artscapeレビュー

『ぼくのエリ 200歳の少女』

2010年09月01日号

会期:2010/07/10

銀座テアトルシネマ[東京都]

2008年製作のスウェーデン映画。トーマス・アルフレッドソン監督作品。北欧のか弱い少年がヴァンパイアの少女に恋する物語。いかにも少女マンガで描かれそうな凡庸な設定で、じっさい金髪碧眼のナイーヴな少年と内側の野性をもてあます少女が織り成す物語の展開には、どこかで見たかのような既視感を覚えてならない。けれども、この映画の見どころは、物語を支える背景にある。しんしんと降り続ける雪と、北欧モダニズムによる集合住宅。そこで暮らしているのは、離婚して父が不在の家族であり、夜な夜な酒場に通うダメオヤジたち。象徴的に描かれた北欧型の福祉国家の内実が、たいへん興味深い。慎重に守らなければたちまち挫けてしまう少年が福祉国家を体現しているとすれば、文字どおり人並みはずれた生命力を誇る少女は福祉国家を相対化するためのメタファーである。そうすると、この映画は少年の自立の物語というより、むしろ「ゆりかごから墓場まで」を金科玉条とする福祉国家を内側から突き抜ける、脱出と革命の物語のようにも見える。その逃走の先に何が待っているのかはわからないし、ひょっとしたら何もないのかもしれない。けれども、がんじがらめの社会から抜け出す欲望をおしとどめることはできない。そこに、共感できる同時代性がある。

2010/07/21(水)(福住廉)

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