artscapeレビュー

吉田謙吉「満洲風俗・1934年」

2018年05月15日号

会期:2018/04/03~2018/05/06

JCIIフォトサロン[東京都]

今和次郎とともに「考現学」の創始者として知られる舞台美術家の吉田謙吉は、1934年8月に雑誌『経済知識』の特派員として満洲各地を旅した。大連、奉天、新京、哈爾濱、撫順と回るあいだに、吉田は目にしたものを、愛用のライカⅡ型で逐一撮影している。その一部は帰国後、「満洲国視察画報」(『経済知識』1934年10月号)という記事に掲載されるが、吉田はそれとは別に、都市ごとに密着焼き(コンタクト・プリント)を貼り込んだ写真帖を製作していた。今回のJCIIフォトサロンでの展覧会では、遺族の元に残されていた写真帖のページを切り離してスキャンし、少し大きめにプリントして展示していた。

それらを追っていくと、1920年代半ばに登場したドイツのエルンスト・ライツ社製のライカが、いかに革新的な小型カメラだったのかが見えてくる。吉田が街を歩き、何かに目を留めてシャッターを切る──その動作や呼吸がそこにいきいきと、あたかも一緒に体験しているような生々しさで伝わってくるのだ。むろん、「考現学」の調査で鍛え上げた観察力が大きく働いていることは間違いないが、それ以上に路上のスナップ撮影にのめり込んでいく彼の心の弾みが、写真の一枚一枚に宿っているようだ。

もうひとつ、このような展覧会を見ると、デジタル化がもたらした、精度の高い複写・再現の技術の可能性を強く感じる。ライカ判(24×36ミリ)の小さいコンタクト・プリントをさらに引き伸ばすと、満洲の街角の情景の細部がありありと浮かび上がってくるのだ。古写真や古い雑誌などの画像から、精細な情報を引き出してくるスキャニングや複写の技術の進化によって、新たな写真展示の形式が生まれつつあるのではないだろうか。

2018/04/04(水)(飯沢耕太郎)

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