2017年09月15日号
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artscapeレビュー

色あせない風景 滝平二郎の世界

2017年07月01日号

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会期:2017/04/22~2017/07/02

三鷹市美術ギャラリー[東京都]

筆者が滝平二郎(1921-2009)の仕事を知ったのは『モチモチの木』(斎藤隆介作、滝平二郎絵、1971年)、そして朝日新聞日曜版の連載であった。きりえならではのシャープなライン、人物の特徴的な目(顔の輪郭から目がはみ出しているが、それが睫のようにも見える)、ノスタルジックな主題。子供の頃に見たそれらの作品はいまでも印象に残っている。以来、筆者は滝平をきりえの画家と認識していたのだが、滝平二郎の仕事の軌跡をたどる今回の展覧会で、彼の画業が版画から始まっていたことを初めて知った。展示は戦前期のスケッチや多色刷り版画、戦後の版画作品、そして1960年代後半からはじまるきりえの絵本やイラスト作品で構成されている。滝平のきりえの手法は、版画の主版にあたる部分には黒ないし濃い色の紙(あるいは彩色された紙)を用い、線と線のあいだと背景を色紙もしくは水彩で彩る。伝統的な切り紙/剪紙のように必ずしもすべてがひとつにつながっているのではなく、しばしばバラバラのパーツが台紙に貼り込まれる。この表現手法は、滝平のもともとの仕事、すなわち木版画からのもののようだ。滝平による最初の絵本の仕事は多色木版画による『裸の王さま』(アンデルセン作、私家版、1951年)。『八郎』(斎藤隆介作、福音館書店、1967年)では木版と切り絵が組み合わされている。やがて技法は切り絵に重心が移るのだが、滝平自身の回想によれば「『印刷原稿は一枚あれば事足りるものを、大まじめに木版を一枚一枚彫るのは無駄な労苦ではないか、要求されているのは木版画風の様式だけだ』……このようにして、お粗末にも私の切り絵は実は木版画の代用品、にせ物として誕生したのであった」と(本展図録、91頁)。ちなみに「きりえ」という呼称は朝日新聞への連載にあたって記者が名付けたそうだ(同)。多くの模倣作家を生むことになった滝平二郎独自の技法を代用品と呼ぶことには躊躇するが、確かに同時期の木版画と切り絵作品とはとてもよく似ている。そして、本展で何よりも魅せられたのは今回初めて見た1950年代、60年代の版画作品だったことを考えると、彼の本領は版画にあったに違いない。戦後、中国の新興版画運動に影響を受けたという滝平の版画作品には、きりえに見られる優しい表情の人物とは異なり、強い意志を秘めた眼差しの人々が描かれている。なかでもベトナム戦争を背景として炎に包まれる母子を描いた作品「紅い炎」「青い炎」(1968)には、しばし見入ってしまった。「きりえ」の仕事は画家として大成功だったと思うが、彼が版画に専心していたらと思わずにはいられない。それほどに作品の印象は強烈なものだった。[新川徳彦]

2017/06/17(土)(SYNK)

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