2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

メットガラ ドレスをまとった美術館

「メットガラ」とは、毎年5月の第一月曜日にメトロポリタン美術館で開催されるファッションの祭典。米ヴォーグ誌の編集長で、同館の理事でもあるアナ・ウィンターが、同館の服飾部門の活動資金を募るために、同館の企画展に合わせて開催している。この映画は、2015年の「メットガラ」の開催に向けた過程を、アナ・ウィンターと、企画展「鏡の中の中国」の担当キュレーター、アンドリュー・ボルトンとの2人に焦点を合わせながら追跡したドキュメンタリーである。ファッション界の知られざる内実を開陳するという点では、同じくアナ・ウィンターの編集者としての仕事に密着した『ファッションが教えてくれること』(September Issue、2009)に近いが、この映画の醍醐味は、むしろ現在の美術が抱えている問題を浮き彫りにしている点にある。
それは、美術が他分野との共生を余儀なくされているという問題だ。ファッションがアートか否かという問題はかねてから議論の対象となっていたが、この映画はむしろアートとファッションの互恵関係をありありと照らし出している。豪華絢爛なレセプションには名だたるセレブリティーたちが招待され、彼らに引き寄せられたメディア関係者が展覧会の情報を世界中に発信する。事実、「鏡の中の中国」展は興行的には大成功を収めたようだから、アートとファッションの共犯関係は、アートという美の殿堂に参画することを目論むファッションだけでなく、アートにとっても比べ物にならないほどのパブリシティを誇るファッションと手を組むことは十分にメリットのあることなのだろう。
しかし、そのような共犯関係は必ずしもすべての人間に歓迎されるわけではない。この映画の最大の見どころは、アンドリュー・ボルトンが提案した展示計画に、彼の同僚であるメトロポリタン美術館のキュレーターらが難色を示したシーンにある。美術の専門家である彼らは、あまりにもファッションに傾きすぎた展示計画に、収蔵品が「壁紙」になりかねないと懸念を表明するのだ。残念ながら、この場面はこれ以上深く追究されることはなかったが、ここには美術とファッションをめぐる価値闘争の実態が見事に体現されている。すなわち旧来のキュレーターにとって主役はあくまでも美術作品であり、ファッションと連動したオープニング・レセプションはそれこそ「壁紙」にすぎない。この短いシーンには、守るべきは美術であり、そのための美術館であるという、おそらくは国内外の美術館のキュレーターないしは学芸員が共有しているはずの頑なな信念が立ち現われていたのである。
ファッションと連動した美術館の産業化──。それが21世紀の資本主義社会を美術館が生き残るための生存戦略のひとつであることに疑いはない。だが重要なのは、資本主義の論理と美術の専門性を対比させたうえで、その戦略を肯定するか否定するかではなく、美術館を双方の生存をかけた結節点として捉え返す視点ではないか。現代社会における美術は、もはや他の文化領域との「共存」の段階にはなく、いまや「共生」の水準にあると考えられるからだ。生物学で言う前者は、縄張りに侵入してこないかぎり他者を攻撃しない状態を指し、同じく後者は一方が欠落すると、もう一方の生存が危うくなるほど緊密に結びついた相互扶助の状態を意味している。美術が何かしらの寄生先を不可欠とする文化領域であることは言うまでもあるまい。だがファッションにしても、ファストファッションの隆盛以降、「共存」を嘯く余裕は失われたといってよい。紙媒体に立脚したファッション雑誌にしても、同様の窮状にあることは否定できない。だからこそアナ・ウィンターは「共生」を求めてアートにアプローチしているのだろう。
「美術」や「ファッション」という狭義の分類法は、いまや縄張りを牛耳る既得権を持つ者にとってすら足かせにしかなるまい。近々のうちに、「造形」ないしは「つくりもの」という上位概念をもとにして制度や歴史、批評を組み立て直す作業が求められるに違いない。

