2017年09月15日号
次回10月2日更新予定

artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

指田菜穂子 十二支

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会期:2016/07/19~2016/09/03

西村画廊[東京都]

「百科事典の絵画化」に取り組んでいる指田菜穂子の5年ぶりの個展。特定の言葉から連想される古今東西あらゆるイメージをひとつの画面に凝縮させる画風で知られているが、今回の個展では「十二支」をテーマにした連作を一挙に展示した。
曼荼羅のような秩序立てられた画面構成と年画のような華やかな色彩。指田の緻密な絵画に通底しているのは、そのような定型である。しかし、その定型を破綻させかねないほどの膨大な情報量を詰め込むところに、指田絵画の醍醐味がある。大小さまざまな図像や記号が重複しながら同居している画面に眼を走らせると、あまりの知の物量に軽い目眩を覚えるほどだ。事実、それぞれの絵画の傍らには、イメージを言葉で図解した照応表が掲示されていたが(同じ内容は個展にあわせて発行された図録にも掲載されている)、そこには映画のワンシーンからギリシャ神話の伝説、哲学者の逸話まで、実に微細な情報が書きこまれており、指田の博覧強記に、ただただ圧倒されるばかりである。
しかし今回の個展で思い至ったのは、指田絵画が「百科事典の絵画化」を成し遂げていることは事実だとしても、その可能性の中心はむしろ「絵画の百科事典化」にあるのではないかということだ。言い換えれば、「百科事典」に重心があるように見えるが、実はそうではなく、むしろ「絵画」の方に傾いているところに指田絵画の真骨頂があるのだ。というのも指田絵画は、非常に豊かで、かつ、実にまっとうな絵画経験を鑑賞者に堪能させているからである。
例えば今年の干支である「申」。高村光雲の《老猿》や映画『猿の惑星』、ゲーム「ドンキーコング」などは誰もが知るイメージだろう。発見したときの快楽も大きい。だがナスカの地上絵や熱帯アメリカ原産の常緑高木「モンキーポッド」、小説『類猿人ターザン』を書いたエドガー・バロウズなどは、照応表で確認しないと、まずわからない。つまり既知の図像や記号は突出して見えるが、未知のそれらは後景に退いて見える。指田絵画は、鑑賞者の脳内に格納された知識の質量に応じて、その視線に奇妙な立体感と運動性を体感させるのだ。そこが面白い。
むろん絵画であるから平面性に則っていることにちがいはない。けれども平面という定型を保持しつつも、それらと対峙する鑑賞者の視線に平面という条件を内側から突き破るほどの豊かなイメージを幻視させる点は、実は絵画という芸術の王道ではなかったか。単に三次元的な奥行きを感じさせるわけではない。それぞれの図像と記号が目まぐるしく凹凸を繰り返すことで、平面を基準にしながら激しい前後運動を生じさせるのだ。それこそが、平面の純粋還元を唱えた俗流のモダニズム理論を真に受けた人々が現代絵画から放擲してしまった絵画的なイリュージョンである。それを指田は「百科事典の絵画化」によって見事に奪還した。
思えば、現代絵画の隘路は百科事典が体現するような言説空間からの切断に始まっていたのかもしれない。俗流のモダニズム理論においては、彫刻と重複する三次元性はもちろん、文学と重複する言語性も、徹底した排除の対象とされたからだ。だが、そのようにして平面性を純粋化することは、結果的に絵画という芸術を世俗世界から隔絶することになってしまった。世界との関係性を失った絵画は、貴族的なスノビズムに貢献することはあっても、その世界を生きている庶民の視線を奪うことはできない。それゆえ現代絵画に必要なのは、言葉や文字、あるいはイメージによって世界との再接合を図る「絵画の百科事典化」というプロジェクトにほかならない。

2016/07/29(金)(福住廉)

