artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

野村恵子「Moon on the Water」

会期:2022/03/10~2022/04/03

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

野村恵子は2019年に「Otari-Pristine Peaks 山霊の村」で第28回林忠彦賞を受賞後、母方の故郷である沖縄に移住した。元々、デビュー写真集の『DEEP SOUTH』(リトル・モア、1999)以来、沖縄の人と土地をテーマにした写真を撮影し続けてきたのだが、移住前後の時期に集中して撮影された今回のシリーズ「Moon on the Water」は、ややフェーズが違ってきているのではないだろうか。展示された約40点の作品を見ると、彼女のからだの奥に潜んでいた沖縄人の血、魂がはっきりと表にあらわれ、生と死とが共鳴し合う清冽で力強いイメージとして形をとってきているように思えるのだ。とりわけ、DMにも使われた海中を漂う裸体の女性のような、水/海にかかわる写真群が鮮烈な印象を与える。生命そのものがそこから発生してくる母胎としての水/海のイメージが、多くの写真に通底しており、そのことによって、沖縄という土地の地霊(ゲニウス・ロキ)と共振する磁場が生まれてきている。野村の写真家としてのキャリアにおいて、ひとつの区切りとなる作品群となることは間違いない。

展示作品の中には、沖縄在住の写真家、石川竜一が写っているものもあった。石川と野村が、今後も生産的なコラボレーションを続けていくなら、より実りの多い成果が期待できるのではないだろうか。

2022/03/20(日)(飯沢耕太郎)

LILY NIGHT『ABSCURA』

発行所:赤々舎

発行日: 2022/02/22

リリー・ナイト(旧名はLily Shu)は1988年、中国・哈爾濱生まれ。埼玉大学、ケント大学(イギリス)、東京藝術大学大学院などで学び、2017年頃から写真作品を発表し始めた。本作『ABSCURA』は、2017年に東川町国際写真祭赤レンガ公開ポートフォリオオーディションでグランプリを受賞した、いわば彼女のデビュー作といえる仕事である。

2016年の冬と夏に、両親が来日して、東京で一人暮らす彼女の部屋を訪れ、ともに数日を過ごす──そのやや特異な体験を横軸にして、過去と現在、内と外の写真がコラージュ的にちりばめられ、Abstract(抽象)とObscura(写真機の原型であるCamera Obscura)を合わせた造語である「Abscura」として再構築されていく。筆者も赤レンガ公開ポートフォリオオーディションのレビュアーの一人だったので、その鮮やかで力強い写真構成の能力に強い印象を受けたのだが、いまあらためて見直しても、抽象性と物質性を見事に融合させた写真群には高度な表現力が発揮されている。

リリー・ナイトはその後、いくつかのコンペで入賞を重ね、個展を開催している。写真集『ABSCURA』の出版記念展として、リコーイメージングスクエア東京で、同名の展覧会も開催された(2022年2月10日〜28日)。ただそれらを見る限り、たしかに表現は精緻かつ複雑になってはいるが、本作のテンションの高さを越えていないのではないかと感じる。スケールの大きな才能であることは間違いない。次の一手でどう動いていくのかに注目したいものだ。

2022/03/19(土)(飯沢耕太郎)

山崎弘義「Around LAKE TOWN 10 -There is no place like HOME-」

会期:2022/03/03(木)~2022/03/13(日)

ギャラリーヨクト[東京都]

山崎弘義が埼玉県越谷市のレイクタウン地区を撮影し続けている「Around LAKE TOWN 」シリーズも、既に10回の展示を重ねた。2008年に街開きをしたというこのニュータウンは、大相模調節池に面して、巨大商業モールやマンションなどが連なる「ヤングファミリー層」の街である。伝統の重みを欠き、やや表層的ではあるが、浮き草にも似た軽やかさを持つこの街と住人の姿を、山崎は2014年以来8年にわたって追い続けてきた。その成果は厚みのあるドキュメンタリー写真の集積として形をとりつつある。

今回の展示作品に特徴的なのは、建物や、街路や公園でたまたま出会った人たちにカメラを向けたスナップ写真的なアプローチに加えて、レイクタウン地区に住む家族を、彼らの家の中で撮影した写真が出てきていることだ。いわば、外向きと内向きとの両方の視点がそろってきたことで、街と人の変貌を立体的に捉えることが可能になった。

このシリーズはむろんまだ完結したわけではなく、これから先も続いていくようだ。だが10回の展示を経て、そろそろひとつの区切りとなる時期に来ているのではないかとも思った。写真集としてまとめるのが一番いいのだが、昨今の出版事情では自費出版以外はなかなかむずかしいかもしれない。埼玉県や越谷市などの行政支援は受けられないのだろうか。田んぼの真ん中に忽然とひとつの街が出現し、少しずつ姿を変えていく──そのプロセスを長期にわたって多面的に撮影・記録した、貴重なドキュメントであることは間違いない。ぜひ、写真集として刊行してほしい。

