2017年12月15日号
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artscapeレビュー

安藤忠雄展─挑戦─

2017年12月01日号

会期:2017/09/27~2017/12/18

国立新美術館[東京都]

安藤忠雄と言えば、1990年代の中頃だったか、学生時代に聴いた彼の講演会をいまも鮮明に憶えている。スクリーンに映し出された画像は、京都は木屋町に安藤が建てた商業施設。近接する高瀬川の川面とテラスをほとんど同じレベルに合わせた点が大きな特徴だと安藤は誇らしげに語った。ただ、この計画案に対して、当初、安全上の理由から反対意見があったようだ。曰く、「子どもが川に降りて溺死する可能性を否定できない」。むろん安藤はただちに次のように反論したという。「水深がせいぜい10センチか20センチの川で溺れ死ぬような生命力に乏しい子は、いっそ死んだらええんちゃいますか」。プロボクサーから独学で建築を学び、いまや世界的な大建築家となった安藤忠雄の原点とも言うべき「野性」を、そのとき垣間見たような気がしたのである。
本展は建築家・安藤忠雄の本格的な回顧展。これまでの作品をスケッチ、ドローイング、設計図、マケット、写真、映像など、およそ200点の資料によって振り返った。広大な会場に大小さまざまな資料を抑揚をつけながら展示した構成は、確かにすばらしい。だが本展の最大の見どころは、館外の野外展示場に原寸大で再現された《光の教会》である。
《光の教会》とは、1989年に大阪府茨木市の茨木春日丘教会に建てられた礼拝堂。打ちっぱなしのコンクリートで構成した大空間の一面にスリットで十字架を表わした作品で、安藤の代表作のひとつとして高く評価されている。本展で再現された作品に立ち入ると、長椅子の数こそ少ないものの、正面にそびえ立つ光の十字架はまさしく教会そのものである。晩秋の柔らかな光が描き出す十字架はもちろん、側面の壁に現われる光と影のコントラストも非常に美しい。大半の来場者は荘厳な雰囲気に言葉を失っていた。
この再現された《光の教会》が優れているのは、建築展のある種の「常識」を裏切っているからだ。通常、建築展で見せられる展示物は実物の建築の縮小された再現物であることが多い。建築物そのものを美術館内に移動することはきわめて難しいがゆえに、マケットや設計図、写真、映像などのメディアによって実物を可能な限り再現することを余儀なくされているわけだ。だが安藤は原寸大の《光の教会》を美術館の敷地内にそっくりそのまま再現することで、こうした建築展の規範をあっさり転覆してみせた。
それだけではない。現在、茨木の《光の教会》の十字架にはガラスがはめられているが、そもそも安藤の建築案では何もはめられていなかったという。光だけでなく風も、温度や湿度も、自然を直接的に体感できる建築として構想されていたわけだ。ところが、それでは室内の快適性を担保できないという理由で事後的にガラスがあてがわれた。翻って本展の《光の教会》の十字架にはガラスも何も設置されていない。したがって来場者は光の温かさも風の冷たさも、文字どおり全身で感知することができる。つまり、本展における再現物は実物以上に建築家のオリジナリティを忠実に体現した作品なのだ。
安藤忠雄の本質的な「野性」は、自然との共生やら調和やらの美辞麗句のなかにあるのではない。それは、並大抵の建築家では決してなしえない、このような力業をある種強引に現実化させるところにあるのだ。

2017/11/13(月)(福住廉)

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