artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
Three Tones 3人のデザイナーがつくるテキスタイル空間
会期:2018/03/27~2018/04/01
スパイラルガーデン[東京都]
テキスタイルの展覧会というのは、これまでにあまりなかったのではないか。そもそもアパレルや繊維メーカーに属していない独立したテキスタイルデザイナー自体が、他のデザイン分野に比べると少ない。本展は、第一線で活躍する3人のテキスタイルデザイナー、鈴木マサル、清家弘幸、須藤玲子による合同展だった。
鈴木は作品タイトルを「目に見えるもの、すべて色柄」とし、赤、ピンク、オレンジ、黄、緑、青、紫、グレーなど、彩度の高い色をふんだんに布に取り込んだ。色柄の異なる布と布とを縦に継いだ垂れ幕を天井から何枚も吊るしたほか、片側の壁面にはさまざまな色柄の傘を開いて何本も設置したインスタレーションを行なった。印象的だったのはこれだけ空間を色柄で埋め尽くしたにもかかわらず、まったくうるさく感じなかったことだ。むしろ、明るさや元気をもらえたのである。その理由は色柄の素材が電飾ではなく布だったためか、配色のセンスが良かったためか……。
清家の作品タイトルは「通路」。和紙の原料によく用いられる楮を黒く染め、その楮紙をシルクオーガンジー、富士絹、シルクベルベッド、ポリエステルオーガンジーの4種類の黒い布にプリント加工した。これらを服に仕立てたほか、「空間に布を着せつける」という発想で天井と両端を布で吊るし覆ったインスタレーションを行なった。黒い布でできた通路は厳かでありながら、楮紙の独特の質感や、格子状にプリントされた目地から漏れる光が見たことのない不思議な雰囲気をつくり出していた。
須藤は3人のうちもっともベテランで、日本の伝統的な染織技術や現代の先端技術を駆使したテキスタイル開発を行なってきた実績がある。作品タイトルを「布、色と間」としたが、ここでいう色とは素材そのものの色のことである。したがって白を基調とした34種類もの布を縦横に継いで、円形の空間を余すところなく利用し、円弧状に布をぐるりと吊るし巡らせた。34種類の布はそれぞれに素材や織り、加工方法が異なるため、同じ白い布でもよく見ると微妙に異なる表情を持っている。このインスタレーションについて、須藤は「気配を感じてもらえれば」と言う。私たちは普段あまり意識することがないが、衣服だけでなく、実は暮らしのあらゆるところでテキスタイルは用いられている。本展はそのテキスタイルの存在を印象的に示し、テキスタイルデザイナーという職域にスポットを当てた展覧会と言えた。
公式ページ:https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2542.html
2018/03/27(杉江あこ)
くまのもの ──隈研吾とささやく物質、かたる物質
会期:2018/03/03~2018/05/06
東京ステーションギャラリー[東京都]
建築家の隈研吾に私は何度かインタビューをしたことがあるが、そのなかで印象に残っている発言が「コンクリートは嫌い」である。私が言うに及ばず、隈のコンクリート嫌いは有名なようだ。その理由は、コンクリートが20世紀モダニズム建築の象徴であるから。コンクリートは世界中どんなところにも建てられる利便性から、グローバリゼーションのうねりが起きた20世紀に一気に広まった素材だ。しかし木や石のように土地の固有性がないため、面白みに欠ける。また重く固いコンクリートは周囲の環境に威圧感を与える。「負ける建築」を標榜する隈としてはそれにも耐えられないのだろう。
本展は、隈が着目する10種の物質(素材)を取り上げた興味深い内容だった。10種の物質とは、竹、木、紙、土、石、瓦・タイル、金属、樹脂、ガラス、膜・繊維である。つまりコンクリート以外の物質で、いかに建物を建てられるのかという挑戦の記録のようにも見てとれた。例えば中国・北京郊外に2002年に竣工した《竹の家》では、CFT(コンクリート・フィルド・チューブ)という技術にヒントを得て、節を取った竹の内部にコンクリートを流し込み、それを柱にした。2019年の竣工を目指す《新国立競技場》は、「大きなスタジアムを小径木の集合体としてデザインした」という。また糸のようによったカーボンファイバーを用いて、既存のコンクリートの建物に耐震補強を施した。
