artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

木原千裕「Wonderful Circuit」

会期:2022/05/24~2022/06/25

ガーディアン・ガーデン[東京都]

木原千裕は昨年、第1回ふげん社写真賞を受賞し、写真集『いくつかある光の』(ふげん社)を刊行した。今回の展示は第23回写真「1_WALL」のグランプリ受賞者個展である。ほかにも2018年に塩竈フォトフェスティバル写真賞で特別賞を受賞するなど、このところの活躍は目を見張るものがある。

木原が注目されているのは、あくまでもプライヴェートな視点にこだわりつつ、その写真の世界が開かれた普遍性を備えているからだろう。今回の「Wonderful Circuit」でも、僧侶である同性の恋人との関係が途絶したことをきっかけに、宗教とは何かと考えるようになり、チベットの聖地、カイラス山を訪れるというダイナミックな行動が写真の下地になっており、内向きになりがちな「私写真」の範疇を大きく拡張するストーリーが織り上げられていた。

会場構成にも特筆すべきものがあった。木原は展示の構想を練るうちに、仏教思想の「縁起」という概念に強く惹かれるものがあったという。「縁起」とは、万物は縁によって結びつき、生起し、消滅していく。一切は実体を持たない空であるという考え方だが、写真もまた、独立した個体ではなく、互いに結び合わされた関係性の束として捉え直される。その実践として、日本で撮られた恋人にまつわる写真、日常の光景、カイラス山への巡礼の旅などの写真群が、バラバラにシャッフルされた後で、いくつかの塊となって壁に並んでいた。どの壁に、どれくらいの大きさの写真を、どうちりばめるのかに苦心した様子が伝わってきたが、その試みがうまくいっていたかといえば、そうともいえないところがある。ただ、このようなもがきが、次のステップにつながっていくことは確かだと思う。

プライヴァシーの問題があって、本作を写真集として刊行できるかどうかはまだわからないということだが、ぜひ本の形でもまとめてほしい。その場合には、展覧会とはまた違った写真の構成原理を考える必要があるだろう。

関連レビュー

第一回ふげん社写真賞グランプリ受賞記念 木原千裕写真展「いくつかある光の」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2022年03月01日号)

2022/06/17(金)(飯沢耕太郎)

原直久「アジア紀行:上海」

会期:2022/05/11~2022/06/25

PGI[東京都]

原直久は日本大学芸術学部写真学科で教鞭をとりながら、ヨーロッパやアジアの各都市を8×10インチ判の大判カメラで撮影し、プラチナプリントに焼き付けた「紀行シリーズ」を、フォト・ギャラリー・インターナショナル(現・PGI)などでの個展で発表し続けてきた。今回は2007年にスタートしたという、上海をテーマにした作品30点を出品している。

原の写真を見ていると、ウジェーヌ・アジェの仕事が思い浮かぶ。アジェは19世紀末から1920年代にかけて、やはり大判カメラでパリの隅々までを撮影した写真家だが、建物を中心とした街路全体を画面にゆったりとおさめていく姿勢、被写体の細部の質感の描写へのこだわりに共通したものを感じる。原の写真の古典的な風格が、現代のこせこせとした写真を見慣れた目に逆に新鮮に映った。また、これはアジェもそうなのだが、原もまた都市の骨格となる建物や街路だけでなく、人々の生の営みにもカメラを向けている。今回の展示作品には、路上でスイカを売る人、大きな瓶を売る店、裏庭に干された洗濯物、階段の横に並んでいる手作りの郵便箱の群れなど、生活のディテールが写り込んでいる写真がかなりたくさんある。長時間露光で人物がややブレている写真もあるが、それが画面に思わぬ躍動感を与えていた。都市を自然と人工物との結節点、人間たちのさまざまな蠢きが波紋を広げている場所と捉える視点が、このシリーズに厚みを加えているように感じた。

2022/06/17(金)(飯沢耕太郎)

みんなのまち 大阪の肖像(1)第1期/「都市」への道標。明治・大正・昭和戦前

会期:2022/04/09~2022/07/03

大阪中之島美術館 4階展示室[大阪]

美術館の構想が発表されてから約40年、準備室が発足してから約30年、ずいぶん長くかかったが、大阪中之島美術館が本年2月にオープンした。その開館記念展のひとつとして開催されているのが「みんなのまち 大阪の肖像(1)第1期/「都市」への道標。明治・大正・昭和戦前」展である。「おおさか時空散歩―中之島からはじめよう」「胎動するランドスケープ」「パブリックという力場」「商都のモダニズム」「たなびく戦雲」の5部構成で、絵画、版画、写真、ポスター、書籍、映像など作品・資料約270点による充実した展示だった。

