大堀相馬焼の窯元の風景や製造工程をとらえた写真が大きく掲げられていた。その明るく健やかな写真を見ていると、この焼物産地を危惧する気持ちも少し救われたような気がした。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/creationproject/2018
2018/11/30(杉江あこ)
眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展 vol.2
会期:2018/11/15~2019/01/13
銀座メゾンエルメスフォーラム[東京都]
いま、フランスでは工芸作家や職人が伝統技術や素材をベースに新たな表現を探る挑戦が顕著になっているという。これをフランス工芸作家組合は「ファインクラフト運動」と呼び、強く推進する。つまり工芸作家や職人のアーティスト化である。本展を観て、このファインクラフト運動をふと思い出した。
しかし本展の趣旨は少し異なる。エルメス財団が2014〜2017年に実施した、第2期「アーティスト・レジデンシー」で生まれた作品の紹介だ。これは世界中から9人の若手アーティストをエルメスのさまざまな工房に招聘して、職人と協働し、滞在制作を行なってもらうというプログラムである。それぞれの工房で扱う素材は、シルク、皮革、銀、クリスタルガラスと上質なものばかり。エルメスの卓越した職人技に触れながら、まったく自由な構想で、若手アーティストに作品づくりに集中してもらう。展示作品は、絵画を薄いシルクに分解プリントし重ね合わせた作品、カラフルな英国製の靴のオブジェ、皮革を寄木細工のように貼り合わせた絵画、謎めいた皮革道具一式、シルクの端切れを縫い合わせた、おぞましさを誘う人形の集合体などだった。vol.1では、ピュイフォルカの銀のスプーンをワイヤー状になるまで引き延ばした作品などがあった。
冒頭に述べたファインクラフト運動は工芸をベースにした創作性の拡張になるので、工芸作家や職人が素材とじっくり向き合った末、見た目に驚きのある作品を生み出す傾向にある。ところが、本展の展示作品は工芸の力を借りたとはいえ、若手アーティストの内面や概念をベースにした創作性の拡張になるので、一筋縄ではいかない。驚きの前に、正直、理解に苦しむ点は多かった。またエルメスの職人技をこんな風に惜しげもなく、若手アーティストの創作に利用してもいいのだろうかとさえ思ってしまった。もちろん企業には社会貢献としてメセナがあることは理解している。職人が若手アーティストに触発されたり、若手アーティストからの突拍子もない要求によって職人技が向上したりする相乗効果があることもわかる。いずれにしても高い企業文化と資金力がなければできないことだ。エルメス財団の懐の深さを感じた展覧会だった。
公式サイト:http://www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/archives/761518/
2018/11/21(杉江あこ)
民藝 MINGEI─Another Kind of Art 展
会期:2018/11/02~2019/02/24
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2[東京都]
これまで私は陶磁器をはじめとする工芸品をさんざん見て、取材し、文章を書き、気に入ったものがあればときどき購入もしてきたが、たいていどこの産地で、誰がつくり、どんな素材や技が使われ、骨董であれば何年代のものなのかといった情報ばかりを追ってしまう癖があった。癖というより、伝え手としての基本姿勢であると思っている。しかし「民藝」という言葉を生み、民藝運動を推進してきた柳宗悦はその姿勢を真っ向から否定する。「知識で物を見るのではなく、直観の力で見ることが何よりも肝要である」と。日本民藝館五代目館長でプロダクトデザイナーの深澤直人は、その精神を忠実に受け継ぎ、本展をディレクションしたのだろう。
もっとも広い会場のギャラリー2では、日本民藝館の所蔵品から選び抜いた146点の工芸品を数点ずつグルーピングし、それらを展示台に載せて展示していたのだが、そこには展覧会に必ずあるはずのキャプションや解説がなかった(キャプションは配布資料にまとめられていた)。その代わり大きく表示されていたのは、深澤による1〜2言コメントである。「シンプルだ!」「ファッショナブルだ。大胆だ。」「デフォルメがいい。かたちが愛らしいんだ。」「『民藝はヤバイ』と思った。」など、いずれも短く端的に、かつ感情的に、その魅力を伝えている。そのコメントを見たときに、ちょっと拍子抜けしてしまった。しかし実はこうしたコメントの方が多くの人々にとってはわかりやすく、共感しやすく、肩の力を抜いて観ることができるのだろう。どこの産地で、何年代につくられたのか……といった情報は二の次でいいのだ。