土木展

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会期:2016/06/24~2016/09/25

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

「土木」についての展覧会。それは私たちの日常生活の基盤を構築する重要な技術知であるにもかかわらず、日常生活の基底にあるため日頃は自覚的に実感される機会は乏しい。本展は、その知られざる実態を土木の専門家やアーティストら22組によって詳らかにしたもの。
土木というと、文字どおり土や木の圧倒的な迫力やそれらと拮抗しうる重量感あふれる重機などを連想しがちだが、残念ながら本展にそのような展示はない。あるのは、来場者の「参加」を要請する当世風の展示である。例えば、エアーで膨らませたビニールのピースを積み上げさせたり、マンホールを模した穴の下から顔を覗かさせたり、来場者の参加によって土木の世界を体験することが本展の醍醐味とされている。
しかし、このような「体験」「参加」型の展示手法が土木の本質を突いているとは到底思えない。いくらそのような参加体験を繰り返してみたところで、本展には土木の本質には決して到達しえないある種の「障壁」が設置されているからだ。その「障壁」とはメディアにほかならない。
「土木」とは、土や木といった自然物を人為的に改変ないしは抑圧することで人間の利益に資する営み全般を指す。であれば、それは必然的に土や木の物質そのものと密接不可分であるはずである。ところが本展は写真や映像、ないしは建築模型というメディアによって土木の物質性を媒介するばかりで、肝心の物質そのものはほとんどと言っていいほど見せられていなかった。企画者が言明しているように、土木が日常生活の根底にあるのは事実だとしても、それを自覚的に相対化するのであれば、日常生活にあふれているメディアを多用したところで、土木を日常性のなかからつかみ出すことはできない。むしろ、非日常性こそが日常性を相対化しうるという現代美術の大原則に則れば、日常では決して出会うことのない土木の現場の生々しい物質感こそが、私たちの足下に広がる土木の世界に想像力を差し向けるはずだ。もし、あの広大な会場に重機のひとつでも展示されていたら、もしあの無機質な展示空間の床に底が見えないほどの暗い穴がひとつでも穿たれていたら、本展の印象は一変していたにちがいない。
物質の忘却と参加体験の強制。本展の特徴をあえて乱暴に要約すると、このようになる。だが、こうした点は、本展の固有の特徴というわけではあるまい。それは、ポスト・プロダクト、関係性、参加、といったキーワードによって整理されがちな、昨今の現代美術の一部の潮流と共振しているように考えられるからだ。有無をいわさず参加を強制されたり、望みもしない関係性を無理やり結ばされたり、「地域社会」という公的な題目があろうとなかろうと、平たく言えば、「大きなお世話」というほかない作品が昨今あまりにも多すぎる。だいたい赤の他人と一緒にカレーを食べたところで、それがいったい「不愉快」以外のどんな感情を惹起するというのか。夢であれ希望であれ、自らの内面をポストイットに書かせる手法も、「馬鹿のひとつ覚え」という悪態が口に出るより先に、内に秘めた心情をあけすけにさせようとする、無遠慮で無神経なふるまいに怒りが募る。一見すると、非常に民主的かつ平和的な手法であるかのようだが、そのじつ、人の心に土足で踏み込むかのような、きわめて暴力的な悪意に満ちた作品が跋扈しているのだ。
参加体験という価値観に立脚した本展は、知ってか知らずか、そのような現代美術の悪質な潮流に巻きこまれてしまっている。必要なのは、土木の世界の物質性を、いかなるメディアにも媒介させることなく、そのまま展示することだった。物質をあるがままに提示すること。そう、ポスト・プロダクトないしは関係性の美学などを吹聴するアートが、とうの昔に批判的に乗り越えたはずの「もの派」的な作品のありようが、この場合に限って言えば、じつはきわめてまっとうだったのではあるまいか。

2016/07/06(水)(福住廉)

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メアリー・カサット展

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会期:2016/06/25~2016/09/11

横浜美術館[神奈川県]