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山崎弘義写真展「Around LAKE TOWN 7 -social distance-」 |飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年09月01日号)

2022/03/09(水)(飯沢耕太郎)

若山美音子「マグノリアの香り」

会期:2022/03/08(火)~2022/03/21(月)

ニコンサロン[東京都]

若山美音子は中国・四川省成都に生まれ、四川大学外国語学部日本語学科を卒業後に来日して、早稲田大学政治経済学部で学んだ。2000年頃から写真作品を制作し始め、瀬戸正人が主宰する「夜の写真学校」(Place M)で学ぶ。ニコンサロンでの個展は初めてだが、いくつかのギャラリーで個展を開催し、写真集『遠い呼吸-A distant breath-』(Place M、2020)を出版するなど、写真家としてのキャリアを伸ばしつつある。

今回の展示作品は、コロナ禍以前に、故郷の成都を中心に撮影した写真をまとめたもので、前作と比較しても視点のとり方に揺るぎない自信を感じることができた。若山の写真を見ると、特に2010年代以降の中国では、かつての日本の1970-80年代のように、都市の光景が大きく変わりつつある時期に差しかかっているのがよくわかる。古い建物や街路が新たに建て替えられ、人のたたずまいも様変わりしつつある活気あふれる街に、若山はきちんと正対してシャッターを切っている。おそらくあと10年も経てば、このハイブリッドな状況は失われ、均質な風景に覆い尽くされてしまうだろう。その意味では、新型コロナウイルス感染症の蔓延の影響で自由な渡航ができなくなったここ2年余りのロスは、とてももったいなかった。機会があれば、この続編をぜひ見てみたい。

なおタイトルのマグノリアは、春から夏にかけて花弁に糸を通して成都の街で売られている花だそうだ。その濃密な匂いが漂ってくるような写真群だった。

2022/03/09(水)(飯沢耕太郎)

欠片(かけら)~キンスキ・イムレ 写真の世界〜

会期:2021/12/07〜~2022/03/31

リスト・ハンガリー文化センター[東京都]

おそらく多くの人にとっては、初めて聞く名前だろう。筆者も、キンスキ・イムレ(ハンガリーの名前の表記は姓―名の順)という写真家については、東京・麻布十番のリスト・ハンガリー文化センターでの展示を見るまでは、まったく知らなかった。

キンスキは1901年にハンガリー・ブダペストで、ユダヤ系の知識人の家に生まれた。大学中退後、ハンガリー繊維業協会で文書管理の職に就くが、熱心なアマチュア写真家として知られるようになる。だが、いくつかの写真家団体の会員として活動し、雑誌などにも寄稿していたが、結局写真家として大成することはなかった。ユダヤ人への迫害により、1945年に強制労働に招集されて移動中に44歳という若さで亡くなってしまったからだ。彼が残したネガは、遺族によって管理され、苛烈な戦後の時期をくぐり抜けて、近年になってようやく陽の目を見ることになる。今回の展覧会には、ブダペストのバラッシ・インスティテュートで2019年に開催された回顧展の出品作、55点から抜粋された20点の作品が展示されていた。

展示作を見ると、キンスキの写真家としての能力の高さがよくわかる。街頭スナップ、建築、人物、抽象的な影の写真など、被写体の幅は広いが、どれも瞬間の表情を的確な構図、シャープな描写で捉えている。何よりも素晴らしいのは、ブダペストにおける両大戦間のつかの間の都市生活の輝きが、いきいきと写しとられていることだろう。もうひとつ興味深いのは、彼が同時代のモダニズム写真の文法や美意識を積極的に取り入れていることだ。上から見下ろした俯瞰構図、光と影のコントラスト、長時間露光によるブレの効果、クローズアップなどの視覚的効果への着目は、同時期の日本の「新興写真」の作り手たちとも重なり合う。もし、彼が第二次世界大戦後も生きていたら、さらにスケールの大きな作品世界をつくり上げていったのではないだろうか。

ラースロー・モホイ=ナジ、アンドレ・ケルテス、マーティン・ムンカッチ、ロバート・キャパなど、海外で活動したハンガリー出身の写真家たちについては、日本でもよく知られているが、キンスキのように国内にとどまった写真家たちについてはほとんど情報がない。本展をきっかけに、ハンガリー写真の流れがよりクリアに見えてくることを期待したい。

2022/03/04(金)(飯沢耕太郎)