artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
増田貴大『NOZOMI』
発行日:2017年1月20日
専門学校ビジュアルアーツグループが主催するビジュアルアーツフォトアワードの第14回受賞作品集である。ページを開いた読者は、最初はやや戸惑うのではないだろうか。路上や建物の中など、さまざまな状況にいる人たちが写り込んでいる。仕事をしている人、散歩をしている人、遊んでいる人、所在なげに佇む人、自転車を押して歩くカップルもいれば、墓地でお葬式の最中らしい人たちもいる。じつはこれらのスナップ写真はすべて、山陽新幹線の「のぞみ」の車中から、カメラを振りながらシャッターを切る「流し撮り」の手法で撮影されたものなのだ。
作者の増田貴大は、仕事の関係で一日2往復6時間、新大阪─広島間を「のぞみ」で移動していたのだという。このシリーズは、そのあいだに撮影した膨大な写真群からセレクトされた。写真を見ていると、偶然に垣間見られた光景にもかかわらず、そこに現代日本の「いま」がありありと写り込んでいることに驚かされる。一見平和な眺めなのだが、孤独や不安がじわじわと滲み出てくるようなものもある。写真が、社会の無意識をあぶり出す機能を備えたメディアであることを、あらためて思い起こさせる作品といえる。従来のドキュメンタリー写真の発想と手法とを更新する「ニュー・ドキュメンタリー」の誕生といえるのではないだろうか。
ところで、2003年にスタートしたビジュアルアーツ・フォトアワードは、今回の第14回で終了することになった。木村伊兵衛写真賞を受賞とした下薗詠子、日本写真協会賞新人賞を受賞した石塚元太良と小栗昌子、キヤノン新世紀グランプリ受賞の赤鹿麻耶、伊奈信男賞を受賞した藤岡亜弥など、いい写真家を輩出してきただけに、ここで終わるのはとても残念だ。
2017/02/20(月)(飯沢耕太郎)
プレビュー:咲くやこの花コレクション 三宅砂織個展
会期:2017/03/10~2017/03/25
SAIギャラリー[大阪府]
スナップ写真をモデルにモノクロ反転したネガのドローイングを制作し、それをコンタクトプリントした作品で知られる三宅砂織。VOCA賞(2010年)咲くやこの花賞美術部門(2011年)、京都府文化賞奨励賞(2016年)など華々しい受賞歴を誇り、昨年には文化庁新進芸術家海外研修制度でパリに1年間滞在していた彼女が、帰国後初の個展を開催する。三宅の作品に描かれているのは、誰もが経験したことがあるような日常の一コマが多い。また、身近な他人のフォトアルバムを覗いたときのような、間接的な記憶の情景も登場する。それらを通して感じるのは、確かだと思っていた自分の記憶や視覚が、じつは非常に曖昧で代替可能なものかもしれないという不安だ。その一方で、謎めいたイメージにずるずると引き込まれてしまうもう一人の自分も実感できる。本展に新作がどの程度含まれるのか、本稿執筆時点では定かでないが、彼女の作品を未見の人には打ってつけの機会となるだろう。
2017/02/20(月)(小吹隆文)
プレビュー:The Legacy of EXPO’70 建築の記憶─大阪万博の建築
会期:2017/03/25~2017/07/04
EXPO’70パビリオン[大阪府]
高度成長が頂点を迎える時期に開催され、戦後日本の記念碑というべき一大イベントだった1970年大阪万博(日本万国博覧会)。数々のパビリオンが立ち並び、さながら未来都市のようだった会場は、現在は公園となり(万博記念公園)、往時をしのぶ建築は《太陽の塔》などわずかしか残っていない。そのうちのひとつ《EXPO’70パビリオン》(元・鉄鋼館)で、大阪万博の建築をテーマにした企画展が行なわれる。展示物は、パビリオンの設計図、構想模型の写真、約14年の月日をかけて完成したエキスポタワー模型の初披露と、同タワーが解体される過程を記録した写真225点など。大阪万博は建築史的にも重要で、エアドームや吊構造などの新技術がふんだんに導入された。また、建築の価値観が重厚長大から軽く、小さく、動くものへとシフトするきっかけになったともいう。本展は、そうしたパビリオン建築の記憶をたどるとともに、現在に引き継がれているものを確認する機会となるだろう。