印象派を代表するアメリカ人女性画家、メアリー・カサットの回顧展。日本では1981年に伊勢丹美術館と奈良県立美術館を巡回した展覧会から35年ぶりにカサットの絵画を鑑賞できる貴重な機会である。油彩画をはじめ、パステル画や版画、カサットと親交のあったエドガー・ドガやベルト・モリゾ、カミーユ・ピサロらの作品、そしてカサットに大きな影響を与えた葛飾北斎や喜多川歌麿の浮世絵など、併せて112点が展示された(なお同館の後、京都国立近代美術館に巡回する[9月27日~12月4日])。
「あふれる愛とエレガンス。」──本展のチラシに記載されたキャッチ・コピーが示しているように、メアリー・カサットは愛と優美の画家として語られることが多い。事実、カサットの代名詞とも言える母子像──例えば《眠たい子どもを沐浴させる母親》(1880)や《母の愛撫》(1896頃)など──を見ると、母子に限りなく接近したスナップショット的な構図に基づいているせいだろうか、子どもに注がれた温かい視線と慈しみの感情を存分に味わうことができる。
しかしメアリー・カサットの真骨頂は、必ずしも母性愛を美しく描いた点にあるわけではない。それは、むしろ「母性愛」から女性を解放するジェンダー・フリーの視点を巧みに描き出した点にある。
本展最大の見どころは、本邦初公開となる《桟敷席にて》(1878)である。中心に描かれているのは、劇場の桟敷席からオペラグラスをとおして舞台を見つめる女性。きらびやかなドレスを着飾る周囲の女性たちとは対照的に、彼女はシックな黒いドレスに身を包んでいる。社交の場である劇場には似つかわしくないが、逆に言えば、社交を望んでいないことの現われでもある。事実、彼女の横顔から伺えるのは、脇目もふらず舞台を一心に見つめる力強い眼差しだ。左手で持つ硬く閉じられた扇子も、周囲の喧騒をよそに舞台に集中する彼女の頑なな意志を体現しているように見えなくもない。
この絵画が面白いのは、彼女の背後に男性の視線を描いているからだ。桟敷席の奥にいるのは、同じくオペラグラスで彼女を露骨に見つめる男性。身を乗り出すほどだから、おそらく好色の視線で彼女を凝視しているのだろう。けれども、彼女が男性の視線に応えることはない。あるいは、オペラグラスを持つ右手で不快な視線を遮断しているのかもしれない。いずれにせよ、この絵画には決して交わることのない2つの視線が描き出されているのである。
視線の非応答性。カサットの《桟敷席にて》に見出すことができる特徴をそのように言い表わすとすれば、それは、例えばオーギュスト・ルノワールの《桟敷席》(1874)と比較してみれば、よりいっそう際立つにちがいない。カサットが描いた控えめな彼女とは対照的に、ルノワールの描いた彼女は艶やかなドレスを着飾り、胸元のバラが華やかな印象をよりいっそう強めている。しかも、ルノワールの彼女の視線は絵画を鑑賞する私たち自身にしっかりと向けられているが、その先には対面の桟敷席から彼女をオペラグラスで見つめる男性がいることは想像に難くない。なぜなら、彼女の背後には同伴しているのだろうか、オペラグラスで劇場内の女性を物色している男性が描かれているからだ。つまり、彼女は自らに注がれた男性からの視線に応答しているわけだ。口元には、かすかな微笑みが浮かんでいるから、これから何かが始まるのかもしれない。
見る主体としての男性と見られる客体としての女性。ジェンダーアートにとっての基本的な図式を踏まえるならば、ルノワールは見られる客体としての女性を順接的に描いたのであり、その反面、カサットは見る主体としての女性を逆接的に描いたと言えよう。あるいは、カサットはルノワールが描いた旧来の女性像を転覆したと言ってもいい。男性からの視線に一切応答せず、あくまでも自らが見たい対象を一心不乱に見る。そのような自立した女性像は、印象派のみならず、当時の社会状況のなかでも画期的だったと考えられるからだ。グリゼルダ・ポロックが的確に指摘したように、「そうして積極的に見ているところを描くことによって、彼女が対象化されるのを防ぎ、彼女を視線の主体にしているのである」(『視線と差異』p.126)。
ただ、あえて深読みするならば、メアリー・カサットは見る主体としての女性を描写することで、見る主体としての男性と見られる客体としての女性という支配関係を象徴的に反転させただけではない。カサットは、そこからもう一歩踏み込んで、男性に依存しない、より自由な女性の生き方を絵画のなかで夢想していたのではなかったか。
前述したように、メアリー・カサットは母子像を繰り返し描いていたが、よく見ると、そこには父親としての男性が一切含まれていないことに気づく。むろん家庭という私的領域に囲い込まれた母と子の深い紐帯を強調して描写した結果として、公的領域と私的領域のあいだを自由気ままに往来する男性が画面から除外されてしまったと考えることもできなくはない。しかし母と子の多幸感あふれる世界を見ていると、カサットは男性=父親を意図的かつ入念に画面から排除したように思えてならない。ちょうど《桟敷席》の彼女が男性からの吟味の視線をはねつけながら、あくまでも観劇する主体として振舞っていたように、カサットは母と子だけで完結した幸福な想像世界を画面上に確信的に描写したのだ。
そこに、カサット自身が生涯未婚であり、子どもを産むこともなかったという事実を重ねて見ることは容易い。けれども重要なのは、カサットの想像力を事実によって裏づけることより、むしろその想像力に私たち自身の想像力を重ねることだろう。カサットの母子像における男性ないしは父親の不在が暗示しているのは、家父長制に束縛された母性愛とは対照的に、女性同士の連帯を示すシスターフッドによって成立する母性愛ではなかったか。その先にレズビアンにとっての家族のイメージを見出すことすらできるだろう。

2016/07/05(火)(福住廉)

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ユートピア・ヘテロトピア 烏鎮国際現代美術展

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会期:2016/03/28~2016/06/26

烏鎮北柵紡績工場跡地、西柵観光地[中国・浙江省]