2017/06/01(木)(福住廉)

オリエント工業40周年記念展 今と昔の愛人形

会期:2017/05/20~2017/06/11

ATSUKOBAROUH[東京都]

ラブドールの第一人者である「オリエント工業」の40周年記念展。1977年の創業以来、同社は幾度も技術的刷新を遂げた結果、ラブドールの造形的な完成度を飛躍的に高めてきた。本展は、歴代のラブドールを展示物と写真パネルによって紹介するとともに、その製作工程も写真によって公開したもの。一部のラブドールは実際に手に触れることができる、きわめて貴重な機会である。
男性の性欲処理のためのダッチワイフから精神的な関わりをもつことのできるラブドールへ。本展に展示された歴代のドールたちを通覧すると、その造形的な発展はもちろん、その意味の変容過程がよくわかる。むろんダッチワイフにしても人形と人間の距離感は近接していたが、ラブドールにおいては、その距離感がよりいっそう密着していることが理解できるのだ。
そのもっとも明示的な例証は、ラブドールの眼である。ダッチワイフの眼はただ虚空を見つめるように虚無的だが、ラブドールのそれは、飛躍的に向上したメイキャップの技術も手伝って、ある種の生命力を感じさせてやまない。ちょうど能面がそれを見る者の視点や光量によって表情を一変させるように、ラブドールの眼もまた、さまざまな感情を体現しているように見えるのだ。例えば彼女たちの視界に入り、視線の延長線上で前後に移動すれば、文字どおり眼と眼が合う適切な位置をとらえることができる。ペットショップで売られている小動物と眼が合った瞬間、ある種の運命的な出会いを(一方的に)直観してしまう人が多いように、ラブドールの眼がそのような決定的な出会いを誘発していてもなんら不思議ではない。ラブドールとは、人間の身体に密着するだけではなく、その心にも深く浸透する人形なのだ。
しかし、こうした造形が人間の心を奪うことは事実だとしても、そのあまりにも一方的なコミュニケーションのありようは、ある種の人間をラブドールから遠ざけてしまうことは想像に難くない。というのも、人間からラブドールへ働きかけることはいくらでも可能だが、ラブドールが人間に応答することは原理的にはありえないからだ。その自閉的なコミュニケーションの様態は、相互行為を前提とする人間と人間のコミュニケーションからはあまりにもかけ離れているがゆえに、忌避と批判の対象となるというわけだ。ところが、前述したペットは、まさしくそのような一方的なコミュニケーションの対象であるし、より正確に言い換えれば、一方的でありながら、あたかも双方向的であるかのように偽装する点にこそ、人間と愛玩動物との歪な関係性の秘密が隠されているのであろう。
ラブドールがまことに画期的なのは、その造形的な完成度が人間に近接している点にあるわけではなく、むしろそうであるがゆえに、人間と人間とのあいだのコミュニケーションが本来的には双方向的ではありえないという事実を逆照する点にあるのではないか。感動であれ、痛みであれ、快感であれ、あなたの感覚をわたしは共有することができない。可能なのは、想像力によって共有の感覚を分かち合うことだけだ。その分有の形式を、私たちは双方向のコミュニケーションやら相互理解やら麗しい言葉で指し示しているが、その実態はラブドールと同様、人為的につくられたフィクションにすぎない。ラブドールは、その人工的な虚構性を徹底的に突き詰めることによって、逆説的に、私たち人間が信奉してやまないコミュニケーションという神話の虚構性を浮き彫りにしながら、それらを無慈悲に剥ぎ取るのだ。
その意味で言えば、現在進行しているのは、ラブドールの人間化というより、むしろ人間のラブドール化なのかもしれない。今後、AIがラブドールに導入されることで、よりラブドールの人間化が押し進められることが容易に想像されるが、かりにそのような事態が現実に到来したとしても、ラブドールが限りなく人間に接近すればするほど、あるいは彼女たちと私たちとのあいだに言語的コミュニケーションが成立すればするほど、私たち自身のラブドール性が露わになるに違いない。