その既成概念にとらわれない柔軟な発想には感心するばかりである。いずれも隈が建築に求めるのは優しさや柔らかさ、暖かさといったもので、それを表現しうるのが10種の物質というわけだ。しかもそれぞれを積む、包む、支え合う、編む、粒子化、螺旋、多角形、格子という8つの方法に分類し、各物質をどのように使って建物を建てたのかを図式で示していた。「竹を編む」「石を積む」などといえば、建築の専門用語がわからない一般人でもなんとなくイメージがつく。さらに物質ごとに建築事例が写真と模型、モックアップ(原寸大の部分模型)で紹介され、本物を見なくとも、頭のなかでその全体像がイメージできる展示内容となっていた。
公式ページ:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html
2018/03/03(杉江あこ)
thinking tools プロセスとしてのデザイン ──モダンデザインのペンの誕生
会期:2018/03/03~2018/04/08
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]
世界を見渡しても、筆記具ほど二極化している製品はない。つまり何万円もする高級ブランド品か、使い捨てを前提とした数百円程度の廉価品か、多くがそのどちらかしかないのである。前者は富裕層や持ち物にこだわりのある人が買い求め、後者はそれ以外の人が買い求めるという構図だ。しかしドイツのペンブランド、ラミーはその中間にあると言っていい。豪華さや色気はないが、優れたモダンデザインを特徴とし、ラインナップの多くを一万円前後か数千円のペンが占める。特に「ラミー サファリ」は数千円という低価格とカジュアルさが受けて、もっとも売れた万年筆と言われている。万年筆を初めて使う人にとっては、非常に取っ付きやすい製品なのだ。
そのラミーのデザインに焦点を当てたのが本展だ。ラミーはドイツ・ハイデルベルグに本社を置く企業で、1960年代に創業者の息子のマンフレッド・ラミーがデザインの礎を築いた。彼が規範にした企業は、イタリアの事務機器メーカーのオリベッティやドイツの家電メーカーのブラウンだった。デザインに詳しい人なら、これらの名前を聞いて納得がいく。幸運だったのは、独立したばかりの元ブラウンのデザイナー、ゲルト・アルフレッド・ミュラーと出会い、新しいタイプの万年筆「ラミー 2000」の開発ができたことだ。これを転機に、ラミーはデザインを企業戦略としていく。
デザインといっても、その内容は製品の形や色を考えることだけではない。アイデアの収集に始まり、プロトタイプ、製造、物流まで、製品開発プロセスには約140もの作業ステップがあるという。そのプロセスにおいてデザイナーは一部の作業を担うにすぎない。デザイナーのほか、デザインの知識を有した経営者、技術者、マーケティングスタッフらによるチームワークによって、説得力のあるデザインは実現するのだという。本展では「ラミー アルスター」を大量に使った壮大なインスタレーションや歴代製品がわかる展示とともに、その製品開発プロセスを示すチャートが大きく掲げられていた。それはそれで圧巻だったのだが、チャートに示されていた用語はドイツ語と英語のみ。しおりや図録を見れば日本語も書かれていたことにあとから気付くが、英語力がやや乏しい私にとっては、その場で理解に苦労した部分があったことも否めない。
公式ページ:http://www.lamy.jp/thinkingtools.html
2018/03/03(杉江あこ)
練馬区独立70周年記念展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」
会期:2018/02/22~2018/04/15
練馬区立美術館[東京都]
かわいらしくユーモラスな作風で知られるフランスのポスター作家、レイモン・サヴィニャック。日本にもファンは多く、その層はクリエーターからフランスかぶれまでさまざまだ。何を隠そう、私もそのひとりだった。彼らが共通して抱くサヴィニャックに対するイメージは、冒頭の言葉に集約されるのだと思う。しかし本展を観て、そのイメージが変わった。サヴィニャックはコミュニケーションデザインに非常に長けた作家だったことに改めて気付いたのである。
