2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

佐内正史『銀河』

発行所:自費出版(「対照」レーベル)

発行日:2018/03/21

佐内正史が2008年に立ち上げた自主レーベル「対照」の写真集は、このところずっと刊行が止まっていた。どうなっているのだろうかと気になっていたのだが、なんと6年ぶりに新作が出た。『銀河』は「対照」の14冊目にあたるのだという。

内容はまさに6年間の集大成というべき趣で、判型はそれほど大きくはないが、見開き裁ち落としのレイアウトのページに、写真がぎっしりと詰まっている。特にコンセプトはなく、思いつきと思い込みを形にしていくいつも通りのスタイルで、ページをめくっていく速度と、写真の世界が切り替わっていくタイミングがシンクロするととても気持ちがいい。ミュージシャンや女優を撮影した仕事の写真と、PCのゲーム画面をそのまま撮影した画像などが見境なく入り混じっているのも、いかにも佐内らしい。以前に比べてのびやかさ、屈託のなさが増しているように感じるが、これはやや物足りなさにもつながる。『生きている』(1997)、『MAP』(2002)、『鉄火』(2004)の頃の彼は、集中力と緊張感を感じさせる写真と、緩やかに拡散していくような写真とのバランスをぎりぎりのところで保っていた。見つめる力の強い凝視型の写真を、もう少し多く入れてもよかったのではないだろうか。

デザイン・造本は『生きている』以来のタッグ・パートナーの町口覚。「ユーズドデニムのように何回もページを開いて見るほどに味わいが出てくる写真集」という狙いが巧くはまっている。

2018/04/01(日)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2018年3月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

〈妊婦〉アート論 孕む身体を奪取する

編著者:山崎明子、藤木直実
発行:青弓社
発行日:2018年1月30日
定価:2,400円(税抜)
サイズ:A5判、ソフトカバー、152ページ
デザイン:Malpu Design(清水良洋)

孕む身体と接続したアートや表象──妊娠するラブドールやファッションドール、マタニティ・フォト、妊娠小説、胎盤人形、日本美術や西洋美術で描かれた妊婦──を読み解き、妊娠という女性の経験を社会的な規範から解き放つ挑発的な試み。

gggBooks No.125 ウィム・クロウエル

著者:ウィム・クロウエル
発行:DNP文化振興財団
発行日:2017年12月14日
定価:1,165円(税抜)
サイズ:B6判、ハードカバー、63ページ
デザイン:ヘルムート・シュミット、ニコール・シュミット

「デザイナーとは、客観的な姿勢を持ってインフォメーションデザインに取り組むべき、と主張する彼の見解は、新たなパラダイムの形成を後押しし、生き生きとしたデザインの風潮を生み出すことにも貢献しました。クロウエルの全業績を顧みると、理論と手法に前例のない次元の詩情と美学を統合させつつ、半世紀にわたって極めて一貫性のある作品づくりを実現し続けてきた証しが浮かび上がってきます」。オランダのグラフィックデザイナー、ウィム・クロウエルの業績の全容を伝える日本初の展覧会に合わせ発売された作品集。

[引用部分:展覧会ウェブサイトより]

版画の景色 現代版画センターの軌跡

発行:埼玉県立近代美術館
デザイン:刈谷雄三+角田奈央+平川響子(neucitora)
発行日:2018年2月
定価:2,037円(税抜)
サイズ:B5判、紙製ケース入り3冊組

「多くの人々が手にすることのできる「版画」というメディアの特性を生かし、その普及とコレクターの育成を目ざして誕生した「現代版画センター」(1974-85)。同センターは10年あまりの活動の中で、およそ80人におよぶ美術家と協力して700点を超える作品を次々に世に送り出し、同時代の美術の一角を牽引したことで知られています。(中略)現代版画センターが制作した作品と資料から、その活動の軌跡をたどります」。
同名の展覧会は埼玉県立近代美術館にて2018年3月25日(日)まで開催中。

[引用部分:美術館ウェブサイトより]

ふるさとの駄菓子 ──石橋幸作が愛した味とかたち

発行:LIXIL出版
アートディレクション:祖父江慎
デザイン:藤井瑤(cozfish)
発行日:2018年3月
価格:1,800円(税抜)
サイズ:A4判変型、ソフトカバー、92ページ