写真の仕事は浪華写真倶楽部、丹平写真倶楽部の会員の作品を中心に、主に「商都のモダニズム」のパートに出品されている。兵庫県立近代美術館所蔵の安井仲治の作品を除いては、同館所蔵の作品であり、立ち上げの時期から写真の収集に力を入れてきたその成果がよく現われていた。むろん安井のほか、小石清、花和銀吾、椎原治、平井輝七、河野徹、川崎亀太郎、棚橋紫水、天野龍一らの「新興写真」「前衛写真」の写真群は、これまでも多くの展覧会で取り上げられてきたものだ。だが、絵画、版画、ポスターなどと一緒に並ぶと、戦前の大阪におけるモダニズムの勃興という、トータルな時代状況、社会状況のなかから、それらが形をとっていったことがくっきりと見えてくる。本展にも多くの作品が出品されているグラフィック・デザイナーの前田藤四郎と、写真家の福田勝治が、青雲社という広告制作会社で机を並べており、福田が前田をモデルに撮影した斬新なポートレートが残っていることなど、新たな発見もあった。今後も、同館の写真コレクションを活かした意欲的な企画展をぜひ実現していってほしい。

なお、第1期終了後には「第2期/「祝祭」との共鳴。昭和戦後・平成。令和」展(8月6日~10月2日)の開催が予定されている。

2022/06/15(水)(飯沢耕太郎)

門井幸子写真展「春 その春」

会期:2022/05/30~2022/06/12

ギャラリー蒼穹舎[東京都]

門井幸子が北海道の道東・根室を撮影し始めたきっかけは、旭川に住む友人のお見舞いに行った際に、この地域に足を運んだためだという。いわば、偶然の出会いだったわけだが、東京在住の彼女にとって何か琴線に触れるものがあったのだろう。以後、春が来ると撮影に出かけるようになり、2014年、2019年、そして2022年とギャラリー蒼穹舎で「春 その春」という個展を開催した。残念なことに、2019年の回は見過ごしてしまったのだが、今回の展示を見て、最初の頃とは写真の雰囲気が違ってきていることに気づいた。

とはいえ、春まだ浅い時期の草むら、藪、林などのたたずまいを、モノクロームの繊細なトーンのプリントに写し込んでいくやり方には違いはない。ただ、画面に空をほとんど入れなくなったり、建物などの人工物にカメラを向けなくなったりといった、微妙な変化を加味することで、被写体に向き合う門井の姿勢がより純化されてきているように感じた。展示作品のなかに一枚だけ、鹿の首の骨が地面に横たわっている写真があり、門井の写真のなかでは被写体としてやや特異に思える。「以前なら入れなかった」というその写真を選ぶことができたところに、門井が自分の写真の世界に確信を深めていることが表われているのではないだろうか。地味といえば地味な仕事だが、いぶし銀の輝きを発するシリーズになりつつある。ギャラリー蒼穹舎はいい会場だが、もう少し広いスペースで、このシリーズの全体像が概観できる展示を見てみたい。

2022/06/10(金)(飯沢耕太郎)

新田樹「続サハリン」

会期:2022/05/31~2022/06/13

ニコンサロン[東京都]

報道/ドキュメンタリー写真のピークというべき1950-70年代には、多くのフォト・ジャーナリストが世界各地に足を運び、戦争や災害といった出来事を撮影し、雑誌や新聞などに発表していた。まさに「一枚の写真が世界を動かす」ということが、写真家にも読者にも信じられていた時代があったということだ。だが1980年代以降、フォト・ジャーナリズムは「冬の時代」を迎え、作品の発表の場も次第に失われていく。新田樹(にった・たつる)が独立して、写真家として活動するようになったのは1996年であり、彼はまさに「冬の時代」における報道/ドキュメンタリー写真のあり方を、徒手空拳で模索していかなければならなかったのではないだろうか。

新田がテーマとして選んだのは、第二次世界大戦後にロシア領となったサハリン(樺太)に取り残された在留日本人、朝鮮人である。約35万人といわれる日本人、2万~4万3千人とされる朝鮮人も、戦後数十年が経過する間に、その多くは帰国し、高齢化によって亡くなっていく。新田は、いわばその最後の生き残りというべき人たち(主に女性たち)にカメラを向けていった。2010年から本格的に開始されるその撮影の仕方は、まさに正統的なドキュメンタリー写真のそれといってよい。彼女たちの家を何度も訪ね、丁寧にインタビューし、室内やその周囲の風景を含めて、細やかなカメラワークで写真におさめていく。その成果は2015年の個展「サハリン」(銀座ニコンサロン)で発表され、今回の「続サハリン」展に結びついていった。われわれにはあまり馴染みのないドーリンスク(旧・落合)、ユジノサハリンスク(旧・豊原)、ブイコフ(旧・内灘)といった地名の場所、木村文子さん、奥山笑子さん、李富子さんといった名前の女性たちの姿が、まさに固有名詞化されて、それらの写真に写しとられている。

いま、サハリンはロシアのウクライナ侵攻によって別な意味で注目されるようになった。だが、新田の写真を見ていると、歴史に翻弄されつつも生き抜いてきた人たちを、抽象化することなく個々の存在として捉えることが、いかに大事であるかがわかる。やや地味ではあるが、厚みと重みを備えたドキュメンタリーの仕事といえるだろう。写真展に合わせて、「サハリン」「続サハリン」の2回の展示の写真をまとめた『Sakhalin』(ミーシャズプレス)が刊行された。テキストを英訳した小冊子付きの、とても丁寧な編集とレイアウトの写真集である。

2022/06/06(月)(飯沢耕太郎)