2017/05/29(月)(福住廉)

リアルのゆくえ─高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの

会期:2017/04/15~2017/06/11

平塚市美術館[神奈川県]

近年、写実的な絵画を歴史化する企画展が相次いでいる。「牧島如鳩展──神と仏の場所」(三鷹市美術ギャラリー、2009)をはじめ、「牧野邦夫──写実の精髄」(練馬区立美術館、2013)、「五姓田義松──最後の天才」(神奈川県立歴史博物館、2015)、「原田直次郎展──西洋画は益々奨励すべし」(埼玉県立近代美術館ほか、2016)など。必ずしも正当に評価されてきたとは言い難い、このような画家たちを再評価する気運が高まっているのは、現代絵画において写実表現が復権しつつある現状と決して無縁ではあるまい。
本展は、日本絵画史における写実表現の系譜を検証した展覧会。ここで言う「写実表現」とは、狭義のリアリズムを越えて、再現性にすぐれた迫真的で写実的な絵画表現全般を指す。本展は、その端緒を高橋由一に求め、五姓田義松、五姓田芳柳、原田直次郎、岸田劉生、河野通勢、伊丹万作、高島野十郎、牧島如鳩ら近代絵画の画家から、牧野邦夫、磯江毅、木下晋、吉村芳生といった現代絵画の画家まで、52人の画家による作品を一挙に展示したもの。とりわけ現代絵画について言えば、何人かの重要な画家が欠落している感は否めないが、その難点を差し引いたとしても写実表現の系譜を視覚化した画期的な展観であることは間違いない。
陰影法による立体表現と遠近法による空間表現──。西洋の石版画に触発された高橋由一は、西洋絵画の核心を以上の2点に求め、それらを油彩画によって貪欲に学び取ろうとした。だが、それは単に目に見えるがままを文字どおり写し取ろうとしたわけではなかった。本展で強調されていたのは、高橋由一にせよ岸田劉生にせよ、いずれも写実表現の先を見通していたという点である。前者は「精神」、後者は「神秘」という言葉で、鑑賞者の視線を描写された写実世界の向こう側に誘導することを、それぞれ欲していた。磯江毅の言葉を借りて言い換えれば、「写実を極めることは、写実でなくなってしまう」のである。本展の醍醐味は、現代絵画に連なる写実表現の歴史的系譜を明らかにした点だけにではなく、その端緒からすでに、そして現在にいたるまで、写実表現は写実を超えた領域にその本質を見出していたという事実を解明した点にある。
これまで現代絵画は写実表現を不当に貶めてきた。なぜなら、おおむね1970年代以後、現代絵画の中心はモダニズム絵画論に牛耳られたが、それは三次元的な遠近法や文学的な物語性を絵画の本質とは無関係な要素として切り捨てる一方、絵画の本質を平面性に求め、それへの純粋還元を金科玉条としたからだ。むろん、その背景にはイメージの正確無比な再現性という専売特許を写真に奪われた絵画が、それに代わる存在理由を探究した結果、平面性を発見したという経緯がある。けれども重要なのは、モダニズム絵画論ですら、絵画の本質を絵肌そのものではなく、その下に隠されている平面性に求めたという事実である。
つまり、現代絵画におけるモダニズム絵画論と写実表現は、それぞれ相互排他的な関係にあるが、じつはその本質を絵画のメタ・レヴェルに見出すという点では共通しているのだ。前者は目に見えるがままを描写することを拒否しながら、後者はそれを受け入れながら、しかし、双方はともに否定と肯定の身ぶりのうちに絵画の本質を置かなかったのである。むろん、この点は本展の展示構成に含まれていたわけではない。しかしモダニズム絵画論の神通力が失効した反面、かつてないほど写実表現が隆盛している現在、改めて確認されるべき基本的な論点であるように思う。写実表現の可能性が表面的なリアリズムの追究に回収されてしまっては、本末転倒というほかないからだ(なお付言しておけば、モダニズム絵画論というきわめてローカルな価値基準を普遍性の名のもとに正当化しながら現代絵画の歴史化を遂行してきた公立美術館は、今後その歴史にどのようにして現代の写実表現を接続し、歴史の全体性と整合性をどのように担保するのか、注目に値する。それが実質的に死んでいることは誰の目にも明らかな事実だとしても、美術大学などの中枢で今もしぶとく残存していることを考えると、文字どおり息の根が絶える前に、モダニズム絵画論を称揚してきた当事者自身による総括が必要なのではないか)。
しかし、この写実表現の基本的な前提を確認したうえで、なお私たちの眼を鮮やかに奪うのは、吉村芳生である。なぜなら、写真のイメージをまるで版画のように正確無比に写し取る吉村の絵画には、由一にとっての「精神」や劉生にとっての「神秘」のような、絵画のメタ・レヴェルを一切見出すことができないからだ。「私の作品は誰にでも出来る単純作業である。私は小手先で描く。上っ面だけを写す。自分の手を、目をただ機械のように動かす」という言葉を残しているように、吉村はいかなる精神性も内面性も超越性も絵画に期待することなく、ただひたすら転写を繰り返すだけの機械を自認している。「小手先」や「上っ面」という侮蔑の言葉をあえて引用しているところに、コンセプトを重視する反面、技術を軽視する現代美術にあえて反逆する反骨精神を見出すことができないわけではない。だが、それ以上に伝わってくるのは、絵を描く主体と描かれる客体とを峻別することすらないまま、ただただ絵を描き続ける機械と化した吉村の、大いなる虚無的な身ぶりである。それは、もしかしたら「絵画」も、あるいは「人間」すらも超越した、言葉のほんとうの意味での「タブロオ・マシン」(中村宏)だったのではないか。私たちが吉村芳生の絵画に刮目するのは、いかなる精神性も超越性も欠いた虚無的な身ぶりが、その絵画をそれらに由来した従来の「絵画」を凌駕させるばかりか、吉村自身を人間ならざる領域に超越させるという壮大な逆説を目の当たりにするからにほかならない。