「吹き飴、かりんとう、ねじりおこし、かるめら焼…江戸時代より日本各地で米穀や水飴を用いて作られ育まれてきた郷土駄菓子の数々。日本の風土から生まれた昔ながらの菓子は戦後より徐々に数が減少する中で、その姿を後世に残すべく全国行脚した人がいた。仙台で創業明治18年から続く「石橋屋」の二代目、石橋幸作氏(1900-1976)である。(中略)本書では、幸作氏の駄菓子愛に溢れた記録をたっぷりと図版展開。全国で採集した駄菓子スケッチと名前や製法までも書き留めた記録帳、食文化の観点から民俗学的分類と解説を交えて紹介した再現模型、幸作氏の功績と仙台駄菓子誕生との関わりもひもとく。ページをめくるたびに素朴で愛らしい駄菓子の表情が彩り豊かに展開する。失われつつある庶民の菓子文化を考察する上で貴重な一冊」。
同名の展覧会はLIXILギャラリー大阪にて開催中(東京にも巡回予定)。

[引用部分:発行元ウェブサイトより]
サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法

発行:練馬区立美術館、宇都宮美術館、三重県立美術館、兵庫県立美術館、広島県立美術館
デザイン:岡田奈緒子+小林功二(ランプライターズレーベル)
発行日:2018年2月
価格:2,130円(税抜)
サイズ:B5判変型、ハードカバー、264ページ

「フランスを代表するポスター作家であるレイモン・サヴィニャック(1907-2002)。サーカスや見世物のアートに魅せられ確立したサヴィニャックのスタイルは、第二次世界大戦後、それまでのフランスにおけるポスターの伝統であった装飾的な様式を一新します。(中略)20世紀フランスという時代と場所の空気を切り取ってきた写真を通して、今日『屋外広告』とよばれる広告芸術が、道行く人々の心を癒し心躍らせ、時に批判され、街の中でどのような効果を発揮していたかに思いを馳せながら、ポスターというメディアを魔術師のように操ったサヴィニャックの世界をご堪能ください」。
練馬区立美術館で2018年4月15日(日)まで開催中(その後国内4カ所に巡回予定)の「練馬区独立70周年記念展 サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」展の公式図録。

[引用部分:美術館ウェブサイトより]
ビジュアル版 レイモン・サヴィニャック自伝

著者:レイモン・サヴィニャック
翻訳:谷川かおる
発行:小学館
発行日:2018年2月20日
価格:4,200円(税抜)
サイズ:B5判、272ページ

本書は、サヴィニャックが残した唯一のまとまった著作物である自伝(初版1975年、再版1988年)の完全新訳です。幼い頃のパリの下町での暮らしや、兵役、なかなか芽が出ない解雇と職探しの日々、そして41歳の時に突然、訪れた大成功とその後に続く国際的人気作家としての激動の半生が、作品と同様エスプリ溢れる軽快な筆致によって、古き良きフランス映画のように描き出されます。随所に織り込まれたユニークな創作論も魅力のひとつです。

オリンピックと万博 ──巨大イベントのデザイン史

著者:暮沢剛巳
発行:筑摩書房
発行日:2018年2月5日
価格:860円(税抜)
サイズ:新書判、270ページ

二〇二〇年東京五輪のメインスタジアムやエンブレムのコンペをめぐる混乱。巨大国家イベントの開催意義とは何なのか? 戦後日本のデザイン戦略から探る。

写真の映像 写真をめぐる隠喩のアルバム

著者:ベルント・シュティーグラー
訳者:竹峰義和+柳橋大輔
発行:月曜社
装幀:宇平剛史
発行日:2015年12月
価格:3,400円(税抜)
サイズ:四六判、ハードカバー、288ページ

世界言語としての写真という記号をめぐる事典──黎明期からデジタルメディア時代まで、アルファベット順に55項目のキーワードで写真作品(ニエプス~アーバス)を読み解く。数々の写真論(ベンヤミン~クレーリー)の引証を交えつつ、〈映像=表象〉をめぐる隠喩の星座がもつ写真史的布置を浮かび上がらせる、光と影のアルバム。

福岡道雄 つくらない彫刻家

著者:福岡道雄
発行:国立国際美術館
デザイン:西岡勉
発行日:2017年10月28日
価格:2,000円(税抜)
サイズ:B4判変型、ソフトカバー、240ページ

大阪在住の彫刻家、福岡道雄(1936年生まれ)。時代の流れを横目に、「つくること」のあるべき在り方を静かに問いつづけてきた人物です。彫刻家を志した1950年代から、「つくらない彫刻家」となることを宣言した2005年を経て現在にいたるまで、60余年にわたるその制作の軌跡を紹介します。