編集の仕事で、私がいつも心がけることはワン・ビジュアル=ワン・メッセージである。ひとつのビジュアルで伝えられるメッセージはたったひとつ。あれこれといくつもの要素を盛り込んでしまうと、そのイメージは希釈され、本当に伝えたいメッセージは伝わらなくなる。これはコミュニケーションデザインの基本と言っていい。サヴィニャックはこれを熟知していた。モチーフ、色使い、キャッチコピーなどにおいて徹底的に無駄を削ぎ落とし、その製品の特徴やメッセージが一目でわかるポスターを描いていたからだ。
本展では、サヴィニャックの黄金期の作品を10項目のモチーフに分類した展示を行なっていた。なかでも、サヴィニャックのコミュニケーションデザイン力がもっとも表われていると思ったのは「製品に命を吹き込む」の項目だ。これは製品そのものでできた人物や、製品と一体化した人物を描いたポスター群である。例えばベッドから起き上がる人物がマットレスとなっているポスター、毛糸が自分で自分を編むポスターなど、まさにワン・ビジュアル=ワン・メッセージの究極のかたちである。「動物たち」の項目に分類されていたが、かの有名な出世作《牛乳石鹸モンサヴォン》も動物と製品が一体化した同様の構図である。
また一部、デッサンや原画も併せて展示されており、デッサンの画面全体には薄い線でグリッドが引かれているのが見てとれた。フリーハンドで描いたかのような大らかな筆致に見えて、実はとても計算して描いていたことを思い知る。サヴィニャックが第一線を降りた1980年代以降はコンピュータが登場し、ポスター作家はグラフィックデザイナーへと名を変え、さらにアートディレクターが台頭する時代となる。しかし道具が筆からマウスへと変わっても、サヴィニャックの斬新なアイデアや表現力に学ぶべきことは多分にあるのではないか。
公式ページ:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201709181505718201
2018/02/27(杉江あこ)
君と免疫。展
会期:2018/02/24~2018/02/25
「君と、免疫を、アートでつなぐ展覧会。」というテーマに、興味を惹かれた。主催は乳酸菌研究で第一線をいく明治だ。最近は「腸活」という言葉が生まれるほど、健康のため、腸内環境を整えることに意識を傾ける人々が増えている。かくいう私も毎日ヨーグルトを食べるなど、実生活で「腸活」を実践しているひとりだ。本展は週末2日間だけの開催だったが、東京・表参道という場所柄もあり、大変な混み具合だった。
まず正面に大きく展示されていたのは、DAISY BALLOONというバルーンアーティストユニットの作品《bridge》。白と茶色2色で構成された無数の風船が複雑に絡み合った様子は、いかにも体内に棲む細胞のように見える。これは「樹状細胞」を表現した作品で、外敵の特徴を分析し、それを「獲得免疫」に伝える架け橋のような役割があることに共感したのだという。《bridge》をくぐると、目の前には顕微鏡3台が陳列されていた。その顕微鏡を覗くと、細胞らしきものがうごめいて、最終的にはメッセージが現われる。このユニークな演出には微笑ましくなった。
さらに壁づたいに歩を進めると、イラストレーター、石井正信の「幻想免疫図鑑」と題した作品が続く。これが秀逸だった。「その名も、『殺し屋』。NK細胞」「目覚めよ、エリート。ナイーブT細胞」「最後の希望は、彼だけに。B細胞」といった、まるでゲームやアニメのキャラクター紹介をするかのような見出しも目を惹いたが、モノクロームで描かれた細密な細胞のイラストレーションが「美しい」のひと言に尽きた。また隣の個室の床一面には映像作家、勅使河原一雅の作品「混沌の王国」が繰り広げられていた。プログラミング操作によって流れる極彩色の映像の中に身を置くと、ここはまるで腸内フローラで、自分自身も細胞の一部になったかのような感覚に陥る。
他にも建築家、音楽作家とさまざまな分野のアーティストによる作品が展示されていた。アートには爆発力がある。観る者に直感的に何かを伝える力があると、本展を観て改めて思った。その点で、「むずかしく感じがちなその免疫を、あえて、アートとして表現してみる。」というコンセプトは成功していたように思う。
公式ページ:http://www.meiji.co.jp/do-wonders/exhibition/
2018/02/24(杉江あこ)