2017/05/27(土)(福住廉)

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群馬の美術2017─地域社会における現代美術の居場所

会期:2017/04/22~2017/06/25

群馬県立近代美術館[群馬県]

群馬県における現代美術の状況を検証した展覧会。同県内で活動している15人のアーティストによる作品が展示された。
いま「展示された」と書いたが、厳密に言えば、この言い方は正しくない。なぜなら出品作家のひとりである白川昌生の作品が県の指導により撤去されたからだ。基本的には「展示された」が、部分的には「撤去された作品もある」ことを補足しておかなければ、事実を歪曲して伝えかねない。
撤去されたのは、同館と同じく「群馬の森」にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」をモチーフに、その外形を布と支持体で再現した立体作品。以前、東京の表参道画廊で発表されたとき実見したが、《群馬県朝鮮人強制連行追悼碑》というタイトルや関連映像がなければ、モチーフを連想することができないほど、ミニマルな作品である。白川はかつて《敗者の記念碑》という作品を制作したことがあったように、この作品はモニュメントの歴史性や権力性を再考させるシリーズの一環として位置づけられよう。
それが撤去された正確な理由はわからない。県が「朝鮮人犠牲者追悼碑」の廃止を求めて裁判で係争中であることが大きいことが推察されるが、重要なのは鑑賞者の批評を待つより先に、行政が作品批評の機会を独占してしまったという事実である。もとより美術作品の解釈は多様であり、その多様性は行政や、あまつさえ作者でさえ管理することはできない。だからこそ美術作品は私たちの知性や感性を大いに育むのである。にもかかわらず、この件で県は作品鑑賞の機会を独占したばかりか、その解釈を一義的に押しつけることによって、作品の評価を不当に貶めた。私たち鑑賞者は、こうした横暴を到底容認してはならない。美術館は作品を公平に鑑賞させる責任を放棄したばかりか、私たち鑑賞者の「見る権利」を阻害したからだ。これは、アーティストの言い分や美術館の事情、行政の思惑とは一切無関係に、自律的に主張しなければならない。
白川は件の作品が撤去された後、別の場所に展示されていた幟の作品を、当該箇所に移設した。そこに書かれていた言葉は「わたしはわすれない」。むろん撤去を直接的に指しているわけではないが、状況的にそのような文脈に接続されて解釈されることを白川は熟知しているのだろう。撤去を柔軟に受け入れつつ、返す刀で斬りつけるアーティストの挟持を見た気がしたが、それに満足してはならないだろう。このような事態が続けば、私たちはますます「現代美術の居場所」を失うことになりかねないからだ。