2017/02/20(月)(小吹隆文)
森山大道「Odasaku」
会期:2017/02/15~2017/03/05
POETIC SCAPE[東京都]
森山大道は1938年、大阪・池田市生まれ。ということは、大阪は文字通り彼の生まれ故郷ということになる。ただ、父親の仕事の関係で、子供の頃は日本各地を転々としており、森山が大阪に深く関わるのは、1950年代半ばに夜間高校を中退して商業デザインの仕事を始めてからだ。その後、1959年に岩宮武二のアシスタントとして写真の世界入り込むことで、大阪の街は別の意味を持って彼の前に立ち現われてくることになった。兄弟子の井上青龍のあとをついて街を歩くことで路上スナップの面白さに目覚めた彼にとって、大阪は文字通りの原風景となったのだ。森山の大阪のスナップ写真は、例えば新宿のそれとは微妙に異なる、生々しい質感を備えているように思える。
今回、町口覚が企画・デザインして刊行した写真集『Daido Moriyama: Odasaku』(match and company)は、その森山の大阪の写真(主に月曜社から2016年に出版された写真集『Osaka[大阪]』に収録されているもの)に、織田作之助の短編小説「競馬」(1946)の文章をカップリングしたものだ。町口と森山のコンビによる「近代文学+写真」のシリーズは、太宰治、寺山修司に続いてこれが3作目だが、今回が一番うまくいっているのではないだろうか。おそらく2人の表現者の体質と、ヴィジュアルへの志向性が共通しているということだろう。テキストと写真とのスリリングな絡み合いが、見事な造本で構築されていた。
POETIC SCAPEでの展覧会も、単なる写真集のお披露目とは程遠いものだった。写真集の入稿原稿のプリントに加えて、それらを複写してシルクスクリーンで印刷し、町口がその上にピンク色の文字をレイアウトした図版も展示している。シルクスクリーンの粗い網目が、逆に大阪の街のざらついた質感をヴィヴィッドに引き出し、定着しているように見える。特製のシルクスクリーン10枚セットも、写真集とはまったく異なる味わいを醸し出していた。
2017/02/19(日)(飯沢耕太郎)
石塚元太良「Demarcation」
会期:2017/01/20~2017/03/26
916[東京都]
以前はややふらついて不安定に見えた石塚元太良の写真家としての姿勢が、しっかりと揺るぎのないものになってきている。今回、東京・港区海岸のギャラリー916で開催された彼の個展には、アラスカ、アイスランド、オーストラリアで10年以上にわたって撮影されてきた「パイプライン」のシリーズから、22点が展示されていた。
すでに写真集にもまとめられているシリーズだが、あらためて展示を見ると、無人の原野を貫いて走る原油パイプラインの姿が、現代社会の状況を照射する、とても象徴的な「風景」であることがよくわかる。自然と文明というのは、やや使い古された二元論ではあるが、それを単純に善と悪、美と醜との対立に解消することなく、8×10インチの大判カメラの、精密かつ豊かな描写によって、あるがままに見直そうとする力作である。916のゆったりとした展示空間に、写真がいい具合にフィットしていた。
だが、写真家としての眼差しのあり方がきちんと定まってくるということは、反面、ものの見方が固定化してくるということでもある。その意味で、今回916の別室で展示された新作の「N/P」のシリーズは、なかなか興味深い試みだった。撮影場所を「自宅内」に限り、ポジフィルムとネガフィルムで同じ被写体を少しずらして撮影し、2枚を重ね合わせてプリントしている。思いつきがそのまま形になっただけに見えるが、逆にその軽やかさが、「パイプライン」シリーズの大上段に振りかぶった重々しさをうまく中和していた。むしろいまの彼には、こういう「息抜き」が必要なのではないだろうか。そのあたりから、思いがけないかたちで次の展望が開けてきそうにも思える。
2017/02/18(土)(飯沢耕太郎)