中国・浙江省の観光都市、烏鎮で催された国際展。烏鎮は「東洋のヴェニス」とも言われる水都で、地政学的には上海と杭州のあいだに位置する。古い街並みを人工的に保存した街は、中国人観光客の人気が高い。訪ねた初日は平日だったにもかかわらず、じつに多くの観光客で賑わっていた。
会場のひとつである西柵観光地は、ある種のテーマパークである。ビジターセンターで入場料を支払うと、巨大な湖を中心に形成された街に立ち入ることができる。あまりにも広大なため、ビジターセンターから街の中心部まで移動するには、無料で乗車できる電気自動車に頼るほかない。水路が入り組んだ街にはホテルや飲食店、土産物屋が軒を連ね、観光客は徒歩で、あるいは舟に乗って、ノスタルジックな風景を楽しむというわけだ。とりわけ夜間は、点在する灯りがロマンティックな雰囲気を醸し出し、多くの観光客が老酒を片手にまどろんでいた。
本展は、そのような観光都市の新たなコンテンツとして開発された。西柵観光地の敷地内には、いくつかの作品が野外展示されていたが、メインの会場は西柵観光地の敷地外にある北柵紡績工場跡地である。縦長の大きな工場を大幅にリノベーションした建物の内部は見事なまでに白く、快適な展示空間に仕上げられていた。ここで作品を展示したのは、マリーナ・アブラモヴィッチやビル・ヴィオラ、デミアン・ハースト、オラファー・エリアソン、キキ・スミス、ローマン・シグネール、リチャード・ディーコンといった西欧現代美術のビッグ・アーティストから、アイ・ウェイウェイ、ソン・ドン、シュ・ビン、マオ・トンチャンら中国人アーティスト。さらには日本からは荒木経惟と菅木志雄が参加した。全体的に旧作が多いとはいえ、これだけのアーティストの作品を一挙に鑑賞できるのは、本展のセールスポイントであると言えるだろう。

マオ・トンチャン《Tools》
菅木志雄《Law of Peripheral Units》

注目したのは、中国のリ・ビンユアン。パフォーマンス・アーティストで、各地で繰り広げた数々のパフォーマンスの記録映像を並べた。大量の金槌を同じ金槌で次々と叩き割ったり、刃物を仕込んだ靴を履いてバイクの後部座席に乗り火花を走らせたり、車道の両脇に立つ門柱のあいだを車が通過するたびに飛んで渡ったり、いずれも単純で愚直な身体行為が面白い。このようなパフォーマンス作品は日本においても見受けられる同時代的な傾向の現われと言えるが、彼のある種の馬鹿馬鹿しい作品が本展において際立って見えたのは、欧米アーティストによる身体表現の多くが──アブラモヴィッチしかり、シグネールしかり──、いずれも過剰なまでに思弁的な雰囲気を湛えていたからなのかもしれない。より直截に言い換えれば、息苦しくも強圧的な作品が立ち並ぶなか、リ・ビンユアンの軽妙な作品で救われたのだ。
しかし、このことはリ・ビンユアンの作品が例外的に評価できることを意味しているだけではない。西洋と東洋のあいだの身体表現をめぐる非対称性は、烏鎮ではじめられたこの国際展の行く末を暗示しているのではなかろうか。北京でもなく上海でもない、烏鎮というある意味で周縁的な都市で新たな国際展を開始するうえで、欧米のビッグ・アーティストを勢揃いさせた展示構成が有効であることは疑いない。けれども、この方針を引き続き継続するならば、本展は現在の世界に過剰供給されている国際展と芸術祭の、ワン・オブ・ゼムに終始してしまうことは火を見るより明らかだ。つまり重要なのは、欧米のアート・サーキットに乗ることより、むしろ烏鎮ならではの固有性と独自性を打ち出すことではないか。そのとき、例えばこの土地の風土や観光資源、歴史性が手がかりになるはずだが、残念ながら本展は欧米圏を志向するあまり、それらを有機的に統合するには至っていないようだ。展示の中心はあくまでも紡績工場跡地であり、これはテーマパークとしての西柵観光地の敷地外にあるため、観光客が流れてくることはほとんどないし、そもそも街中には国際展の開催を告知する広告物がまったくと言っていいほど見当たらなかった。辛うじて紡績工場の歴史性に言及したアン・ハミルトンの作品も、紡績工場跡地ではなく、なぜか西柵観光地内の劇場に展示されていたからだ。紡績工場跡地の会場にしても、国際展や芸術祭の祝祭性はほとんど見受けられず、どちらかと言えば静謐な美術館に近い。
今後の国際展と芸術祭のありようを考えるうえで、その土地固有の文化やローカル・アイデンティティが不可欠であることは言うまでもない。それがなければ、他の国際展や芸術祭と代替可能な凡庸なものに成り下がってしまうからだ。リ・ビンユアンのほか、中国国内のおびただしい監視カメラの映像をサンプリングすることで映画の予告編のような衝撃的な映像をつくり出したシュ・ビンなど、すぐれたアジアのアーティストがいるのだから、今後は彼らのようなアーティストを文化資源とすべきではなかろうか。