2017/05/07(日)(福住廉)

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未来への狼火

会期:2017/04/26~2017/07/17

太田市美術館・図書館[群馬県]

1881(明治14)年、高橋由一は《螺旋展画閣》を構想した。文字どおり螺旋状の回廊を昇り降りしながら壁面に展示された油絵を鑑賞するという、ある種の美術館である。由一は日本橋を望ましい立地として考えていたらしいが、結局この構想は実現せず、現在ではその文書と図面が辛うじて残されているにすぎない。しかし、由一によるこの二重螺旋構造の楼閣は、明治期に輸入された「美術」概念の制度化の開始を告げる象徴的なモニュメントとして位置づけられている(北澤憲昭『眼の神殿』ブリュッケ、2009)。事実、それは江戸的な見世物性を排除する一方、絵画を一定の秩序のもとで展示することによって、この世の森羅万象を視覚的なイメージとして統合する装置だった。
高橋由一の《螺旋展画閣》の話から始めたのはほかでもない。この4月に開館した太田市美術館・図書館の建築的な特徴が、由一の《螺旋展画閣》の構想と著しく近しいように思われたからだ。吹抜けの空間を中心に、その周囲を回廊が螺旋状に取り囲む。館内を巡り歩くうちに、いつのまにか上階へと移動しているという経験が何より楽しいし、このような文化施設に恵まれた太田市の子どもたちが心底うらやましい。ただ異なっているのは、その動線が単線的ではなく複線的であること、そしてその回廊には美術が展示されているわけではなく、図書が陳列されているという点である。
美術館は館内の中央部に組み込まれていた。回廊や階段によって接続された大小さまざまな展示空間を移動しながら鑑賞するという仕掛けである。開館記念として催された本展は、太田市という歴史的風土のなかで生まれた絵画や写真、映像、工芸、詩など、9名のアーティストによる作品を見せたもの。いかにも総花的な展覧会で漫然とした印象は否めないが、それでも見応えがある作品がないわけではなかった。
例えば淺井裕介の泥絵はすでに各地で発表され高く評価されているが、今回最も大きな展示空間で発表された作品は以前にも増してダイナミックな魅力を倍増させていた。それは、消すことによって描くスクラッチの技法をより効果的に画面に取り込んでいたばかりか、メディウムの飛沫やしたたりをおそらくは意識的に前面化させていたからだろう。ときとして単調になりがちだった泥絵の画面に、果てしない広がりと奥行きをもたらすことに成功していたのである。
だが本展の拡散した印象はキュレーションに起因するというより、むしろ建造物の性格に起因しているのではないか。なぜなら本館における美術館の機能は図書館のそれと絶妙な距離感で隔てられており、そうであるがゆえに、この美術館には《螺旋展画閣》のような視覚効果を取り込むことが期待できないからだ。美術館と図書館を棲み分けるのではなく、双方を有機的に統合する方向にこそ、未来の狼火は立ち上がるのではないか。

2017/05/07(日)(福住廉)

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