KIITOドキュメントブック 2016

企画・制作・編集:デザイン・クリエイティブセンター神戸
アートディレクション&デザイン:寄藤文平+北谷彩夏(文平銀座)
編集ディレクション:竹内厚(Re:S)
発行日:2017年3月
価格:非売品(KIITOのウェブサイトにてPDFダウンロード可
サイズ:A4判、ソフトカバー、80ページ

デザイン・クリエイティブセンター神戸の2016年度の活動をドキュメントしたアニュアルブック。一年間を通じて施設の内外で行なわれた多様なプロジェクトやワークショップなどを豊富な写真とともに紹介。

2018/03/13(artscape編集部)

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戸坂潤、林淑美編『戸坂潤セレクション』

発行所:平凡社ライブラリー

発行日:2018/01/10

戦前の日本を代表する哲学者・戸坂潤(1900-1945)の著作は、いまどれほど読まれているだろうか。治安維持法によって幾度も検挙・勾留され、敗戦のわずか6日前に獄死した戸坂は、その短い生涯にもかかわらず、科学論・技術論・空間論をはじめとする多くの著作を残した。他方、海外の受容を見てみると、従来どちらかと言えば傍流と見なされていた「風俗」や「日常性」を論じた戸坂のテクストに、むしろ注目が集まっているようである(この傾向はハリー・ハルトゥーニアン『近代による超克』[梅森直之訳、岩波書店、2007]によって決定的なものとなった)。しかしそれでも、近代日本におけるもっとも傑出した哲学者のひとりである戸坂潤の著作は、一般の読者にはほとんど読まれていないのではないか、というのが評者の偽らざる実感である(岩波文庫の『日本イデオロギー論』が長らく品切であることが、それを象徴しているように思われる)。

本書はその表題通り、戸坂潤の主要論文を束ねたアンソロジーである。もっとも古い「『性格』概念の理論的使命」(1928)から、晩年の「所謂批評の『科学性』についての考察」(1938)までの計26篇が、このたび文庫で読めるようになったことは誠に喜ばしい。論述の対象は、いわゆる歴史哲学から風俗現象をめぐる考察、さらには当時の近衛内閣や和辻倫理学への批判にいたるまで、じつにさまざまだ。これらすべてをひとりの哲学者が10年あまりのあいだに書いたという事実には、ただただ圧倒される(しかも、これらはあくまで著作のごく一部なのだ)。

内容はいずれも一級品である。当時の執拗な検閲をくぐり抜けてきた戸坂の文体はけっして近づきやすいものとは言えないが、その透徹した論理に躓かされることはほとんどない。ゆえにどこから読み進めても差し支えないが、はじめての読者には、序盤の「日常性の原理と歴史的時間」(1931)や「『文献学』的哲学の批判」(1935)を薦めたい。これらに目を通せば、しばしば現在性、実際性、時局性、などと言いかえられる戸坂の「アクチュアリティー」という言葉について、おおよそのイメージをもつことができるのではないかと思われる。

「アクチュアリティー」とは何か。それは「日々の原理」であるというのが、おそらくもっとも簡潔な答えである。戸坂が考える時間の本性とは「時代(Zeit)」であり、それはある抽象的な時間ではなく、歴史的な「刻み」を入れられた歴史的時間のことである。そして私たちはこうした歴史的時間のなかに生きている。そうである以上、時代に「刻み」を入れるのは私たちの「日常」を措いてほかにない。事実上、時代に性格を与えるのは政治だが、その根本において時代を支配しているのは、私たちが生を営んでいるこの「日常性」の原理なのだ──「日々の持つ原理、その日その日が持つ原理、毎日同じことを繰り返しながら併し毎日が別々の日である原理、平凡茶飯事でありながら絶対に不可避な毎日の生活の原理、そういうものに歴史的時間の結晶の核が、歴史の秘密・・が、宿っているのである」(傍点ママ、本書70頁)。

戸坂の著作を貫いているのは、こうした「日常」への、あるいは「アクチュアリティー」への切迫した眼差しである。政治であれ学問であれ、「アクチュアリティー」への意識を欠いた仕事に対する戸坂の追撃は容赦がない(とはいえ、そうした切迫ないし徹底性が彼の生を著しく縮める結果になったのは痛ましいかぎりだが)。本書は、そうした「アクチュアリティー」を求めつづけた哲学者の闘争を現代に甦らせるべく、適切な編集と校訂によって編まれた一書である。

2018/03/11(日)(星野太)