また、伝え手として、その魅力を率直にコメントすることは大変勇気がいることではないかとも思う。どこの産地で、何年代につくられたのか……といった情報は、正直、誰にでも書ける。しかし工芸品を見て何を感じ取ったかは、その人の観察力や感受性が大きく問われるため、それを発言することには気恥ずかしさやためらいがややともなうからだ。それにもかかわらず、深澤が恐れることなくやってのけていた点には感服した。もうひとつ感服した点は、何より、その編集力である。2006年に深澤がジャスパー・モリソンとともに開催した展覧会「スーパーノーマル」を彷彿とさせる卓越した編集力で、工芸品を丁寧に見せられると、どれもが魅力的に思えてくるから不思議だ。現代の柳宗悦は、やはり深澤しかいないのだと思う。
公式サイト:http://www.2121designsight.jp/program/mingei/
2018/11/09(杉江あこ)
つなぐ日本のモノづくり 〜51 Stories of NEW TAKUMI〜
著者:LEXUS NEW TAKUMI PROJECT
編集・執筆:下川一哉、杉江あこ
発行:美術出版社
発行日:2018/10/31
定価:3,900円(税抜)
サイズ:21.4×21.2×2.2cm、240ページ
トヨタ自動車の「レクサス」は、2016年より、日本全国の若き匠たちを応援するプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」を主催している。ここで匠と称する対象は、伝統工芸や地場産業に携わる職人や伝統工芸士、工芸作家、デザイナーなどで、年齢は30代が中心。本書は2年目となる2017年の同プロジェクトを紹介した書籍で、実は大半を私が執筆した。というわけで、制作側の視点から本レビューを書かせていただく。
タイトルの冒頭の言葉「つなぐ」は、本書の重要なテーマだ。本プロジェクトの流れをざっと説明すると、まず全国47都道府県の匠約50人が選出される。匠が一堂に会すキックオフ・セッションで、全体のオリエンテーションや担当サポートメンバーによる1対1のコンサルティングが行なわれる。その後、匠の工房を担当サポートメンバーが訪問し、コンサルティングを行なうエリア・コンサルティングが実施される。プレ・プレゼンテーションを挟み、最後にプレゼンテーション・商談会が開催される。
これらが1年かけて行なわれるなか、匠は自身の技や表現力をベースにしながら、未来に向かっていかに飛躍するかが試される。主催者から匠一人ひとりに対し、モノづくりのための支援金が一律に支給されるほか、普段はあまり接する機会のない建築やファッション、デザインなどの分野で活躍するプロデューサーやジャーナリストらのサポートメンバーからアドバイスを受けるという機会が用意される。ただしどんなに手厚い支援があっても、受け身でいては飛躍が望めない。匠自らが積極的に動き、試作を繰り返し、生みの苦しみを乗り越えてこそ、未来は開く。その際に手がかりとなるのが、つなぐ行為だ。担当サポートメンバーとのつながり、匠同士のつながり、地元の知り合いや他業種の人とのつながり、そうした人と人とのつながりがモノづくりに大きなヒントをもたらす。
本書では、51人の匠一人ひとりの物語を紹介している。モノづくりに人とのつながりをうまく取り入れた匠もいれば、なかにはほぼ自力で挑んだ匠もいる。いずれも若き匠たちのチャレンジ物語として読んでもらえると嬉しい。と同時に全国47都道府県の伝統工芸や地場産業の現状を知る機会にもなるはずだ。また、田園や藍畑、陶石の採掘場といった日本の風景写真を挟み込み、一次産業と二次産業とのつながりについても少し触れている。このようにいろいろな角度から、つながることのポテンシャルを示した。つなぐ行為はクリエーションの一部なのだ。
発行元公式ページ:http://www.bijutsu.press/books/2018/10/-51stories-of-new-takumi.html
LEXUS NEW TAKUMI PROJECT:https://lexus.jp/brand/new-takumi/
2018/11/04(杉江あこ)