2016/06/18(土)(福住廉)

毒山凡太朗「経済産業省第四分館」

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会期:2016/06/09~2016/06/13

東京都千代田区霞が関1-3-1経済産業省前テントひろば[東京都]

近年、精力的に作品を発表している毒山凡太朗の新作展。タイトルに示唆されているように、経済産業省の前の、いわゆる「脱原発テント村」を会場にした。これは、東日本大震災以後、経産省が管轄する「ポケットパーク」という公共空間に自発的に仮設されたテント村で、違法であることに違いはないが、市民が代わる代わる寝泊まりすることで脱原発ないしは反原発を訴える、ある種のスクワット運動の拠点である。3つ並んだテントのうちのひとつに入ると、支援者らによる視覚表現とともに毒山の作品が展示されているという案配だ。
毒山の作品は、このテント村の「住人」たちとともに、テント村の理想的なヴィジョンを構想するというもの。このテント村をどのように改めれば住みよくなるか、あるいはどのようにすれば運動の目的を達成できるか。そのやりとりを録音した音声が流れるなか、その内容に応じてスクリーンに投影されたパソコンのモニター映像が次々と切り換えられていくという仕掛けである。
毒山が優れているのは、何よりもその高いコミュニケーション能力である。仮設住宅で暮らす帰宅困難者に故郷へ帰る道を塞ぐバリケードをphotoshopで消去してもらうキュンチョメの作品《ウソをつくった話》(2015)でも、毒山は帰宅困難者のおじいちゃんおばあちゃんの心にいつの間にか滑りこんでいたが、それは彼が福島県出身であるがゆえに郷土の言葉をアドバンテージとすることができたからではない。軽妙な話術と何より愛すべきキャラクターがあるからこそ、脱原発テント村の「住人」たちの心にも、たちまち忍び込むことができたのである。これは、おそらく他のアーティストでは容易にはなしえない、毒山ならではの才覚であると言えよう。
両者のやりとりから浮き彫りになるのは、テント村を「経済産業省第四分館」に設える構想。仮設のテント村を鉄筋コンクリートの立派な2階建てに建てかえてしまえば、住み心地も大きく改善されるだろうし、仮に「経済産業省第四分館」として公認されれば、強制撤去の恐れもなくなるだろう。ひいては脱原発という夢も実現するかもしれない。テント内には、その建造物の模型と、この「占拠物件」の物件情報が、霞が関近辺の不動産情報とともに掲示されていた。
むろん荒唐無稽な想像の産物であることに違いはない。切実な動機に基づく脱原発運動に水を差す恐れすらある。だが、毒山の作品が大胆に切り開いているのは、まさしくそのような想像上の地平なのだ。
毒山は「経済産業省第四分館」によってテント村の「住人」たちの夢を引き出したと同時に、その延長線上に脱原発という究極的な理想があることを暗示していた。だが、それは脱原発運動をある種の夢物語として切り捨てているわけではない。なぜなら、「経済産業省第四分館」という構想に耳を傾けていると、経済産業省が主張する原発政策もまた、途方もない夢物語であることをまざまざと理解できるからだ。つまり、原発という抜き差しならない現実問題をめぐって対立する両陣営は、ともに想像の水準でも敵対しているのだ。いや、より正確に言い換えるならば、経済産業省とテント村は空間的に隣接するだけでなく、想像力を費やしながら、夢と夢の闘いを繰り広げているのである。
毒山の活動が広義の意味でのアート・アクティビズムであることは間違いない。通常、それが闘争の勝利や目的の達成という現実的な一面に呪縛されるあまり、アートの一面を軽視しがちであるのとは対照的に、毒山のアート・アクティビズムは、そのような「現実」にとらわれることはない。むしろ毒山凡太朗の眼は、想像力こそが今や最前線であるという現実を正確に見抜いているのである。

2016/06/10(金)(福住廉)

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福住廉

1975年生まれ。美術評論家。著書=『今日の限界芸術』共著=『フィールド・キャラバン計画へ』『ビエンナーレの現在』『道の手帖 鶴見俊輔』。

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