荒木慎也『石膏デッサンの100年──石膏像から学ぶ美術教育史』

発行所:アートダイバー

発行日:2018/02/01

本書の著者は、かつて「受験生の描く絵は芸術か」により第13回芸術評論賞佳作を受賞した美術史・美術教育学の研究者である。個人的な回想になるが、2005年8月号の『美術手帖』に掲載されたこの論文を、新鮮な驚きとともに読んだことをよく覚えている。その後も著者は、日本の美術教育における石膏デッサンの歴史的調査や、アメリカの美術大学における韓国人留学生を対象としたフィールドワークをもとに、数々の刺激的な論文を世に問うてきた。博士論文をもとにした本書『石膏デッサンの100年』は、いわばその集大成と呼べるものであろう。本書はもともと2016年12月に三重大学出版会から刊行されたが、初版300部がすでに完売していることもあり、このたび装いも新たにアートダイバーから再販される運びとなった。

以上のような経緯もあり、美術関係者のなかにはすでに本書を読んだか、その内容を仄聞した者も少なくないだろう。本書の主人公である「石膏像」と言えば、戦後から今日まで美大・芸大受験の定番課題でありつづけている「石膏デッサン」の主役であり、美術産業になんらかのかたちで関わる「当事者」たちにとっては、文字通り他人事ではないからだ。世代を問わず、日本で専門的な美術教育を受けた者は、ほぼ例外なくこの石膏デッサンを通過してきている。そんな当事者たちにとって、雑誌・カタログ・予備校関係者へのインタビューなどを通じてその功罪を丁寧に追跡した本書の内容は、さまざまな記憶と複雑な感情を惹起するにちがいない。

また当事者ならずとも、本書をいったん手に取った読者は、石膏像をめぐって展開されるそのスリリングな歴史叙述に引き込まれていくはずだ。まずは第1章「パジャント胸像とは何者なのか」に目を通してみてほしい。そこでは、いっけん何の変哲もないこの石膏像がじつは日本と韓国でしか流通していないこと、著者が本研究に着手するまで、この像は原型すら正確に知られていなかったこと、そしてこの像の名前はそもそも「パジャント」ではないこと(!)等々、驚きの事実が次々と明らかになる。

それ以降の各章では、西欧のアカデミーにおける石膏像の役割、明治期におけるその輸入、さらに工部美術学校や東京美術学校における石膏像の購入履歴などが事細かに語られる。学術書であるがゆえの専門的な記述も少なくないが、そこに登場する黒田清輝・小磯良平・野見山暁治といった画家たちを(万が一)知らなくとも、彼らが美術教師としてどのように「石膏デッサン」に向き合ったのかというその顛末を、本書はありありと伝えてくれる。また、後半で語られる東京藝術大学と美術受験予備校の「駆け引き」には驚きと苦笑を禁じえない読者も多いだろう。堅実な学術書でありながら、「非当事者」のそんな野次馬めいた読み方も可能にする、あらゆる読者層に向けられた著作である。

2018/03/11(日)(星野太)

土田ヒロミ『フクシマ 2011─2017』

発行所:みすず書房

発行日:2018/01/25

土田ヒロミの執念が、大判ハードカバーの写真集として形になった。土田は東日本大震災の後、「ひとりの表現者としてどのように向き合えばよいのか」と悩み抜いていたが、まずは福島第一原子力発電所の大事故で避難指示が出た地域の「ボーダー線上を歩いてみることから始めよう」と心に決める。2011年6月から開始されたその撮影の作業は、6年越しで続けられ、今回写真集にまとめられた。

土田の方法論は明確である。デジタルカメラによって、風景の細部をきっちりと押え、ひとつの場所を何度も繰り返し訪れることで、定点観測的に画像が蓄積されていく。その結果として、いくつかの季節を経て微妙に姿を変えていく「フクシマ」のベーシックな環境が、撮影された日付と地名を添えて淡々と提示された。だが読者は、どうしてもそれらの一見静穏なたたずまいの写真群に、見えない放射能の恐怖を重ね合わせないわけにはいかなくなるだろう。さらに、2013年頃から開始された除染作業によって、大地は削り取られ、それらの土壌廃棄物を詰め込んだ「フレコンバッグ」が、あちこちの「仮々置き場」に不気味に増殖していく。時折あらわれる、白い防護服を来た人物たちの姿や、さりげなく写されている線量計なども、ここが「フクシマ」であるという現実を突きつけずにはおかない。

土田の代表作のひとつは、原爆が投下された広島のその後を検証した「ヒロシマ三部作」である。その彼が「フクシマ」に向き合い始めたことに、写真家としての役割を全うしようという強い意志を感じる。それは同時に「人類が直面している人と自然との関係の文明的危機」を受けとめ、投げ返そうという渾身の営みでもある。

2018/02/27(火)(飯沢耕太郎)

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